昔 語 り |
むかし、むかし。それはずっとむかしのこと。 あるところに、ひとりの若者がおりました。かれは、別になんの特別なところがある青年ではありません。地について畑を耕し、作物を得てはそれを他の生活に必要なものに変えて暮らしていました。 ある夜のこと。青年はちょうど心臓の上あたりに、焼け付くような痛みを感じたのです。だけど服を開いてみても特に何も変わったところはありません。しかたなく、彼はそのまま服を閉じて布団にまるまりました。朝になってもまだ痛ければ、村の治療師のところにいけばいい。そう思っていたのです。 朝起きてみると、胸の痛みは嘘のようにすっかりなくなっていました。それでもやはり気になって、あの痛みはなんだったのだろうと朝の光の中で胸を見てみると、そこには今までになかった大きなやけどのあとがついていていました。ちょうど、手のひらと同じくらいの大きさです。なにかの形のようにも見えましたが、上から見ていた青年には、それがなんなのかとんと分かりませんでした。 それからしばらく。ちょうど収穫時の忙しい時期だと言う事もあって、青年はそんな火傷の事はすっかり忘れ去ってしまっていました。特に痛むわけでもない、負った覚えの無い傷は、忙しい中でずっと覚えておくには小さな事だったのです。 『我が主よ』 だから、青年はそんな風に扉を叩く人があらわれた時たいそう驚きました。今までに見た事も無いほどきれいな人が、見た事も無いような上等な服に身を包んで彼の家の扉を叩いたのです。青年はかくんと口を開いて、初め相手がなんといったかすら理解していませんでした。 『我が主よ。どうかわたくしをうけいれてください』 そのきれいな人は、そんな風に言って青年の前で額ずくのです。驚いた青年は慌てて顔を上げさせようとしましたが、相手は頑として聞き入れません。どうか、わたくしを受け入れて下さいと、それだけを繰り返すのです。 訳も分からず、ただその行為を止めさせたいがために、青年は分かったと頷きました。するとそのきれいな人は、とても嬉しそうに微笑んで部屋の中に入ってきます。 『我が名は――。どうぞ、どのようにでもおよび下さい。わたくしの力は全てあなたのものです』 とても発音できないような名を告げられて、青年はやはり困惑しますが、とりあえず「きれいな人」と言う意味の名をその人に与えました。 その人はとても不思議な人で、癒しの力を持っていました。手をかざすだけで傷が消えたり、病が癒えたりするのです。それでやっと、その人が聖獣と呼ばれる人で、自分がその使いに選ばれたのだと青年は理解したのです。聖獣の使いには、体のどこかに火傷のあとのような痣があると言われていますから。 それを理解した彼は、その後その人と一緒に村を出て、国々を回り、多くの人を癒していきました。 旅を続ける内にある国に招かれ、そこで多くの人を癒し、人々を幸せへと導き、大いに感謝されて自らも心安らかな人生を全うしたといいます。 |