抜粋

「ちょっと話があるんだ。今日、今から家にこれる?」
 ちょうど祭日の前の日のことだ。天野さんはなにやら思いつめたような表情でそう聞いて来た。もともと家に帰ったところで用事などほとんどない僕は、いつもと同じように小さく頷く。ただ、気になったのはその時の天野さんの表情。天野さんのこんな表情を見たのは、あの時以来だった。あの時。そう、天野さんが自分の勘違いに気付いて、僕を呼び出した時。
 時間がかかるだろうかと気になって、天野さんに少しまってもらってスイにその寄り道をつたえにいった。
「泊まってくるの?」
 問いかけられた言葉の意味が分からず、最初きょとんとしてしまった。そして意味を理解して、大慌てで首をふる。そんな予定はない。まったく、ない。ただ、今から天野さんのところに行って話をして。そんなことをしていたら確実に帰宅が遅れる。だからそう言いに来ただけなのに。
「……天野さんがそれだけのつもりでいたらいいね」
 訳知り顔でにやにやと笑いながら、スイはそう言って教室から僕を追い出す。