桜吹雪が激しく舞い散る、ある晴れた春の日の午後。
閑静な住宅街の一角で、一人の少女が佇んでいた。
目の前には築20年くらい経っていそうな2階建ての一戸建てが建っており、門の所には「貸物件」の札が掲げられている。
「ここ……だよね……?」
少女はもう一度、手に持っている地図と目の前の家とを見比べた。
地図には赤ペンで大きく丸が書き込まれており、下の余白には住所も書かれている。
「一軒家なんて聞いてないんだけど……」
てっきり少女は、それが今流行の短期滞在型賃貸マンションや木造アパートと思い込んでので、実際これから住む自分の城を目の当たりにし、いささか面食らってしまった。
「本当にここでいいのかなぁ?」
少女は疑り深く、何度も何度も地図とその建物とを見比べるが、その事実は変わらない。
「……まぁ、いっか。とりあえず……おじゃましまーす……」
門を開けて敷地内へと入り、ポケットから鍵を取り出して玄関の戸の鍵穴へと差し込む。
半回転させるとカチャリと音がしたので、鍵穴から鍵を抜き、恐る恐る戸を開けた。
ガラガラガラ……
ゆっくりと音を立てながら、玄関の戸が開く。
目の前にはフローリングの廊下があり、左手側には襖がある。右手側には木造の階段があり、二階へと続いていた。
「……もう掃除されてるみたいだね……」
少女は中に入って、玄関の戸を閉める。
そして靴を脱ぎそろえ、家の中へと上がった。
長い間人が住んでいなかったような誇り臭さが、そこにはない。
「……気を利かせて掃除しといてくれたのかな?なんかすんごく嫌な予感がするんだけど……」
未だに信じられない気持ちでいっぱいの少女は、オバケでも出てくるんじゃないかという感じで恐る恐る襖をあける。
「……あっ」
そして小さく声を上げた。
その部屋は薄茶色の絨毯が敷き詰められ、中央には長方形のテーブルとソファーが置かれている。
部屋の隅にはテレビが置かれ、テレビ台の中にはDVDデッキもセットされていた。
窓の外から入ってくる陽の光が、さらにそれらを煌びやかに輝かせて見せている。
「すっごぉい……40型の薄型液晶テレビにDVDデッキだぁ……」
少女は夢見心地な気分に浸ったが、すぐに気を取り直し、首をブンブンと振る。
「いけないいけない。こんなことで騙されちゃダメだって」
少女は部屋を出ると、廊下の突き当りを左に曲がった。そして目の前にある戸を開ける。
そこは台所になっていた。やや高さのあるテーブルにはテーブルクロスがかけられ、周囲には4つの椅子が置かれている。
流し台の隣には二口+グルリのついたガスコンロが設置され、食器棚には食器類も揃っていた。
オーブンレンジ、自動食器洗い機なども備えている。
「へぇ……思ったより、揃ってるし」
少女は大きめの冷蔵庫を開けると、残念なことにそこには何もはいっていなかった。
「ここには何も入っていない……か」
少女は冷蔵庫を締めると、勝手口の戸の鍵を開けた。そして顔をのぞかせ、二度三度、周囲を窺い、再び戸を閉める。
「ここは用心に注意しなくちゃ、ね」
少女は鍵をかけると、もうひつと存在していた戸をあけた。
先ほど入った部屋が目の前に現れる。
「台所と居間は繋がっている、と。これならテレビつけながら料理できるかな?」
少女は台所を出て、そのまままっすぐ進んだ。
正面には洗面所が、左手には戸がある。
「えっと、こっちは?」
左手の戸を開けると、底は脱衣所であった。全自動洗濯機が威風堂々とした姿で鎮座している。
さらに奥の戸を開けると、ユニットバスがあった。
「ジャグジーがついてるし……」
少女はますます信じられない気持ちで、今度は洗面所へと向かう。
「トイレはどんな感じなのかなー……わっ?ウオッシュレットだ……」
洗面所の奥にあるトイレの確認を終えると、続いては階段を上って二階へと向かった。
二階には二部屋あり、共に鍵穴つきの戸が据え付けられている。
少女はまず、手前にある部屋をの戸を開け、中にはいった。こちらの部屋はどちらかと言うと和風で、絨毯こそ敷かれているものの、押入れや箪笥があり、、何故か木製の勉強机もある。押入れの襖を開けると、中には布団がしまわれていた。
「じゃあもうひとつのほうは?」
少女は部屋を後にし、もうひとつの部屋へと入る。
そこは先ほどの部屋とは対照的に、洋風のつくりになっていた。こちらの部屋にも絨毯が敷かれ、部屋の墨にはベッドが置かれている。部屋の中央にはガラス製の小さなテーブルが。クローゼットやドレッサーも完備している。
「きーめた!ここが、ボクの部屋!!」
少女は荷物を絨毯の上の置くと、ベッドに飛び込んだ。
「ふかふかだぁ〜」
そのままポヨンポヨンとベッドが弾む様を楽しみ、仰向けに寝転がる。
「まったく……どうしてボクがこんな目にあわなくちゃいけないかなぁ……」
少女はぼんやり宙に視線を漂わせながら、数日前の出来事を思い出していた。
「お前は女神失格だ!!この駄女神め!!」
それは、少女にとって信じられない一言であった。
「少しは世間の荒波にもまれて来い!!」
その高慢的で、かつ屈辱的な言葉は、今でも耳の奥底にはっきりと残っている。
「なんでボクがこんな仕打ち受けなくちゃいけないんだろ……」
少女の頬を、一粒の涙が伝って落ちる。
彼女の名前はシェラ。神様失格の烙印を押された女神であった。