オ レ ノ キ モ チいつだったっかもう覚えてないけど、俺とはずむは週刊誌で連載してた少年漫画にはまっていた。 主人公は絶体絶命、世界破滅の危機、以下次号。待ち遠しい、一週間。 やっと、次の月曜日が来て、俺ははずむと一緒にその漫画を読んだ……。 数分後。俺は不満の声と共に、雑誌を放り投げた。 「何だよぉ、夢オチじゃん」 対して、はずむは少し笑いながら言った。 「でもさ…僕はホッとしたよ、まだ、冒険を続けられるんでしょ。よかった」 そう言って心底安堵の顔を見せるはずむを俺は呆れた顔で見た。 こういうとこ、はずむって一寸ガキっぽいよな。そんな事すら思った。 運命因子の話を宇宙先生から聞いた……はずむに残された時間が後わずか一月程だ、と。 頭の中が混乱しまくったまま一夜が過ぎて、翌日、俺たちに曇りない笑顔を振りまくはずむの姿を見 て、俺は妙に納得していた。宇宙先生の言っていたことが全て真実であると。 納得したくせに。俺の最近の癖は頬をつねることだ。事あるごとに。 これって夢じゃないのかな、目を覚ましたら今までのことは全部無しで、何事も無い日常ではずむは 神泉に告白なんかしてなくて、それで……。 グニッ。今日も俺は頬をつねる。予想していた通りの痛み……全く、どっちがガキなんだか。 放課後、珍しく俺とはずむの二人きりの帰り道。 相変わらず、上機嫌すぎるほどのはずむに俺は皮肉めいて言ってみる。 「今日は『ちぇーっ明日太しかいないのか』とか言わないんだな」 そんな俺の言葉に、両手を口に当てて、かわいこぶった調子ではずむが答える。 「えーっ、僕そんな事言ったことないよぉ」 「わざとらしいぞ」 俺のツッコミに悪びれもせずに、にぱっと笑って返す。 「あ、やっぱり」 帰り道、俺には半分ぐらいしか名前のわからない植物達の話を嬉しそうに話す、はずむ。 俺はそっとその横顔を盗み見る。 どこまでも穏やかな、柔らかな笑顔。日を追うごとにはずむはどんどん綺麗になっていく。 不意にはずむがこのまま透き通って空気に溶けていってしまうような気がして、俺は慌ててはずむの 方に手を伸ばしそうになる……本当に、どっちがガキなんだか。 急に公園の草花が見たいと言われ、俺とはずむは遠回りして帰ることになった。 公園に行くまでの石段を急ぎ足で登っていく、はずむ。あ…おいおい。 「はずむぅ、パ、パンツが見えてるぞぉ!」 スカートを押えながらこちらに振り返ってはずむが言う。 「あ、いけない…ごめん。明日太と二人だと、つい自分が女の子なの忘れちゃってさぁ」 ぺろっと舌を出す。 そうだな。はずむは変わらずに俺の事を親友と、それ以外の何者でもないと思ってくれている。 でもな、俺はそんな目でお前の事は見れないでいるんだ…。 ……って、俺が沈んでどうするんだ。つらいのははずむだろ? 俺は階段を駆け上がりはずむに追いつくと、別の話題を振る。 「なぁ、はずむはどっちかとつきあおうとか思わないのか」 唐突な話題にわずかに眉をひそめながらはずむが言う。 「何?急に」 悟られないように努めて、言葉を選びながら何気ない風を装って言う。 「ん、いや…秋はやっぱり恋をする季節かなと思ってさ」 「…ふぅーん」 公園に着いた俺たちは、とりあえず公園のベンチに並んで座る。 結局、質問には答えないままで、はずむが質問を返す。 「僕のことより、明日太こそどうなのさ」 「俺はそんな当てなんかね―よ」 はずむが珍しく食い下がって言葉を続ける。 「わかんないよ、明日太って意外に優しいからさ、放課後、一年の子に体育館裏に呼び出されたりして 『曽呂先輩、ずっと見てました』とかさ」 はずむの方に顔を向ける。目を細めて俺を見つめるはずむ。 心底俺の幸せを祈ってくれてる瞳……お前が俺の隣に並べてるのはどんな子なのかな。 「……ねーよ」 素っ気無く答えながら、それでも考える。もし、今誰かからコクられたら俺はどう答えるんだろう。 断る?『好きな人がいるから』…それとも保留かな。『一月ほど考えさせてくれないか』一月…とんだ 卑怯者だ、俺は。 そうだな、それなら卑怯者ついでに。 俺ははずむの肩を掴み、強引にこちらの方に向かせる。そして、まだきょとんとした顔をしてい るはずむに言う。 「それならさ、彼女が出来た時のために、キスの予行練習でもさせろよ」 「ええっ!何てこと言うんだよ、明日太」 片眉を上げ、首を傾げながら、俺は言う。 「俺ってさ、意外に上がり症のところあるだろ。本番でとんでもない事しでかさないようにチェックし ときたいんだよ」 「駄目だよ、こんなの…ファーストキスって大切なものでしょ…」 俺がはずむとのキスを望んでいる…そんな想像なんて働くはず無いか、それでも俺は…。 俺はカマをかけてみる。 「いいじゃん、初めてのキスじゃないんだろ、お前は」 はずむは即座に顔を赤くし、俯きながら頷くようにして答える。 「う…うん」 相変わらず、ここぞという時に嘘がつけない奴だ。 「流石に親友のお願いでも、気持ち悪いか?こんなのは」 俺の手を振り払う事もせずに、はずむが再び顔をあげる。 「……本気で言ってるの?」 俺の瞳を覗き込むように、真剣な表情で俺に問う。 「本気だよ」 俺もまた、真剣に答える。 「…それなら…わかった」 祈る様に両手の指を組んで、はずむは目を閉じ、俺の方に顔を向けた。 「はずむ……」 俺ははずむの肩に置いていた右手を離し、はずむの髪の毛を撫ぜた。 ビクッと小さく、はずむは肩を震わせる。 きゅっと閉じた目、長い睫毛がわずかに揺れる。 はずむ、俺とのキスはそんなに怖いのか? いいだろ、別にこんな事ぐらい……。 俺にも思い出をくれよ…思い出?…俺って奴は…どこまで…くそっ!駄目だ、こんなのは。 俺は右手をはずむの額の方へ移していく。そうして、慎重に狙いを定めて……。 ピシッ!すっかり身構えていた様子のはずむのおでこに渾身の一撃――デコピンをくらわせる。 「あいたっ!…痛いよぉ、明日太ぁ」 両手でおでこを押えるはずむの顔を上から覗き込むようにして俺はにやりと笑ってみせる。 「へへ…ひっかかった」 俺ははずむをからかいながら、とまりと神泉の顔を思い浮かべる。 はずむが女になっても自分の思いを揺るがすことの無かった二人。 ぐらつきっぱなしの俺なんかより、きっと二人の方が強いんだろう。 「ひどいよ!僕…本当に思い切って、勇気振り絞ってたのに…それでデコピンなんかして!!」 怒ったはずむはカバンを振り回し、俺の事をバシバシ叩く。 「うわっ!いてーよ、はずむ」 俺は立ち上がり、その攻撃から必死に逃げまわる。 やがてカバンを振り回すのに疲れたはずむは立ち止まる。俺ははずむの方を振り返る。 仁王立ちして、口をむーっとさせて…よく対戦ゲームやってて、負けるとしてた口だ。そうか、そん なに悔しかったのか、今のは。そりゃそうだよな。それでも俺は言う。 「何だよ、これぐらいの冗談、笑って許せよ…」 はずむ、お前の異性としての愛情も大切な思い出も俺はいらないから、せめて…。俺は出来る限りの 笑顔を見せながら言葉を続ける。 「…はずむは俺の親友なんだからさぁ」 せめて、今はお前の側にいさせて欲しい。
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