* 垣根の陰謀 * * *
孫嫁のカナコが蔓薔薇なんざ絡ませるもんだから、この時期どっから見たってココは化物屋敷だよ!
と、ヒロハタハツは舌打ちをする。
窓枠から壁を伝うピエール・ド・ロンサール、花芯近くが濃紅に色づく、ぽってりゴージャスな花だったが、ちょっと気を抜くとハツの部屋、一階和室の窓は蔓に絡められ開かなくなった。
―― エアコンの無い部屋で、7月8月窓開けらんないってのは、こりゃ立派な婆イビリじゃないのかよッ!
気に入らなかった。
猛烈に気に入らなかった。
薔薇を見るとムシャクシャした。
―― 爺さんの山茶花!! アレもだよ、勝手しやがってッ、山茶花のどこがイケナインだよッ!!
4年前他界した夫ゲンスケ作、山茶花の垣根は家畜小屋みたいな柵に立ち退きを強いられ、代わりに幅をキカスのはアンジェラだのヴァレリーナだの云う如何にも身持ちの悪そうな、いけ好かない名前のいけ好かない薔薇どもだった。
門柱を覆おう尖がりポーチは、息子ハルヒコがあの癇癪女に命令され、ホイホイ作った親不孝門。
―― ロクデナシ薔薇に引っ掛けられて、アタシがあそこで何着、カーディガンだのスカートだのをカギ裂き作ったのか、あの馬鹿嫁に教えて遣りたいよッ!! エェッ!!
血沸き肉踊り毛穴も拡張、キィ〜ッとばかりに、今すぐ庭に灯油を撒いてやりたくなるハツは、ソウル熱い戦中派。
そもそも、あの女はそう云う所のあるオンナだった。
〜ハルヒコさんってあぁ見えて甘えんぼだからぁ、あたしがいないともぉダメなんですよねぇ〜 などと嫁に来て早々言い放ったあの糞オンナ!
―― そうだよ、金柑! 金柑はどうしたよ?!
庭の隅、若かりしハツが、ヤモメになったばかりの登戸の叔父宅から若木を貰い、試しに植えた懐かしい金柑。
しかし、今やグルリ忌々しいメアリーローズが複雑に巻き付いて、実をつける頃ですら何の木だか正体判らぬ有様だ。
と、垣根向こう蔓薔薇越し、ちんけな寝癖頭をハツは認める。
『チョットッ! ボサッとしてんじゃないよッほれ、こっちこっち、愚図だねぇえ!』
『・・・・・・お、オハヨウございます〜』
ゲジゲジ眉をはの字に下げ、エヘヘと愛想笑いを浮かべた隣家ハナモト家の次男ムネノリ。
ウドの大木・・・・・・ ハツは素早く連想した言葉を引っ込め、不吉な予感に及び腰のムネノリに出会い頭切り込む。
『アンタさ、ウチのハルヒコで抜いたことあんだろ?』
『は、っはぁ〜?』
『トボケんじゃないよ、中二ん時ウチ泊まりに来て、アンタ湯上りのハルヒコ見て鼻血吹いたじゃないかッ! 暢気にヒトんちの便所でマス掻いてんじゃないよッ、お天道様は見てなくッても、アタシはしっかり見てるんだようッ! ムラッとキタのかよッ魂サクッと抜かれたかよッ! ケッ!!』
見る見る蒼くなり赤くなるムネノリ。
容易いもんだとハツは、ほくそ笑む。
そして、今にも泣きそうなムネノリを見据え、善良なオバァチャン声で言うのだった。
『イインだよう、別にオバァチャンは怒っちゃいないんだよ、ねぇノリちゃん、』
『お、オバァちゃんて? ・・・・・・の、ノリちゃんて・・・』
『アンタね、いい大人が志半ばで朽ちて恥ずかしくないのかいッ? 初心貫徹っちゅうのを知らないのかいッ? 馬鹿の一念 岩をも通すって言葉、アタシはアンタの為にあると信じてるんだけどねッ!』
『や、ソレはちょっとでも・・・』
『ちょっともソットもないんだよッ、ヒトが下手に出てればイイ気になりやがって! だから今時の小僧は図々しいにもホドがあるんだよッ! え? 何だよ、何ポカンとしてるんだよ、あんだよ、キレて放火でもしようってのかい? アァ、やんなやんな! こんな薔薇、がぁ〜燃やしちまいなッ! アタシャそんで清々するんだよッ!!』
今やハツの血潮はマグマの如く。
やるならやらねば! 先手を打たねば! アタシがやらなきゃ誰がヤル?
瞳孔限界まで開いてま〜す! なハツ。
怖すぎてオウチに帰りたいムネノリ。
いつの世も弱肉強食、強きに屈し、長きに撒かれる理に違わず。
子ウサギのように震えるムネノリは最早、ハツの傀儡であった。
般若の婆ァハツは、立ってるだけでやっとです・・・な、ウドの下僕に諭すように言う。
『 じゃ、ノリちゃん、おさらいだよッ? アンタが恋焦がれパンツを汚すのはダレだい?』
『は、ははハルヒコ君です!』
『だよねぇ! したらばどうだい? ハルヒコで飯三杯イケるアンタが、明日、ひょっこりウチに遊びに来ます・・・・・・ ハイッ! ナニしにくんのかねぇ?』
『な、ナ?』
『馬鹿野郎ッ! 宿題やるトシじゃないだろうッ!』
婆ァの容赦ない鉄拳がムネノリのボディにヒット。
『ヒッ・・・・す、スミマセンッッ! ハィィッ!』
『ノリちゃァん・・・・ イイ大人がスルこた決まってんだろうッ?』
『ハィィッ!』
ムネノリ、視線で人は死ねると云う事を今まさに体感。
『さァッ! アンタは今ウチにキタッ! その時アタシは急病だッ! 馬鹿嫁と一緒に医者通いだッ! さァて、オウチに居るのは誰なんだいッ?!』
『ハ、はハルヒコ君でぇすっ!!』
命がけの返答だった。
朝礼で校長に誉められる小学生とて、この場のムネノリほど緊張はすまい。
『アァ良いお返事だ、そうだともハルヒコ君は一人ぼっちでお留守番だァッ! したら、アンタはナニをするッ? ホレッ!!』
『アノ、そそそそッそッ・・・』
口篭もるムネノリの脛に瞬時で炸裂する強烈な足払い。
豪快にもんどりうつムネノリの巨体にユサユサと、忌まわしい薔薇のアーチが揺れる。
魔物だ・・・・これは人外なのだ・・・・そして自分はもう逃げられないのだ・・・・
目の前に仁王立ちする鶴のような老婆、その常人離れした破壊力にムネノリは為す術もなく、ただ阿呆のように口を開ける。
老婆の健康サンダルの足裏が、ムネノリのこめかみをにじった。
『なぁノリちゃん、寝惚けてんじゃないよ? アンタがウチにくんのはどういう用事だい? どうもこうもハルヒコとナニしにくんに決まってんだろうッ!!』
『は、ッハハイッ!・・・・』
本来、願っても無い指令だった。
『 だったらシャンとおしッ!』
『ハイッッッ!!』
だが、こういうカタチでは遂行したくない指令でもあった。
けれど、ムネノリは無力だった。
プールの授業の後パンツがなくなった小学生のように、気力ゼロだった。
斯くして、ハツは明日の午後、股にオデキが出来る予定。
殿方には見せらんないんだようッ! と憎い孫嫁カナコを率い、隣町で女医が営む休日診療のモテギ皮膚科に行く予定。
そしてお膳立てされた空白の数時間、留守番のハルヒコこと優柔不断な不肖の孫は、欲望の権化、手下の種馬ムネノリにマンマと喰われちまうだろう。
大丈夫、ハルヒコは、オモムロと押しに滅法弱い。
ソレはあの馬鹿嫁カナコで立証済みの事。
そして、メデタク結ばれた二人はちょろっと駆け落ちをする。
ムネノリには 【野天風呂と安曇野散策・白骨温泉4泊5日】 のチケットを既に握らせてある。
イイゾッ!! あのオンナ、ムカッ腹キテ速攻出てくだろう!!
ガッツポーズのハツは、ビヨヨンと邪魔なカクテルの蔓をパキッと折ってみた。
途端に手の平に刺を感じ、キィッと力任せアーチに蹴りを入れる。
バサバサと色とりどりの花びらが散る中、高揚するハツの姿は異質であり、また或る意味似合いでもあった。
そして事、すみやかに終わりしとき、コレ、全部ムネノリに引っこ抜かせようとハツは改めて決意を固める。
当たり前じゃないか、誰だってムカつく嫁より馬鹿で使える手下がイイに決まっている。
どこかで焼きそばの匂いがした。
明日は、きっと、イイ天気。
すべては、薔薇が知っている。
:: おわり :: メルマガ 金魚と廃人 #3. 20030227配信 より転載一部加筆
当時、婆ァブーム(自分オンリィ)
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