忘れたくない        

 観覧車の中、やす菜ちゃんは僕の唇に自分の唇を重ねてきた。  僕は彼女を拒絶するでもなく抱きしめるでもなく、ただ呆然と受け止めていた。 「バイバイ、はずむ君」  別れる時にもやす菜ちゃんは素敵な笑顔を見せてくれた。 「……うん、またね」  僕はそれに曖昧な笑顔で小さく手を振って答えるのが精一杯だった。  玄関の鍵を開けて中に入る。 「ただいま…あれ?」  明かりがついてないや、お母さん、帰ってないのかな。ふとテーブルを見ると、メモがあった。          『お父さんの泊りがけの撮影に           同行することになりました           ご飯は冷蔵庫のものを温めてください           お土産楽しみにしててや お母さん』 「…撮影のお土産じゃ、また衣装かな」  僕は苦笑しながらメモを置く。  それから冷蔵庫へ向かったけど、結局開けないまま二階に上がる。    お腹が空いてないから。  パフン。  行儀が悪いなと思いつつ、外出着のままベッドに寝転ぶ。独り言が口をつく。 「何で、あの時…」  やす菜ちゃんを抱き締めてあげられなかったんだろう。  とまりちゃんの事が頭をよぎったのは事実だけど。  受け止める資格が僕には無い、から?…そんなの言い訳だ。  僕はきっと、男の姿の僕で抱き締めたかったんだ。  手の甲で自分の唇に触れる。あの時のやす菜ちゃんを鮮明に思い出す。   熱い唇。それはやす菜ちゃんの思いそのもので、僕はそれを確かに受け止めて。   それなら僕は。僕の唇はやす菜ちゃんに何か伝えられたんだろうか。  物思いにふけっていると、出し抜けに押入れが開いて宇宙人さんが顔を出す。 「おお、元・少年お帰り。神泉やす菜とラブラブな関係は築き上げられたかね」  いつもの調子の口振りが今日は癇に障る。僕は寝転んだまま応戦する。  「ラブラブ?はは、そんなに簡単に出来たらいいですよね」 「元・少年、何か苛立ってるようだが」  そんな事、言われなくたってわかってる。わかってるけど、だけど…だからって!  「宇宙人さんは僕の観察が役に立ってるんですか?」 「あぁ、君の周辺は思った以上に、いろいろな感情と呼ばれるものが観測される……君自身も含めて」 「じゃあ…僕の気持ちは、どう判断されてるんですか」  言ってしまった後、僕は目が合わないように顔を背ける。 「恋愛感情については、君に余計な暗示を掛けたくないので報告は控えさせてもらう」 「そうでしょうね、実験動物は自然な状態でなくちゃいけないって事でしょ」  僕の挑発的な物言いに乗るはずも無く、淡々とした調子で話は続けられる。 「君が恋愛を避ける理由は何かね?この星での同性同士の恋愛は……」  僕は身を起こし、きつい口調で言う。 「禁じられてる訳ではないですよ……だけど!」 「……」  何も言わずに、宇宙人さんは僕の机の上に小さな茶色のビンをコトンと置いた。それは丁度化学室に 置いてある薬品のビンに似ていた。 「宇宙人さん、これ何?」 「わが星で製造された薬だ、性を転換させる薬……恋愛感情を喚起させる事を目的に開発されたものだ。 成果は芳しくなかったがな」 「…一寸待ってよ、それじゃ、これを飲めば僕は元に!」 「待ちたまえ、そうではない」  立ち上がろうとする僕を宇宙人さんは右手で制しながら、クイッと、中指で眼鏡のブリッジを上げ、 言葉を続ける。 「この薬には問題点がいくつかあるのだ」 「……問題点?」   「まず一つ。この薬の効果はせいぜい2、3時間ほどしか続かない…恒久的なものではない」  僕が何か言おうと口を開いた瞬間、宇宙人さんが言う。 「もう一つ、この薬は体に大きな負担を伴う。使用できるのは生涯に一回きり…だ」   僕はゆっくりと立ち上がり、薬ビンをつまむ。 「その薬は元・少年、君に託す」  僕はビンを日の光に透かしながら問う。  「これも、調査の一環なの?」 「…いや。言うなれば、お詫びのようなものになるのだろうか…」  振り返って宇宙人さんの顔を見てみても、相変わらず宇宙人さんの感情を窺う事は出来なかったけれ ど。僕は少し笑みを見せて言う。 「お詫びついでにもう一つお願いしてもいい?」 「何かね?」 「少しの間だけジャンプウと、この部屋を出ていってもらってていいかな」 「……いいだろう」  宇宙人さんと少し話をしてから15分後、玄関のチャイムが鳴る。  机に腰掛け、2階の窓から顔を出し、声を掛ける。 「そのまま上がって。鍵は開いてるから」  机に腰掛けたままで、僕は目を閉じる。  カチャ、キーッ、パタン。玄関のドアの音。  トン、トン、トン。階段を上がる音。それが止まって……。  ガチャ。僕の部屋のドアを開ける音。 「――ふぅ、はずむ君どうしたの、急に会いたいって…」  聞き慣れた声。目を開けると、急いで来てくれたのだろう、今日出かけた時のままの 格好で、やす菜ちゃんが息を切らせながら立っていた。 「うん、あのね…」  僕が言いかける前に、やす菜ちゃんが僕の事を不思議そうに見て言う。 「…はずむ君?何か感じが…違う…制服?」 「うん、お母さんが捨てちゃっててさ…これしか残ってなかったんだ、男の時の服」 「男の…?」  僕は机から下りて、やす菜ちゃんの目の前に立って見せる。今の僕は女の子の時よりも背が高い。 「今だけ……2時間の間だけ、僕は男に戻れているんだ。」  明らかにその瞳は戸惑いの色を見せている。無理もない。 「男に戻れるのは今だけで……2度目は無いんだ…」 「……」 「わずかな間だけど、男の僕でいるうちにやす菜ちゃんに会いたくて、それで」  視線を斜め下に逸らし、やす菜ちゃんは呟く。 「ごめんなさい、はずむ君…私、帰る」  そして、そのまま僕に背を向ける。 「…行かないで!…僕から逃げないで」  僕は彼女の手を掴み、叫ぶ。  やす菜ちゃんを少し強引に自分の方に引き寄せる。 「……違うよね、逃げてるのは僕のほうだ」   僕は背中から抱き締める。やす菜ちゃんがその身を強張らせる。 「あの時…告白した時だって…僕がもう少しやす菜ちゃんの心に踏み込めていたら…」  ぎゅうっと力を込める。ふわふわな髪に顔を埋める。 「きっと、こんなに切ない思いなんかさせてなかったはずなんだ」  だからって、今の僕に何が出来るって言うんだろ。仮初めの男でしかない僕に。  僕は手を解き、俯き、声を絞り出すようにして言う。 「…ごめん…ただ僕はせめて君だけには…男の僕を覚えていて欲しくて」  ゆっくりとやす菜ちゃんが僕のほうに振り返る。反射的に俯く僕にやす菜ちゃんが言う。 「私でよければ…」 「え?」  顔をあげると、やす菜ちゃんは決意のまなざしを見せていた。 「……私でよければ、どうか刻み付けて。男のはずむ君の名残を…私も受け止めるから」  そう言うと、やす菜ちゃんはホッとしたような表情の後にいつものように笑ってみせてくれた。  その笑顔に僕もまたいつものように胸を高鳴らせた。いとおしさが募る。 「やす菜ちゃん…」  彼女の両肩に手を置いて、首を傾げながらゆっくりと顔を近づけていく。  僕はやす菜ちゃんの眼を見つめる。  自分の意志をしっかり持った真っ直ぐな瞳、それでいてその奥には優しさと寂しさを宿していて。  いつまでもその瞳を見つめていたくて、僕はなかなか目を瞑れない。でも、きっとそれはやす菜 ちゃんも同じで。  それでも、少しの間見つめあった後、名残惜しげに二人は瞳を閉じる。 「ん…」   唇を触れ合わせる。いつも僕にしてくれるような優しいキス…でも、それだけじゃ足りなくて。  キスをしたまま、僕はやす菜ちゃんの髪を撫ぜ、もう片手は彼女の腰に手を回し、引き寄せる。 「ん!…」  やす菜ちゃんは一瞬身をこわばらせ、無意識に身をよじろうとする。  僕は引き寄せた手はそのままに、せめてやす菜ちゃんが落ち着くように、優しくゆっくりと髪をな ぜ続ける。 「…ん…ん」   やがて彼女は僕に身をゆだねた。  それから、おずおずと手を伸ばし僕の首に両手を絡める。 「ん…んっ…ふぅ…」  僕は角度を変えながら、何度もやす菜ちゃんの唇をついばむ。唇で唇を味わう。 「ん…ん…あ」  吐息と共に少し、開いた唇の中に僕は自分の舌を差し入れる。 「は……ぁ…ん…!」  彼女の舌を捕らえ、その表面をなぞる。やす菜ちゃんは身を震わせる。  僕は抱き締める腕に力を込めながら、飢えを満たすように、貪るように彼女の口腔内を蹂躙する。 「ん、んぐ…」  やす菜ちゃんも段々と情熱的になってくる。僕の髪をかきむしる。  僕の舌を自ら吸い、絡めあっていく。  息する間も惜しいぐらいに二人は求め合う。 「…はぁ…ふぅ…ふぅ…」     唇を離す。二人の間を唾液の糸が伝う。  男だからって、昔の僕にこんな激しい事が出来ただろうか……きっと、僕らが僕らでいられるのは 今しかないから…僕らには時間が無いから…こんなに大胆で……。    僕の体が反応する。もっと先を求めようと、股間が無様にふくらむ…駄目だ、そんな事までしてしま えば本当に僕はやす菜ちゃんに傷をつけてしまう。そんなの駄目だ…僕はなけなしの理性で鎮めようと する…だけど。 「え?何?はずむ君、ズボンの所……」  やす菜ちゃんに、僕の硬くなった物を気付かれる。 「あ、ああ…ごめん」  僕はうろたえ、抱き締めていた手を離し、一歩、後ずさる。 「……」  やす菜ちゃんは無言のまま、自身の両肩に手を置き、上着に手を掛ける。  そして僕の事を見て、言った。 「…いいよ…はずむ君」 「え?」 「私、言ったものね『受け止める』って…」  するりと上着が滑り降りる。ノースリーブの服が、彼女の肩口を露わにする。その肌は日に当たらず、 なお一層白く、僕は鼓動を激しくする。  腰を捻ってフレアスカートの横についているファスナーを自ら下ろす。  ファサ。スカートが床に落ち、触れなくてもその滑らかさを感じられるような綺麗な太腿が純白の 下着と共に僕の目に焼きつく。慣れてるはずなのに、体育の着替えだって一緒なのに…いつもと違う。  ただ見とれるばかりの僕にやす菜ちゃんが口に手を当て、俯きながら言う。    「私だけが脱いでたら恥ずかしい…」 「あ、あ、うん…」   あせってシャツのボタンに手を掛けようとすると、やす菜ちゃんが僕の胸元に寄り添いながら言った。 「…外してあげるね」 「…うん」   やす菜ちゃんが緊張に震えながらも丁寧にボタンを外していく。僕もまた彼女の上着を脱がせる。背 中に手を回しブラのホックを外す。ふんわりとした…そんな形容詞が似合う二つのふくらみ。僕は眩暈 すら起こす。 それから、僕はズボンのベルトを外し、わずかなためらいの後に一息にズボンを引き下ろす。 「あ……」  僕の昂ぶりを見てしまい、やす菜ちゃんが声を上げる。 「ごめん、こんなになっちゃって…」  やす菜ちゃんは顔を赤らめながら言う。  「……謝らなくてもいいのに」 「あぁ…ごめん」 「わたしの事を思ってくれてるからでしょ?」 「うん……」  ベッドに腰掛け、それから僕はやす菜ちゃんの肩を抱き、引き寄せ再びキスをする。  神泉やす菜ちゃん。僕の憧れの人。僕が自分の心の奥の大切な場所に住まわせていた人。  今、僕がしようとしているのは…憧れを壊してしまう事で、憧れを汚してしまう事で。それに気付 いているくせに。それなのに僕は……自分を止められない。    僕はゆっくりとやす菜ちゃんをベッドに押し倒し、上に覆い被さる。そして優しく抱き締める。彼 女の全身を今、僕は感じている。 「女の子って柔らかいんだ……」 「――え」  僕の呟きに何故か声を上げ、ビクリと背を震わせる。 「どうしたの?」  僕は体を起こし、やす菜ちゃんの顔を見る。 「う、うん…私、太ってないかな……」  深刻そうに眉を寄せて言う。  僕はくすっと笑い、やす菜ちゃんの顔にかかった髪を指でよけてあげながら言ってあげる。 「そんな事ないと思うよ」  それでも不安げな顔を見せる彼女の額にキスをして、僕はまた抱き締める。 「抱き締めているだけで気持ちいいんだ。吸い付いてくるみたいで」  僕の囁きに。 「私も、はずむ君を求めているからかも…」  呟いてから、やす菜ちゃんは顔を真っ赤にさせて俯く。  その姿が可愛くて僕は彼女にキスをする。額に、頬に、唇に、首筋に、胸元に。 「あ…」  やす菜ちゃんは小さく声を上げ、両手で胸を隠そうとしたけど、僕は彼女の両手をベッドに押しつけ て、それを許さない。 「恥ずかしい…はずむ君」 「綺麗だ…やす菜ちゃん」  彼女の乳房を口に含む。噛んだら傷をつけてしまいそうな柔らかさを感じながら、僕は吸い、舌で乳 首をなぞる。 「あ!…あ…駄目…はずむ君、わたし乱れちゃう…感じちゃう…」  身をよじらせる。僕は乳房から口を外し、しっとりと汗ばむ胸元からおへその方へと自分の舌を這わ せながら呟く。 「…そんなやす菜ちゃんも…僕は見てみたい」  そっと片手を外し、やす菜ちゃんの下着に手を掛ける。  無言でやす菜ちゃんは眼を閉じた。  下着をずらしていくと恥ずかしそうに健気にお尻を持ち上げる。  そうしてやす菜ちゃんは生まれたままの姿になる。  彼女の茂みは控えめで愛らしい。僕がそっと撫ぜると。 「あ…はぁ…」  やす菜ちゃんが小さく息を吐いた。  僕はもう片手をそっと外し両手で腰のラインをなぞる。きめ細かな肌の手触りを楽しむ。  手が内腿に触れる。と、やす菜ちゃんが無意識のうちにか腿に力を入れる。  優しく腿を撫でながら僕は言う。 「力を…抜いて…」  うっすら目を開けてやす菜ちゃんが呟く。 「私、恥ずかしくて……」 「大丈夫だから……」  なだめるように、そっと内腿に口づける。そういう自分はちっとも大丈夫じゃないくせに。まるで壊 れてしまいそうなくらい、心臓が鼓動しているのがわかる。   やす菜ちゃんは開くことまでには無理だったけれど、少し力を緩めてくれた。  僕は指をそこへ割り込ませる。  そこはすっかり熱く、ぬかるんで。 「あ、駄目っ!」  戸惑う声を無視して、割れ目をすうっと中指でなぞり上げる。クチュ。音を立てて、僕の指が濡れる。  僕は微笑みながらも意地悪を言う。   「もう、すごく濡れちゃってたから、恥ずかしかった?」 「…はぁっ……だって…こんなの初めてで…」  潤んだ目でこちらを見る。 「かわいい…やす菜ちゃん」  短いキスの後、僕はもう一度彼女に尋ねる。 「…やす菜ちゃん…本当にいいの?」 「うん…はずむ君だったら…私にとって、きっと最初で最後の男の人だから…」  そう、僕はやがて女に戻ってしまう。そうなってしまえば……。  ズキン。胸が痛む。あの日に感じた痛みにそれは似て。僕はとても辛くなる、だけど。 「……忘れたくない」 「はずむ君……?」  男らしくない、とからかわれた幼い頃を。やす菜ちゃんに断られて何もかも捨てて変わってしまいた いと思ったあの瞬間も。そして今、この時も。 「忘れたくない……忘れたくないんだ、やす菜ちゃん」  どんな辛い思い出も、今はかけがえのないもので、それでも……。  女の子に戻ってしまった僕がいつか男だったときの自分を忘れてしまいそうで、それが怖くて。  思いを上手く言葉に出来なくて、僕はただ訴える。彼女の目を見つめて…視界をぼやけさせながら。 「僕はっ!忘れたく……」 「はずむ君は忘れないわ」  ぴたっ。やす菜ちゃんの手が僕の頬に触れ、優しく僕の涙を拭く。  「私も忘れない…はずむ君の全部を覚えているから……だから……」  やす菜ちゃんは僕の首に両腕を回す。それから。 「私を……貫いて…」  僕の耳元で囁いた。 「……」   僕は無言で彼女を抱き返した。 「はずむ君…」  顔をやす菜ちゃんの髪に埋め、彼女の香りを確かめながら言う。 「やす菜ちゃんの……処女を…もらうね」  自分の頬に、彼女が頷く気配を感じた。   やす菜ちゃんの脚の間に自分の脚を割り込ませようとするけど、うまくいかない。 「恥ずかしいだろうけど…もっと…足開いて…」 「うん…」  懸命に恥ずかしさをこらえて、僕に協力して足を開いてくれる。  僕は脚を滑り込ませ、そうして、やす菜ちゃんを抱き締める。僕の胸に押し付ける…一息にためらい なく、入れてしまえるように…多分、その方がいいはずだから。  やす菜ちゃんの秘所に自分の先端を当てる。ピクッとわずかにやす菜ちゃんが動く。 「力を抜いて……大丈夫だから…」  何の根拠もないくせに…本当に、口先だけの慰めだ。  やす菜ちゃんが僕の腕を掴む…何かにすがるように。  僕のものがやす菜ちゃんの中に入っていく。暖かさに包まれる…でも、じきに行き詰まる。貞潔のし るしが、僕を阻む。 「…く!…ん…」  狭い道を僕は強引にこじ開けていく。純潔を僕が奪う。僕のものが根元まですっかりやす菜ちゃんの 中に収まっていく。 「……ん!……んっ!ん!…」  僕の下でやす菜ちゃんのくぐもった声が聞こえる。 「やす菜ちゃんっ……」  僕は上体を起こしてやす菜ちゃんを見る。顔を真っ赤にして、額に汗を滲ませて、苦しげな眉の形を 見せて。  「……ごめんね…痛いよね」  やす菜ちゃんは首を横に振って答える。 「痛い事は…耐えられるの…もっとつらい事、知ってるもの」  彼女と出会う前の…僕の知らないやす菜ちゃんを想う。  孤独の中に身を置いて、それ故に孤独の意味を知らないで、ただ心を凍てつかせて独りで強く生きて きた彼女の姿を。  僕の胸が痛い。忘れたくない思いを僕はまた一つ積み上げる。 「動いていいから…私を感じて、もっと」 「うん…」  僕は恐る恐る動き出す。  ズチュ、ズチュ、ズチュ……。湿りを自身に感じながら。 「はず…む…君…」  やす菜ちゃんが僕の背中に手を回す。苦しげな吐息が僕の首筋にかかる。  その吐息に背筋にゾクリと来るような快感を感じながら、誤魔化すように僕はやす菜ちゃんの耳朶を 軽く噛む。 「あ…はずむ君…」   「本当に…気持ちいいよ…やす菜ちゃん…」   僕の動きは自然と大胆なものと変わっていく。  男の本能が彼女への思いやりすら押し潰しそうになる。 「う、あ…やす菜ちゃん……の、すご、い」  やす菜ちゃんの中は、時々脈打つように締め付けてきて、僕はその気持ちよさに呻き声を上げる。  でもそれは破瓜の傷口のせいに違いなくて。  気持ちのよさと愛おしさと罪悪感をないまぜにしながら僕は動く。 「はずむ君……大…好き……だから…」  背中に立てられた爪の痛みすら、快感となって…。  すごい…熱い…。  僕の物も…やす菜ちゃん自身も。 「気持ちいいんだ…もう僕、いきそうだよ…」  僕のものが高まっていく。やす菜ちゃんの中で果ててしまいたい、放ってしまいたい……いけない、 そんな事しちゃいけないのに。 「きて、このまま…来てほしいのっ!」  やす菜ちゃんは僕の背中に置いていた右手を僕の腰に回し、少しでも自分のほうにひきつけようとす る。彼女の手を振り切る事ぐらいたやすいのに、僕にはそれが出来ない。 「やす菜ちゃん!……僕、僕!」  僕はやす菜ちゃんの中で絶頂を迎え、果てた。このまま時が止まってしまえばいい、そんな事を僕は 思いながら抱き締める。それに応えるようにやす菜ちゃんも腕に力こめた。 「……あれ?」  何か違和感を覚えて、僕はやす菜ちゃんからそっと身を離す。  やす菜ちゃんの処女の証の血が、愛液が確かに二人の間を濡らしていて…けれど、そこに射精の痕跡 はない。 「そうか、2、3時間じゃ精子が作られる時間が無いんだ」  少し、ホッとしながら呟く。  僕の傍らで横たわり、寂しげな笑顔を見せながら、やす菜ちゃんが言う。 「…私は、残念かな、はずむ君との子なら出来ても良かったのに」 「やす菜ちゃん…」  僕はもう一度抱きしめようとした。だけど。 「…え?…体に…力が…入ら…」  凶悪なほどの脱力感と闇に引きずり込まれるような睡魔が僕を襲う……薬のせい? 「や…す…菜…」  僕は必死に手を伸ばそうとする。だけど、夢の中での動きのようにそれだけのことすら、今はまま ならない。 「はずむ君」  僕の代わりにやす菜ちゃんが僕の頭を抱えるようにして、しっかり抱きとめてくれる。 「……もう、いいから…私は、嬉しかったから」  僕は身動き一つ出来ず、やす菜ちゃんの柔らかな胸に顔を埋めたままで。母に慰められる子供のよう に、ただ、やす菜ちゃんに身を預けてしまう事しか出来ない。  耳元に囁きが届く。 「……おやすみなさい、はずむ君」  もしかしたらその声はすでに夢の中で聞いたものだったのかもしれない。  それでも、いつも学校で聞いていたフルートの音色のように声は僕の心に優しく響いた。 「……ん」  僕が目を覚ますと外はもう暗くなっていた。  僕の体は女の子に戻っていて裸のままではあったけど、やす菜ちゃんが布団を掛けてくれていた。  不意に湿り気を感じ、布団の中を覗く。シーツの上に血……やす菜ちゃんのかな。あ、でも…僕の 生理の…かも。予定より少し早いけど。  もし、そうなら、このままいつまでも布団にくるまったままではいられない。起きなくちゃいけな い。やす菜ちゃんの香りの残る布団から離れて。  何で今の――中途半端な――僕に生理なんかあるんだろう……どうあがいたって今は女の子であると いう事を思い知らせるためなのかな。  そんな暗い考えに僕は苦い笑みを浮かべた。

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