お  姫  様  抱  っ  こ  

「はずむぅ、支度できたんー?もうとまりちゃん来てはるよぉ」  階下からはずむの母が声を掛ける。 「うん、今行く」  返事をしながら、はずむは階段を駆け下りる。 「それじゃ、いってくるね、お母さん」 「いってきます、おばさん」   二人はそれぞれはずむの母に声を掛け、家を出る。  うーんっと、とまりは目一杯の伸びをするとはずむにむかって笑いかけながら言った。 「いい天気だなっ!」 「そうだね」  今日も二人で登校。はずむがとまりと付き合うと決めてから、他の人たち――あゆき、やす菜、 明日太――が気を遣ってくれている。  その気持ちが二人とも面映いようでそれでもやっぱり嬉しい。  はずむは横目で確認しながら、そろそろと手を伸ばす。もう少しで、自分の手がとまりの指に 触れる。あと10センチ…5センチ…。  プッ、プ――――!!  「うわぁっ!」  出し抜けに後ろから響く車のクラクションにはずむは慌て、驚く。 「わっ!……って、はずむ驚きすぎ、こっちまでびっくりしたじゃないか」   車が止まり、助手席から美しいウェディングドレス姿の女性が下り立ち、満面の笑みを浮かべ ながら声を掛ける。 「とまりちゃん、はずむ君、おはよーっ!」 「あ、園香さん、おはようございます…今日なんだ」 「おはよう、園ね…園香さん」  くすくす笑いながら女性が返す。 「やーねー、とまりちゃん、昔みたいに『園ねえ』でいいのに…そう、今日なのよ、結婚式。わが まま言って、家からこの格好で行くの」  そう言って、二人の前で裾を持ち上げ、一回転してみせる。純白で長袖、細身のマーメイドライ ンのドレス。 「うん、シンプルで格好よくて…綺麗で、園…ねえによく似合ってる」  眩しいものでも見るように目を細めて、とまりが言う。 「僕もそう思う!」  はずむも元気よく後に続いて言う。 「ありがとう、二人とも」  園香はふふんと満足そうな笑みを浮かべながら答える。  それから、手を後ろに組みながら、はずむの顔を下から覗き込むようにして言う。 「それにしてもはずむ君、相変わらず綺麗ねぇ……お姉さん、早くウェディング姿見たいなぁ」 「え、え…僕は…」  戸惑うはずむに気にも止めず、こんどはとまりの方を向く。 「とまりちゃんはどんなのが似合うのかな…フリルが一杯ついたのとか」 「あ…あたしは…」  顔を真っ赤にしてうろたえる。  そうして、とまりとはずむを両方見比べながら言う。 「どっちが先に相手を見つけるのかな……あぁ、ごめん、ごめん、気が早すぎるよね」 「園香、その辺で…遅くなったら幸弘君が心配するぞ」  運転席から園香の父が声をかける。 「うん、わかった…それじゃ、行くね」  園香はドレスの裾を翻して二人に背を向ける。それとともに光るドレスの真珠の飾りは、まるで 彼女が本当のマーメイドのように見せた。 「お幸せに」 「お幸せに」  二人はひとしきり手を振り見送る。そうして、はずむが呟く。  「綺麗だったね、園香さん」 「ああ……あのさ、はずむ…」 「ん?何」 「え、と、いや……いい天気だな」  はずむが苦笑しながら言う。 「それさっきも言ったよ…でも…そうだね…」  空を見上げながら、はずむは言う。 「こんな素敵な青に包まれた花嫁は、きっと幸せになれるよ…」  授業中、ぼんやりととまりは子供の頃を思い出す。他愛のない思い出の一つ。    いつも遊んでいる空き地にその時のとまりは本を振り回しながら現れた。 『はずむ、知ってたか?お婿さんは、お嫁さんの事をお姫様抱っこ出来なきゃいけないらしいぞ』 『えっ…おひめさまだっこって何?』 『待ってな……んーと』  とまりがどこからか持ってきた分厚い結婚情報誌のページをめくる。 『あった!ほら、これ』 『本当だ、絵本のお姫様と王子様みたいだ!…これが出来ないとだめなの?』 『あぁ、園ねえがそう言ってた』 『難しそうだな……』 『やってみるか?』 『ええっ。もしかして僕がとまりちゃんのことを?』 『逆のわけないだろ?ほい』  とまりが横を向く。 『い、いくよ…えい!…うわっ…』  ぺたん。抱き上げる間もなく、はずむはこける。 『とまりちゃん…重い…』 『なんか言った?』 『……何でもない』 『もっと鍛えないと、お婿さんになれないぞ』 『…うん』  小学校、はずむはいかにも非力で、抱っこは出来そうもなくて。  中学校では、はずむが覚えていたとしてもお互い恥ずかしくてそんな事試せるはずもなくて。  そして、高校……はずむは女の子になってしまい…。 「……来栖、来栖とまり、聞いてるか。34ページ問いの2。黒板に書け」 「は、はいっ!」  とまりは席を立ったはいいが、そもそも何の授業をしてるかもあやふやなぐらいだ。 「…とまりちゃん、これ」  後ろの席のはずむが小声でノートを差し出す。 「…さんきゅ」  とまりの言葉にはずむは笑顔を返す。ツキン。はずむの笑顔にとまりの胸が何故か痛んだ。  昼休み。屋上で皆とお弁当を食べた後、皆はそれぞれの用事でいなくなり、はずむととまりは 偶然に二人きりになる。  それがたまたま今日である事が、とまりには妙に切ない。  二人は何となく、花畑の中を歩く。はずむがふと上を見上げ、呟く。 「あ、あそこのツル……」 「ん、どうした?」  とまりも同じ方を仰ぎ見る。 「あの蔓草の先が右に寄っちゃってるでしょ…もうちょっと左にしてあげないと、棒に上手く絡 まなくなっちゃうから」 「本当だ」 「脚立もってこよ」 「まさか、自分で直す気か」 「そうだけど」  駄目駄目という風に手を左右に振りながらとまりが言う。 「はずむじゃ危なっかしいよ、あたしがやってやる」  結局、言う通りに、はずむは脚立押さえ係に回り、とまりを心配そうに見上げる。 「気をつけてよ」  「わかってるって……よっと、こっちでいいんだな」 「うん、ありがとう、あ、降りる時は足元に気をつけてよ」  「だからぁ、わかってるって」 ……それにしても、今日は見事な青空だ。  見上げた拍子にとまりは太陽に目を眩ませ、うっかり段を踏み外す。 「あ、まず…」 「とまりちゃんっ!!」  ドスッ  どうにかはずむは横抱きにとまりを受け止める。 「ふうっ…セーフ」 「あ、ありがとう、はずむ、もう下ろしてくれて…はずむ?」  はずむはとまりを抱きかかえたままで、呟く。 「…無理すれば…これくらい…」 「ちょっ…危ないって…」  とまりは思わずはずむの首にしがみつく。  はずむは右へ左へよろよろしながら、とうとうペタンと尻餅をつく。 「うわっ…はずむ、大丈夫か」  そう言うとまりも力が抜けたかのようにはずむの膝の上のまま動けない。得意げにはずむが言う。 「へへっ。一瞬だけど出来たでしょ『お姫様抱っこ』」  とまりはあんぐりと口を開ける。 「お前、覚えて……」 「…本当は、今日の園香さん見て思い出した」 「…あたしもだ」  はずむは心底嬉しそうな笑顔の後、急に真剣な表情を見せ、言う。 「とまりちゃん…ウェディングドレスはどうなるかわからないけれど、僕は……」  それを聞き、とまりが何か言いかけるのをはずむは優しく手で制し、言葉を続けた。   「…僕は、君に永遠の愛を誓います」  それから二人は瞳を閉じて誓いの口づけを交わした。どこまでも広がる青空の下で。

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