抜粋

「起きたか。まだここについて幾らも経っていないのに。それとも、危機に際して目が覚めたかな」
 柳原は笑みを浮かべながら近寄り、ベッドの端に座ったままになっている久志の隣に腰をおろす。
「まだ……いや、もう、かな。二時だけど、シャワーを浴びるか、このまま寝てしまうか。好きにするといい」
「………危機に際して?」
 シャワーがどうこうという有り難い申し出よりも、先の言葉の方が気になった。久志が引っ掛かったその言葉をくり返すと、相手は少し苦い顔をする。
「あんまり無邪気に、気持ちよさそうに眠っているからね。私は自分の気持ちをある程度はっきりさせていたはずだし、そんな男の前で無防備に眠ることの意味が分かっていないなら、教えてやろうかと思わないでもなかったということだ」
 さらりとそんなことを言いながら、柳原は隣に座る久志の腰を抱き、その体を引き寄せる。慌てた久志が逃れようとしても後の祭。
 それほど小柄ではない久志を器用に腕の中に捕らえ、男はにっと笑みを浮かべた。焦って逃れようとしてもうまく行かない。久志は観念したように逃げるのを諦めるが、されるままというのもしゃくな気がしてきた。
「目、覚ましたんだからもういいでしょう? はなして下さい」