『い い か ら 脱 げ よ !』

「ねぇ宇宙人さんまだぁ?」  僕は自分の部屋にある椅子に逆向けに座って、退屈を紛らわすようにくるくる回る。 「……ふぅむ、ここの装置のN波の向きがつまり…あぁ、すまんな、そのまま待機していてくれるかね …するとこの箇所は」  早急に入力したいデータがあるとかで、宇宙人さんは機器のセッティングをしている。それが、なか なか上手くいかないらしい。  窓の外を見る。大分日が昇り、夏の厳しすぎる光が照り付けている。 「……そろそろ着替えようかな」  出かける予定が無いからって、いつまでも、ピンクのタンクトップに白のショートパンツという格好 でいるのも、だらしない気がした。  立ち上がって、ワードローブを開ける。ずらりと当り前のように女物の服が並ぶ。  男物の服はお母さんに『どうせ、サイズ合わんから着られへんし』と豪快に捨てられてしまった。 残ってるのは制服ぐらいだ。  もしかしてと思い、秋冬物が入れてある引出しも開けてみる。 「うわっ」  中はセーターやらスカートやら可愛らしい服でびっしりと埋まっていた。予測してたとはいえ、驚い てしまう。 「…って…え?……まさかっ!」  嫌な予感がして、がさがさと冬物の服を引きずり出す…無い…本当に無い!  僕は急いで部屋を飛び出し、階段を駆け下り、台所にいるお母さんのところに走り寄る。 「お母さん!」  振り返って、にっこり微笑んでお母さんが答える。 「なぁに、はずむ」  勢い込んではみたものの、いざ面と向かうと僕は言葉に詰る。 「…あ、あの…僕の部屋の…その…冬物の服が入ってる…引出しの……」 「ふふ、お母さん、冬になるのが待ちきれへんで色々買ってしもうたわ、あんたも一緒に買いに行きた かった?」 「う、ううん…それはいいんだけど…引出しの中の…」 「中の?」  さっきと変わらない笑顔が全てを見透かしているようで僕はますます弱気になる。 「…中に本…写真集とか入ってなかったかなーって…」 「あぁ、あれな、あったあった、もう捨ててもうたけど」 「え?……えぇっ!!」 「だって、もう女の子やしなぁ…いらんやろ?」 「で、でも…」 「い・ら・ん・や・ろ?」 「は、はいっ」  迫力すら伝わってくる笑顔に僕はただ、元気なお返事しか出来なかった…そんなことより問題は…。 「明日太!」 「なんやの曽呂君がどないしたの」 「え…えと、明日太の家に行ってくるね!」  僕はサンダルを引っ掛け、玄関を出る。 「元少年待ちたまえ!」  2階から宇宙人さんの声が聞こえたけれど、僕はとにかく明日太の家に急いだ。       *   *   *   *   *   *   * ピンポーン。インタフォンを押したら、ドアが開いた。 「お、はずむか…って、お、おまえその格好…!」  言われてみると、部屋でいた格好のままだったっけ。 「ごめん、急いでたから。上がっていいかな」 「おう、いいぜ。今、丁度家に誰もいないし……いや、いないからって、下心とか、そんな意味じゃな くてだな……」  やたら慌てている明日太を制して言う。 「別に気にしないから、どっちかというと…僕もいないほうがいいかな」 「え……そ、そうなのか」  階段を上がり、明日太の部屋に入り、テーブル越しに向かい合わせに座る。 「あ……え…と…」  どう切り出せばいいんだろう、迷ってもじもじする僕を見ていて、何故か明日太ももじもじする。   それから、急に立ち上がる。 「そうだ、俺、ジュースでも持って来る!」  明日太が階段を下りる音が聞こえる。  ドタ、ドタ、ガッ、ガコ、ズガガガガガガ…ガコン!  え?思いっきり落ちた?  僕は部屋から顔を出し、階下の明日太に声をかける。 「おーい、大丈夫?」 「ぐがぁ…いってえっ…けど…大丈夫っ!」 「…本当かなぁ…」       *   *   *   *   *   *   *  しばらくして、お盆にジュースとお菓子を載せて明日太が戻ってきた。 「はずむ、持ってきたぜ、飲み物。お前のはカルピスのコーラ割な」 「わーい、ありがとう」  思わずバンザイの格好をしてから、今日来た用件を思い出して上げた手をゆるゆると下ろす。  そのまま正座した膝に両手を置き、居住まいを正し、僕は言いかける。 「あ、あのね…今日は明日太にどうしても告白しなきゃいけない事があって…」  すると明日太も胡座をかいていた足をきちんと正座に整え直し、背筋を伸ばして言う。  「い…いいとも、俺はどんな言葉でもドンと受ける所存で…ひいては…」  僕はいぶかしく思い、尋ねる。 「今日の明日太。何か変じゃない?」 「そんなことは無いぞぉ、いつものぉ泰然自若とした俺のはずだ」 「…声裏返ってるし…そうじゃなくて。あの、実はね…」 「おう」  僕は下を向き、目をぎゅっとつぶって一息に言う。 「実は、明日太が貸してくれてた『長浜渚』の写真集、お母さんに捨てられちゃったんだ」  それから、そうっと目を開け、明日太のほうを窺う。 「そうか、はずむの気持ちは…って、え…」  頬を赤らめてさえいた明日太の顔色が見る見るうちに青ざめていく。 「……な、あの写真集捨てられたって…マジカヨ!?」 「うん…明日太、あれ大事にしてたよね…ごめん」  突然、立ち上がり、頭を抱えながら明日太は唸り声を上げた。 「うぁああ!あの、理想の胸がぁっ!俺のEカップがぁっ!!」  「…弁償するよ」  明日太は僕の顔を見ると、悲しげに首を振りながら答える。 「いいや、無理だ。渚ちゃんは脱グラドル宣言してるんだよ。あの写真集のプレミアはつき放題、入手 は絶望的だ…」  あまりの明日太の取り乱しっぷりについて行けないでいる僕に明日太が噛み付く。 「お前は悲しくないのかっ!あのおっぱいが俺たちの前から失われてしまったことが!」  僕の両肩をつかみ、僕をガクガクと揺さぶりながら、明日太は叫んだ。 「ええっと……僕は」 「そうか…はずむは昔から尻派だったっけな、秋○奈々より秋○莉奈の方がよかったんだよな」   とんでもない思い出話まで披露しだす。僕はとにかく話題を変えようと必死になる。 「そうじゃなくてさ、今の僕ってもう、女の子だから……」 「!!」  僕を揺さぶる手が止まり、明日太の視線が僕の顔からゆっくりと下がり、不意に止まる。 「そうだっ!」 「え?」  明日太の視線の先は……。 「俺のこの心に開いた穴を埋められるとしたら、この実物のおっぱいぐらいだ!」 「え、駄目っ!駄目だよ」  僕は胸を両手で隠しながら、明日太から飛びのくように離れる。 「何でだ!?そんなに俺に見られるのが嫌か?」  明日太が悲しげに肩を落とし、眉を曇らせる。 「だって、女の子はそんな事軽々しくしちゃいけないって」 「いいや、これは男と男の仁義の問題だ、違うか?」 「うぅ……」 「…はずむぅ…言い訳は聞かないぞ」  両手を水平に上げて迫ってくる姿はゾンビを彷彿とさせた…指先がわきわきと動いているけど。  それでいて明日太の両目は爛々と光っている。  扉を背にして明日太が立っているから……逃げ道が無い。  そうか、窓!…って言っても、ここ二階だし…え?誰かいる?黄色のボディスーツ姿の……。 「観てないで助けてよ!宇宙人さん!」 「え、宇宙人って」  明日太が僕の視線を追い、窓を見る。 「む、いかん」  宇宙人さんは素早く身に付けていた腕時計を時間を確認するような格好に構える。  ピシュッ  腕時計から針のようなものが発射され、明日太に刺さる。 「は…はず…むにゃ…ぐぅ…ぐぅ…」  明日太はその場に倒れ、眠ってしまった。僕は宇宙人さんが使った道具を指差す。 「宇宙人さん、それって……」  腕時計を僕のほうに向けながら宇宙人さんが言う。 「これか。大丈夫、麻酔銃だ」  軽い頭痛を覚え、僕は両手の人差し指でこめかみを押えながら言う。 「えぇ、何故だかとってもよく分かります…それはともかくっ!いつから見てたんですか!?」 「曽呂少年が立ち上がって元・少年の両肩に触れた辺りからだ」 「どうして、止めに入ってくれないのさ!」   アゴに手をやりながら宇宙人さんが答える。  「ふむ、何やら愛の交歓の最中だったようなので」 「愛の交歓なんかしてないってば!」  両眉を上げつつ、宇宙人さんが声を上げる。 「何!あれが『いやよいやよも好きのうち』という現象だったのではないのかね!?」 「全然っ違うっ!!」 「そんな事よりも元・少年。検査の続きを行いたいのだが」  僕の激昂を全然気にしていない様子だ。僕は頭を抱える。 「う〜、それどころじゃないよ……どうしよう、長浜渚の写真集…謝るだけじゃ済まなそうだし… 同じの買うのも出来ないみたいだし…」 「長浜渚?それはもしかすると……」  宇宙人さんがおなかのポケットをごそごそと探る。 「これの事かね?」 「あー、それ!」 「資料になりそうだったので、取っておいたのだが」  僕は親指を立て、腕を振り回し、叫ぶ。 「宇宙人さん、GJ!グッジョブだよ!…検査も喜んで受けるよ、帰ろう!」  僕は宇宙人さんと一緒に明日太をベッドに寝せると枕元に写真集を置いて、言った。 「明日太、ここに置いとくから…おやすみ」  数時間後。 「ちょっと、起きなさい!これは何っ!?」  明日太が目覚めるよりも早く、帰宅した明日太のお母さんがその写真集を発見する事など僕が想像で きるはずもなかった……ごめんね、明日太。
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