二人の行く手をはばむモノ

 俺が命さんと付き合い始めて何ヶ月が経っただろうか……。折坂命の家の前に立ちながら、牧村功司はふと、そんなことを考えていた。ここ数ヶ月の間に、功司と命の距離は、快速列車のように急激に狭まっていた。
「ふぅ〜……」
 功司は軽く深呼吸をして、気分を整えた。
 今日は命が、功司の為に夕食を作ってくれる日だった。早い話が、功司は命の家に、夕飯に招待されたのだ。そして彼は今正に、初めて命家へ足を踏み入れるところであった。
 ピンポ〜ン
 緊張した面持ちでドアのチャイムを押す。
「……は〜い! 」
 少し間を置いてから、ドアの中から女性の声が聞こえた。間違いなく、ここで一人暮らしをしている命の声だ。
 ガチャ
「あ、功司君! いらっしゃい♪」
「う、うん。お邪魔します」 
 ぎこちなくそう言うと、功司は玄関で靴を脱ぎ、中へ入った。
「ちょっとだけ散らかってるけど、気にしないでね」
 命は恥ずかしそうにそう言って、功司を、食卓のあるキッチンに案内した。
「わかった」
 功司は簡単に返事をして、キッチンの中へ入った。
キッチンは・・・・・・確かに汚れていた。この場を正確に表現する言葉があるとすれば、それは「飛行機の墜落現場」しかないだろう。床には、何やら怪しげなゴミ(?)が散乱しており、流し台には、1週間分くらいの洗い物がたまっていた。
おいおい・・・・・・これでちょっとかよ、と功司は心の中で呟いた。
「本当に、汚いところでごめんね〜。お料理してたら、いつの間にかこんなになっちゃって・・・・・・」
「って、今日だけでこんなんなっちゃったんですかー!? 」
 と、思わず功司はつっこんでしまった。そして、ツッコミを入れた後に後悔したのか、さりげなくフォローを入れた。
「あ、いや。俺のトコよりも全然綺麗だよ! うん。あ〜、腹減ったなぁ」
 功司の「腹減った」と言う言葉に、命はクスっと笑い「御飯の用意、もう出来てるわよ」と言った。
「え? ほんと? 」
 確かに食卓を見ると、そこには命の手料理が並んでいた。
「こ、この中で食べるのか・・・・・・」
 功司は、命に聞こえないように小声でぼそっと言ってから、食卓についた。功司が食卓についたのを見届けて、命も彼の真正面に腰を落ちつけた。
「それじゃ、いただきま〜す」
「はい、召し上がれ♪ 」
 命の手料理は、見た目は悪いものの、味の方はかなりのデキであった。お腹をすかせていたせいか、功司は夢中になって料理を平らげていった。

「ふぅ〜、食った食った・・・・・・。ごちそうさま! 」
 功司は椅子の背もたれによりかかり、満足げに頷いた。それを見た命も、食器を片付けながら満足そうな笑みを浮かべた。
「それじゃあ私、急いで洗い物しちゃうから、居間で適当にくつろいでてくれる? 」
 命はそう言うと、てきぱきと食器を片付け始めた。
「あ、俺も手伝うよ」
 功司も席を立って、命と一緒に食器を片付け始めた。
「あ・・・・・・ありがとう」
 そして2人は仲良く、食器洗いを始めましたとさ。めでたしめでたし・・・・・・ではなく、流しには膨大な数の食器がたまっていた為、台所を綺麗にするのにかなりの時間がかかってしまった。
 2人が台所を綺麗に掃除し終わった時、外にはすっかり闇の空が広がっていた。
「すっかり暗くなっちゃったわね。ごめんね・・・・・・片付け手伝わせちゃって」
「いや、全然いいよ。それより、命さんも疲れただろ? ちょっとソファーで休もうぜ」
 功司はさりげなく、自分がまだ帰りたくないと言うことを命にアピールした。実は彼、今日は大きな野望を抱いていた。それは・・・・・・。
 (今日こそ命さんのヴァージンをいただいてやるっ! )
 ・・・・・・だそうだ。しかし、命さんがヴァージンなのかどうかは定かではなかった。
更に、今日が、功司が命家にお邪魔した最初の日である為、「今日こそは」と言う用法は間違っているように思われた。
そんなことはお構いなしに、功司は命と一緒にソファーに座り、目をギンギンと輝かせていた。
 (どうやってキッカケをつかもうか? )
 功司が懸命にそんなことを考えていると、彼の隣に座っている命がぶるっと身震いをした。
「・・・・・・ちょっと寒いわね。わたし、エアコン入れてくるね」
 来たぁ!! とっさに功司はそう思った。そして立ちあがり、エアコンのリモコンを取ろうとした命を、後ろから優しく抱きしめた。
「・・・・・・えっ・・・・・・? 」
「寒いんだったら、俺がずっとこうしててやるよ」
 決まったぁ!! 瞬時に功司はそう思った。そして、驚いた命が功司の方を振り返ったところで、命の唇に自分の唇を重ねた。
「あ・・・・・・」
 (さて・・・・・・これからどうするっ?! 俺)
 そっと唇を離しながら、功司は脳みそをフル回転させて考えた。
「まだ・・・・・・寒いか? 」
 自分の方が年下なのに、功司は偉そうに、命にそう聞いた。
「うん・・・・・・ちょっと」
 命は恥ずかしそうにそう答えた。功司は、この返事を「待ってましたぁ! 」と言わんばかりに、更に命を強く抱きしめた。
「命・・・・・・俺、もう限界だ。このまま・・・・・・俺のものになれよ」
「え・・・・・・ちょ、ちょっと功司くん、なに言って・・・・・・あ・・・・・・」
 功司は命の言葉を遮り、再び命にキスをした。今度は普通のキスではなく、功司は命の口の中に、自分の舌をからめた。
「ぁ、んっ・・・・・・」
しかしその時・・・・・・。
 べちっ!
「い・・・・・・ってぇぇぇー!!! 」
「え? え? 」
 命は功司の舌を噛み、ディープキスを拒否した。
「な、何するんだよー! 」
「何って・・・・・・だって功司君が、わたしの口の中に変なモノ入れるから・・・・・・」
「へ、変なモノって・・・・・・俺の舌だろぉ? あのなぁ、これは『ディープキス』って言うの! いいか? これはなぁ、真の恋人同士だけが出来る・・・・・・」
「え? 何? ディープ・インパクト? 」
「そうそう。あれって微妙に、アルマゲドンと被ってるんだよなー・・・・・・って違ぁ〜〜う!! ディープの部分しか合ってないし、明らかに字余りじゃねぇかっ!! 」
「え? あ、ごめんなさい・・・・・・」
 しまった! ムードが盛り下がってしまった・・・・・・。と功司は思った。
 (ええぃ! もうディープキスはやめだ! )
 心の中でそう呟くと、功司は命をソファーの上に押し倒した。
「あっ」
「命・・・・・・俺に抱かれるのは、嫌か? 」
 功司は真剣な眼差しでそう聞いた。すると命は頬を赤らめて「ううん、そんなこと、ないわよ・・・・・・」と言った。
 (よし、これでムードを挽回したぞ)
 そして功司は、命の服を脱がせようとした。都合の良いことに、ソファの近くには毛布が置いてあった。
「あ、あの・・・・・・わたし、自分でできるから・・・・・・」
 命が恥ずかしそうに言う。それを功司が「いいから」と言って、彼女の服を1枚、また1枚と脱がせ始めた。
 功司も半裸になり、再び命にキスをした。
「んっ・・・・・・」
 功司の手が、命の裸体のあちこちを触れていく。
「はぁっ・・・・・・こうじ、くん・・・・・・」
 (功司君の・・・・・・手がぁ・・・・・・)
 功司は、何も言わずに命の肩やら首筋やらを舐め回している。
「・・・・・・っ」
 (か、体が・・・・・・熱い・・・・・・)
 (そろそろかな・・・・・・。ん? 待てよ・・・・・・)
 ここまできて功司は、ある重大な事実に気付いてしまった。
 (俺・・・・・・コンドーム持ってきてねーじゃん!! )
 功司の、命を触る手がふと止まった。
「ぅ・・・・・・こうじ、くん? どうしたの? 」
 再び、二人のムードは盛り下がりつつあった。
 (どうしよう・・・・・・こ、こうなったら・・・・・・)
「あ、あのさぁ、命さん。その・・・・・・コンドームなんて、持ってる・・・・・・かな? 」
 とりあえず功司は、そばにいる命に聞いてみた。
「・・・・・・え? こ、紺土佐? 」
「そうそう。あの、紺色に染まってる和紙ね。紺色で、土佐産だから紺土佐・・・・・・って違うっつーの!! コンドしか合ってないし、今度は字足らずじゃねーかっ!! コンドームだよコンドーム!! 」
「え? ああ、コンドームね。うん、持ってるわよ」
 命はあっさりとそう言うと、居間にある引き出しの中からモノを取り出した。功司が「え? あるの? 」と思う暇もなく、命は「はい」と言って、彼にそれを渡した。
「あ、ああ。ありがとう・・・・・・」
 とりあえず命に礼を言い、功司はそれの装着に取りかかった。
 (なんだかなぁ・・・・・・。こー言う時、『なんで持ってるの? 』とかって聞いちゃいけないんだろうな、きっと)
 などと思いながらごそごそやっていると、後ろから命が、心配そうに「大丈夫? 」と聞いてきた。準備が出来た功司は「うん、大丈夫だよ! 」と、元気良く応えた。
 (準備完了! )
「それじゃあ命・・・・・・いくよ」
「う、うん・・・・・・」
 (大丈夫、恐くない恐くない・・・・・・これでやっと功司君と結ばれるんだもの)
 (よし、いれるぜっ! )
「・・・・・・ぁうっ」
 (こ、功司くんの・・・・・・がわたしの・・・・・・に当たってるぅ〜! )
 ズッ
 と、功司が突進(?)しようとしたその時、事件は起こった。
「・・・・・・あれ? 」
 (おかしいなぁ? 確かにちゃんといれたはずなんだけど・・・・・・)
 牧村が命の方を見ると、何故か彼女の上体が動いていた。
「・・・・・・命、さん? 」
「ご、ごめんなさい・・・・・・。その、い、痛かったから・・・・・・」
 命は照れながら謝った。彼女の言い訳を聞いた功司は、納得したように頷く。
「あ、成る程ね。ごめんごめん。今度はもっと優しくするから。じゃあ、いくよ・・・・・・」
「う、うん」
 ズズッ
「い、いたっ!! 」
 命の体がまた動いた。
そんな命を見て功司は「ごめん・・・・・・でも痛いのは一瞬だから! 逃げないで・・・・・・」と言って、また突進し始めた。
「い、いや! 」
 そんな功司とは反対に、命は後退するばかりであった。そして遂に2人は、部屋の角まで来てしまった。
「ふっ・・・・・・やっとおいつめたぜ。命、観念するんだな」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
 一体2人は何をやっているのだろうか? これじゃあエッチしに来たんだかなんだかわかったもんじゃない。と功司は心の中で呟いた。そして、最後の一発を試みた。しかし・・・・・・。
「やっぱりいやぁー! 」
 ドゴッ!
「あっ・・・・・・」
 勢い良く壁に向かって後退した命は、見事に頭をぶつけてしまい、そのまま気絶してしまった。
「きゅぅ〜〜〜・・・・・・」
「え! いや、きゅうって言われても・・・・・・」
 焦ったのは功司である。こんなところで気絶されては彼の目的が果たせない。
「はぁ・・・・・・。今日はもう、諦めるか・・・・・・? 」
 功司は溜め息をついた後、命を抱いてソファーの上まで運び、彼女に服を着せた。そして自分も服を着て、彼女の隣に座った。
 (はぁ・・・・・・何焦ってんだろ、俺)
 しばらく命の寝顔を眺めながら、功司は今日のことを考えていた。功司は少しずつ、今日命にやってしまったことを後悔し始めていた。
 (考えてみれば、命さんにとっちゃイイ迷惑だよな。いきなり迫るなんて・・・・・・。しかも一発でオッケーしてくれたし。って、俺は一体命さんのどこが好きなんだ? 迫ればすぐにエッチさせてくれるところか? いや、違う! 俺は命さんの・・・・・・あの天然ボケなところが好きなんだ・・・・・・)
 自分の中で考えがまとまったところで、功司は命と一緒に寝ることにした。
「命・・・・・・今日はごめんな。おやすみ・・・・・・」
 そして功司は命の肩に寄りかかり、幸せそうな笑みを浮かべながら眠りについた。

THE END(え?)
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