ふ れ あ いシュイーン、ピー、ピー はずむの頭にかぶせられた調査用の機器が終了を意味する音を響かせる。 いつものボディスーツに身を包んだ彼は、はずむに言った。 「もう外していい」 「はい。ふぅ、一寸疲れたかな」 デート直後のデータが欲しいという彼の要望を受け、今日のはずむは部屋着に着替える間もなくブラウ スにフレアスカートという、幾分おしゃれをした格好だった。だから余計に疲れたのかもしれない。 はずむの独り言にすかさず反応して言う。手を口に当てながら。 「いつもすまないねぇ。ゴホゴホ」 はずむもたまには付き合いよく、のってみる。 「おとっつあん、それは言わない約束でしょ」 彼は中指で眼鏡のブリッジを上げる仕草をしながら尋ねる。 「面白いのかね、それは」 はずむは腕組みして、怒ったというジェスチャーを見せながら言う。 「ひどいなー。せっかく宇宙人さんのノリに合わせたのに。結構、宇宙人さんて僕のこと、からかって遊ぶ んだよね。本当は、感情の動きがないなんて嘘なんでしょ」 無表情なままで、はずむの方を向き、答える。 「君たちの表情や行動のパターンをトレースしているだけだ。それらしい真似事でしかない。あと20年 もすれば、地球人の作るロボットでもこれくらいの芸当は見せられるだろう」 その言葉を聞き、はずむは何とはなしに気まずくなり、別の話題を出してみる。 「でもさ、宇宙人さんて、すごいよね。星の未来を救うために、こんな凄く遠い星まで来ちゃってさ。上 手くいって星に帰れたら、きっと英雄だよね」 「それはどうかな」 「え?でも、存亡の危機なんでしょ。皆、不安に思ってたりするんでしょ」 「大概は現状を粛々と受けいれている。種の保存が本能だというのなら、我々は本能がすでに壊れている という結論から。周りの生態系に被害を与えぬよう、静かに滅びるのが最期の勤めだと」 「そんな…宇宙人さん以外にだっていたでしょ、このままじゃいけないって言う人が」 彼はアグラをかき、腕を組んだ格好で淡々と話す。 「只、異を唱えるだけの者は再教育を受ける。規律を乱す者とみなして。私は計画を持って皆に説明し、 探索の予算を得ることが出来た。だから、ここにいる。幸運かどうかはわからないが」 はずむは、ますます居たたまれない気持ちになる。 「あの…ごめん」 「謝る必要はない、私は事実を述べただけだ」 「それでも!」 はずむは、正座のままでにじり寄ると、彼の膝に手を置きながら言う。 「僕は自分が無神経なことをいったと思うから…」 「それは同情というものかね」 ピクッとはずむの肩が動く。図星を指され、はずむは俯く。 その様子を見咎めるでもなく彼は言う。 「相手の気持ちを推測したうえで、よりよい行動を選択する。感情を持つ者達が円滑なコミュニケーション を取るために重要なものなのだろう、それに関する適切な反応は…『ノープロブレム』でいいのかな」 思わず、顔を上げると、そこにはいつもと変わらない彼がいた。はずむは少し笑んで言う。 「はは『ターミネーター2』みたいだ…ねぇ、僕、結構、宇宙人さんに救われてるのかな。確かに、こん な身体になっちゃったのは宇宙人さんのせいだけどさ。宇宙人さんや、ジャン・プウがいて、賑やかな毎 日は結構楽しめるようになってきたし――」 間を置き、はずむは続ける。 「――何よりさ、やす菜ちゃんの事…宇宙人さんに言われなかったら、僕はきっといつまでも、気づけない でいたと思うし……うん」 はずむは一つ大きく頷くと、彼に言う。迷いの無い言い方で。 「宇宙人さん、何かあったら言ってくれていいから。僕に出来る事だったら、何でも協力するよ。宇宙人 さんも同情とか、友情とかややこしい考えなんかしなくていいからさ」 彼は顎に手を当て、考える格好をする。 「何でもと言ったね…ならば今日は、特別に調査を続けさせてもらおう」 「うん、いいよ、ヘルメットかぶればいいんでしょ」 「…いや」 彼ははずむの両手首を掴み、ゆっくりとはずむを押し倒しながら言った。 「フィールドワークだ」 あまりのことに、抵抗も、大声をあげることも出来ない。声を震わせながらも、やっと言えたのは冗談 めかした言葉だった。 「ま、また、宇宙人さんたら、僕を驚かせようとして…」 はずむの上に、のしかかりながら言う。 「そう思われては調査にならない…それでは、こうしよう」 ブゥーン。どこからか音がする。 「え、嘘…」 ボディスーツがコスチュームチェンジする。 下はジーンズに、上は何も身につけない素肌のままで。 はずむの両腕は男の腕力には抗えないまま、ゆっくりと床に押し付けられる。 「これで少しは雰囲気が出たかね」 「…冗談がきつすぎるよ…宇宙人さん…」 はずむの手首から手を離し、そのまま両肘を床につける。二人の距離がなお近くなる。 冷静な声がはずむの耳に届く。 「入手したいデータがある。直に触れ合うことによる、心の動きの観察。何のフィルターも通さず、私自 身によって…今の君にあるのは、専ら恐怖かもしれないが。君は抵抗してもいい。正直な心の動きを、感情 を知りたいのだ」 そのままの姿勢を崩さないはずむに、彼は続けて言う。 「必要なデータではあったのだが、これに関しては、了解を得るのは難しいと保留していた。しかし、君 は何でも協力すると言った」 そう言って彼は、自分では判断しきれない、複雑な表情のはずむを見つめる。 はずむは動かないままでいる。少し疑問の色を混ぜながら、彼は言う。 「逃げないのか」 はずむは静かな声で、むしろ、いたわりの表情すら見せて答える。 「今の宇宙人さん、とても寂しそうに見える」 彼もまた穏やかな声で問う。 「また『同情』かね」 はずむは首を横に振る。 「わからない、けど…」 宇宙人さんは自分に感情は殆どないと言った――じゃあ、何でその瞳は。 はずむは言う。 「そんな目で見つめられたら…動けない、そんな、悲しい色の瞳で見つめられたら」 だから、はずむは目を逸らそうとした。けれど、それは叶わなかった。 両頬をしっかり、包み込むように抑えられていたから。 観念したように、そのまま、言葉を続ける。 「感情がないって宇宙人さんは言うけど、僕にはどうしても、そう思えないんだ」 彼は、はずむの澄んだ瞳を見つめたままで言う。 「私が異端の者だから、かもな」 「え?」 「科学者の資質を持ちながら、星から飛び出すことを、いわゆる冒険を求めた。そんな奴は私ぐらいだっ たということだ」 はずむは無意識のうちに、自分の頬に触れている手の上に自分の手をゆっくりと重ねる。 そして、目を閉じながら、彼のことを思う。 この人はどれだけの間、独りだったのだろう。遥か彼方からここに来るまでの宇宙船の中。 違う。きっと、もっと前から。人が生き物であるために、恐らく抗い続け、主張し続け…この人は自分 の星の中ですら独りだったんだ。 はずむは呟く。 「手から、宇宙人さんの孤独が伝わってくるみたいだ」 「…それは不思議だな。不快感を受けているということかね、もう、離れたい?」 はずむは目を開け、それから愛しいものを見るように、目を細める。 「ううん、違う。出来る限り、宇宙人さんの気持ちを受け止めたいって思ってる…僕なんかでよかったら …このままで…いいよ」 嘘でも、強がりでもなく、自然にはずむは告げることが出来た。 小首をかしげて、彼は問う。 「調査を続けてもいいということか」 「うん。でも、その代わり――」 はずむは、包み込むような笑顔を見せると、右手を彼のほうに伸ばした。 そうして、彼の頬に触れながら言う。 「今だけ、『そら』さんって呼んでもいい?」 「――名前はそんなに重要なのか」 はずむはそっと、彼の頬を撫ぜる。 「うん。いつだって、出会いの次は呼びかけていく事から始まるんだよ、きっと」 「――それは貴重な意見だな、元…」 言いかけていた彼の唇をはずむの右手の人差し指がおさえる。 「元少年じゃなくて…はずむって呼んでくれなきゃ、駄目だよ」 彼は、了承のうなずきをしてから、言う。 「はずむ」 「はい」 相も変わらない真顔で彼は尋ねる。 「それで、君は私にどこまで調査を許してくれるのかね」 「…そんなの聞かないで」 またも、彼は首を傾げて言う。 「君の考えは推測しかねる。とりあえず、ブラウスぐらいは脱いでもらいたい」 ただの依頼のはずなのに、はずむには自分の心を試されているような気がした。だから、答える。 「は…い」 震える指で、ボタンを外そうとするはずむの手を彼はとどめる。 「やはり、私がしよう、恋人同士はそうするのだろ?それに私は協力してもらう立場だ、これぐらいは サービスするべきだろう」 はずむは、襟の開いたブラウスの胸元に向かって首筋を撫ぜられ、思わず吐息を漏らす。 「ん、ふぅ…感情がないなんて、嘘みたいだ…宇宙さん」 「君の期待に応えられているということか」 丁寧にはずむのブラウスのボタンを外していく。ふと、思い出したように、彼は言う。 「そういえば、女性のブラウスのあわせが男と逆なのは、脱がされやすいためだと聞いたが」 「もう…どこからの情報ですか」 はずむは軽く、頬を膨らませて見せ、怒ったふりをする。 彼は気にもせず、ボタンをすっかり外し、前をはだけさせる。雪白い素肌の部分。 何気ない感じで彼は、はずむのわき腹をなぞる。無造作ながらも、緩やかな手つきに、つい、はずむは 声をあげてしまう。 「あ!…う……ん」 露わになったブラジャー。それは、はずむに似つかわしい、控えめなフリルつきの淡いグリーンで…。 「フロントホック?こればかりは、やはり…誰かに脱がされるのをみこして」 「ち、違うって!僕がぶきっちょにブラつけてるのをみかねて、とまりちゃん達がプレゼントしてくれ たんだよ、本当に」 「ふむ」 彼がホックの部分をつまむと、パチンと小さな音を立て、あっさり外れる。窮屈そうにしていた乳房が 解放される。瞬間、はずむは少し怯えたように背筋をビクリとさせる。 はずむの胸は仰向けに寝ていてもあまり、左右にこぼれたりせず、綺麗な、理想的なふくらみを保って いる。そこに触れる前に、彼ははずむに生真面目な顔で意見する。 「胸を包み、形を整えるというより、抑えつけられていたように見えたが、適切な大きさのものを使うべ きではないかと思うのだが」 まさか、そんなところに目が行くの?と、はずむはすっかり虚を突かれる。思わずしどろもどろになり ながらも律儀に答える。 「あ、えーと、最近、前より大きくなったみたいで、でも、とまりちゃん、気づいてなかったみたいで。 前のサイズのくれて…でも、とまりちゃんには、おっきくなったから付けられない、なんて言えなくて」 もじもじとしながら話を続けるはずむを尻目に、彼ははずむの胸を、何気ない感じで掴む。 「あ、痛っ。胸は優しくしてくれなきゃ、やだ」 「強かったかね?さほどの力は入っていなかったはずだが。これも、成長期だからかね」 「そうかも。最近、ちょっとの刺激で痛いんだよ」 「来栖とまりには知られたくなかったから、黙ってた?」 「わからないけど…そうなのかな」 そう答えながらも、はずむは思う。 僕は、何を知られたくないんだろう。 自分が確実に、女の子の階段を上っていることに? 実は、とまりちゃんとのカップ差が2以上になる、後ろめたさからかもしれないけど…説明しづらいか ら、はずむは心の中だけにとどめておいた。 「胸への刺激が嫌か。それならば、下半身のほうかな」 「え、ひゃ…ん…ん」 彼の右手がはずむのふくらはぎから膝の裏辺までを撫ぜる。 驚きの声を上げる、はずむの反応に彼はわずかに両眉を上げる仕草を見せ、それから、呟く。 「スカートがこういう形なのはこうして、男の手を招き入れるためではないのかな」 自分の出してしまった甘い声を誤魔化したくて、わざと冷めた声ではずむは言う。 「そんなはず、ないでしょ」 「確かに、私は違うことを知っている。だが、はずむはどうかね。スカートの中への不思議な引力を感じた 事はあると思われるが」 「い、引力って」 「比喩的な言い方だったか。つまり、はずむがこうしてみたいと思ったことはないのか」 彼の繊細な指先が、はずむの太腿をゆっくりと撫で上げていく。 「それは…」 「はずむがが愛しく思う女性達の隠された部分に…手を這わせたいと」 「そんなこと…」 答えられないはずむを見て、彼はあっさりと話題を転換させる。 「それでは、質問を変えよう」 ただし、より、答えにくい質問に。 「君は自身の身体をどう扱っているのかね?」 下着に手が届きかけた彼の右手はわざと核心を避けるかのように、胸に移り、はずむの乳房を包み こみ、揉み始める。 はずむは、自身でも気づかぬうちにしていた期待を外されたのと、代わりに感じる刺激に、ため息を つく。そして、彼の質問に心を乱される。 「あ、ふぅ……え…どうって…」 彼の愛撫は優しく、柔らかく、しかし、確かな刺激をはずむの乳房に与えていく。 さりげない人差し指での乳首への刺激に、はずむは思わず背を反らす。彼が問う。 「この、豊かな乳房が自分のものになって。どのように触れてみた?」 「ん…あぅ…そんな…」 「異性の裸への興味は、ごく自然なものなのだろう?私がいないときを狙って、鏡の前でスカートを そっとたくし上げたことはないのかね。自身の指が、その茂みに触れたことは。あるいはその先の…」 はずむは、彼の囁きを聞かなくて済むよう、ぎゅっと目をつぶり、両手で自分の耳をふさぐ。 「…うー、何で今日の宇宙さんは、こんな事ばかり言うの」 彼ははずむの手首を掴むと、たわいもなく、はずむの手をはがした。 そうして、彼は囁きをはずむの耳に流し込む。 「エッチな事を言われるのは嫌いかね」 「……」 彼の目を見て小さく頷くはずむに、彼は言う。 「エッチな事が嫌いな人なんて、本当はいないはずだ……何故なら君たち地球人は、こうして立派に種を 繋いでいけているのだから」 「そんなの…詭弁だよ…」 彼は左手を離し、再び太腿への愛撫を始めながら言う。 「恐らくは。でも本当に重要なのは、そういうことを言われて、動揺しているはずむ、君自身についてだ。 目をこんなに潤ませて、頬を紅潮させて…呼吸が荒くなってるのは怒っているだけではないのだろう?」 彼の中指が下着の上からはずむの割れ目をなぞる。 「ほう、下着まで。まだ直接、触れていないうちから」 涙目になりながら、はずむは喘ぐように言う。 「はぁ…あ…や、お願い…言わないで」 優しい愛撫だからだけでなく、言葉でのなぶりからも、興奮していく自分に、はずむは気づく。 「下着は、下の方も脱いだほうがいいだろう、明らかに湿度を増している」 はずむの耳元で、息がかかるくらいの距離で、彼は囁く。はずむの下着に指を掛けながら。 「…うん、脱がしてもらってもいいかな、宇宙さん」 はずむは力が入らないのと、身を委ねてしまいたい気持ちから、彼に、そう告げる。 「協力してもらえるのなら」 はずむは黙ったままで、少し、腰を浮かす。 ゆっくりと、脱がされていく。膝まで下着をずらされ、ぺたんとお尻を床につける。はずむの下着は 始めに、左足から脱げ、次に右足の、心持ち水平に伸ばされたつま先を通り抜ける。 ファサ。下着が床に落ちるかすかな音が、はずむには聞こえた。 いまや何も着けていない、その個所は外気に直接触れる。ひやりとする感覚に自分がどれだけ感じ、濡 れてしまっているかを思い知らされる。 「急に恥ずかしくなった?」 はずむはただ、彼から目をそらすように俯き、返事をする。 「え…と…うん」 彼は、人差し指ではずむの尻の割れ目をなぞりながら言う。 「尻のほうにまで液が伝っている…ここまで、濡れてしまうものなのか。皆、ここまでなるものなのかね」 はずむは、自分で気づいているとはいえ、彼に指摘され、なおいっそう恥ずかしくなる。 動揺を悟られぬように、ぶっきらぼうな言い方になる。 「そんなの、知らない」 「他の子に聞いた事はない?」 「当たり前でしょ!」 恥ずかしさをごまかすように、はずむの語調は強くなる。 「これならば、男性器も潤滑に挿入できるだろう」 「宇宙さん。だ、だめだよ」 はずむのあせる声にまるで頓着せず、彼は言う。 「ふむ、指を入れてみようか…」 「え……あ!」 ぬるりと、抵抗なく、中指が入っていく。むしろ待ち構えていたように中がうごめく。 「宇宙さん…だめだよ…」 同じ言葉を、はずむは繰り返す。 「異物が侵入するのは、気持ち悪い?」 軽く、指を出し入れさせながら、彼は聞く。 ぶんぶんと激しくはずむは首を横に振る。 「違う…気持ちいい…だから…怖い…」 「もう少し、強くしてみようか」 彼は指の動きを早める。そして、膣内で指を軽く動かしてみる。その動きに喜びの呼応をするかのよう に、はずむの中は更にうごめきの度を増す。 「あん!そ…ん…な。うそ…もっと、感じちゃう……」 くちゅ、くちゅ、くちゅ。 直に膣内を刺激する指の気持ちよさも勿論だが、指を出し入れする、淫猥な、湿った音もまた、はずむを 耳から刺激する。彼が耳元で何か囁いた 「…今、君はもっと…して欲しいと思っている……」 近くのはずの彼の声が、何故か遠くに聞こえる。 もっとして欲しい?と、尋ねられているのか、それとも、して欲しいのだろうと、断言されているのか すらも、はずむには判断できなくなっている。 半ば、喘ぎ声になりながらも、はずむは何とか彼に言う。 「や、だめ、……気持ち…いいけど……このまま、こんなにされちゃったら…ん、ん」 今までに感じたことの無い快感が、内から段々に高まってきているのに気づく。 これがきっと、女の子だけの快感。 僕、このまま、女の子にさせられちゃうのかな…そんなの…そんなのって……。 もう、何も考えられなくなっちゃうよ…。 はずむは力も入らず、せめても抵抗と言えばせいぜい、身体をくねらせるぐらいだ。しかし、それは、 まるで、自分の快感を彼に伝えているようにも、次のステージに彼を誘い込んでいるようにも見えた。 もう、駄目、許して、もう、もう、女の子になっちゃう…。 はずむは何かに耐えるように目をつぶる、目尻にうっすらと、涙を伝わらせながら。そして…。 ……え? しばらくは、続くかと思われた愛撫が止む。 はずむが目を開けると、彼が上から顔を覗き込んでいるのが見えた。はずむには彼が、自分のことを心配 げに見つめているように思えた。 「女性になってまだ間もない時点で、ここまでされるのは、すこし、負担が大きかっただろうか」 無感情なはずの彼の声が、はずむの耳に不思議と優しく響く。 彼は、自然の流れであるかのように、そっと抱きしめる。はずむの豊かな胸が、彼の胸板に押さえつけ られる。あるいは彼にとって、初めて感じる刺激だったかもしれない。彼は呟く。 「君の暖かさは伝わってくるのにな。何で私はこんなにも冷たいままなんだろう」 はずむもまた、彼の広い背中へ手をまわし、呟く。 「…そんな事、ない。宇宙さんのぬくもりだって、ちゃんと、それに……」 こうして抱き合っていれば、二人の体温はいつか重なるから、そんな思いを言葉には出さずに、はずむ はただ、しっかりと彼を掻き抱く。 彼は自分の指ではずむの髪をそっと梳く、何度も。手触りを楽しんでいるだけなのか、あるいは、わず かでも、はずむを愛しく思う気持ちが芽生えたのか、本人すら知る由も無く。 「宇宙さん、僕…」 はずむは、自身の気持ちに戸惑う。一体、自分は何を言うつもりなんだろう、僕、本気なのかな。それで も、言葉は止まらない。 愛撫の、抱擁の、その先を望む言葉。 「…そんなふうに優しくされたら、僕、もう…もう、我慢でき…」 ピピー、ピピー、ピピー 体勢はそのままで彼が言う。 「そろそろ、時間だ」 「え?」 「ジャン・プウのデータ整理と自己修復が終わる頃なのだが。それとも、このままジャン・プウの前で 続けるかね」 「そ…そんなわけないでしょ!」 はずむは慌てて、彼を押しのけると、改めて、自分の乱れた姿に気づく。 「あ、み、見ちゃ駄目だからね」 今更なことを言い、背中を向け、衣服を身に着けるはずむに彼は声を掛ける。 「また、研究させてもらってもいいかね」 「――いやです」 はずむの返答に少し、間があく。 「それは『いやよいやよも、何とやら』という意味と判断していいのだろうか」 「…そらさんのいじわる」 背中を向けられたままでも、彼にははずむの顔が赤くなっているのがわかった。耳の先まで赤くなって いたから。 そんな様子を眺めながら、何故だかわからないまま、彼は自然と唇の両端を上げていた。
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