『好き』という事  

「オネニーサマ、この『主婦が挑戦、ラクラクダイエット』の『ダイエット』ってなんですか?」 「えーっとね……」  日曜の昼下がり。僕とジャン・プウは居間のソファに二人で並んで座り、何となくテレビの ダイエット特集を見てた。  僕はアゴに人差し指を当てて考えながら答える。 「…自分の理想の体型になるために、痩せたり、運動したりすること、かな」  ジャン・プウがこちらを見ると、真面目な顔で言う。 「じゃあ、ジャン・プウもしなきゃいけないです」  僕は意外に思って言う。 「え?…そんな必要ないんじゃないかな」 「だって、理想と同じになりたいです」 「へぇ、誰か理想の人がいるんだ」  僕ににこっと笑いかけながら、答える。  「はい。オネニーサマです」 「えぇっ!僕?」  思わず自分のことを指さして、僕は声を上げる。ん?でも……。 「確か僕の体型と同じだったんじゃなかったっけ」 「『事故直後に比べ、元・少年の胸囲3α増、腰囲1α増、胴囲変わらず、対して、生体端末 は胴囲2α増』ってマスターがデータ入力してました」  僕は頭痛を覚え、頭を抱える。 「あの人は何をやってんだか……」 「マスターは恋する気持ちが体型にどんな影響を与えるか研究してるです」  僕の独り言に無邪気に笑みで答える。それを見てストレスも少し和らぐ。  僕もまた笑顔で言う。  「ジャン・プウちゃんはそのままでいいよ」  僕の膝に両手を置いて、ジャン・プウが真っ直ぐ僕に視線をあわせて言う。 「でも、ジャン・プウはオネニーサマが好きだから…」 「え…」 「好きだから皆一緒になりたいです」  そのまま僕の肩に自分の頭をもたれさせ、言葉を続ける。 「好きって、そういう事なのでしょ?趣味が同じだったり、色んなことに共感できたり、一つ になることを望んだり」 「…えっとね、ジャン・プウちゃん……」  僕は彼女の肩を抱いてあげ、その肩に回した方の手で、僕より長い彼女の髪をそっと梳きな がら言う。 「好きな人と全部が一緒じゃなくても…ううん、一緒じゃない方がいいんだよ」 「そうなのですか?」  きょとんとした眼差しで聞き返す。僕は言葉を続ける。 「…重ならない所でお互いの事を思い遣れるんだ…僕はそんな風に思うよ」  「そうなのですか…また一つ、お勉強出来ました」  ジャン・プウは嬉しそうに言った後、ポスンと僕の胸に寄りかかった。 「マスターのためにも、もっとレンアイの事知りたいです」  健気だな。そう思って、僕は頭を優しく撫ぜてあげながら言う。 「本当に、宇宙人さん思いだね」  僕の言葉に、首をこちらに捩るとペロッと舌を出して答える。 「…本当はそれだけじゃないです」 「えっ」  照れくさそうに僕に背を向け視線を逸らし、言葉を続ける。 「『好き』を知ると胸の中が一杯になっていくです…時々苦しくなる位、でもそれが嬉しい です…」 「そっか…そうだよね…そういうものだったよね……」    彼女の言葉は僕の胸に奇妙に懐かしく響く。初めての恋――稚拙でただ懸命で、辛くて、 それでも幸せで。  それは今の僕が忘れかけていた気持ちで。  ギュッ。  不意に彼女の事を背中から抱き締める。まるで、ジャン・プウのことだけでなく昔の自分 も一緒に抱き締めるように――。 「オネニーサマはいつでもあったかいですぅ」  そんな僕の衝動的な行動に戸惑いもせずにジャン・プウちゃんが嬉しそうに言う。 「はは…ジャンプウちゃんはいつもお日様の匂いがするよ」 ひなたぼっこが好きな子猫みたいに。  呟くように彼女が言う。  「オネニーサマからギュッとしてくれたの初めてですぅ」 「…そうだったかな」  それから大分無理をして身を捩り、僕のほうに首をむけ。 「オネニーサマ…んーっ」  目を閉じて唇を突き出す。 「な…何?」 「この後は必ずチューするんじゃないんですかぁ?」 「そ、そういう訳では」  僕は思いっきりうろたえ、ジャン・プウから慌てて手を離す。  そんな僕の様子を見て、不思議そうに首を傾げて言う。 「トマリンやヤスナンとはチューしてたです」  え…何でそんなことまで…って、宇宙人さんたちには全部ばれてるのか…参ったな。 「あ、あれはね……ん…と…」 「……?」  首を傾げたままで答えを待っている。  適当なことを言って誤魔化すには、ジャンプウの目は純真すぎた。  僕はストレートに答える。 「二人への『好き』とジャン・プウちゃんへの『好き』とは違うんだよ」 「違う…ですか」 「うん、ジャン・プウちゃんへの気持ちは、お母さんやお父さんへの『好き』に似ている んだと思う」 「ヤスナンやトマリンみたくはなれませんか」 「…絶対…とまでは言い切れないけどね」 「そうなのですか、わかりました」  僕の言葉に真剣な顔で頷き、それから僕に視線を合わせると重ねて尋ねる。 「じゃあ、オネニーサマのトマリンへの『好き』とヤスナンへの『好き』は同じなのです かぁ?」 「それは…ね…」  言葉に詰る。確かに違うことは自分でもわかっている。だからといって、その違いを言 葉にするのは難しくて……とても大切なことなのに…。  悩む僕を下から覗き込み、笑顔を見せてジャンプウが言う。 「へへ…ジャンプウはヤスナンやトマリンの気持ちなら一寸だけわかる気がします」 「ちょっとだけ……?」  こくんと頷き、ジャン・プウは言う。 「えっと、ヤスナンはオネニーサマの事をぎゅっとしてあげたいなと思ってて…それで、 トマリンはオネニーサマにぎゅっとされたいって思ってると思うです」 「逆じゃなくて?」  ジャン・プウは力強く首を横に振る。 「二人の気持ちはきっとそうだと思うです…でも」 「でも?」 「オネニーサマは…どっちかよくわからないです……」  素直な感想に僕は胸を衝かれる。 「……やっぱりジャン・プウちゃんは凄いな」  僕の独り言に気付かずにジャン・プウは悲しげに眉を曇らせて言う。 「わからないのは、ジャン・プウの愛が足りないからなのですか?」 「――そんなことはないよ」  頭を撫でてあげながら僕は言う。  僕が決められないでいるだけなんだ。どっちも同じくらい好きだなんて逃げてて。  二人の気持ちにすっかり安心してて……。  でも、そんなことをジャンプウに言えるわけもなくて。  彼女は無邪気に目を細め、擦り寄り、尋ねる。 「本当はオネニーサマはどちらなのですか?」 「……」 「オネニーサマ?」  返事の出来ないの僕の事を心配そうに見上げるジャンプウ。僕はソファから腰を上げる と、笑顔を彼女に向けながら言う。 「おやつにしよっか。今日はお母さんがプリンを作ってくれてるから。僕がお茶を淹れて あげようね」 「はーい。プリンはジャンプウが冷蔵庫から出してきますぅ」  まるで放って置いたらプリンが逃げてしまうかのように、ジャン・プウが急いで台所に 向かっていく。  ずるいな僕は。またこうやって答えを誤魔化してる――それでも。 「……僕もいつかは決めなくちゃ…ね」  そう呟くと、僕もジャン・プウを追いかけ、台所に向かった。

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