青 い ス ク リ ー ン 

「神泉は、高校を卒業したらやりたい事って、あるか?」 隣に腰掛けている男の人が話しかけてきた。 はずむくん達との待ち合わせに現れたのだから、それが曽呂君だとは判っていた。 他のみんなが来るまでまだ、小一時間あった。 集合時間を間違えた訳じゃない。 好きな人を、待って過ごす時間を楽しみたかったから…、たっぷり一時間前にここに着 いたのに…。 五分もしない内にこの人がやって来てしまった。 以降、想像もしていなかったツーショットを過ごしている。 なんて、無意味な時間なんだろう。 …ふぅ いけないのは分かっていても、出てしまうため息。 それを、どう聞き留めたのか、彼が私に話題を振ってきたのだ。 こんな退屈も、私にとっては世界の半分以上を占める、どうでもいい事のひとつに過ぎ ない。 むしろ、こういう会話こそがわずらわしかった。 「曽呂君はどうなの?」 辛うじて彼の方を向いて問い返す事が出来た。 愛想のない私の声は、自分にも届いている。 「俺か?」 彼の声が、特徴もなく漠然と耳に聞こえた。いつもの事だけど、一対一だと余計に気持 ちが悪くなる。  私は、始まったばかりの会話を早く終わらせてしまいたかった。  コクコクと頷いて、返事を促した。ちょっとした演技を交えるのは、いつもしている社交 辞令だった。  飄然と彼が口を開いた。 「俺は、ヒマラヤへ行く」  何の関心もないはずだった彼の答えは、私の耳朶を打ち据えた。 「え…?」  思わず、聞き返した。何…?どこに行くって? 「マナスルに登る…」  割れ、響き聞こえる声。何に、登るって…? 「ヒマラヤを越えていくツルの群れを、この目で見たいんだ」  最後の言葉が、鮮明に聞こえた。 『……この目で見たいんだ』  男の人の声が耳に届く…。  それは衝撃だったはずなのに、私は彼の言葉の意味に気を取られていた。 「ヒマラヤ…?マナ…スルって?」  ヒマラヤって、やっぱりヒマラヤ山脈…、の事よね? 「ヒマラヤにはさ、8000Mを越える山が14あって、そのひとつがマナスル。標高8 163M。世界8番目に高い山だ。日本人が初登頂したんだぜ!」  同じ歳の男の子が考えてる事。そんなの、今までどうでもよかったのに。 「それを、登るの!?曽呂くんが?」  世界で8番目に高い山…?微妙な数字が、生々しかった。 「ああ、絶対に登る」  断言する声が、はっきりと耳に届いた。  ハイキングで鹿縞山に登るのとは訳が違うはずだ。岩と氷雪に閉ざされた峰々の連なり が、私の想像の限界だった。 「見たいんだ、この目で。アネハズルのヒマラヤ越えを」  アネハヅルの、ヒマラヤごえ……  心に掛かる響きだった。   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * 「アネハヅルって、…鳥の、鶴の事?鶴がヒマラヤ山脈に住んでるの?」  知らず、問い返している。不思議な好奇心が私の中に芽生えていた。  彼はそっと首を振る。そして、私の知らない世界の話を始めた。 「アネハヅルは、冬を越すためにモンゴル高原からインドに渡るんだ。その時、ヒマラヤ 山脈を越えていく集団がある。一口に山を越えるっていっても相手は8000M級の峰々 だ。俺達のいる対流圏は高度10000Mまでで、その上はジェット機の飛ぶ成層圏。つ まり、あいつらは自分の羽で成層圏まで翔けのぼって、山を飛び越えていくんだ!」  彼も興に乗ってきたのか、身を乗り出してくる。私もつられて前のめりになる。 「アネハヅルは、世界で一番小さい鶴なんだ。羽を広げても4,50センチしかない」 「え?そんなに小さいの!?」  鶴なんて、タンチョウヅルみたいに大きい鳥ばかりだと、思ってた。 「その小さな翼だけが、この世界で、一番高い空を飛ぶことが出来るんだ」  世界で一番高い空。それを飛んでいく、小さな翼の鳥達……。  曽呂くんの声が輪郭を伴って聞こえてくる。私の脳裏にスクリーンが広がっていく。  それはまだ、ぼんやりと青い空色のウォールペーパー。  でも…。 「マナスル周辺はアネハヅルの飛行ルートなんだ。麓で天候のいい日を待って、彼らのチャ レンジは始まる。上昇気流に乗ってマナスルの峰を越えようとするんだ。でも、気流の 加減は一定じゃない。山頂を越えられなくて山肌に流れたり、下降気流に巻き込まれたり して、何度も失敗する。その中で、気流に巻き込まれて落ちていったり、もう飛び立てな くなって力尽きるものもでてくるんだ…」  曇る声。私の眉にも翳が下りる。 「でも、諦めない。失敗の数だけチャレンジを繰り返す。そして、その時はやってくる! マナスルの山麓から吹き上がる強烈な上昇気流に小さな翼を乗せ、あいつらは神々の座を 次々と越えていくんだ…!!」  握りしめたこぶしに気付く。汗を握っているのは、暑さのせいだけじゃない。 「そこで見上げる空は、きっと宇宙まで続くくらい青く穏やかに広がっていて風もない。 そこに何かきらきらと舞う銀粉のような光の帯が流れていく…。白い氷雪の稜線の向こう 側の、まだ遠い南の空へあいつらは輝きを残して翔け去っていく…」  曽呂くんの言葉が、私のスクリーンに、見たはずのない光景を映し出していく。  蒼穹の、畏怖さえ覚える空は星の世界さえ覗かせている。  連なる神々の白い頂の、遥か彼方を煌めく光の粒子が流れ去っていく。  時の刻みが失われていく、この世在らざる荘厳…。   彼は、私の心を彼方の世界に連れ去っていた。  私の目は、陶然とそのスクリーンに見入っていたのかも知れない。  それを、曽呂くんの声が引き戻した。 「…ごめん、調子のって話し過ぎた、かな?」  ぼりぼりと頭を掻きながら、彼がすまなそうな呟く。 「悪ィ…。つまんなかったよな、神泉の知らねえ話を長々と聞かされても……」  私が意識を飛ばして茫然としているのを、あきれ呆けているように思ったのか。 少し俯いた彼は寂しそうに、ごちた。 「ううぅん!?そんなことない!!すごいっ!すごく面白いわ!私、びっくりするくらい 聞き入っちゃってた!?」  本心だった。  こんなにも、ひとの話に傾倒したことは無かった。  …それも、男の人の話しに耳を傾けて、我を忘れて? 「どうして、こんなお話しが出来るの?いつからこんなこと考えているの?」  らしくない程、饒舌になっている。  知りたかった。  私の知らない世界を、もっと知りたいと思っていた。  どうでもよかった世界が、光の帯びているのに気付いた。  曽呂くんのいる世界に、私は手を伸ばそうとしているの? 「もっと、知りたいわ!」  驚く顔が分かる。分かる!定まらない焦点の向こうの、戸惑うようなびっくりしたよう な表情を感じ取れる!? 「教えて、もっと私に……!」   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *  いつのまにか、にじり寄り、鼻が触れるほどに顔を近づけてしまっていた。  一瞬固まった後、曽呂くんはジタバタと大げさに跳び退いた。真っ赤になってる。 「ババババ、バカ!近づきすぎだろ!?はずむらに見られたらどーすんだよ!?」 「…あら?」  息がかかったのに気付き、口元を押さえる。  意外と、純情。それに私までつられて頬が熱くなる。 「ガキの頃、テレビで見たんだ。青と白が、俺達とは違う世界だって教えてくれてた。な にせ夢にみるくらい衝撃だったんだ」  私から二人分ほど離れて腰掛け、そっぽ向きながら話し出す。 「もう一度見たくて、ずっとビデオとか探していて、でも見つかんなくってさ。じゃあ自 分で見に行くしかないって思って。それで登山とか、始めたんだ。…笑うだろ?」 「…ううん。すごく純粋な動機」  転がり出る言葉。絶対、お世辞とかおべっかとかじゃない。 「きっと恥ずかしい事、言っちまってるな…。俺ってバカ野郎だろ?神泉なんかが真剣に 聞いてくれてると思うと、嬉しくなって調子のってる…」  照れて、また頭を掻いている。癖、なんだな……  仕草が妙に可愛らしくて可笑しくて、頬がほころんでくる。  男のひとって、ちいさな子供みたいに変わっちゃうんだ。 「そんな事、ないよ。曽呂くんのお話、すごく楽しい。私もマナスルを越えていく鶴たち、 見てみたい…。宇宙まで見渡せる空って、どんなに素敵なんだろ……」  想いを馳せる時は、いつもひとりだった。  本心を、こんなふうに見せた相手が曽呂くんだったなんて、不思議だ。 「神泉も見たいか…?」  そんなの、決まってる。私の中のスクリーンには、もう何も映ってない… 「うん、見たいよ。でも、ムリだよね…」  私にヒマラヤ登山なんて、出来っこない。鹿縞山に登るのだって精一杯なんだもん。 「じゃ、見せてやる」  …え?  「実はこの前、ついに手に入れたんだよ〜〜!!しかも、ハイビジョン対応ぉー!!」  すっくと立ち上がって右の拳を脇に引く。小さなガッツポーズ。 「俺さ、実はずっと怖かったんだよ〜〜!だってほら、小さい頃の思い出って美化しすぎ ててさ、あとでガックリ…なんて事あるじゃないか!?いざ見ちゃって、もしそんな幻滅 味わうことになったら、俺の半生は一体なんだったんだってホラ、びびっちまってよー」  一気に捲くし立てる。  呆気に取られている私に向き直ると、にぱっと笑った。  笑顔。きっと、とびきりの笑顔。歯の白さだけが鮮明に見える。  もう、私は驚かなかった。 「でもでも、見るしかねーじゃん?で、はずむンちのでっけーテレビ借りて見たんだよ。 俺んトコのテレビ、ショボいのしかなくてさ、ちょっとでもイイ条件で見たかったしさ。 いやあぁぁぁ――、あの感動は甦ったね――――!!!ハイビジョン、ばんざ〜〜い!!」  ホントに万歳三唱してる。心から嬉しそうな素振りは、私の胸に暖かい何かを沸き立た せた。 「じゃあ、はずむくんもこの話、知ってるのね?」  はずむくん、いつも曽呂くんとこんな話していたんだ。…ずるい、聞いてない。 「うんにゃ」  首を傾げるように私を向いて言う。 「…え?え――、どうして?知らないの?だってはずむくんと見たんでしょう?」 「…んー。…その時はずむのやつ、二階の自分の部屋でゲームしてた…」  はずむくん、最低…。  思わず額に手を当てしまった。……男同士の付き合いって、ある意味うらやましい。   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * 「そういう訳だ、神泉も見てくれるか?俺の目指してるトコロをさっ!」 「うんっ!!見せて欲しいっ!!」  自分でも、驚くほど大きな声。  思わず、口に手を当ててしまった。 「へへ…?いい声だぜ神泉!」  曽呂くんは、満足そうに言う。  私はポッと耳が熱くなってしまった。恥ずかしい…? 「よし!じゃ今晩でも、はずむに預けとく!あいつントコで一緒に見ろよ!」 「えええぇぇ!?そんな…?はずむくん、迷惑するんじゃ……!?」  ちっちっちっと、人差し指をフリフリしつつ曽呂くんが悪戯っぽく言う。 「好きなコが、さ!二人っきりで、自分の家で一緒にビデオ見てくれるんだぜ?何をどう 断る理由があんだよ?」  はずむくんが、好きなコ…?。そんなふうに曽呂くんは見てくれていた……? ――不意打ちよ、そんなこというのは  じわりと込み上げってくるものを押さえつけようと立ち上がる。  ふいっと、背中を向けてしまう。顔を見られるのが怖かった。 「あ?ご、ごめん、へ、ヘンな言い方だったかな?ははっ、デリカシーなかったかなー?」   曽呂くんが慌ててる。私の肩にそっと手を置こうとした事に、私の身体が過剰に反応し てしまった。びくりと跳ねる肩。私自身もその反応に驚いて、心臓まで跳ね上がった。  曽呂くんの手が怯えたように遠ざかる。それを泳がせながら一歩、二歩と足を引いた。 「え、と…、触って、あの…ゴメ…」  ど、どうしよう…!?絶対、誤解させてしまった。  こんな、こんなこと…、曽呂くん、違う、違うの……!?  引き攣れる喉から、必死で弁明の声を絞り出そうとした。  ……その、時。 「お――い!やす菜ちゃあぁぁぁ〜〜ん!明日太ぁぁ〜〜!!ど――したの――っっ!?」  明るい空気が流れ込んできた。ふわりとした風みたいに。  はずむくんの声だった。 「くぅおぉぉらぁぁぁ―――っっあすたあぁぁーっ!やす菜に何してるぅぅ―――!?」  来栖さんの声が、突風のように近づいてくる。 「どおうわああぁぁぁぁ……ッッ!?」  グシャグシャッバキッボキボキッッ……  振り向くと同時に、曽呂くんが派手な騒音を道連れにベンチの向こうの植え込みに突っ込 んでいった。  来栖さんの飛び蹴りをまともに浴びてしまったみたいだった。 「やす菜!大丈夫か?」  すっくと立ち上がった来栖さんは、何故か私の身を案じてくれるが、それどころじゃな かった。 「曽呂くんっ!!大丈夫っっ!?」 「とまりちゃん!?いきなりやりすぎだよぉ―!!」  私とはずむくんは、折れた植え込みの木に絡みつかれた曽呂くんを助けあげる。 「あいっ、痛っててて……。ったく、いきなりなにすんだよ、とまりの奴…」  シャツが少し破れてほつれてるみたいだけど、見たところ血が出てるとかの怪我は無さ そう。ほっと、息をつく。   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   * 「お前がやす菜をいじめてたんじゃなかったのか?」  来栖さんは腕組みしたまま、座り込んだ曽呂くんを見下ろしてる。 「違うの。あ、あの急に立ち上がったんで、そ、そう、ちょっと立ちくらみして…。そ れを曽呂くんが見て、びっくりさせちゃったみたいで…」  あ、我ながら上手い事、言えたかもしれない。 「そ、そうなんだ。…そんな俺になんて事を!?とまりいぃぃ〜〜っっ!?」 「何だ、そうか。明日太、誤解受けるような真似、すんなよな。」  笑っちゃうくらい、悪びれてない。  曽呂くんが、ガウガウと来栖さんに噛み付きにいく。来栖さんと鬼ゴッコになる。  よかった、色んな意味で大丈夫みたいだ。  壊さずに、すんだ…。 「やす菜ちゃん、嬉しそう?」  はずむくんが、私の顔を覗き込んでにっこり笑う。 「うん、私ね、曽呂くんと話したの、楽しかったから」 「そう?」  はずむくんも、嬉しそうに微笑む。 「明日太って、いいヤツでしょっ?」  もう分かる。はずむくんが、曽呂くんと親友になった事。 「…うん」  顔を見合わせ、ふふっと笑い合った。  大声を出しながら追いかけっこしてる曽呂くんと来栖さん。  並んでその二人を見てる私とはずむくん。  感じる。心が熱を帯びているのを。  私は、変わっていける。  予感じゃない。  これは、…そう、確信。 「早いわね」  後ろから、摩利さんが声をかけてくる。 「とまりちゃぁぁ〜〜ん!あゆきちゃん、来たよー!」  はずむくんが呼ぶ。  私も… 「曽呂く〜〜〜ん!!もう、行くわよ〜〜〜〜!」  摩利さんがヘンな顔してる。  来栖さんは呆気にとられた顔で立ち止まる。その拍子に曽呂くんに頭をポカンと叩かれ ちゃったのに、私の顔を眺めてる。  曽呂くんは…、親指を立てて私に見せてる。  ニカッと笑ったみたいだった。  夏の始まった空は、青かった。  この青は何を映していくんだろう。  目を背けてた、たくさんの世界。  それを、教えてくれた人。  もう、ただの壁紙じゃない。  それはスクリーン。  光の粒は集まって、いつかきっと、綺麗に写し出せる。  夏の風が、髪をさらう。  はずむくんの香りはやわらかだった。 『追伸、青いスクリーン。』  夜になって、はずむくんから電話があった。 「あの、さ、やす菜ちゃん、明日さ…、時間あるかな?」  ピンと来た。 「うん、大丈夫よ。なぁに?」  タネを知ってるのに、ドキドキする。 「良かったらなんだけど、…明日ウチに来ない?やす菜ちゃんが好きそうなビデオ、あ るんだけど…一緒に見ないかなぁって…」  一生懸命、はずむくんが誘ってくれてる。  胸から湧き上がってくる嬉しさを噛み締めながら、さりげなく答えようとする私。 「うん、見ましょ。お菓子持っていくわね」  もう、踊り出しそう。 「うんうん!!じゃ、お昼過ぎくらいでいいかなっ?」  はずむくんの、はずんだ声。ふふっ♪ 「分かったわ。出る前に電話するわね」 「うん!じゃあ待ってるからっ!それじゃ、おやすみなさい!」 「おやすみなさい…、はずむくん」  切れた電話のなごりを惜しむ。  色々あった今日が終わろうとしている。  でも、明日も楽しいイベントが待っている。  机の上の写真立てを手にとって眺める。  海で、みんなで撮った写真。  はずむくんと、私と、来栖さん、摩利さん。  途端、胸が、きゅっと縮こまる。  本当は、もう一人写っている。  曽呂くん…。  彼の姿をそこに見ることはできない。  みんなと同じ場所、同じ時間を過ごした人は、霞んでぼやけて判らない。  だから、もう私の海の思い出に、曽呂くんはいなくなっていた。  あの日も彼は、笑っていた。  今日と同じ、私に笑いかけてくれていたのに…。  手にした写真立てに、力がこもる。  ふるふると震えている。  ……私って、ひどい女だ。  下唇を噛む。  曽呂くんは、ずっと私を気に掛けてくれていたのに…。  今も、私とはずむくんを包んでくれているのに…。 『…マナスルを越えていくツルの群れを、この目で見たいんだ』  そう言った彼の声は、私の耳に鮮烈に響き渡った。 『あぁ、絶対に登る』  絶対の意思が詰まった言葉が聴こえた。  あれが男の人の声?あれは曽呂くん自身の声?  彼の笑顔やびっくりした顔、白い歯のイメージが、確かに私の中に流れ込んできた。  薄暗い影法師の向こう側から、光の粒のように。  はずむくんとは違う…。それには気付いている。  でも彼に、いい声だ神泉って言われて…。  赤くなってしまった私がいた。  何故?恥ずかしかった…?  曽呂くんの事、知りたかった。  蒼空の峰を越えていく鶴群は、確かに私の脳裏に存在した。  目を瞑ると、彼が描いて見せた絵は、透明に広がっていった。  曽呂くんに会いたかった。  会って、もっと声を聞き、……その表情を感じたい。  今日の日が、かげろうのように消えてしまうのは嫌だった。  あの時感じた曽呂くんを、私に刻んで置きたかった。  海の写真に見えない彼の姿を見つめた。  それは空虚で、もう私に単純な喜びをもたらしはしなかった。  写真立てを倒して、机を立つ。  電灯消し、ベッドに入って目を閉じる。  はずむくんの家には、曽呂くんも誘って行きたいな…。  夢へ落ちる境界で、そんな事を思ってた。

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