その日、慎一は恵理子の店へと招待されていた。
慎一にとっては正直言って受けたくなかった招待ではあったのだが、つばめに関して重要な話があるということで、仕方なく受けることにした。
そして慎一が『ERICO』へつくなり、料理人の格好をした恵理子が「待ってました」といわんばかりに、彼を店の奥へと案内したのだが……
恵理子の奴、今度は一体何をたくらんでるんだ?
これが慎一の、真っ先に抱いた感想であった。
事実、恵理子のせいで、つばめとの仲は親密になるどころか、険悪なものになっていくように感じられた。
最近は慎一の顔を見るだけでつばめは逃げ出してしまう。一言も口を聞いてもらえない状態が続いていた。
まぁ……あんなことが続けば無理もないけど……
俺、完璧につばめに嫌われたかも……
慎一の心は、これ以上ないと言うくらいふさぎこんでいた。
だったら恵理子とかかわらずに、つばめとの仲の修復に全力をあげればと言う話もあるのだが、恵理子は恵理子で貴重な情報などを持っていたりする。
以前慎一が恵理子から貰ったつばめのスクール水着の写真は、今でも彼の宝物だ。
そのため、恵理子との付き合いも切るに切れないものになっていた。
さて、慎一の通された部屋は、これまた初めてみる部屋であった。
どこぞのおしゃれなカフェのような装飾が施された内装に、クラシック調の音楽。
そして部屋の中央には何やら怪しげな物体がひとつ、白い大きな布に覆われて置かれている。
「おい……今度は一体何をたくらんでるんだ?」
「企んでなんかないよ?たまには先輩にご馳走してあげようかと思って」
「ご馳走だ?まさか毒でも食わせるんじゃないだろうな?」
「んなわけないじゃない!!つばめの料理ならともかく、あたしはそんなに酷くないもん」
「えっ?つばめってそんなに料理が下手なのか?」
「大きな声じゃ言えないけどね。先輩も気をつけたほうがいいよ。胃薬必須だと思うから……って、そんなことはどうでもいいの!」
脱線しかけた話を、恵理子が強引に戻す。
「フフフ……コレを見ても、まだそんなことが言えるかな?」
恵理子はいつものように腕組みをしながら意味深な笑みを浮かべると、覆いかぶさっていた布を一気にまくった。
「!?」
そして姿を現したそれを見て、慎一は目を丸くするとともに言葉を失った。
「どう?すごいでしょ?」
恵理子は得意げに胸を張って威張る。
それは慎一の想像をはるかに超えた、あまりに凄すぎるもので、慎一自身どういっていいかわからなかった。
そして、少し時間が経ってから、ようやく言葉が出てきた。
「……なんだコレは……?」
「見ての通り、ゼリー」
「ゼリー?」
「まぁ、正しく言えば『はちみつつばめゼリー』だけどね」
「はちみつつばめゼリー……」
慎一はその言葉に、何故この物体がこんな形をしているのか、全てを悟った。
この黄金色に輝く物体は、なんと等身大のつばめの形をしているのだ。
しかも何故かセパレートの水着姿で、髪の毛や胸のふくらみといった細部まで丁寧に仕上げられている。
直立不動の姿勢で瞳を閉じているその姿は、まるでキスを求めているようだ。
恵理子の奴……またこんなおいしい……もとい、デンジャラスなもの作りやがって……
慎一は苦言を呈そうとするが、表情がどうしても緩んでしまう。
「お前って、本当に冒険者だよな……」
「それってあたしをけなしてるの?それとも誉めてるの?」
「両方……」
「なんですって?」
「いや、もちろん誉めてるんだよ、うん」
慎一は慌てて言いなおす。
ここで恵理子に逆らっても、何の特にもならない。それだったら調子を合わせておいた方がいい。
すると恵理子は得意満面になって、ますます舌が滑らかになった。
「ふふーん。少しはあたしを見直した?」
「ああ、見直したよ。すごいなお前。よくこんなもん、ゼリーで作れたな」
慎一は感心しながらその恵理子の傑作をみつめる。
とてもゼリーで作ったとは思えないほどの芸術品であった。
「本当にすごい作品だな。ひょっとして、中に本物のつばめが入ってるとか?」
「そんなことしたらつばめが窒息しちゃうよ」
「そうだよなぁ……じゃあ、この前使った人形をベースにしたとか?」
「アレはつばめに壊されちゃった。自分でもよくできた作品だと思うんだけど、『こんな悪の枢軸的な作品は闇に葬らせてもらいますっ!』って。おかげであたしは大損よ。先輩に買ってもらおうと思ってたんだから」
「じゃあ……どうやって作ったんだ?」
「もち、企業秘密。そんなこと教えられるわけないじゃない」
恵理子は人差し指を立て、リズミカルに振る。
「ってことで、先輩、たっくさん召し上がれ」
恵理子はスプーンを慎一に差し出した。
「おっ。悪いな」
慎一はスプーンを受け取り、ゼリーと対峙する。
「でも……なんだか食べるのもったいないような……」
「いいっていいって。ガツガツいっちゃって。先輩にはいつもお世話になってるし、迷惑かけてるからたまには恩返ししないとね。これ食べて、つばめも食べちゃおう!」
「いや、流石にそれは……」
「なーに言ってるの。先輩男の子でしょ?それくらい強気でつばめにあたらなくってどーするのよ!」
恵理子はグッと拳を握り締めた。
「先輩もこれを食べて、少しはつばめに対して強気の態度取れるようにならないと。『俺と付き合えー!!』とかさ」
「努力はするよ。それじゃあ、いただきます」
「はい、どうぞ」
慎一はゆっくりと、その等身大はちみつつばめゼリーへ顔を近づけた。
とても甘い匂いが漂ってくる。
そういえば……本物のつばめも、甘い匂いがするんだよな……
以前『つばめ人形事件』で本物のつばめを押し倒してしまった時の、つばめの甘い体臭が未だに慎一は忘れられなかったりする。
慎一はそんなことを思いながら、それを見た。
見れば見るほどよくできており、食べるのがもったいないくらいだ。
しかし、せっかく恵理子が作ってくれたデザートを、食べないでつき返すような真似をするのも、後味が悪い。
許せつばめ……俺は悪くない……不可抗力、そう、不可抗力なんだ。
慎一は頭の中で罪悪感を抹消するとともに自分の行為を自己正当化しながら左肩にスプーンを入れた。
そして適量を救い上げて口の中へと入れる。
口の中いっぱいにはちみつの甘味が広がり、ゼリーのプルプルとした食感がアクセントを加える。
隠し味があるらしく、普通のゼリーとは一味違ったおいしさだ。
恵理子の奴、こんなに料理上手かったのか?
慎一は食べるスピードを速めながら、はちみつつばめゼリーを食べていく。
それはまるで、クセになりそうなおいしさであった。
「どう?おいしい?」
「ああ、うまいうまい」
「そんなに急がなくっても大丈夫なんだけど」
「いやぁ、そうもいかない。おいしすぎて止まらないし、つばめにこんなところ見られるわけにはいかないしな」
「……もう無駄だと思うよ」
「……えっ?」
慎一はその言葉にピタリと食べるのをやめ、恐る恐る後ろを振り返った。
「!!」
そして驚きのあまり、持っていたスプーンを床に落としてしまった。
そこには、拗ねた表情を浮かべながら慎一をにらむつばめの姿があった。
右手には竹刀が握り締められ、左手は恵理子の頭の上に置かれている。
恵理子の表情は恐怖のためか、青ざめたものになっていた。
「もう楠瀬先輩!!またこんなことして!!今日こそ許さないんだから!!」
つばめは恵理子の口調を物真似すると、恵理子から手を離し、一歩一歩近づいてきた。
「ま、まってくれつばめ!!俺は無実なんだ!!不可抗力でこれを食うハメになったんだ!!」
慎一は必死でつばめに訴えた。
「楠瀬先輩、この期に及んで見苦しいですよ!オシオキです!!」
「だ、だから違うんだって!!俺だって、こんなゼリー食うくらいだったら本物のつばめを食べたいよ!!」
「!!」
ピタリとつばめの動作が止まる。
「言っちゃった」
恵理子は目を輝かせながらパチパチと小さく拍手する。
しかし慎一はむしろ後悔の念でいっぱいだった。
それは、つばめが小刻みに体を震わせていることからも、彼女が激怒しているのは明白であった。
バカバカバカ!!俺のバカ!!
慎一は自分の失言に、後悔せずにはいられなかった。
つばめの顔が、みるみる完熟トマトのように真っ赤になっていく。
「ま、待て、つばめ、いや、その、なんていうか……」
「楠瀬先輩のバカー!!」
つばめは竹刀を振り上げた。
そして……惨劇は繰り返されるのであった……-