目が覚めた時には隣に抱き締めていた温かいからだがなくなっている。このところ毎朝のようにこんな喪失感を味わっている。
夢の中の千里はたとえようもなく可愛い。もちろん現実の千里も充分に可愛いけど、夢の中とは比べようもない。 何と言っても夢の中の千里はすごく素直だし、俺に笑いかけてくれる。すぐに視線をそらされてしまう現実とは大違いだ。
現実でも同じように甘えてくれればいいと思うのは、俺の我がままなんだろか?
「茂、なに考えてる?」
腕の中に抱き込んだ千里が、首を傾げながら俺を見上げてくる。細められたも、薄く開いた唇も、まるで誘われているようで、俺はその柔らかな頬にそっと口付けていた。
「大したことじゃない。千里がいてくれて嬉しいよ」
なんだかすごく嫌な夢を見たような気がしたのだ。千里が俺の腕を擦り抜けて、誰か別の男の腕のの中にいる夢。千里だって男なんだから恋愛相手を男に限定してしまうのはどうかと思うけど、千里を狙っている人間が多いのだから仕方がない。ぼんやりした千里本人はまるで気がついていないけど、昔は不可侵条約まあったくらいなのだ。最もそれは千里が俺を選んだ時点で解消されたけど、今だって俺はかなり恨まれている。
「茂。ちゃんと俺の方を見ろよ」
またもやぼんやりしていた俺は、千里の手に両頬を挟まれ、ぐいっと顔の向きを変えられた。少し釣り上がった目が、じっと俺を見ている。俺だけを。
この千里が他の奴のものになるだなんて、一瞬でも考えたと知られたら殴り飛ばされそうな気がして、俺は思わず口をつぐむ。
「ごめん。愛してる、千里」
「うん」
素直に謝って唇を寄せると、千里は嬉しそうに目を閉じた。そのまま、俺の首に腕を絡めてくる。
薄く開いた唇に舌を差し入れ、互いの舌を絡めて甘いキスを存分に味わう。千里はキスが好きで、もれでる息が甘く湿ったものになるまで、そう時間はかからない。
「……しげ、る……」
上気した頬、潤んだ瞳、甘い溜め息。全てが俺を誘っているとしか思えないようなもので、千里はたぶん、俺がそれに逆らえないのを知っている。
「……いいのか?」
ついさっきまで二人で眠っていたベッドに千里を押し倒しながらも、俺は思わずそうたずねていた。千里はそう体力がある方じゃない。いくらなんでも昨日の夜に続いて、今朝でというのは無理があるかも知れない。ここで駄目だと言われても、かなりつらいものがあるけど。
「駄目だって言ったら、止めるのかよ?」
ちさと−っ。そんな潤んだ目で睨むなっ。迫力がないだけじゃなくて、色気がありすぎて押さえが利かなくなるっ。
ぐっと答えに詰まっていると、下から手が伸びてきて、思いのほか強い力で引き寄せられた。そのまま噛みつくように口付けられ、いつのまにか俺もそれに答えていた。
「止めたら絶交だからな」
「止めません」
正確には止められない、だけど。
そう宣言すると千里はまた嬉しそうに微笑んで、また俺の首を引き寄せてきた。
「千里のは究極の片思いだもん」
聞くとも無しに聞いていた教室内の雑談の中、千里の名前に反応した俺はとんでもない言葉を拾ってしまった。
千里が片思い? いったい、誰に?
千里はフリ−。そんなことはすでに分かっていた。毎日見ていれば、すぐに分かることだ。仲の良い友人はいるけど、千里は相手に恋愛感情を持っていない。相手の方はどうか知らないが。
とすれば、千里との思い人と言うのはいったい誰だ? 俺は千里が誰か一人を見ているところなんて知らない。そんなことを思いながらただじっと千里を見ていた。
千里は一度だけ俺の方を見た。だけど、その視線はすぐにそらされた。
「んっ……、しげ、る……」
押さえられた千里の甘い声が、俺の興奮を煽る。まぶたに、頬に、あごの線に沿って唇を這わし、しつこいくらいに唇を犯す。
喉元に唇を這わせればこらえ切れないのかのように声を上げる。その声に誘われながら、俺は慎重に服で隠れる位置に印を付けていく。そうしながらも胸元をはだけ、薄い胸に手を這わす。ほんの少し手を動かすだけで千里はいちいち声を上げ、体を震わす。すでに快感を押さえることを放棄して薄く色づいた体を、俺は丹念に辿っていった。
「あ、……んぁっ……。茂っ……」
胸の突起を念入りに責め、脇腹に、内股にと手を伸ばすと、甘えたような強請るような声が上がる。その声を無視して、聞くだけで酔うことのできる声を上げさせ続けていると肩に爪を立てられた。
「……っ」
「焦らすなよっ……」
ぴりっとした痛みに思わず行為を中断すると、涙目の千里が必死で俺を睨んできた。懸命に俺を抱き寄せながら、すでに熱くなっている下半身をすりつけてくる。
「何? 別に焦らしてなんかないだろう?」
どうしてほしいのかは分かっていたけど、俺はもう少し焦らしてやることにした。そうすれば千里はどんどん色っぽくなる。俺しか見えなくなる。
「……しげるっ」
すっかり力を持って触れられるのを待っている千里自身を無視して脚の付け根を強く吸うと、悲鳴のような声が上がった。そのまま後ろにも愛撫の手を伸ばすと息をつめる。それでもそれもほんの一瞬のことで、すぐに遠慮のない声を上げ始める。
「茂、しげる……っ」
あまり放っておきすぎたせいか、千里は自分で手を伸ばしてきた。たぶん無意識の行動だろうけど、もう我慢が利かないらしい。
「なんで自分でするの? 俺に言えばしてあげるのに」
伸びてきた千里の手を止めて耳元でそう囁けば、潤んだ瞳が睨み付けてきた。そりゃそうだな。さっきからだいぶん要求を無視してきたし。
「言ってるだろ……、さっきからっ」
「ちゃんとどうしてほしいか言ってよ」
言いながら柔らかく耳朶を噛めば、また甘い声が上がる。そろそろ焦らすのも限界かも知れない。
「して……っ!」
しまった、やりすぎた。泣かせるつもりはなかったのに。
「さわれよ、馬鹿。……いじわるっ!」
強気な発言も、涙をぼろぼろと流しながらではいささか迫力に欠ける。それどころか俺を煽る結果にしかならない。
「ごめん、千里。好きだよ……」
両のまぶたに唇を落としてから、高ぶった千里自身を口に含む。そうして後ろに埋めたままにしていた指をうごめかす。
千里は力の入らない指を俺の髪に埋め、絶え間なく甘い声を上げ始めた。
「俺が……、茂とキスした夢を見たってだけで、顔を会わせ辛い思いしてたっていうのに……」
焦って何を云っているのか分からなくなっているらしい千里の言葉に、俺は思わず自分の耳を疑ってしまった。
千里が、俺とキスをする夢を見た……?
そんなことがあるんだろうか? だけどこの状態で嘘が云えるほど千里が器用でないことは知っている。そう思った時にはすでに千里を抱きしめていた。
「好きだよ、千里。千里も俺のこと、好きだよね?」
囁いて、何度もキスしているうちに千里の強ばりが解けていく。思った答えは返ってこないけど、その表情を見ていれば答えなど聞かなくてもわかった。
夢の中とは比べものにならないくらいに可愛い千里を抱きしめ、キスをして胸元のボタンに手を掛ける。実際に千里を相手にしたことはないけど、夢の中で何度もシュミレ−トしているし、まったく経験がない訳でもない。手間取るような無様なまねはしなかった。
白い肌に唇を落とし、脇腹から薄い胸に指を這わせる。それだけで夢よりも確かに、千里はびくりと反応する。返ってくる反応が嬉しくて更なる愛撫を加えようと自らに気合いを入れていたところで、急に千里に引き剥がされた。
「うわあぁぁっ。ちょっとまったっ」
色気も何もあったもんじゃない。それでも真っ赤になって大きな叫び声を上げる千里は例えようもなく可愛かった。
とは言え、せっかくいい雰囲気になりかけていたのに、現実に立ち戻った千里はそれ以上を許してくれない。キスをしただけでも夢の中で俺が想像していたよりもイイ顔をするくせに、それはあんまりというものだ。
「好きだよ、千里……」
どれだけ臭い台詞だろうと、今まで思っていても口にできなかった言葉だ。いくらだっていえる。
「……だから、ヤらせて」
「ここじゃヤだって言ってんだろ」
放課後とは言え、校内ではやっぱりまずいらしい。だけどここじゃ駄目だってことは、ここじゃなければいいってことだよな?
俺は勝手にいいように解釈させてもらうことにしたけど、それは間違っていなかったらしい。
それでも。
なんとかなだめすかして、千里を思う様泣かせることができたのは、その日の夜遅くのことだった。
好きだよ、千里……。
END
|