苦い思い




 出会ったのは俺が15、あいつは・・・10にもなっていなかった時。
 つれられてきた子供は細く、どこかうつろな笑みを浮かべていて、それでも妙に目を引く容姿をしていた。何かいろいろ問題があると言うのは聞いていたけど、本人はいたって無害そうで、何よりもそのかわいらしい顔が俺は気に入った。だから、仲良くしてやることにしたのだ。
 はじめは戸惑っていたあいつも、優しくしてやるとすぐに俺の後をついてくるようになった。 そのとき孤児院には他にもたくさん子供がいたけど、あいつが懐いたのは俺だけで、俺はそれが少し自慢だった。
 シスター達があいつの話をしているのを聞いたのはそんなころ。他のやつらがあいつと親しくしたくて仕方ないそぶりを見せているころだった。
「みんなに・・・言った方がいいのかしら?」
 漏れ聞いた話の内容は簡単にすればこうだ。あいつには何か変な力があって、怒るとそれが暴走する。それは人を消しさってしまうこともできるほどの力で、気にくわないことがあると、彼はその力で人々を黙らせてきた、と。だから、子供達は彼に近寄らないようにするべきではないか、・・・と。
 戸惑うようにそういって悩んでいる話の内容が、俺はとても信じられなかった。あいつが・・・人を殺したことがあるだなんて。それにしばらく一緒にいたからこそ、分かる。あいつは、力で人を黙らせるようなことはしない。できるような性格ではない。
 それでも聞いた話が余りにも強烈すぎて、信じないと思いつつも、なぜか心の奥底に引っ掛かって・・・。
 結局俺はあいつがここに来る前にいた孤児院までことの真相を聞きに行ってしまった。それ程遠くなかったし、わりと信頼のあった俺は一日程度の外出なら許してもらえたから。
 辿り着いた孤児院は、ぼろぼろだった。まるで、竜巻きの直撃を受けたみたいな・・・。
 中では何人かの人が必死でそのぼろをなおそうとしている。俺はこわごわ、近くにいた人に訪ねてみた。
「あの・・・どうしたんですか?」
「ああ、これ? 前にここにいたやつが、ちょっとね」
 なんだか生意気そうな、俺と同じ年くらいの男はぶるりとふるえた。
「急に怒りだしたかとおもうと、暴風雨。二度とかかわりたくないよ」
 その怒りだした理由を問うても、さあねとしか帰ってこない。それでも、たぶん誰かが悪口でもいったんだろう、と付け加えてくれた。
 こそこそと声を潜めてそれだけ教えてくれた男は、かかわり合いになりたくない、話はすんだとばかりに俺の前から消えてしまった。
 ・・・じゃあ、これはあいつがやったと言うのか?
 凄まじい惨状を俺はまじまじと見つめてしまう。何か気に入らないことがあって、こんなことを? これほど酷く壊してしまえば、きっとけが人だって出ただろうに。あいつはそんなことが出来てしまうようなやつなのか? いまのおとなしい姿は・・・ネコをかぶっているだけ?  そう言えばあいつが笑うと部屋の中でも風が起こることはなかったか? 沈んでいる時に水槽の水が跳ねることはなかったか?
 俺は何か薄ら寒いものを感じながら、鈍る足を動かしてなんとか教会に戻った。
 もう・・・あいつと今まで通りにつき合うことが出来ないだろうと思いながら。
 そうして戻ってみると、事態は急変していた。
 シスター達が、あいつの過去をみんなに話したらしい。誰もがはれものに触るように彼に接していた。だけど俺は、取りあえず今までと同じようにあいつに接することにした。‥‥怖かったのだ。急に態度を変えることによって、あいつが怒ることが。あの孤児院を潰した暴風の標的にされるのが。
 そうして何日かがすぎた。あいつはどこか遠慮がちに俺のそばにいることが多い。そうでなければ部屋にこもっている。誰もあいつと二人きりになろうとはしなかったし、あいつも俺以外の誰かと二人きりになろうとはしなかった。そうしてそれは、あいつが部屋にいると思って俺が食堂で一息ついていた時に起こった。
「お前さ、平気なわけ?」
 誰が言い出したのかは覚えていない。だけどその時食堂に集まっていた4、5人のうちの誰かが俺にそう聞いてきた。
「平気って?」
 たぶんあいつのことだろうとは思いながら、俺は聞き返した。はっきりさせておかないと、あまり迂闊なことは言えない。
「あいつだよ、あいつ。一緒にいて平気なのか? カマイタチとか襲ってこねぇ?」
 こそこそと声を潜めながら、それでも興味津々で聞いてくる。やはりそういう意味かと思うと苦笑いがもれるが、逆の立場なら俺も聞いていただろうから文句も言えない。
 小さく、ため息をついた。用心深く辺りを伺ってあいつがいないことを確認してから、俺はぽつりと答えた。
「今の所な」
 俺までもが声を潜めたから、その時いたメンバーは何時の間にか俺の周囲に集まる。結果、一つの机を囲んで一まとまりになっていた。
「だけど、気をつけた方がいいぜ? 何時機嫌損ねるか分からねぇじゃん。離れた方がいいんじゃないか?」
 誰かの忠告は最もだ。だけど、俺にはそれ以上の懸念がある。
「だけど、さ。急に態度変える方がヤバそうじゃないか?」
 ひそひそと、内緒話は続く。俺達はその時、後ろでした微かな気配に気付かなかった。
「ああ、それでか。あんな話聞いた後もお前が何であいつといるか、不思議だったんだ」
 俺だっていたくていたわけじゃない。そのことはみんなに含めておいた方がいいだろう。じゃなきゃ、俺までハミにされる。
「俺だって、命は惜しい。・・・・・俺さ、実は見たんだ。あいつが前に暴走したって場所を」
 さらに前のめりになり、ひそひそと俺はこの間見てきたことをみんなに報告した。あの恐ろしい、惨状。思い出すだけでも身震いする。聞いていた仲間達も、今まで以上に薄ら寒いものを感じているようだ。
「あんなのの直撃食らったら、マジで命がない。俺だって、自分の身が可愛いさ」
 古いとは言え、かなり頑丈であるらしかった孤児院を破壊し尽くした力。それが怒りによって起こる言うなら、怒らせる訳にはいかない。ことは命に関わる。
「でもさ、だったら余計、早めに離れた方がいいぜ?」
 誰かの忠告ももっともで、それこそが今の俺の一番の望みだ。
「分かってるって。俺だって早く解放されたい。こんな窮屈な思いは懲り懲りさ」
 言って、肩を竦める。その時、俺達の後ろでカタリと音がした。あわてて振り向くと、そこに話の当人がたっているのが見えた。みなの顔色が変わる。聞かれていたとすると、怒りをかうのは間違いのない会話だったから。
 カーテンが揺れた。皆、あわててテーブルの下などに隠れる。俺もあわててそれに習おうとして見たあいつの顔は・・・。
 疑問に思う間もなく暴風が吹き荒れた。あわててなんとか机の下に潜り込み、それをやり過ごす。みんなの避難も間に合っていたらしく、誰もが必死で机の足にしがみついていた。
 吹き荒れる風の中で、ガシャガシャとものが壊れる音と、シスターのものらしい悲鳴が聞こえる。ただそれでも、俺には机の下でふるえてることしか出来なくて、その風が通り過ぎるのをただひたすらまっていた。
 ・・・どれくらいの時間がたっただろう? 目を瞑り、必死で風に耐えていたせいで正確なことはまるで分からない。シスターに声をかけられてやっと風がおさまってるのを知った。それからのろのろと机から這い出し、周囲を見回す。
 酷い状態だった。俺達が避難した机以外は全て吹き飛ばされたのかぼろぼろになっていたし、カーテンは切り裂かれ、窓は割れている。屋根はかろうじてとんでいなかったけど、天井だってかなりいたんでいる。本当に、この部屋の中で竜巻きが起こったかのようだった。
 取りあえず全員が無事だったのがせめてもの救いだ。けがも一日二日すれば治るような打ち身と擦り傷だけで、どうと言うほどのものもない。これでも、先日壊されたところよりはましだと言うことだろう。
 ・・・・・そうして、張本人は消えていた。
 その後の俺達は壊された食堂を片付け、今まで通りに過ごしていた。あいつなど、はじめからいなかったかのように。そうして食堂がすっかり修繕され、日常が取り戻されたころには誰もあいつのことを口にしなくなった。実際、あいつがここにいた時間は短い。人によっては本当に忘れてしまっているだろう。
 だけど、俺は忘れることが出来ない。あんなものさえ見なければ、みんなと同じように忘れてしまえたと言うのに。最後に見たあいつの顔は、泣き出しそうな、それを堪えているようなしかめつら。それを見て多分理解してしまったのだ。あいつが暴走したわけを。あれは怒りではなく、悲しみなのだと言うことを。表面上まるで気にもしていないようなそぶりを見せていた俺が見せた本当の心に傷付いたのだと。
 だけどもう取り返しがつかない。取りかえすつもりもない。あれは俺の本心。あれ以上取り繕っていることが出来なくなっていたのも事実。いつかあいつを置き去りにしたであろうことも。
 それでも小さな罪悪感とともに胸に苦い思いが残る。そうして俺は、あいつのことをずっと忘れられない。





 風のうわさで、あいつは魔捨て場……厄介者な魔物の集う場所に送られたと聞いた。



END

 


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