抜粋
「メヌアはどうして、ここにいるの?」
「俺は頑固者だったから……」
メヌアは溜め息混じりにつぶやいた。捨てられた、だけではきっと納得しない。
「香や暗示くらいで記憶を失ったりしなかった。力もなくならなかった。外に戻るのも嫌だ。いつ誰が刃物を振り上げるか分からない場所だから。いつ話している笑顔が恐怖にひきつってその瞳が怒りを宿すか分からない。そんな所にはもう戻りたくなかった」
「メヌア……」
自らが逃げていることをメヌアは知っていた。だが逃げる以外の方法を彼は見つけることができなかったのだ。全てを忘れて帰りたいとも、今更思うことができない。
「この森のことを覚えてる必要はない。俺はお前の記憶も奪うのだから」
そう言い切ったメヌアの表情が余りにも冷たくて、ルクセイルは胸が締めつけられる思いがした。これが彼の本意ではないことが分かってしまったから。
「メヌアは森から出ないの? いつか不思議な〈力〉を持つ人が嫌われなくなっても?」
「……そんな日がきたら、あるいは……」
そう呟いた表情はその日が来ることを信じてはいない。ルクセイルにはそれが痛いほど分かった。
「じゃあ、いいよ、どんなことをしても。僕はメヌアのことだけは忘れないから。そしていつか森の外でメヌアと会えるように僕が頑張る。だから……」
ルクセイルは自分から兄のことを口にはしなかった。だから、それはメヌアが覚えていたということだ。自分の事を忘れていく者達のことを、メヌアはずべて覚えていたというのだろうか? そう考えると鼻の奥がツンと痛くなってきた。ルクセイルは昔、兄がしてくれたようにそっとメヌアの背中に腕を回す。やさしく、ゆっくりとリズムをつけてその背を叩き、力を入れて抱き締める。
「だから、もう泣かないで」
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