帰 り 道放課後。さしたる予定があるわけでもなく、いつも通りに、本屋やCDショップでも 冷やかしながら帰ろうとする俺に声をかけてきた奴がいる。 「おーい、明日太。一緒に帰ろう」 はずむだ。 「あぁ、いいけど。昼休みの時、今日も部活の当番だって言ってなかったっけ」 はずむは、何故だか意味ありげに笑いながら言う。 「うん、ちょっと急だけどね、今日は当番代わってもらったんだ」 「珍しいな」 いつもは当番でなくても『左端のバラの葉の色がおかしい』だの『右から2番目の アネモネが心配』だの言っては花達に会いに行かない日は、まず無いというのに。 「へへ、実はね」 はずむがちょいちょいと手招きし、耳を貸せという仕草をする。俺は腰をかがめ、耳 を傾ける。 「実はね…後輩の美里ちゃんがね、部長の武田さんが卒業する前に自分の気持ちを伝 えておきたいんだって、今さっき言われてね」 「…へぇ」 「だから、美里ちゃんと代わってあげたんだよ」 「ふぅん…」 「武田先輩ってね、いつもお花に優しい、いい人だし、笑顔も素敵なんだ。美里ちゃん もそんな先輩の事をいつも目で追っててね、健気な子なんだよ。上手くいくといいなぁ」 俺は、はずむが嬉しそうに先輩の話をするのが気に食わないんだろうか。それとも、 俺の知らない人たちの話を楽しそうにしてるのが嫌なんだろうか、よくわからないけど。 聞いてるうちになんだか無性に腹が立ってくる。俺は思いついた嫌味を口にする。 「変わったな、はずむは」 「え?」 「男の頃のはずむは、そんな色恋沙汰に嬉しそうにきゃあきゃあ騒いだりなんかしなかっ たんじゃないか」 「そ、そうかな」 はずむは俺から、一歩離れ、手を後ろに組み、顔をうつむかせる。 俺もまた、はずむから視線をそらす。わかってる、これは邪推だ。はずむは別に恋の噂話 をしたいんじゃなくて、純粋に人の幸せを祈ってるだけだ。俺の知ってる昔からのはずむと、 ちっとも変わらずに。 だから、俺はすぐに謝った。そっぽを向いたままでだけど。 「わりぃ、意地悪言った。嘘だよ、変わったりなんかしてないよ、お前はいつもどおりだ」 「本当に?」 はずむが俺の胸倉を掴み、自分の方に引き寄せる。 背丈も、力の差も、今は大きいけれど、それでも、俺が不意をつかれたのと、はずむが目一杯 背伸びをしてきたのとで、二人の距離が近づく。 まるで、キスする寸前の恋人同士ぐらいの距離に。 俺の鼻をくすぐる髪の香りに目を閉じてしまいそうになる前に、俺は強引に飛びのく。 驚くはずむに、俺はフォローの台詞一つ浮かばない事に苛立って、自分の頭をかきむしる。 「あぁもう、なんか最近、面倒くせえよ。いっそ、自分が女になったほうがましなくらいだ!」 我ながらとんでもない事を言う。けど、もしそうなら、今みたいに、はずむとの距離に戸惑 う事もなかったろうし、 少なくとも、最近定まりつつあるポジション――三人娘と、はずむが 楽しげにしてるのを切なく眺める――からは逃れる事ができただろう。 物思いに沈み込みそうになる自分を無理に切り替え、明るい調子ではずむに言う。 「まぁ、俺が女だったら、モテナイ街道まっしぐらだろうけどな、ハハ」 適当にオチをつけるつもりで。と、いきなり、はずむはファイティングポーズのように両手を 握り締め、俺に向かって、凄い勢いで反論した。 「そんなことないよ!!だって明日太はいい奴だもん!誰かが明日太のいい所きっと見つけてく れてたって!」 「お、おい、ちょっと、待て」 俺の困惑に気づきもせずに、堰を切ったように、はずむがしゃべりだす。 「ごめんね、僕、最近、とまりちゃん達と遊んでばかりで。明日太って、意外に傷つきやすくて、 寂しがりやなのに、愚痴だってたまってたはずなのに、僕、自分の事でいっぱいいっぱいになっ ちゃってて、傍にいてあげられてなくて…ごめんね」 はずむは一息に言ってしまうと、両手はそのままで、かくんと首を落とす。心底すまなそうに。 今は異性同士だってのに言う台詞じゃねぇだろ、そんなツッコミを入れたくなるのをこらえて、 俺はただ言う。軽く、はずむの頭を撫ぜながら。 「気にすんなよ。でも、ありがとよ」 そのまま髪をくしゃくしゃとしてやる、あれ? 「お前、髪の毛のサラサラ度、増してないか」 「あぁ『女の子なんだから私のと同じシャンプーとコンディショナー使いなさい』ってお母さん が。それに、洗った後、乾かす時もやり方があってね…」 心なしか得意げに解説を続けようとするはずむを遮り、俺は言う。 「あぁ、はい、はい…やっぱ、俺には女は無理だ」 「うん、明日太には男の子が似合ってるよ」 「――じゃあ、お前はどうなんだよ」 スカートを翻らせこちらに向かって笑いかけながら答える。 「今は、まだわかんないや」 その髪は夕焼けに照らされ、金色で……。 子供の頃にふざけて作った事がある、シロツメクサの冠がさぞかし似合うだろう。 そんなことを俺はぼんやり考えていた。
『かしまし』に戻る TOPに戻る