こんたーけー  

 放課後。  今日ははずむはとまりと一緒に帰って、神泉は定期演奏会に向けて練習とかで部活に行って、 あゆきは……宇宙先生となんだか怪しげな実験をするとかで理科室に。  それでもって俺は。 「おう、お待たせ」 「あ、明日太先輩」  何とかメール交換から、少しは仲良くなった彼女と帰る。 「本当にお父さんひどいんですよ。この間なんか……」 「はは、そうなんだ」  意外におしゃべりな彼女の話に相槌を打ちながらの帰り道。 「……それで『こん、たーけー』って言われて」 「こんたけ?」 「あ、このたわけ者、馬鹿者って事です。父、この辺の出身じゃないので時々訛るんです」 「そうなのか」  一緒に帰るのはいつもの曲がり角まで……別にもう少し送ってあげても構わないんだけど。  実際そう言った事もあったけど『いいですよ、先輩が遠回りになっちゃうじゃないですか』 そんな風にきっぱり、しかも笑顔で言われたら、俺はそれ以上食い下がれなくて、それきり。 「明日太先輩、さよなら、また明日……あ、明日は土曜ですね、また月曜日に!」 「お、おう、月曜日な」  週末の約束なんか当然のように出来ないまま、俺は手を振る。  家に帰ったらはずむが来てると母さんが言った。  部屋に入ると、出されたらしいコーラをお行儀よく正座して飲んでいる。 「よお、はずむ」  どうした、と尋ねる前に俺の方に教科書を突き出す。 「明日太、物理の。僕のバッグに紛れ込んでたから」 「月曜でよかったのに」  俺の言葉に人差し指、一本立てて諭すように返す。 「駄目だよー、宿題があるでしょ。してかなかったら、又放課後残されちゃうよ」  ぐっと詰まる俺。他の人の丸写しはたちどころに突っ込んで来るんだよな、あの先生。  んー、でも、いざとなったら。 「あゆきにそれらしく間違った答えを教えてもらう」 「また『見返りとして』って実験の被験者にされちゃうよ」 「んー、でも、自力でやるより、そっちの方がまだましっつーか」  自分で言ってて情けないが。 「そんな事よりさ、聞きたい事があんだけど」  そう言いながら俺ははずむの背後に回り、勉強机の椅子に逆向きに跨るように座る。 「何?」  配置の都合ではずむはコーラを両手で持ったままこちら側に身を回して、俺を見上げ る格好になった。  本当は俺もテーブルのとこで座ればいいんだろうけど、真正面で聞くのは何となく気 恥ずかしかった。 「あのさ」 「うん」  はずむがコーラを飲み込むのをしばし待ってから、俺は口を開く。 「はずむはさ、とまりと付き合ってるんだよな」 「む……うん、そうだよ」  詰まりながらもしっかり答える。  コーラ飲んでる途中だったら噴出したかも、なんて余計な心配だったか。 「何、それが質問?」  照れ隠しなんだろう少し怒ったような顔で聞き返す。 「いや。彼女がいるって、いーなーって思っただけだ」 「だって、明日太だって」  俺は背もたれを抱きかかえるようにして身を乗り出す。 「寄り道して公園でソフトクリーム食って、あと、図書館でお勉強はしたけど、だけどさ それぐらいで付き合ってることになってるか?」 「うーん、どうかな……」  首を傾げる。嘘でも『付き合ってるよ』と言わないのが如何にもはずむだ。 「やっぱり、そう思う?」  俺は大げさにため息をつくと、虚空をぼんやり眺めながら呟く。 「はずむととまりはあんな事やらこんな事やら、してるだろうに、俺ときたら」 「な、何考えてるんだよ」  はずむをうろたえさせるのに成功したついでに、じとっとした視線を送る。 「何思い出してんだよ。耳まで赤いぞ」 「こ、これは、違……」 「いや、ここは一つ、後学のためにじっくり聞いとかなきゃな……何てな。俺はそれ 以前の問題だよな。まずはちゃんと付き合って……やっぱ、好きだとかいなきゃ始まんねー のかな」  背もたれを抱え込んで背中を丸める俺に。  「いいなー、明日太」  顔を上げるとはずむが目を細め、柔らかい笑みを浮かべ俺を見ている。 「ここは慰めてくれるとこだろう? いやみか? 意地悪か?」 「そんなつもりじゃないって」  自分の胸の前で違う違うと両手を振る。 「じゃあ何だよ」  コトンとコーラを背後のテーブルに置いてから、俺の方を向き直り呟くように言う。 「僕は男の頃にそんな風に悩めてたかなって思ったらさ」 「……」 「一寸だけ、今も当たり前に男の子やれてる明日太が羨ましいかな、って」 「……」  はずむは女になった時、自然体のままであるがままを受け止めてたんだと思ってた。  だって特にあせった様子は見せていなかったから。  いや、違うのか。  はずむは想像した事もないような変化に事件にいちいち戸惑ってる余裕すらなかったの かもしれない。  逆に今の方が落ち着いて自分を見つめなおせているのかもしれない。  もし俺が女になったとしたら……はずむの気持ちはわかるけれど、それでも。 「それ、とまりに言ったりしてねーだろなー」  俺は身を乗り出し、はずむに確かめる。 「そんなのっ」  はずむが膝を立て、こちらに顔を近づけながら言う。 「言うわけないよ」  真剣な顔で、息がかかるぐらいの至近距離。 「こんな事言うのは明日太にだけだよ」 「え……」  俺の胸が一瞬、締め付けられる。  親友だから。だから、特別、なだけだ。  わかってる、だけどさ。  ビシッ! 「痛っ!」  近づいた顔に、でこピンを食らわせる。 「明日太、いきなり何するんだよ、もー」  わかってても、ドキっとしちまうのがせつないだろうが。  これは、その仕返しだ……何て、言わねーけどな。  代わりに俺は言う。 「こん、たーけー」  痛そうにおでこをさすりながら、はずむが問い返す。 「え、何て言ったの?」 「なんでもねーよ」  首を傾げている。 「こん……たーけー? 何それ」 「あー、それは」  言い掛けて気づく。  そっか、何にも俺とあの子の間には何にもないと思ってたけど、それだけじゃない。  積み重ねたものは確かにあったんだ。  二人の時間があって、はずむが知らないであの子だけが知ってる俺もいて。  それなりに二人だけの言葉が増えたりしてて。  そう思うと、少しだけ頬も緩む。 「ねえ、明日太ー」  幾分甘えたような声にも俺ははっきり突っ返す。 「内緒だ」 「けちー」  あ、でも。 「さっきの思い出し赤面の内容教えてくれたら、俺も教えてやってもいいかな」 「え……」  はずむは一瞬俺の顔を見上げ固まった後、首を横に振りながら俯くと、 「……やっぱり、いい」  今度はおでこまで、でこピンの後よりも顔を赤くしながら言った。  やっぱ、うらやましい。

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