第7話
夜明のラブラブ駅弁

「なんだなんだ恵理子?こんなところに呼び出したりして、またしょーこりもなく悪巧みでも……うおっ!?」
 慎一は部屋に入るなり、その光景を目の当たりにして言葉を失った。
 6畳ほどの広さの部屋の中に、弁当らしきものが所狭しと堆く積み上げられている。
「ふふ〜ん。驚いた?」
 何故か藍色の服を身にまとった、まるで車掌か駅長のような格好をしている恵理子はいつもの如く、偉そうな態度をとりながら慎一の目の前に現れた。
「驚いたも何も……どうしたんだ一体?こんなに弁当を用意して」
「ただのお弁当じゃないよ」
「ただの弁当じゃない?」
「うん。これはね、全国各地から集めてきた有名駅弁なんだよ」
「駅弁だぁ??」
「流石にコレだけ集めるのは苦労したけどね」
「そりゃなぁ……」
 慎一は恵理子の言葉に耳を傾けながら、呆然とする。
 大体、なんでこんなに駅弁を集める必要があるんだ?
 こいつの考えてることは毎度毎度わからんが、今回は今までの出来事にさらに輪をかけて謎だらけだ。
 こんなに集めて……無駄遣いとは、まさにこのことを言うんだろうが……
 しかし、そんな慎一をみて、恵理子はニヤリと笑う。
「そんな物欲しそうな目をしても無駄だよ?」
「はぁ??」
「これはぜーんぶ、使い道が決まっちゃってるから。まぁ、先輩はつばめと二人、夜明けのコーヒーならぬ夜明けの駅弁とイキたいだろうけど」
「……………………」
 慎一は、恵理子の言葉に閉口する。
 夜明けの駅弁って……なんだよそりゃ……
 まぁ、こいつに世間一般の常識を求めるだけ、無駄なことではあるんだが。
 しかし、ますます恵理子の考えが、慎一にはわからなくなった。
「ってことで、副部長、よろしくー」
 恵理子は唐突にわけのわからないことを口走る。
「副部長だぁ??」
「ちょっとちょっと。部長のあたしに逆らうつもり?」
 怪訝そうに聞き返す慎一を、恵理子は睨む。
 まるで会話がかみ合っていないのを不審に思った慎一が、恵理子に尋ねた。
「ちょっといいか?」
「なに?」
「さっきから、言われてることがさっぱりわからないんだが……お前、なんかの部活の部長なの?」
「うん。駅弁愛好会の」
「駅弁愛好会……そりゃまたマニアックな部だな……で、部長がお前と」
「そう!で、先輩が副部長ってわけ」
「はあ!?なんでだよ!?」
「ケチケチしないの。別に減るもんじゃないし」
「するわ!!大体、なんで俺がそんな得体の知れない部の副部長やらなきゃいけないんだ!?」
「得体の知れないとは失礼ね!!ちゃーんと、『駅弁愛好会』って言う立派な名前があるじゃない!!」
「同じだ!!大体、部員は何人いるんだよ!?」
「あたしと先輩の二人だけだ。なんせ昨日できたばっかの愛好会だから」
「き、昨日って……よく学園側が公認したな……まさか、権力発動させたとか?」
「公認なんか貰ってないよ。非公認の部活」
「……………………」
 慎一はもはや、開いた口がふさがらない状態だった。
 ここまで自己中心的に物事を進められるっていうのは、ある意味羨ましいかもしれない。
 しかし……できたのが昨日?
 ってことは、恵理子はこの1日の間にコレだけの駅弁を集めたって言うのか?
 凄いと言うか、暇人というか……
「いい?駅弁って言うのはね、そもそもその地その地の風習や風土を表しているものであって……」
 恵理子は駅弁について熱く語り始める。
 正直、慎一にはどうでもいいことではあったのだが。
 しかし恵理子は止まりそうもない。
 結局、慎一は恵理子の演説を約30分、あくびをしながら延々と聞き続けるハメになった。
「……というわけだ。わかったか?」
「ああ、わかったわかった」
 慎一はうんざりといった表情で言葉を返す。
 まったく、何が悲しくってコイツの演説なんか聞かなければいけないんだ。
 今日は厄日だと、慎一は思わずにはいられなかった。
 結局、恵理子が話したことを要約すると、新しい駅弁の開発をして一儲けをしたいから、その協力をしてくれ、と。
 駅弁なんかで儲かるのかよ?と思わず突っ込みを入れたくなってしまったのだが、実際結構儲かるらしい。
 そういえば駅弁って、特定の客層がいるし、普通の弁当よりも割高だもんなぁ。
 恵理子が作った駅弁が売れるかどうかは別にして。
 まぁ、コイツはそこそこ商才があるから、赤字になるようなことは絶対にしないと思うけど。
 などなどなど、数々の疑問を慎一は心の中で自己解決していった。
「それじゃあ、しっかり頼んだわよ」
「頼んだ……って、何を?」
「先輩……あたしの話、聞いてなかったの?」
「いや、しっかり聞いてたぞ?駅弁を二人で頑張って作るんだろ?」
「ちがーう!三人で!!」
「三人だぁ!?だってお前、さっき部員は二人しかいないって……」
「だから勧誘して来るの」
「誰を?」
「つばめに決まってるでしょ!!」
「つ、つばめを!?」
 慎一は恵理子のとんでもない発言に、思わず腰を抜かしそうになってしまった。
 料理オンチのつばめを部員にして一緒に弁当造り??
 心情的には物凄く嬉しいが、商売として考えると自ら破滅に向かって爆走する、ただの自殺行為にしか思えなかった。
「恵理子部長。質問よろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「どうして料理音痴のつばめなんですか?」
「それはもちろん、この計画の真の目的が、つばめに対する『復讐』だから」
 恵理子はグッと拳を握り締める。
 なんか聞かないほうがいいような気がしてきた……
 しかし、慎一がそう思っても恵理子の口は止まらない。
「いい?先輩がつばめを剣道部から引き抜いてくる。それでもって、つばめにこの駅弁を全部食べさせるわけよ」
「ぜ、全部!?いくらつばめでもそれは無理じゃ……」
「甘いわね。先輩が一言『ぽっちゃり型の女の子もかわいいよね』って言えば、万事解決よ。つばめはまるで人が変わったように、フードファイターに変身することになること間違いなしだから」
「そうかぁ?」
「そうなのよ。先輩、全然オンナゴコロわかってないから理解しろって言っても無理だと思うけど」
「は、はぁ……でも、そんなに食べさせる必要ないんじゃ……」
「仕方ないでしょ?つばめ、太りにくい体質なんだから。あたしだってこんなに散財したくなかったんだから」
 恵理子は目に涙を浮かべながらがま口を取り出し、開いて逆さに振って見せる。
「おかげであたしは文無しよ。どうしてくれるの!?」
「どうしろって言われても……」
「それもこれも、ぜーんぶつばめがいけないのよ!!ことごとくあたしの商売の邪魔をするから!!」
「それはお前がいけないような……」
「なんか言った?」
「い、いや……なんでもない……」
「とにかく、つばめを太らせて、それから体重計に乗って青ざめてるところを激写……もとい、記念撮影しちゃうんだから!」
 恵理子の目から炎が上がる。
 どうやら、自分の商売をことごとく邪魔するつばめにとことん恨みを持っているらしい。
 世間一般ではこのようなことを『逆ギレ』若しくは『逆恨み』といったりするのだが。
 それにしても……
 慎一は心の中で溜息をついた。
 やっぱりロクでもないこと考えてやがったな、コイツ。
 まぁ、その方が恵理子らしいんだが。
「と言うわけで、一緒につばめをギャフンと言わせましょう!」
 恵理子は慎一の両手を握り締め、ブンブンと大きく振る。
 今回はまきこまれる前に退散した方が良さそうだな……
 慎一が身の危険を感じて手を振り払おうとした、まさにその時。
「ギャフン」
 突然、場違いなかわいらしい声が割り込んできた。
「!」
「!!」
 慎一達がその方を見ると、つばめがおどけた様子で慎一達を見ている。
「すごいお弁当の数ですね……食べ物を無駄にすると、もったいないオバケが出てくるって、言われませんでしたか?」
 つばめはゆっくり近づいてくると、一定の距離のところで立ち止まった。
「さて……オシオキの時間です」
 そして無表情のまま竹刀を身構える。
 しかし、今回は慎一はいつもに比べて随分と心に余裕があった。
 そう、何故なら彼はまだ、謀略に加担していないのである。
 故に自分が制裁を受けるとは、慎一自身微塵も感じていなかった。
「覚悟はできましたか?」
「いやぁ、つばめ。そのことなんだが……」
「フッフッフッフッフッ……」
 慎一の言葉をさえぎるかのように、突然恵理子が慎一の前に進み出る。
 なんだかすっげー嫌な予感……
 慎一の楽観的な自信は、一挙に消え去っていった。
「覚悟?そんな物は必要ないわよ?」
「……どういう意味ですか?」
「つばめ、あんたはあたしの商売の邪魔をしすぎた。だからその責任をとって、ここで子豚になってもらうわ」
「お、おい!!」
「それに、先輩だってつばめが丸々と太った方がカワイイ、って言ってたわよ?その方が胸も大きくなるからって」
「なっ!!」
 慎一は慌てて恵理子の口をふさいだ。
 コイツ、なんてこというんだ!!
 俺を巻き添えにするきか!?冗談じゃない!!
 しかし、既に時が遅すぎた。
 恵理子の巻き添え自爆戦法を止めるには、何もかもが。
「楠瀬先輩……本当、ですか?」
 つばめの表情がどんどん曇っていき、みるみるうちにつぶらな瞳に大粒の涙がたまっていく。
「ち、違うんだつばめ!!それはこいつが勝手に……」
「楠瀬先輩のバカー!!もう知らない!!」
 つばめは泣き叫びながら竹刀を振り上げる。
 そして……望まぬ惨劇は、今日も訪れるのであった……


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