愛  し  い  人

「むー、成長の形跡なしか」  そう独り言を言う彼女はどことなく元気の無い後姿をこちらに見せる。  ふたつのおさげまでしおれているよう。  やっぱりさっきの身体測定の結果がショックだったのね、特に胸囲の成長具合が。  私は足音を忍ばせ彼女の背後に回る。 「だーれだ」  手のひらに柔らかな感触を感じながら、私はお約束の言葉をかける。 「うひゃあ」  妙な叫びと共に私の腕を振りほどき、こちらを振り返る。 「こんな時はもっと色気のある叫び方がいいと思うわ。女の子なんだから」 「あゆき! ふつー女の子は背後からいきなり他人の胸を揉んだりしないぞ」 「やーね。揉んだりなんか、一寸しかしてないわよ」 「ちょっとはしてるのか!」  いつもの元気なとまりになった事を確認してから、私はからかいレベルを更に上 げる事にした。  とまりが持っている身体測定結果の紙を覗き込んで言う。 「サイズ変わらず?」 「う〜」  唸り声を上げながらこちらを見上げる。  怒っていると言うよりは涙目と言った様子。  私は人差し指を立て、にっこりと笑顔を浮かべて言う。 「そんなとまりに朗報よ」 「何? 怪しげな薬とかじゃないだろうな」 「最近は貧しい乳と書いて貧乳というカテゴリーがあってね、あえてこちらを……」 「……あゆき」 「愛好する人たちが……」 「あゆきぃっ!」 「と、冗談は置いておいて次の時間地学でしょ。とまり日直なんだから、先に地学室 行ってなきゃまずいんじゃない?」  私はとまりの言葉を制し、いつも通りのしれっとした顔でとまりに告げる。 「そうだ。準備とかあるんだった。サンキュ、お先にあゆき」  元気にとまりが教室を飛び出していく。  さっきまでからかっていた私に御礼まで言って。  短い間にしょげたり怒ったり泣いたり。本当に見てるだけで楽しい子だ。つい ちょっかいも出してしまうけど。 「さて」  私はポケットからメモ帳を出して書き付ける。 『とまり、胸を触るまでは問題なし』 ……当り前か、とまりにとって私は女友達なのだから。  ま、明日太は勿論、はずむ君にだって無理な事だろうけど。    歪んだ優越感を抱きつつ、私はパタンとメモ帳を閉じる。 「そう言えば、はずむ君……やす菜に告白するって言っていたわね」  ふと思い出す。  私はどちらを望むのだろう。  はずむ君の思いがやす菜に通じ、とまり自身が気付かぬうちに失恋する事をか。 それとも、やす菜に振られてとまりと付き合いだすのを願うのか。 「はずむ君。上手くいくのかな、それとも」  わざわざ口に出してみたけれど。  結局自分の気持ちは見えなかった。

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