「……というわけなんだけど。オッケー?」
「はぁ?」
慎一は恵理子の突拍子もない言葉に、素っ頓狂な声を上げた。
「『はぁ?』じゃないの!先輩、あたしの話ちゃんと聞いてなかったの!?」
恵理子は慎一の態度にプンプンと怒り出す。
「せっかく招待してあげるって言ってるんだから、ちゃんと話くらい聞いてよね!!」
「イヤ、ちゃんと聞いてたんだが……」
慎一は言葉に詰まってしまい、返答できなくなる。
ここは聖丘学園の旧図書館地下にある恵理子の店「エンジェルショップERICO」の隠し部屋。
6畳くらいの大きさの中に、テーブルとソファーが置かれている。
これでカラオケのセットがあれば立派なカラオケBOXだよなぁと慎一は思っていたりしたが。
ここの部屋といい、まだまだ慎一の知らない部屋がここには多数存在しているようだ。
ひょっとしたら、学園の敷地内全体にまで領域が及んでいるのかもしれないが、そこまで深いことに慎一はあえて首を突っ込むような真似はしたくなかった。
それはさておき、慎一は恵理子の悪巧みに加担させられそうになっていた。
今まで恵理子のおかげでつばめにオシオキされたことは数知れず。
今回ばかりは流石に勘弁……と思っても、いつの間にか悪事の片棒を担がされてしまうので、慎一自身は情けなく感じていた。
しかし、今回は断るに断れない事情があった。
なんと恵理子が、多額の報酬を出してくれるというのだ。
最近金欠気味だった慎一にはまさに渡りに船で、この手のおいしい話を逃がせるはずがなかった。
多少なりとも危険な仕事とはいえ、バイト料でつばめにプレゼントのひとつでも買えば、仲も元に戻るのではないかという、淡い期待もある。
この『つばめと仲直り大作戦』を完遂するまで、なんとしても頑張らないと……
臥薪嘗胆、艱難辛苦をのりこえてこそ、つばめとの清い交際が舞っているからな。その日が来るまで歯を食いしばって頑張らないと。
慎一は改めて決意を固くするが、同時に不安も芽生えてくる。
しかし……今回の恵理子の計画は、あまりにも無謀すぎるよな……
あんなこと実行したら、下手をしなくっても俺とつばめの仲は崩壊してしまうではないか。
既にボロボロのような気もするが……うーむ……
「失礼しまーす」
不意にドアがノックされ、扉が開かれた。
「ご注文のピザをお持ちいたしましたー」
そしてどこかで聞き覚えのある声とともに、赤と白のチェック柄の制服を着てキャップを深めにかぶった人が入ってくる。
「あっ、そこに置いといて」
恵理子は待ちかねたように、テーブルを指差した。
「かしこまりました。本日はありがとうございます」
宅配員はピザの入った箱をテーブルの上に置くと、そのまま部屋を出て行く。
「……何だいまのは?」
「ピザの宅配」
唖然とする慎一に、平然と恵理子は答える。
「うちの店の会員に、ピザ屋の娘がいるから。ちょっと注文しといた」
「ちょっと……って……」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない。それよりも、もう一回おさらいするわよ?」
そして恵理子は真剣な表情になると、慎一をビシッと指差した。
「いい?今回の先輩の仕事は、つばめにこの帆立貝の貝殻を水着として着用させること!」
「だから、何でそんなことしなくちゃいけないんだよ?俺に死ねと言うのか?」
当然の如く、慎一は反発した。
もしつばめにそんなことした日には、間違いなく竹刀での折檻が待っている。それに仲も完全に破綻するだろう。
それじゃあ高額なバイト代以前の問題だ。
「ふふーん。その点なら心配無用!それに、これは先輩にしかできない仕事だから」
しかし恵理子は心配無用といわんばかりの態度を取る。
その自信に満ちた態度が、慎一の不安を更に増大させる。
「俺にしか出来ない……って、お前がやればいいじゃん」
「そんなこと、言われなくてもやったわよ。でも速攻で断られちゃった」
恵理子は軽く溜息をつく。
「でも先輩のお願いだったら、つばめも言うこと聞くような気がするのよね。ううん、気がするじゃなくって、確信してる」
「そうかなぁ……」
「そうなの。で、足に尾ひれつけさせて、人魚つばめが完成って感じで、あたしが写真を撮る、と」
「写真……って……どうしてそんなものを?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくれました!」
恵理子は待ってましたと言わんばかりに、偉そうな態度を取りながらテーブルの上に一枚の広告を置いた。
「なんだこれは?」
「人魚写真コンクール開催の告知」
「人魚写真コンクール?」
「そう。この優勝賞品があたしのものすごーく欲しいモノなの。これが、今回あたしに参加を決意させたってわけ」
「ほう……でも、人魚写真コンクールじゃ、被写体がつばめで大丈夫か?」
「もち!先輩の言いたいことはわかるよ。人魚ってオッパイが大きくて妖艶な雰囲気持っててアダルティな感じがするって言いたいんでしょ?」
「あ、ああ……」
「でもね、今の時代は貧乳であどけなさが残る少し童顔気味の方が、ポイントが高いのよ。だからつばめを被写体にしたほうが、優勝する確率がグンとアップするってわけ」
「……………………」
「疑ってるひょっとして?大丈夫だって。ちゃんと想像図も用意してあるから」
恵理子は手際よく、それをテーブルの上に広げる。
「おおっ!!」
慎一はそれを見た瞬間、先ほどの考えが如何に愚考であるかということを悟らずにはいられなかった。
テーブルに広げられた紙には、人魚姿で岩礁に腰掛け、手をへその辺りで組みながら上目遣いで恥ずかしそうにしているつばめのイラストが描かれている。しかもカラーだ。
一言で言うと、すごくカワイイものであった。
「どう?考え変わったでしょ?」
「変わった変わった!!素晴らしいじゃないか!!」
「やる気になった?」
「やるやる!!やらせていただきます、恵理子カメラマン!!」
「よろしい」
恵理子は満足そうに頷くと、それらの紙を片付けた。
「さ、話し合いも終わったところで、ピザでも食べましょう」
「おう!」
慎一はオレンジジュースを2つのコップの中に注ぐと、ピザが入った箱のふたを開けた。
中からよりどり緑の野菜が大量にのったピザが姿を現す。
「お前、結構変わったもん頼んだんだな。今健康ブームだから、それにあやかって頼んだのか?」
「おかしいなぁ……あたしはこんなの頼んでないんだけど……」
「えっ?」
恵理子の言葉に、慎一は怪訝な顔になって彼女を見た。
「注文と違う?」
「うん。あたしはトリプルチーズミックスピザ頼んだんだけど、これってスーパーベジタブルミックスピザだし……ひょっとして間違えたのかな?あの娘、結構そそっかしいところあるから。まぁ、こっちの方が高いし、ラッキーといえばラッキーかな?」
恵理子は儲けたと言わんばかりにほくそえみむ。
「それじゃあ、食べましょうか」
「おう。ご馳走になるぜ」
「いえいえ。それじゃあいっただっきまーす」
「いただきます」
慎一と恵理子はほぼ同時にピザを口の中へと入れた。
「!!」
「!!」
途端に青ざめた表情になって、思わず吐き出しそうになる。
ドゥは岩石のように硬く、ソースは舌がヒリヒリするほど辛く、具の味も統一感がまったくなくバラバラであった。
「かっらー!!」
「水!!水!!」
恵理子と慎一は慌ててオレンジジュースを飲み干す。
「うげええ……何この殺人級の激マズ!?あたしを殺す気!?」
「まったくだ。恵理子、なんっつーもん頼むんだお前は?」
「あたしだって騙されたわよ!!絶対文句言ってやるんだから!!」
恵理子は恨めしそうにピザを見た。
「まったく、こんなまずいピザ作るなんて、信じらんない!!」
「ほんとだな。どーやったらこんなまずいもんが作れるのか、人間失格なそいつの顔を、一度拝んでみたいぜ」
「ホント人間失格よね!!こんな料理作るのは……」
そこまで言いかけて、恵理子の顔が急に青ざめていった。
「どうした?吐きっぽくなってきたのか?」
慎一の問いかけに、恵理子は青ざめた表情をチラッと向ける。その眼差しは恐怖に怯えきっていた。
「そんなに珍しいものじゃありませんよ」
「!!」
「!!」
不意に発せられた背後からの声に、慎一達は一瞬硬直させ、そして恐る恐るその声のするほうを振り向いた。
すると、いつの間に入ってきたのか、先ほどのピザ宅配員が立っていた。
「まったく……二人とも健康に悪そうなことばっかり企んでるから、少しは健康的になってもらおうと思っていろんな野菜をトッピングしたんですけど……怒りの感情を抑えきれなくって、タバスコを5瓶も振りかけちゃいました」
「や、やっぱり……」
「その声は……」
物凄く聞き覚えのある声に、慎一と恵理子は身の毛もよだつ思いをしながら、畏怖の眼差しでその人物を見る。
「そのまさか、ですよ」
その人物はゆっくりとキャップをとった。素顔があらわになる。
「げっ!!」
「あっ!!」
予想通りの人物に、慎一達は固まった。
それは誰であろう、先の話題の人物、つばめだったのだ。
しかも無邪気に微笑んでいる。
「つ、つばめ、いや、これはだな、その……」
「は、話せばわかるから!!暴力はよくないよ?」
「……誰が貧乳で童顔なんですか?」
「うっ……」
「……誰が人間失格なんですか?」
「えっと……」
にこやかに微笑みながら言葉を発するつばめを前に、慎一達は言葉を失ってしまう。
「恵理子……楠瀬先輩……随分と好き勝手なこといってくれたようですね」
つばめはいつもの如く竹刀を構えると、一歩一歩ゆっくりと近寄ってきた。
「またそんなどうしようもない計画企てたりして……オシオキです!!」
そして……いつものように惨劇が展開されるのであった……