空は雲ひとつなく、目に染みるような眩しい青空が広がっていた。
燦燦と輝く太陽から発せられた陽光が、絶え間なく地上へと降り注ぐ。
早いものだ。あれから1週間が過ぎた。
俺とかりんはというと、あの日以来常に行動を共にするようになっていた。
登校するのも一緒。
お昼を食べるのも一緒。
下校するのも一緒。
かりんは部活がある関係で登校する時間が早かったり下校する時間が遅かったりするのだが、俺があわせるようにしていた。
俺自身かりんと一緒にいる時間をできるだけ多く作りたい、という理由があったからなのだが。
かりんも、今まで見せたことのないような笑顔を俺に向けるようになってくれていた。
おかげで俺達は幸せだった。
今日もいつものように、かりんと一緒に屋上に来ていたりする。
屋上は誰もいないので、俺達二人だけの貸切のような感じになっていた。
俺は手近な場所に座ると、かりんに言葉をかけた。
「やっと昼飯の時間だよ。朝からかりんの手料理を食うことだけを考えてたから、もう腹ペコだ」
「クスッ。もう古閑さんってば」
かりんが笑いながらバスケットを取り出す。
中にはサンドイッチがぎっしり詰め込まれていた。
「……これだけ?」
「大丈夫ですよ。まだありますから」
俺の不満げな言葉にかりんは少し大きめサイズのランチボックスをバスケットの横に置く。
「開けてもいいか?」
「はい、どうぞ」
かりんの言葉に、俺は期待に胸を膨らませながらランチボックスのふたを開けると、から揚げや玉子焼き、プチトマトやレタスなど、さまざまな料理が色鮮やかに詰め込まれていた。
「今日のはまた一段と美味そうだなぁ」
「古閑さんのために、ちょっと頑張っちゃいました」
驚く俺にかりんははにかみながら答える。
正直言って、以前のかりんの料理の腕前は、お世辞にもいいとは言い難がった。
しかし日々特訓していたせいか、日を追う毎にその味がよくなっていき、今では沙夜や唯芽と肩を並べるくらいまでに成長した。
おかげで食べる側の俺としても、毎日かりんの弁当を食べられることが楽しみであると同時に嬉しかったりする。
「たっくさんありますから、遠慮なく食べてくださいね」
「それじゃあ、いっただっきまーす」
かりんに箸を渡された俺は、早速こんがりと色のついたから揚げを取って口の中に運んだ。
噛み締める度に中からジュワっと肉汁があふれ出て、重厚な味わいが口全体に広がる。
カリカリした衣とプリプリした肉の弾力が絶妙にマッチし、歯ごたえを与える。
香ばしい風味が、その味のさらなる魅力を存分に引き出していた。
「うまい!!これ、ホントに美味いよ!!」
俺は素直な感想を口にした。
「そんなに急がなくっても大丈夫ですよ。お弁当は逃げたりしませんから」
かりんは笑いながら、持参してきた水筒に入っている紅茶をカップに入れて、俺に差し出す。
「サンキュ」
俺はそれを受け取って飲み干すと、次にサンドイッチに手をつけた。
サンドイッチも色とりどりの具材が挟み込まれており、どれを取っていいのか目移りしてしまう。
俺はその中から、最初にハムとチーズが挟み込まれたサンドイッチを手に取った。
ハムのあっさりとした塩味とチーズの濃厚な味わいのバランスが絶妙で、あっという間に食べつくしてしまった。
他にもハムとレタスをはさんだもの、ツナやたまごをはさんだものといった定番のものや、デザート感覚で作ったのか、生クリームとイチゴをスライスしたものを挟み込んだ風変わりなものまで用意されている。
「いやぁ、かりんの料理はどれもおいしいなぁ」
「もぅ、古閑さんったら。お世辞を言っても何も出ませんよ?」
「いやいや、本当だって。これだったら朝昼晩、毎日かりんの手料理を食べたいくらいだ」
俺が笑いながらそう言うと、急にかりんがモジモジしだした。
「どうしたんだかりん?」
「あ、あの……それじゃあ……今日のお夕食、作りにいってもいいでしょうか?」
「ええっ!?」
かりんの思いがけない言葉に、俺は食べる動作が止まった。
「いいのか?」
「はい。今日は部活がお休みですし……私も古閑さんにご迷惑をおかけっぱなしですから……」
「迷惑なんかかけちゃいないよ。むしろ感謝してるくらいだ」
「でも……やっぱり私も、古閑さんのお役に立つようなこと、古閑さんに喜んでもらえるようなことがしたいんです。だから……」
「ありがと、かりん」
俺は心底感謝しながらお礼を言った。
「かりんがどんな料理を振舞ってくれるのか、楽しみにしてるよ」
「はい。一応、きつねうどんを作ってみようかと思っているんですが」
「きつねうどん?」
「はい。うどん粉を練るところから始めようと思っているんですが……」
「ほう?そりゃまた本格的だな。手打ちうどんかぁ……期待してるぜ」
「はい!」
かりんは笑顔で元気よく頷いた。
そしてから揚げを箸で掴むと、俺に差し出してきた。
「はい、古閑さん」
「えっ?」
「そ、その……アーンしてください……」
かりんは頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言う。
かりんの突然の行動に、俺は一瞬動きが止まったが、すぐに口を大きく開けた。
「アーン」
かりんはそれを確認すると、俺の口の中へとから揚げを運ぶ。
そして俺が口を閉じると、スッポリとから揚げが収まった。
「あ、あの……おいしいですか?」
「ああ。すっごくおいしいよ」
俺はにっこりと微笑んだ。
先ほどまで食べてたから揚げとは違い、さらにおいしく感じる。
きっとかりんに食べさせてもらったからなんだろうな、と俺は直感した。
「よかった……」
「それじゃあ、次は玉子焼きを食べさせてよ」
「えっ?は、はい!!」
ホッと胸をなでおろしたかりんは、俺の言葉を聴いて、うれしそうに玉子焼きを掴んだ。
「はい、アーンしてください」
「アーン」
俺が大口を開けると、かりんはそして先ほどと同じ要領で、俺の口の中へと運ぼうとする。
しかし、まさに玉子焼きが口の中に入ろうとした時、突然激しい閃光とともにパシャっと言うシャッター音が聞こえてきた。
「えっ!?」
「あっ!?」
玉子焼きを口の中に運んだ俺達は、慌ててその方向を見る。
そこには、カメラを構えた小雪が立っていた。
「小説のネタ、いっただきー」
「こ、小雪!!お前、いつからそこに!?」
「うーんと、御神本さんの残留記念パーティーが始まったところから、かな?」
小雪は悪戯っぽく笑いながら、再びシャッターを押す。
そう。かりんの必死の説得が通じたのか、かりんは残りの高校生活も無事、コッチで送れることになったのだ。
そのため、今日の昼食はいつもと違った意味合いをかねていた。
「お前……ずっと覗き見してたわけか?」
「失礼な人ね!観察してたって言ってよ!!」
「どっちでも同じじゃねえか……」
「細かいことは気にしない。誰かさん達よりはマシよ」
「はぁ?」
「まったく……いくら人目がないからって、あなた達恥ずかしくないの?今時、ラブコメでもそんなことやらないわよ?見てるコッチが恥ずかしかったわ」
「うっ……」
小雪の言葉に俺は言葉に詰まってしまう。
人目につかないから俺もやったんであって、実際人に見られているとしたら恥ずかしいことこの上ない。
かりんなんか表情が赤くなっている。
小雪はそんな俺達を見て、ケタケタと笑った。
まったく……とんでもないやつに見られちまったぜ……
とんでもない珍入者に、俺の気持ちは嬉しさ半分、迷惑半分といった感じになっていた。
「まっ、そろそろお邪魔虫は消えるとしますか。いいネタが手に入ったことだし」
「お、おいちょっと待て!!まさか、小説の題材に!?」
「じゃーねー」
小雪はまるで風の如くスっと去っていく。
「ふぅ……」
身体中の力と気力が抜け、コンクリートの床に力なく座り込む。
「古閑さん、大丈夫ですか?」
その様子を見たかりんが、心配そうに声をかけてきた。
「はは。大丈夫大丈夫。あのエセ作家には、後で抗議しておくから」
笑いながら俺は額の汗をハンカチでぬぐった。
まったく、心臓に悪いったらありゃしない。
あんな待ち伏せは二度とゴメンこうむりたいぜ。
「ゴメンなさい……私のせいで、古閑さんにご迷惑を……」
「こら、かりん!そんなこと言うやつには、こうだ!!」
俺は立ち上がると、ギュッとかりんを抱きしめた。
「俺はかりんが好きなんだから」
「古閑さん……」
「かりん……ずっと一緒だぞ」
「はい……」
かりんは顔を上げると静かに瞳を閉じた。
俺もその想いに応え、唇を重ね合わせる。
ずっとずっと……かりんと幸せなままでいられますように……と、願いながら。
春の空は、一点の曇りもなく、すっきりとした青空が広がっていた。