『キ ャ ベ ツ』
それは、月曜日の放課後の事。
「え、ごめん。今なんて言った?」
とまりは改めて隣に座っているはずむの顔を見て、問い返した。
「聞いてなかったの?だからブラジャー買いに行くの付き合ってって」
「――本当にそう言ったのか。何でさ、まさか『もっと可愛いのがほしー』とか?」
「違うよ…最近あの…少しおっきくなったみたいで」
「胸がか!」
「恥ずかしいからそんな大きな声で言わないでよ…それで、きつくなっちゃったからさ」
バシンと机を両手で叩きながらとまりが立ち上がる。
「きつくなったって!Cカップから更に!」
「わー、そんな目立たないで」
とまりは両手を机についたまま、顔をはずむに近づける。
「それであたしにどーしろって」
はずむは両手の指を組んで、お願いするようにとまりの方を見て言う。
「一緒に行って欲しいんだけど」
「そして、はずむが計ってもらってるのを指を咥えて見ていろという訳か」
「別に咥えてなくてもいいんじゃないかな……駄目?」
とまりは下を向いてウゥウと唸り声を一つ。それでも何とか返答する。
「いいけど……いつ?」
「明日は学校の帰り早いでしょ、だから」
「いや、やっぱり今度の日曜日に行こう」
「都合が悪いの?明日」
「明日じゃ、今受けたダメージがまだ残ってそうだ」
「ダメージって?」
「…何でもない。部活行く。じゃあお先」
「いってらっしゃーい」
とまりが受けた衝撃の意味に微塵も気付かない様子のはずむは、無邪気に手を振って見送った。
後ろ手に教室のドアを閉めた瞬間。
「ふぅー」
とまりの口から、気付かぬうちに漏れる溜息。
「キャベツがいいそうね」
「うわっ!」
とまりが驚いて横を見ると腕組みをして微笑するあゆきがいた。
「話は聞かせてもらったわ」
「そんな古典的な言い回し…キャベツって?」
「バストの成長にはキャベツが効果的という話」
「本当かよ」
疑わしい視線をとまりは送る。
メガネの位置を右手で整えながらあゆきが言う。
「あら、科学的な根拠もあるわよ。キャベツに含まれる『ボロン』という成分がエストロゲンに
働きかけるの。ま、信じてくれなくてもいいけど」
それから踵を返し、あゆきは部室へ行くと言い残し、とまりの元を去っていった。
キャベツが重要なのか、よし!とまりは決意を固める様にぎゅっと右手を握り締めた。
* * * * * * *
翌日の放課後。
「とまりちゃん。お昼二人で食べに行かない?ほかの皆は用事があるみたいだし」
両手を握り拳の形にして、はずむの顔を見つめ、とまりが宣言する。
「よし、行こう。今日はお好み焼きだ!」
「随分と気合が入ってるね」
嬉しそうに答えるはずむの言葉に少し顔を赤らめて、とまりが言う。
「あぁ…評判を聞いたからな」
「へぇ楽しみだな」
多分はずむが期待してる評判じゃないと思うけど、とまりは心の中で呟いた。
「いらっしゃい」
二人はお店のおばちゃんの声を聞きつつ、お好み焼き屋の席につく。
素早くとまりは辺りを見回し、それから壁に貼られたお品書きをビシッと指差して言った。
「このキャベツ特盛お好み焼き下さい!」
「僕もそれにしようかな」
とまりがはずむの独り言に敏感に反応して言う。
「はずむはネギ焼き好きだったよな」
「う、うん。でもたまには……」
有無を言わさぬ調子でとまりが店員に言い切る。
「こっちにはネギ焼きで」
「うぅ、まぁいいけど」
お好み焼きを食べた帰り道、角を曲がればとまりの家が見えるところまで来て、とまりが
立ち止まる。
不思議そうにはずむが尋ねる。
「どうしたの?とまりちゃん」
「あー、一寸夕飯の買い物、頼まれてたの忘れてた」
「僕も付き合…」
はずむが言いかけるのを、片手で制す。
「私だけで行く、また明日な」
「うん。また明日」
とまりが向かった先は、もちろん八百屋であった。張り切って声をあげる。
「おじちゃん!これ4つ…って結構高いな」
「ごめんね。キャベツは今の時季は一寸高めだからねぇ」
「うーん、やっぱり…2つ…いや、3つください」
「まいどありぃ!」
* * * * * * *
金曜日の放課後。
「とまりちゃん、明後日の事だけどさ……」
「待った!」
「え?」
「来週にしよう…流石に1週間ではまだ効果が…」
「何の話?」
「ともかく!来週!いいな」
「う、うん」
そんな会話をする二人の間に明日太が割り込んでくる。
「お、もしかしてはずむ日曜ヒマか?ゲーセン行こうぜ」
「うーん、どうしようかな」
人差し指をあごに当て、思案顔のはずむに明日太は重ねて言う。
「お前の好きなファイティングシリーズの新作、入ってたぜ」
「え、本当!それなら…」
「は、はずむ、それならさ。た、たまには、二人で……」
明日太とはずむの話をぼんやり聞きながら、とまりは考えていた。
日曜日か、せっかく猶予が出来たんだから、もう一押し何か…そうだ。
「あたしも行く!それで、お昼一緒に食べよ!」
「え…えー」
明日太は露骨にがっかりした顔を見せる。
腕組みして明日太に詰め寄るようにして、とまりが一言。
「文句ある?」
「いいえ…ありません」
* * * * * * *
日曜日のお昼時。
お昼ご飯にとまりが選んだのはとんかつ屋だった。
それを聞き、明日太が納得したように頷いて言う。
「なるほど『とんかつヤマト』か。とまり、さてはスペシャルわらじとんかつに挑戦する気だな」
「ちがうっ!今日は普通の」
「ほほう『今日は』か」
「何が言いたい?」
二人の応酬にとりなすようにはずむが言う。
「まあまあ、二人とも入ろうよ」
3人はそれぞれの注文をする。
しばらく待ち、頼んだ品が届く。
とまりのロースかつ定食。はずむのヒレかつ定食。明日太のラージかつ定食。
「いただきます」
行儀よく手をあわせて言うはずむに、慌てて後を追うように二人も言う。
「あ、いただきます」
「……っす」
とまりが食べだしたのはもちろんキャベツだ。
ガツ、ガツ、ガツ。
見る間に山が崩されていく。
「すいませーん。キャベツお代わりお願いします」
手を挙げ、店員さんに呼びかける。
「はい、お待ちください」
ほどなくお代わりがよそられる。
ガツガツガツ…。再びとまりが山を崩す。ちらりと明日太の茶碗を見て言う。
「明日太、まだお代わりするよね」
なぜか逆らえない迫力を感じ、明日太は言う。
「え、じゃあ、しようかな……すいませーん」
「キャベツも頼んでね」
二人の様子を見ていたはずむが言う。
「僕もキャベツおかわりしようかな」
ガッと顔をあげ、とまりが言う。
「はずむはお肉食べな。ほら、あたしのあげるから」
箸ではずむの皿に一切れ放り込む。明日太が思わず呟く。
「いいなぁはずむ」
とまりはそのまま、箸の先で明日太の方を指して言う。
「明日太、あんたはご飯おかわり係」
「そんな係やだよ」
「食べっぷりがいい男はもてるよ」
「本当かよ」
作り声でとまりが言う。
「たくさん食べられる男って素敵ぃ…これでいい?さぁ食べて」
「俺っていったい…」
「さぁ食べて、食べて」
何度目かのお代わりを持ってきた店員が、親切かはたまた皮肉か分からぬ様子で言う。
「あの、なんでしたらおひつとキャベツカゴごとお持ちしましょうか」
「え、そこまでは…」
腰の引けた様子で断ろうとする明日太を、押しのけるようにしてとまりが言う。
「お願いします」
かくして3人のテーブルにはかごに山盛りのキャベツとおひつ一杯のご飯が置かれた。
「さぁ持ってきてもらったんだから食べなきゃ、沢山食べる人って……」
「それはもういい…」
食後。明日太のゲーセンでの成績が散々だったのは、恐らくは平衡感覚が怪しくなる程飯を
たらふく食わされたせいであろう。
* * * * * * *
とまりにとって、運命の日曜日。
お店に行くまでの道のり。いつも通りのおしゃべりをしながら、のはずがどうにもとまりは
ぎこちない。
はずむは不思議に思いながらも、とまりに話し掛ける。
「ふぅ、何だか計測されるのって緊張するよ」
「あ、あぁ。あれは生まれついての女の身でも結構、落ち着かないものだからな、気にするな
気にするな…ははは」
引きつった笑いを浮かべながら、バシバシとはずむの背中を叩く。
その勢いにこけそうになりながら、はずむが言う。
「あのさぁ何でとまりちゃんまで緊張してるのさ」
「え、えぇ、そう見えるか?それはともかく、ほら店に着いたぞ。入ろう、入ろう」
お店に入ると店員がにこやかに挨拶する。
「いらっしゃいませ」
はずむは店員のところに早足で近づき、小声で言う。
「あの最近胸のサイズが変わったみたいで。測り直してもらえますか」
「はい。ではこちらへどうぞ」
さぁ、とまり、勇気を出せ、きっと大丈夫。
そんなことを心の中で呟きつつ、とまりは右手を上げながら、店員に言った。
「あ、あの、あたしもサイズを測ってくださいっ!」
* * * * * * *
翌日。
「――で、結果は」
朝、早速とまりはあゆきに教室の隅に連れてこられ、質問される。
「はずむは順調にD70に昇格してたよ。こんぐらっちゅれーしょんだ」
「その辺は私の推測どおりね、それよりも聞きたいのは、わかってるでしょ?とまりさん」
あゆきが腰をかがめ、下からとまりの顔を覗き込んで尋ねる。
「教えてあげたのは私なんだから」
そう言って、あゆきはにっこり笑って見せる。
とまりが渋々ながらも、小声で答える。
「…一応、1ランク上がった…トップ+1cmで、アンダーが−2cmで。でも、これってバストアッ
プじゃなくて痩せたって言うんじゃないのか?」
とまりの非難めいた口調をさらりとかわしあゆきは言う。
「そう…キャベツ効果はCランクか…ま、2週間だしね」
あゆきは手帳になにやら書き込んでいる。
「…もしかして、あたしは実験台か」
パタンと手帳を閉じるとにっこり笑ってあゆきが言う。
「この結果は部のミーティングの時に発表を…とまり、他の方法も試してみたくない?」
「みたくないっ!!」
* * * * * * *
とまりはあらためて自分の胸を見つめると、溜息をついた。
ふー、はずむがあたしとの距離を広げていく。
前を見ると、はずむと宇宙先生が一緒に歩いているのが見えた。
「――つまりは女性の胸と男性が抱く恋愛感情に相関はあるのだろう?」
「だからぁ、それは人それぞれで」
何の話をしてるんだ、あの二人は。とまりは怪訝そうな顔をしつつも、聞き耳を立てる。
「……順調に成長しているようだな。胸腺を刺激するマッサージがいいのだろうか。ジャン・プウ
にはどのようにされているのかね」
「それは研究調査というよりセクハラだと思うけど」
べたん。ショックのあまり、とまりは壁に寄りかかる。
バストアップの秘訣は揉まれる事!…それは流石に無理だ。
とまりは肩をがっくり落とし、教室へ向かう。
「よぉとまり!」
そこへ無駄に明るく話しかける男がいた、明日太だ。
「どうした、元気ねぇな」
「……」
重い空気に気付きもせずにとまりの肩に手を置きながら、さわやかな声で明日太が続ける。
「何かあったか。俺でよかったら、及ばずながら力になるぜ」
「――だ・れ・が、たのむかぁっ!」
ドッガァアアアン!! キラリ☆
明日太はお星様になった。
お わ り
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