最初に彼を見たのは・・・、小さなバーのカウンター。
得にいきつけの店だった訳でもない。今となってはどうやって見つけたのかも不思議なくらい小さな小さな、隠れるようにしてある店。
彼はそのカウンターで飲んでいた。
連れはいない。店のマスターを相手に穏やかな声で話ながら、静かにグラスを傾けている。その後ろ姿から年を類推することは出来なかったが、俺よりは若そうだった。特に線が細い訳でもなく、背が低い訳でもない。彼は普段の俺ならそれほど引かれる相手ではなかったはずだ。なのに、何故か目がはなせなかった。
そのうえ、気になっていながら俺は結局彼に声をかけなかった。
こんな珍しいことは、そうそう起こらない。
次の週末。
彼はまたそこに座っていた。
彼がそこにいるのを知っているということは、俺もそこにいったということだ。
平日は忙しくて忘れていた俺も、週末になると彼のコトを思い出していた。そして気付くとあのバーに足がむいていたのだ。
カウンター席がぐるりと店内を回って全部で10程の小さなバーは、中に入ったとたんにすべてを見渡せる。そうして又カウンターに彼を見つけた。その日の俺は、彼から2つ程開けたカウンターに座る。そしてゆっくりと彼の横顔を眺めさせてもらった。
やはり、ずいぶん若い。もしかしなくても、まだ二十歳になっていないかもしれない。長い髪が頬をおおって、肩に落ち、ゆったりと揺れている。暗い照明で定かではないけど、瞳は青だった。それでも顔だちは間違いなく日本人のものだ。色もいくぶん白そうだが、黄色人種には違いないだろう。なら、彼のその青は・・・カラーコンタクトだ。結構流行っているというし。
その日の彼は、終止無言でグラスを傾けていた。マスターが少し心配そうに見ているのにも気付かないようだ。わきで見ている俺の方が気付いて、苦笑しあった程だというのに。
そうして結局、俺はまた声をかけそびれた。
そして確信する。来週も俺はここにいるだろうことを。
週末ごとにバーに訪れ、彼の様子を肴に幾らかの酒を飲んでかえる。そんな日が3ヶ月ばかり続いただろうか? その金曜日は珍しく彼よりも早く店についていた。何をするでもなくマスターとちょっとした世間話をしながら、彼が来るのを待つ。別に待ち合わせをしている訳でもない。いや、お互い名前すら知らないし、もしかしたら彼の方は俺のコトを認識してすらいないかも知れない。それでも俺が彼を待っていることには変わりない。
「そろそろ声をかけないんですか?」
あまりに彼が遅くて退屈していた俺の前にサービスのグラスを置ながらマスターが囁いた。彼はとおに俺の視線に気付いている。そして、その意味にも。あまりに俺がとろとろしているから、葉っぱをかける気にでもなったのだろうか? この頃は店の雰囲気が気に入って週末以外にも来ているおかげで、マスターの高野とはわりと仲良くなっていた。気さくで、気持ちの優しい男で、普段ならこんなことをいってきそうにないのだけど。
「そうだな、そのうち」
そして俺は曖昧に返すしかない。自分がどうしたいか分からないからだ。高野はそれでは満足出来ないのか、俺にさらに詰め寄る。
「・・・・・本気になれないなら、やめて下さいね」
どうやらいいたかったのはその一言らしい。笑みの奥の瞳がまじだ。
「・・・分かってる。だから、声をかけられないのさ。・・・・・今は、ね」
そう、今は。いつかは声をかけられるかもしれないとは思う。でも、今は駄目だ。興味が勝ってしまっている。
その日、結局彼はこなかった。そして俺は次の日に彼に声をかけてしまうのだ。意図した訳でもなく、気がつくと。
そう、気がつくと。
それから、彼を見るだけでなくその声を聞くようになったのだ。
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