『あ な た と 歩 く か ら 』「ごめーん、家に寄ってたら、遅刻した……つっても、あゆきと宇宙先生もまだか」 とまりが居酒屋の座敷についている面々を見回して言う。 「あぁ、俺も今来たとこだ」 明日太が言う。 「お久しぶり、とまりさん」 やす菜が笑顔で挨拶する。 「おそいよー、とまりちゃん」 はずむが少し怒り加減で言う。 「はずむ、お前、毎日顔を合わせてるくせに……」 明日太が呆れて言う。 「ごめん、ごめん、はずむ」 「とまりさんもなんだか嬉しそうに謝ってるし……」 明日太と同様の口調でやす菜も言う。 「まーまー、集まるの半月ぶりぐらいだよな、久しぶりの乾杯!」 とまりが元気よくジョッキを掲げ、皆もそれに続いた。 「――結局さ、二人ってつきあってるのか」 明日太が誰がいるわけでもないというのに、口に手を当て、小声になって聞く。 「あゆきちゃんと宇宙人さんの事?どうなんだろ……でも、想像つかないよね」 はずむが頬に手を当てて、考えるようにして言う。 「そう言やさ。さっき家に寄って仕入れた、家の母さん情報なんだけど」 明日太につられ、とまりの声も小さくなる。 「買い物してた時にあゆきのお母さんと会って、あゆきがさ……お見合いしたらしいんだ」 「マジかよ」 「うん、『まぁ話のネタによ』とかあゆきのお母さんは言ってたらしいけど」 「で、あゆきが断って終わりか」 明日太の言葉にとまりは首を横に振る。 「……それがさ、話によると、その場に宇宙先生が現れて、鮮やかにお見合いをぶち壊し て帰って行ったんだって」 「宇宙人さんが?やきもち焼いて!?」 はずむが目を丸くする。 「その辺はあゆきのお母さんは見てないからわからないらしいけど、同席してたお父さんが 『奴はやる時はやる男だと信じてた!』とか興奮して話してたらしい」 「本当かよ、って噂してたら本人が登場だぜ」 ガラガラと戸を開け、宇宙仁が入って来る。 「こっち、こっちぃ」 はずむがぶんぶんと手を振って呼ぶのに、宇宙仁が軽く左手を上げて答える。 相変わらずワイシャツの上に白衣を羽織った格好だ。 「あゆきは一緒じゃないんですか?」 「彼女は大学の実験が長引いたので、終えたら直接こちらに来ると言ってた」 とまりの問いに座敷にアグラをかきながら、宇宙仁が答える。 やす菜が他の3人の方を向きつつ、小声で言う。 「もしかしたら今がチャンスじゃないかしら?」 「あゆきちゃんが来る前に聞いてみるって事?」 「だ、誰かなにげなーく、宇宙先生に聞いてみろよ」 「何気なくってどんなんだかわかんね―よ」 他のメンバーがもたもたしている中、はずむがすっと、宇宙仁の方を向いて、 言う。 「宇宙人さんって、どういうつもりであゆきちゃんと一緒に暮らしてるの?」 ブッ。3人が一斉にビールを吹く。 「げほっ……ごほ、ごほ……はずむ、おまっ!」 「はずむ君、もうちょっとオブラートに包んで」 「な、何だってこんな所でストレートに」 みんなを見て、気付いたようにはずむが言う。 「あ、ごめん、でも宇宙人さんて遠まわしな言い方とか、含んだ言い方っ てあまり察してくれないから、つい癖で…で、どうなの」 「ふむ」 腕組みをして宇宙仁が答える。 「実験や調査を行う上で、助手として非常に頼りにしているが」 はずむはじれったいように、自分の頬を人差し指でつつきながら、言う。 「んー、そういうんじゃなくてさ」 「あ、そうだ」 何か思いついた明日太が、テーブルに手をついて、身を乗り出して言う。 「あの、お見合いをぶっ壊したっていう、うわさ……」 言いかけたところで背後から誰かが声をかける。 「あら、私の噂話?」 ビクン。驚かされた猫のように全身を震わせてから、明日太が振り向く。 「あゆき。早いじゃん」 上着を脱ぎながら、あゆきが素っ気無く言う。 「もともと、あのお見合いは私にとって意味がないものだったの」 「意味がないって……」 「どっちにしても、お見合い相手の人とお付き合いする気はなかった、 それだけの事」 「つまらねえ答えだなあ」 明日太がビールをあおりながら不満げに言う。それに対して、あゆきが さらりと言う。 「あら、明日太の余計な考え事を一つ減らしてあげたんだから感謝して 欲しいぐらいだわ」 「何だよそれ……」 「予備校の全国一斉模試」 あゆきの言葉に明日太がピシッと凍りつくように固まる。 「希望大学で合格判定C以上の大学は今、幾つあるのかしら」 「ぐっ。それを俺に聞くのか」 明日太はコトンとビールのジョッキを置き、俯きぼそぼそと言う。 「行こうと思ったら行けそうなとこはあるけどさ……彼女と同じとこが D判定でよぉ」 「ま、今日は呑んで」 あゆきが自分の注文したビールをずいっと明日太の方に押し出す。 「おう」 明日太はそれを受け取るとぐいっと呑む。 「これから本気で追い込めば成績は伸びるわよ」 「そうか、俺、がんばるよ」 そんなこんなで明日太はすっかり自分が問いただそうとしていた事を 忘れていた。 明日太の様子を片隅で残る三人が見つつ、会議を始める。 「案の定、丸め込まれちまったぞ、次は誰いく?」 自信なさげにやす菜が言う。 「でも、私は摩利さんとあまり話すほうじゃないし」 「え、じゃあ僕?上手くできるかな」 「はずむじゃ不安だ、ここはあたしが」 はずむがとまりの事をじっと真顔で見つめて、言う。 「とまりちゃんは多分、明日太並みの早さで丸め込まれると思う」 「失礼な!ってやす菜もそこで無言でうなずくな!」 「何を三人でかしましくしてるのかしら」 あゆきが声をかける。 「うあっ!あ、あゆき、ほ、本日はお日柄もよく……」 とまりが泡を食って訳の分からないことを言う。 「あら、まるでお見合いの挨拶みたいね」 ギクッ。そんな擬音が似合う表情をとまりがみせる。 「さっき、明日太と話してたのはもう聞いたでしょ?」 「あ、あぁ」 にっこりと底知れぬ笑顔を見せて、あゆきが言う。 「あの話はあれでお終い。で、いいわよね?」 首を大きく縦に振りつつ、とまりが言う。 「も、勿論、いいとも」 二人のやり取りを見ていたはずむとやす菜が『やっぱり軽くあしらわ れてるね』と顔を見合わせて苦笑した。 はずむがふと、あゆきの耳元に視線を止め、目を輝かせて言う。 「わあっ、あゆきちゃん、そのピアス綺麗だね」 指先で耳たぶに軽く触れながら、あゆきが礼を言う。 「ありがとう、宇宙先生がこれを付けなさいって」 ポンと両手を合わせながら、弾んだ声でやす菜が言う。 「もしかして……宇宙先生からのプレゼントってことかしら」 明日太がにやりと笑って言う。 「先生やるじゃん」 「「ピアスか……」」 はずむととまりがあゆきの方を見て同時に呟き、それから、二人、顔を 見合わせると、再び同時に。 「「いいなー。欲しいなー」」 明日太が言う。 「お前ら、二人とも相手にプレゼントされようと思ってるだろ……」 ペロッと舌を出し、頭を掻きながらはずむが言う。 「てへっ。ばれた?」 「『てへっ』じゃねえよ……」 笑顔のままでやす菜が尋ねる。 「あゆきさん。何のプレゼントだったの?誕生日……は違うわよね?」 「違うわ。これはね」 あゆきが言いかけたところに、宇宙仁が言う。 「それはただの装飾品という訳ではなく、心拍数、発汗は勿論の事、一部 脳波の変動など数々のデータがリアルタイムで取れるようになっている」 「え?」 やす菜が宇宙仁の方を向き、ハテナ顔を見せる。 「こちらの手元にある地球人の生体の数値データは全体的に古いので、内 容を説明した上で、データ収集を彼女に協力してもらっているのだ」 あゆきと宇宙仁を除く一同が、こける。 宇宙仁の発言には耐性があるはずむが、どうにか立ち直り、言う。 「そう言うオチですか……って、それってば人体実験じゃない?」 あゆきが平然と答える。 「別に。私も知ってて付けてるし」 とまりが身を乗り出して言う。 「えー、でもさ、四六時中監視されてるみたいで気分悪くないか」 「気分……つまり感情の問題かね」 皆が宇宙仁の方を向く。 腕組みをした格好で宇宙仁が言う。 「大分、データは集まっているとは言え、個々の状況に対しては、個人差、 あるいは細かな違いが見られ、判断を誤る事も多い。私に感情があれば、よ り理想的な振る舞いもできるのだろうが、私にはそれが無い――」 「私は気にしていませんけど」 あゆきが先程のように端的に素っ気無く返事する。 何となく気まずい空気が漂う中、あゆきが自然な口調で言う。 「私の事より、他の人の話を聞きたいわ」 「え、あ、そう言えば、僕ね――」 はずむが慌てたように口を開き、徐々に高校の時と変わらぬノリに メンバーは戻っていった。 皆で店を出る。宇宙仁は数歩後ろのいつもの観察者の位置につく。 ごく自然にあゆきが彼の隣に並ぶ。 はずむがふと思いついたように後ろを振り返って尋ねる。 「じゃあさ、飾りの石はダイヤじゃなくて、発信機とかなの?」 宇宙仁が答える。 「いや、そうしようかとも思ったが、本物のダイヤだ」 「え、何で?」 「その方が彼女に似合う」 宇宙仁は正面を向いたまま、相変わらずの無表情のままで即答する。 はずむは一瞬、きょとんとした顔をした後、にっこり笑って言う。 「宇宙人さん。それってさ『感情的な意見』だよね」 「そうかね」 そう言って、俯いて眼鏡の位置を直す宇宙仁の姿をとまり、やす菜、 明日太も、暖かな気持ちで見守っていた。 駅前で皆と別れ、あゆきと宇宙仁は帰途につく。宇宙仁が言う。 「今日は我々についての話題が多かったようだな」 「ええ、そうでしたね」 「『男女の同棲生活』とは」 宇宙仁からその単語が出てきたことで、あゆきの両肩がわずかに動く。 「恋愛関係を意識したものが多いと考察される」 歩みを止めずに前を向いたまま、宇宙仁は言う。 「しかし、私は君と暮らしていて、それを意識した状態が常のものとなる 確信がない」 「……」 「私と暮らすデメリットは多いと思うが」 あゆきが足を止める。先に進みかけた宇宙仁も止まり、振り返る。 「それでもメリットの大きさに比べれば、些細なものです」 あゆきが首を傾げ、微笑んでみせながら言う。 「そうかね……それならいいのだが」 宇宙仁はそう言うと、再び歩き出す。 あゆきは小走りに宇宙仁の方に駆け寄り、先程と同じ位置にまで着くと、 一瞬ためらった後、もう一歩、宇宙仁の側により、そっと彼の腕に触れる。 「――人は温かいな」 「そう、ですね」 不意の宇宙仁の呟きにあゆきは小さく頷いた。 街灯に照らされ、寄り添い伸びる影はこれから歩んでいく二人の道のりの ように、迷いなく、真っ直ぐ続いていた。
『かしまし』に戻る TOPに戻る