『……のタイミング』  

 とある日の放課後、珍しくはずむの家に明日太が遊びにきた。  はずむの部屋にそわそわした様子で、しかし、行儀よく明日太が 正座する。 「それで折り入って相談って何?」  はずむが尋ねると、明日太は頬を紅潮させて、幾分興奮気味に言う。 「実はだな、はずむ。俺はついに先日…その……彼女とやった」 「やったってまさか……」  明日太が大人の階段を?はずむが流石に驚く中、明日太が言う。 「お、おう、その…は、初めてのキスをだなぁ」 「キス…ファーストキス?」 「そうだ。1週間前のバレンタインの時に」 「おめでとう」  なんだそうか、という表情を一瞬したはずむに気付く余裕もなく 明日太は話す。 「でも、それからさ、もう一回したいなと思っても、何か、かわさ れちゃうんだよ」  はずむは眉を軽くしかめながら訊く。 「まさか、いきなり舌を入れたりとかしてないよね」 「ぶっ……おまっ!…鼻血出るかと思ったじゃないか」  明日太のリアクションを気にする事無く、はずむは口に右手を当 て、考える仕草をしながら言う。 「そこまではまだか……それなら…」 「はずむは…してるのか?」 「と、それならさ…」 「スルーするってことは…」  まるで聞こえなかったかのように、はずむは爽やかな笑顔でピン と右手の人差し指を立てつつ言う。 「やっぱり彼女さん、内気な子っぽいし、まだ、キスとかきっと慣 れてないからさ、盛り上がるものがないと、難しいんじゃない?」  明日太が襟首を掴まんかの勢いで詰め寄る。 「じゃ、なにか俺はアニヴァーサリーごとにしかキスできないのか? どうにかホワイトデーに出来たとしても次はいつだ、誕生日か?俺は そのために何ヶ月も待たなきゃなんないのか!?」 「あ、あのね……」 「あのやーらかいのを俺はもう一度だなーっ!」 「……明日太、声が信じられないぐらい大きくなってる」 「あ。すまん、つい、たまらず」 「でも、させてくれないね…んー、結構、彼女さん『明日太のこと 大好き』って感じなんだけどなー」 「そ、そうかなー」  見る見る間に明日太の目尻が下がる。 「明日太、タイミングが悪いんだよ、きっと。相手がその気じゃない 時に無理にしようとかさ」 「ぐ、そう言うはずむは、どうやってそのタイミングとやらを掴んで るんだよ」 「え……僕は、その…したいなと思った時に、すっと」 「その境地に俺もたどり着きたい…」  明日太はまさに指をくわえて羨ましそうにはずむを見ながら言う。 「あ、でもさ…とまりちゃんの方がして欲しそうな時ってあるよ」 「マジか。例えばどんなだよ」 「んーとね、もじもじして、僕の顔ちらちら見たりとか」 「それはトイレに行きたい仕草とどう区別したらいいんだ」  はずむが呆れ顔で訊く。 「そこ真顔で質問するところなの?」  バン。テーブルを叩くと、再び明日太が詰め寄りつつ、大声を出す。 「そりゃお前はキスなんか慣れたもんだろうけどさ、俺はキスはまだ――」  バタンッ!!  はずむの部屋のドアが猛烈な勢いで開く。  ドガーン!!   飛び込んできたとまりが躊躇いのない飛び蹴りを明日太にかます。 「うがあぁっ!」  頭を抱える明日太の襟首を掴みつつとまりがドスの利いた声で訊く。 「明日太、キス、キスってあんたのでかい声が響いてたんだけど…… 一体、何をはずむに吹き込んでた…?」 「ち、違、どっちかつーと俺が吹き込んでもらってたって言うか……」  必死に首を横にブンブンと振る明日太の言うことに耳など貸さず、 とまりが今度は必殺とまりチョップの構えを取る。 「問答無用!」  慌てて明日太は自分のリュックを引っつかみ、頭に載せて防護しな がら叫ぶ。  「どわっ!はずむっ!殺られる前に俺は帰る。今日はありがとな!」  そして階段を転がるように下り、はずむの家を飛び出していった。  とまりは窓から顔を出し、その様子を見送りながらはずむに訊く。 「で、何やってたんだ、あの男は」 「えと…ま、いっか。あのね、キスするタイミングが知りたいって、 相談されてた」 「え、な、何のタ……!?」  ちゅっ。  驚いて振り返るとまりに、はずむはすかさず優しくキスをして、 にっこり笑って言った。 「ね、こんな簡単なのにね」 「……バカ」  顔を真っ赤にして口元を緩めながらとまりが言った。

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