LAST MEMORY
あのことを思い出す度に気が重くなる。
そう、全ては俺がいけなかったんだ。
何故今まで思い出せなかったのだろう……
自分の愚かさに嫌気がさしてくる。
俺は、取り返しのつかないことをしてしまったというのに。
俺ってどうしようもないくらいバカな奴だよな……
空を見上げると一面灰色の重厚な雲で覆いつくされている。
まるで、今の俺の心の中のようだ。
はぁ……なんだか気が重いな……
俺はため息を一つつくと、約束の場所へと向かった。
ひょっとしたら、これから俺がやろうとしていることは間違っているのかもしれない。それは、俺にとっても彼女にとっても、残酷な未来を与えることになるかもしれない。
最悪の結末が何度も頭の中をよぎる。
でも……
俺には彼女の痛々しい姿を直視する事はできなかった。
俺のせいで彼女があんな風になってしまったというのに、なにもできない自分に腹が立ってくる。
でも、それも今日で終わりだ。
決着は、俺自身の手でつける。
公園に着くと、俺を待ちわびていたかのように、ベンチに座っていた少女が手を振ってきた。
「祐一君、ここだよぉ〜」
「すまんすまん。待たせちゃったか?あゆあゆ」
「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないもん」
「ははは、そうだったな。悪い悪い。今度からは気をつけるようにするよ。あゆあゆ」
「うぐぅ、また言った〜」
「仕方ないだろ?昔からこう呼んでたんだから、急には変えられないよ」
「うぐぅ……祐一くんのイジワル」
あゆは恨めしそうに俺を見た。
昔から変わってないよなコイツは……
俺はそんなあゆの頭を二度三度、ポンポンと軽く叩いてやった。
「寒かっただろ?ほら、たい焼き買ってきてやったぞ」
「わぁ〜!!たい焼きだぁ」
あゆは紙袋の中からたい焼きを取り出すと、おいしそうにパクッとかぶりついた。
「と〜ってもホッカホカだよぉ〜。祐一くん、ありがとう」
「そんなこと気にするなよ。ほら、たくさんあるからどんどん食べろ」
「うん!」
あゆは夢中でたい焼きを食べ始めた。
ホント、こんな甘いものよく食えるよな……
俺は感心しながらあゆをじっと見つめた。
どうしようもなくドジでトロくておっちょこちょいで、泣き虫のくせに人一倍好奇心が旺盛で、端から見ているとほっておけなくなるような奴……
「あれ?祐一くんどうしたの?」
「いや、なんでもない」
「うぐぅ?……変なの」
あゆは一瞬不思議そうな眼差しを俺に向けたが、再びたい焼きを夢中で食べ始めた。
変……か。
確かにそうかもしれない。
これが現実でなければと、何度思ったことだろう。
あの記憶は過去の遺産としてそのまま封印され続けていればよかったと何度感じただろう。
しかし……目の前にあるもの、これは紛れもない現実だ。
俺は、この現実から目を背けるわけにはいかない。
そう……それが俺の、せめてもの罪滅ぼしになるのだから。
「あっ……雪だ……」
あゆが小さな感嘆の声とともに天空を指さした。
ちらちらと白い粉雪が静かに地上に舞い降り始めている。
「ほら、頭に少し乗ってるぞ」
俺はあゆの頭の上に積もった粉雪を払いのけてやった。
「祐一くん……優しいんだね」
「バカ。俺はとっても極悪人だ」
「違うもん。極悪人だったらたい焼きなんて買ってきてくれないよぉ〜」
「お前はたい焼きを買ってくれば全員善良な奴になるのか?」
「祐一くんだけ特別だよ」
あゆは屈託のない笑顔を俺に向ける。
それが今の俺には、とても痛々しいものだった。
「ねぇ、祐一くん」
「なんだ?」
「大切なお話って……なぁに?」
あゆは恥ずかしそうに俯きながら話すが、対照的に俺の表情は強ばってしまう。
ついにこの時がやってきてしまった。
どんなに楽しい時でも、いつかは終わりというものがくる。
それは、俺とあゆも例外ではない。
……そう、俺は自らの手でこの楽しい時の針を止めなくてはならないのだ。
それが俺に架せられた運命なのだから……
「実はな、あゆ……」
「うん」
「今日は、お前にお別れを言いに来たんだ」
ピタ、っとあゆの動作が止まる。
「お別れ?」
「そう。お別れだ」
「あ、あはは。こんな時に冗談言うなんて、祐一くんらしくないよ」
「冗談だったらどんなにいいことか……」
「う、嘘だよね……祐一くん?ねぇ、嘘だって言ってよ!!」
「嘘じゃないさ」
「ど、どうして……ボクのこと、嫌いになっちゃったの!?」
「嫌いなもんか!!俺だって、できることなら別れたくないよ!!」
「じゃ、じゃあ、どうして?どうして、別れるなんて言い出すんだよぉ!!」
「もう、これ以上お前のその痛々しい姿を見ていられないんだ」
「ボ、ボクの痛々しい姿?」
「ああ。お前は本当のあゆじゃない」
「本当のボクじゃない!?な、何を言ってるか、全然わからないよぉ〜!」
「いいか。本当の月宮あゆは、今病院のベッドの上で眠っているんだ。……植物状態でな」
「う、嘘……」
「本当のことだ。その原因を作ったのは、他でもない、この俺なんだからな」
「えっ……」
「ほら、思い出せないのか?俺とあゆの幼い頃の思い出を」
「幼い頃の……思い出?」
「そうだ。俺の不注意で起こった、あの忌まわしい事故のことを……」
俺は努めて冷静さを保つようにしながらあゆに言い聞かせるように言った。
彼女は必死で昔のことを思い出していたようであったが、見る見るうちに顔色が変わっていった。
「思い出したか?」
「うん……」
あゆは力無く笑っていた。
「ボク、本当はこの世界にいる人間じゃないんだよね……」
「そういうことだ。だから、あゆとはこれでお別れだ」
「えへへっ。なんだかちょっと寂しいな」
「俺もとっても寂しいぞ」
「祐一くん、やっぱり優しいんだね」
「よせよ。俺はとっても意地悪な人間だ」
「違うもん。ボクにはわかるよ。祐一くんは、すっごく優しい人だよ」
「あゆ……」
「ボク、そろそろ行かなくっちゃ。祐一くん、今までとっても楽しかったよ」
「俺もとっても楽しかったぞ」
「お見舞いに来てくれてありがとう。ボク、最高に幸せだよ」
「あゆ!!」
俺が見たのも、それは消えゆく中で残した一番大切な人の笑顔であった。
辺り一面には雪がしんしんと降り積もっている。
俺はがくっと地面にうなだれた。
「くそっ!!」
やりきれない怒りが心の奥底からこみ上げ、拳を地面にたたきつける。
「行かないでくれ!!」
何度こう叫ぼうとしただろう。
しかし、その度に胸が張り裂けるような思いで必死に耐えた。
もしそんなことを言えば、俺もあゆも別れが余計に辛くなるから。
これで……よかったんだよな……
今まで我慢していた涙が、堰を切ったように目頭からこぼれ落ちる。
あゆ……ゴメンよ……
俺は言い様のない虚無感とやりきれない懺悔の気持ちでいっぱいだった。
一週間後、ニュース番組で小さなニュースが流された。
それは、長い間植物状態で入院していた少女が息を引き取ったというものであった。
あゆ……
俺はそのニュースを見届けると、力無く自分の部屋へと戻っていった。
ベッドに身を投げ、天井を見上げるとあゆとの思い出が走馬燈のように思い浮かんでくる。
これでよかったんだよな……
俺はゆっくり起きあがると、机の上にあった薬瓶を手に取った。
中には強力な睡眠薬の錠剤がたくさんはいっている。
奇跡は起こらないから奇跡って言うんだよな……
俺は何錠もの睡眠薬を一度に口の中に入れると、再びベッドに横になった。
あゆ……今から俺もお前のところに行くからな……
俺は静かに目を閉じ、そして深い眠りについた。
決して目の覚ますことのない、永遠の眠りに――