捕らえられた者海路を利用した色々やばい仕事……例えば密輸とか運び屋とか、そんな物を請け負うのが 俺と越川の日常だ。 そんな海の上で俺たちは思いも寄らない獲物を捕まえた。 若い男女。 『海で漂流しているふりをして船を乗っ取る男女がいる。乗員は皆殺しにして。俺の組の 兄貴の身内もやられたらしい、誰か捕まえて自分の前に連れてきたら礼をしてやるってよ』 そんな話を確かに前に聞いてはいた。 まるで都市伝説だと俺たちは笑ったものだ。 実在していたとは。とにかく俺たちは二人を鍵つきの部屋に放り込んだ。ある種の俺らが 運ぶブツ向きの部屋に。男と女は別々の部屋だ。 実の兄だと彼女は言った。 しかし二人の親密さはただの血の繋がりよりも深いものを感じさせた。ありていに言えば、 肉体関係。 話を聞いてほしいという女の訴えを越川は受けて彼女の部屋に行った。女には甘い奴だ。 しかし、彼女の恐らくは年相応の頼りなげな風貌に甘くなる気持ちもわからなくはなかった。 ベルトを締め、ズボンの位置を直しながら越川が戻ってきた。 「あの女、黙っててくれたら、お兄ちゃんをいじめなかったらやらせてくれるってさ」 彼女と会っていた時間とどこか上機嫌な様子を見れば、聞くまでもないことだが。 「で、お前はどうしたんだ」 「とりあえず頂いといた」 なかなか男慣れしていて、楽しませてくれた。聞いてもいないことまで越川は続けた。 「女の言うとおりにするのか」 自分達も人の事は言えない稼業だが。気楽な調子で答える。 「そうだな、陸が近づいたら考えるよ」 * * * * * * * 彼女とのセックスは精力のありあまる越川の日課になりつつあった。 女は拘束も監禁も解かれ、俺たちの周りを自由に歩けるようになっていた。 男の方は食事は充分に与えてはいるが閉じ込めたままだ。 「口直しさせて」 一発を終えてのんきに午睡する越川を放っておいて、女は椅子に座っている俺の足元に 跪き、手馴れた様子でベルトを外そうとする。女を押し止めて俺は言う。 「口直しなんて……お前のお兄ちゃん以外は誰だって同じじゃないのか?」 精一杯、相手にダメージを与えるために言ったはずの言葉だったのに。 女は顔を上げあっさり返す。 「貴方は少しだけお兄ちゃんに似てるから」 口を開けたまま固まる俺に女は続ける。 「人を殺した事があるか、それとも……」 俺は彼女の言葉を遮るように言う。 「後の方だよ、俺は姉を抱いた事がある。でもな、俺はお前のお兄ちゃんとは違う」 「何が?」 俺はそれには答えず背を向ける。 「残念だが俺はお前とセックスする気はない」 * * * * * * * 「なあ、やらせろよ、いいだろ、少しぐらいサービスしてくれても」 「駄目よ、今日の分はもう終わったでしょ」 「前払いは駄目か」 いつのまにか女は越川と契約を結んでいた。『このままじゃ身体が持たないから』と。 回数と他にも規約が色々あるらしいが、閨の中の事だ、俺は詳しく聞いていなかった。 * * * * * * * 「ああ、きっかけはろくでもない男に姉さんがてひどく振られて、俺のほうも色々 あって……動物が傷を舐め合うみたいなもんだ」 俺と越川との会話はめっきり減った。奴が自分の部屋から出てこない日もざらだった。 そんな事もあってか俺は女と珍しく長話をしていた。 酒が入っていたせいもあったろう。 椅子に腰掛ける俺の前に立ち、興味深げな視線を女は送る。 俺は俯いて目を逸らし、話す。 「感想か? 気持ちよかったさ。罪悪感? そんな物はなかった、俺たちが気持ちいいい 事をして誰が困ったっていうんだ」 生々しい肉感を思い出しながら俺は続ける。 「何度もした、俺のほうから持ちかけて……認めるよ、たまには脅しつけたし、犯すよう にした事だってあるさ」 「お姉さんはどうしてたの」 「何時だって泣いていたよ、こんなの許されないって」 「許されないって何に?」 「さあ神にだろ」 それから姉は死んだ。俺の目の前で運転を誤った乗用車にはねられた。 頭を強打して即死。 知っているか? 頭を強打してってのはつまり、頭蓋骨がかち割られたって事なんだ。 傷ついた哀れな魂は天国に。 俺は地べた、いや今は海の上か。そうしてその次は地の底に。 姉さんもホッとしているだろうさ。 そこまで言って上を見上げる。女の真っ直ぐな視線。その瞳はまるで。 「違う、共に地獄に落ちる事を覚悟していたのよ」 「気休め言うなよ」 「だって、『許さない』じゃなくて『許されない』だったんでしょ?」 そして俺をそのまま真正面から抱き締めた。 慈愛を持って、あるいは俺の姉さんのように優しく。 「あなたがそこにいないんならわたしはてんごくなんてえらばない」 耳元への囁きは誰の声だ? 俺はその女を……ちはやをその夜初めて抱いた。 * * * * * * * あいつらを拾って何日目になるか、調べればすぐ分かったが、そんな事はもうどうでも よかった。 「おはようございます」 ちはやの声に振り返り、俺は息を呑む。 「お前、あいつを」 裸に返り血を浴びた少女の姿。 ちはやの片手に持っている血塗れの刃物、俺には見覚えがなかった。隠し持っていたの か、船に備え付けのものだったのか俺にはわからない。 「殺したわ。当り前でしょ、契約を違反したんだもの」 奴との付き合いはけして浅くなかった。けれど混乱はしていない。友が死んだというの は確かに哀しい事だ。そこまでわかっていながら。 「ああ、そうだな」 それだけ言って俺は彼女の肩に手を置く。 「今日の一回目はまだだったよな」 あの日の囁きは結局撒き餌だったのだろうか。 食いつかずにはいられない、そしてそのまま離れる事すら忘れるような疑似餌に俺は まんまと……。 「もうしちゃっていいの? あとが大変だよ?」 俺に見せる笑顔はあまりにも無邪気だ。 ちはやを自分のほうにひきつけながら言う。 「お前はそんなこと考えなくていい」 俺はいつか殺されるだろう。彼女を無理に犯そうとしたケダモノのとして。 我慢できる訳はないのだ。 彼女は只ゆっくりつめを研ぐ。
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