秘湯 春来泉              
      
       


          むかぁしむかしのお話しです。 その山には不思議な温泉がありました。


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     も−マジ嘘じゃねぇッて、大マジ、ていうかそれ俺ンちの話だし、実録だし、いわゆるノンフィクションだし
     聴きたいか? 驚けよ。 

去年の春先、うちの親が温泉を当てた。 温泉。 とはいっても俺ンちとは関係ないT県山中、風光明媚な自給自足型隠遁ライフの庭。 ホラさ、よく言うだろ? 四十の恥カキッ子ってさ、親の歳言うと 『いや〜お盛んですな!』 とか知らない近所のオヤジに揉み手されちゃったり、親子で歩けば 『あらぁお孫さんですか?』 とか悪意無きミステイクに笑顔も凍るウレシハズカシ4:6くらいな微妙な家族、つまり俺ンち正にソレ。 なにしろ晩婚、親父52才・お袋45才ン時俺生まれて、その二年後には弟。

「だァって母さん高嶺の花だッたから、そこらの男にはハードル高すぎちゃってアハハハハ!!」

なんて、お袋は言うが一人産む毎10キロ増、以後年間+0.5キロを頑なに守っちまったらソリャ、花ッちゅうよりは魔女の呪いを浴びた悲しき黒い森のトロル? 強いて言えばハワイ二世に間違われる程度には、色ンな意味でハイビスカス(造花)には似てるかも知れないが

「カツコさんはカトレアのようだって言われてたのよぉッ!」

誰がだよ? さすがの俺にも想像の限界がある。 そこキて瀕死の丹頂鶴のような親父も親父で、自称プレイボーイ・自称昭和の光源氏、

「イヤァ〜モテたモテたモテた!! コウ様ワタシと逃げてッ! なンちッて美女が引っ切り無しにワラワラとダハハハハ!!」

そんで選び損ねてりゃ世話ねぇよ。 気付けば地肌が透け始め、腹出始め、ふと出逢った在りし日の美男美女は素早く結託、素早くデキ婚。 そして今や俺22才、弟20才ともなれば親父74才でお袋67才。 築48年の実家を俺らに残し、二人はエンジョイ貰える年金生活、優雅な老後を田舎暮らしする結構な身分。 んでその田舎で温泉、しかも凄くイイらしい。


「なんかさァ、お肌ツルッツルとか言ってたし。」

お袋からの電話を切り、ハゥッと鍋ラーメン完食後の脂っこい息を吐いた弟が言った。 

「それにさ、親父は毛が生え始めたって言うし、」

野郎二人暮し、荒れた部屋の惨状は、行き倒れ猫の屍骸がコッソリ紛れていてもわからない凄まじさ。 這いつくばる弟は、雪崩を起こした雑誌の山からテレビのリモコンを探してる。 小山のような図体は蒸し暑い夜にキッツイ。

「もしかして実はスッゲェ成分入ってたりして、」

「ダァー眉唾眉唾、毛ッたって産毛みてぇなポヤポヤなんだろ? それに温泉なんてな普通、只のお湯でもキィタァ〜ッて気になンだよ、しかもナンせあのお袋だぜ? お肌ツルッツルッたッて艶の良いデブだろ?」

「ま、そうなんだろうけどさァ、けどさ、T県に温泉持ってるとか言うとこう、兄貴は彼女誘いたくねぇ?」

「てか親付じゃ駄目だろ、それにお前の場合はいずれにしても不可能、彼女連れなら寛容な親でも彼氏連れには冷たい。」

「ホッといてよッ!!」

そう、一年中日焼け、マシンジム大好き! な弟は、物心ついたときからホモだった。 勿論親は知らない。 そんな弟の初恋は友達のモリタ君、初体験は道ッ端で知り合ったどっかの学生だと聞くが、どちらも色白の優男だったらしい。 まぁアレだ、人は自分と違うものに惹かれるんだろう。 俺も弟もあの鶴のように痩せコケた親父の血を引くとは到底思えぬ肉体派だった。 つまり俺は、弟のストライクゾーンを大きく外れる。 コレに関しちゃ素直に嬉しいが、

「なぁ俺らッてさ、どちらかというと母親似なんかな?」

「エェッ! 止してよ不吉な事言わないでよ、したらナニ? いずれ俺たちトドみたいに太るの? その上ハゲだけは親父似とか言ってキャァ−嫌ァーッ!!」

ま、最悪だな。 パニクル弟が、最悪遺伝子 「ハゲ&デブ」 を恐れているのは俺も薄々気付いてはいた。 バイト代をつぎ込む育毛グッズとジム費用、ホモは美意識が高いというがしかし、やっぱ遺伝には適わないんじゃねぇかと俺は思う。 けどイヤイヤと身を捩り、ついでにエキスパンダーを伸ばす弟を見るとちょっと慰めたくもなった。

「てか悪いばっかじゃねぇし、ソラ、俺ら濃い口の二枚目顔はお袋譲りだし、モチ肌色白は親父譲りだし、」

「な、ナンか譲られ方間違ってンのよッ! 組み合わせが大間違いよッ!」

「間違いたッて、不細工で鮫肌よかイイだろ?」

「そう云う問題じゃないのよッ! ナンにもわかっちゃナイのよッ!!」

はぁーそうですか。 これだから男日照りのホモは扱い辛くって困る。 何れにせよ、俺たちは親の遺伝子にまるで期待できないのだ。 期待も何もその自己申告によるスバラシイ実績を、俺らは目にモノ見せて貰った事がなかった。 弟が生まれたすぐ後、俺んちは一度焼けている。 ボヤで焼け落ちたその部屋に、アルバムは安置してあった。 証拠無き後、何を言われてもあの現実ではもうなンてぇか。 

ぶつぶつ言う弟を放置し、俺は洗い物をしに台所へ行った。 といっても鍋と箸だけだからザッと水をかけて無かった事にして戻ると、弟は 「絶望的」 と泣きながら録画したペ・ヨンジュンで抜いている最中だった。 憐れになりそっと茶の間を後にしたが、閉めた引き戸の向うから 「ヨン様・・・・・」 と聞えた。 ヤッパこんな弟要らねぇ。 


と云う様に、俺的には極普通の毎日だったのだが、その二週間後に届いたT県からの手紙に俺たちは激しい衝撃を受ける。 正確には同封されていた写真に。 

一枚目、山だか林だかに囲まれた庭のど真ん中、ぐるりを板塀で囲った子供プールほどの自家製露天風呂の図。 まぁ、風呂は巧く出来てるんじゃないかと思った。 ちょっとした旅館の家族風呂に、こう云うのはアリガチな気がした。 

「そしてウメミヤタツオと外人妻が癒されるわぁ〜と仲良く浸かる・・・・親父ヤルじゃん、」

「暇なのよッ! 暇な年寄りの道楽なのよッ!」

テンパル弟は怒鳴るが、事実暇だし年寄りだし娯楽の無い山中遣る事他にねぇんだろう。 が、捲る二枚目に、物分り良さげな俺もキィ言う弟もアングリ口を開けて呆ける。 

ナニ?

件の風呂の前、イェ〜イ! とポーズを決めるムームー姿の超マダム、そしてその隣り、ステテコ姿で憂いを振り撒く白皙の詩人風味な色男。

「ダダダダダ誰ッ! このカレ誰ッ! 親父? もしかしてコレ親父なのッ!?」

「スゲェよ! お袋か? 激ヤセだよッ、スゲェ! お袋スゲェよッ!」

ダボダボしたトロピカル柄の隙間、おっぱいボォン! 尻バァ−ン! なのに奇跡のくびれを描くウェスト キュッ! ボンキュッバン、ブラボー! 実は熟女好きの俺は、食べ頃デビ夫人な感じのお袋に臍下三寸直撃 ――あぁんボクの童貞を奪って欲しぃッ! 「ふふふ駄目なボウヤ」―― 思わず若き日の定番俺妄想に浸り、すっかりスレてしまった半勃ち息子をドウドウと諌めた。 そしてスゲェなと共感を求め見遣った弟の鬼気迫る欲望の眼差しに、ヒンヤリ腹の底が冷えた俺。 

な、なんて目だ? オイ?

「あ、あのよ、一応釘刺しとくけど、ソイツは俺らの親父だぞ? あの鶴でハゲで水虫持ちだったあの親父なんだからな?」

「・・・・パパ・・・・」

「パパ?」

「・・・ね、アニキ、ボクらたまには親の顔見に行くべきじゃないかなァ?・・・・」

「や、俺卒論準備忙しいし」

「ハァ? アニキ馬ッ鹿じゃないのッ? 親孝行はしたい瞬間にすンだよッ! 肩揉んだり腰揉んだり、おおお風呂で背中流したり、シタイ瞬間が今ッ、今だよッ、わかるッ?! ていうかぁ〜アニキはコレ見てもオヤコウコウしたくナイッて言い張る訳ェ?」 

「・・す、スッゲェしたい・・・・」

ピラピラ写真を振る弟が、でしょう? とイヤァな感じで笑った。 かつ、強烈なゴリ押し。

「アーそういやお袋ッて、風呂上りノーブラだったよねぇ?」

「の、のの・・・・・・・ゥ・・・・」

白状すればバイト先の女子高生に振られ、女ッ気ナシの充血五ヶ月目に俺は居た。 極寒の二月、なのに暑苦しいと言われ振られたのだ。 のように欲求不満な俺が、この悪魔の囁きに乗らない筈がない。 その夜、弟の強力なプッシュにより俺はT県に電話を入れる。 

―― 週末ソッチに行くから、ウン、しばらくソッチに泊まるから・・・・

そして心なしか華やいで聞こえるお袋の声に、また、微勃ちする息子を 寝てろ! と諌めた。 しかし、ウキウキ旅支度を始める弟が、ゴムをコッソリ入れたのを見て殴り飛ばしたのは言うまでもない。 この鬼畜めッ! けど、コッソリ俺も入れた。



斯くして俺らは高速をひた走り、夏休み全然前からのバカンスを強引にスタート。 

やがて四方を山、山、山、畑、目に青葉山ホトトギス美男美女。

「アァ〜ンタたち、早かったじゃないのよォッ!」

ガラッと玄関を開け、飛び出した山猫のような美女に阿呆のように見蕩れる俺ら。 

「お、おお袋ッ?」

「どォッ? どォッ? スッゴイでしょぉ!」

最早別人、二十歳ちょっとの美貌とはちきれそうなボディ、声だけ聞いてりゃお袋だが どう? と谷間を強調するのは見た事もない美女。 が、良く見れば見覚えある真夏の定番シミーズ一枚。 しかし野趣溢れる美女が素肌に着れば、何故かヨーロピアンな薫りさえする不思議。 

「不思議でしょッ? なァンかドンドン若返って行くのよあはは、母さんドウシヨウッ!」

「どうしようッて俺もどうしよう・・・」

マダム大好きッ! 微妙な前屈みで暴れる息子を宥める。 が、その時

「パパッ!!」

喜色満面スタートダッシュする黒い弾丸のような弟。 その標的は家の奥、優雅なウォーキングで現れた若木のようにしなやかで物憂い表情がやたらセクシィな男。 

「おぉ〜う! きたかぁ? んなかあさんハシタナイ格好で、」

親父?

「父さんだってステテコ一枚じゃないさァッ!」

ドンとお袋にドツかれ、よろけた男=親父をやたらギラギラシタ息子(弟)が支える。 

「アハハ失敬」

などと言いつつグワシと弟に抱き寄せられ、笑う表情のタラシッぷりときたら、モラルを越えケダモノを目覚めさせるに充分な威力。 親父が危ないッ!

「ぅッ、お、おいカツジ、く、苦しいぞ・・・」

「ボク、なんだか甘えンぼさん。 パパ・・・・・ヒッ!」

「アアアところでなァ背負い投げってッてこうだっけ? なァこう? こうか?」

サカル弟を羽交い絞め、 ソーメン茹でたわよぉ〜 言う美女に後ろ髪をひかれ、庭の隅、ニワトリ小屋の影に団子状で雪崩込む俺。 巻き起こる砂埃に飛び退る白色レグホン。 彼らの目前、繰り広げられたのは仁義無き死闘。 ナニすんのよう! 右ストレートをキメようとする弟を巧みにガードしつつ、 トォッ! 依然前屈み前傾姿勢で渾身のニーキックを放つ俺。 

「イタ〜ァ〜イッ! 」

「イテェじゃねぇよ、アカラサマだろ? サカリ過ぎだろ?」

「ヒトのコト言えないじゃん」

「アウッ!」

ムンズと息子を握られ、思わず情け無い声が漏れた。

「チャンスを逃したくないのッ! 喰える時がシュンなのッ! カレとヤれるならホモやめたってイイッ!」

「お、俺だって我慢してるんだぞッ!」

「しなきゃイイじゃん」

「イヤ〜〜それは・・・・・」

まるで話しになンねぇ弟を諭し、脅し、何とか鉄建制裁を以ってして田舎のバカンスを満喫しようとした俺だったが、フゥと溜め息吐く間も無く次から次へと泥縄的緊急事態が発生。 「パパ、ソーメンどぉぞ! あぁ〜ん、」 はまァ我慢もしよう、が、親父が昼寝すりゃ添い寝で張り付くは、段差が危ないとか抜かして便所に付き添うは、

「か、カツジッ、ヒャハッ、ややめなさい、ハハ、ソコは肩じゃないだろ?」

「カツジッ!」

挙句、肩揉みと称し性感ヘルスを仕掛ける始末。 

やがて訪れる宵闇、杉の木立に鎮座する十三夜の月蒼く、 はぁ〜極楽 と温泉に浸かる親父を衝立一つで隔て、怪しい全裸でいざ行かんとする発情馬鹿発見。 

「イイ加減にしろよッ!」

「アニキ、邪魔しないでよッ!」

四つに組み小声で罵る薮蚊天国、バシンと裏拳を張れば三匹が昇天。 痒いやら痛いやら、ふと馬鹿を見れば握り締められたままの右手、ピンとキタッ! シュタッと電工石火で捻り上げた手首

「ナンじゃコリャッ!?」

「イヤン、もう・・・・」

デカイ手の平からボトリと落ちたのはゴム&ジェル&ローター。 三種の神器? 不意に二枚目ヅラを作った弟がポツリ。

「・・・・愛してるから、感じて欲しい・・・・」

「そソンナ愛は親父にゃイラネェんだよッ!」

「ナニさッ、わからず屋ッ!」

わからず屋上等。 ナゼ俺らは・・・・噛み切れない思いを胸に、取り合えず関節技を仕掛ける俺。 涙眼で猛烈なジャブを繰り出す弟。

〜♪〜 よぉ〜さこぉオ〜〜ィよぉさぁこぉ〜ィ!       ―― ドス・・ドス

ボカスカ殴り合う俺らの肉打つ音に、親父の唄うヨサコイ節が妙にトゥ〜マッチで重なった。 
ナゼ俺は、ナゼに俺らはT県くんだりで蚊に刺されてまでこんな・・・

とその時第二の刺客参上。

「あらヤダッ、兄弟喧嘩してもうッ!」

「ォオッ?!」

見上げればボイン。 上向きヒップの前だけチョイとタオルで隠し、項スッキリ束ね髪の袋がコラッとハァト付きで見下ろす。 − 緊急事態!緊急事態!! 待ってたよッ、ママン! 主に反し喜びに震え、伸び上がろうとする我が息子。

「な、ナナなン」

「ホ〜ラ、喧嘩してないでぇ〜、たまには親子で風呂入りましょうよぉ、結構広いのよ?」

「やや、お、俺は、」

冗談じゃねぇ、コンナンで風呂なンて冗談じゃねぇよッ。 なのに

「ハァ〜イ! ママッ!」

良いお返事で、入る気満々なケダモノがココに。

「おとぉさん、カツジもコウイチも入るッてぇ〜、アハハ背中でも流して貰おうかしらねぇアハハ!」

「ま、任せてよパパッ!」

「ウォ〜う! こぉ〜イ!」

そこから後は地獄だった。 タダのお袋なのに美女、ババァの癖に熟れ熟れボディな生入浴を鼻先5センチで観賞せざるを得ない苦痛ッてのは畜生、

「パパッ! 背中洗ッたげよう・ッグ、」

「カァツジ、こんなとこで潜水は駄目だぞォ〜アハハハ!」

「ゴボ、ゴボゴボ・・・・・」

しかも隙あらばの弟を抑え沈める戦いは水面下で熾烈を極め、

「コウイチ、カァさんの背中流してよォ〜」

「あああこ、今度は一緒に潜ろうカツジッ!」

「エッ? ぃやッ グゴゴボゴボゴボ・・・・・」

思わぬ伏兵により事態は泥沼の様相を示す。 いやぁ〜確かにオヤジは素晴らしかった、平たい腹も薄く綺麗についた筋肉もコリャ、日照りホモの弟じゃなくとも男としてウゥムと見つめてしまうスーパーオットコ前ではあった。 がそれ以上にお袋、悩ましきハイパーセクシーな山猫娘を一体俺はどうしてくれよう。 幸いにして湯は白濁泉、深く沈んだ己の暴れん坊も最早収まりのつかない苦行の数十分。 

「ど、どうもこうもないわよッ・・・・」

背後に押しやった弟の、猛り狂うトマホークがイヤァな感じで背中にぶつかるのも、何だかどうにも遣り切れない俺だった。 そして傍迷惑な親二人が お先ィ〜 と湯船を去った後、転がるように同時に飛び出た湯アタリ寸前の俺ら。 洗い場のスノコに転がり 「パパ・・・・」 うわ言のように呟く弟。 簡易脱衣所の縁からヘクソカズラの藪へ恨みの大発射をする俺は ダメだ、ココにいちゃダメだ と己に言い聞かせ、

「ヤ〜さっきは悪かった、アハハ良いもん見さして貰ったねぇ」

などと朦朧とする弟を言葉巧みに湯上りの晩酌に誘い、見事、自家製どぶろく目薬割りをキュキュッと一気させるのに成功。 一杯、二杯、ヤケ酒馴れした弟は三杯目でも 「ボク今度パパを行き付けの店に案内したいなァ」 とよく廻る舌で実父を口説くに忙しかったが、しかし、四杯目の半分煽ったところで見る見る青くなり 「キモ悪い・・・・・」。 ヨロヨロ便所に向かうのを キタキタキタッ! ヒタヒタ追尾する俺。 そうしてギョロロロ・・・とリバース後の、ヘタレたところをオモムロに殴打。 

「アアアお袋ッ!親父ッ!カツジが倒れたから俺、車で病院連れてくからッ!」 

「外、暗いぞォ!」  

「明日でイイじゃなァ〜イ?」

「ヤ、駄目ッ!」

無論病院ナンゾへは行かない。 死体遺棄さながらの後部座席をミラー越しに眺め、俺は深夜の高速を東へ疾走。 帰るのだ。 今すぐこの欲望の魔窟から、魂抜かれたバカを連れて俺はトットと帰るのだ。 闇夜で梟がホウと低く鳴いた。 ギョロロロ・・・・後ろで弟が二度目のリバースをした。 やけにツルピカ張りの出た己の身体が、ナンか気味悪かった。

それでも夜が明け、明日はちゃんとやって来る。


パパぁ〜ッ! と目が醒めれば自宅。 弟は夜叉のようにカンカンだったが、どうと云う訳でもない。 金の無い弟は、T県までの旅費を念出する事が出来ない。 勿論俺は、頑として車なんか出さない。 したらソレまでだろう。 後はほとぼりを冷まし、みぃ〜んな悪い夢なんだヨ、と己に言い聞かすのみ。 何で帰っちゃうのよう! と拗ねるお袋は、翌日俺らの荷物を宅配で送ってくれた。 届いた荷物にプゥンと芳しきお袋の香り・・・・ イカンッ! ブルルと頭を振り俺は唱える。 奴らの事は忘れる、アレはもう親父じゃない、ましてお袋なんかでもない。 人として忘れちゃイケナイのは親をオカズにしないこと、親で夢精しないこと、親をコマそうとは思わない事。 

やがて、死ねとか殺すとかバカとか早漏とか、罵り三昧だった弟も、急にピタリと喚かなくなった。 諦める事で人は大人になるのだと思う。 で、その頃俺はイイ加減出さねばならなかったレポートを半ば引篭もり状態で仕上げる毎日であり、ナント弟は甲斐甲斐しく俺の身の回りを世話し、飯を作り風呂を沸かす気遣いッぷり。

「アニキ〜風呂沸いたよぉ〜!」 

「す、スマン、世話かけるな、」

「イイんだよォ兄弟じゃない?」

「・・カツジ・・・・」

アー有り難い、極楽極楽と湯船でボンヤリ思う。 やたらと気の利く弟効果なのか、この所調子がやたらと良かった。 寝覚めも良く寝起きも良く連日徹夜が続いてもスッキリ疲れは翌日に残らず、だが

「アレ? なんかこの服伸びたか?」

「エ〜? あぁ洗濯ミスったかなァ?」

なにやら痩せたような気がする。 気付けば一回りかそこら痩せた。 ていうか縮んだ? いや、日に当たらないで二週間目だし、ホレ色も抜けて縁の下のモヤシのように人体だって萎縮したんだよキット・・・となぁなぁにして三週間目。

「あ、アニキッ! テレビ見てッ!」

「ん?・・・ゲゲッ!」

ドカンと部屋に闖入した弟が、ピッとリモコンを押す。 と、写し出されるのはアリガチなワイドショー、画面中央に貼られたどでかいポスターの美男美女。

「お、お袋ッ? 親父ィッ?」

―― ハイ、彼らのプロフィールは一切公表されてないんですね、カツ&コウ・・・謎めいた美男美女の手掛かりはこの愛称ノミなんです!

―― アー近く発売予定の写真集ッていうのは秘蔵DVD付きなんですか?

―― そうなんですッ!夢のように美しい二人がポリネシアの密林で愛を確かめ合うと云う、

―― 愛を?!

―― ええ、監督曰く美とエロスのコラボレーションがこの二人をして実現されたと・・・・・・


「・・・・写真集?・・・・」

「か、買うよねアニキ、」

「・・・うん・・・」

もう、二人は俺たちの手の届かぬところへ行ってしまったんだね。

のようにして家族は新たなゴールを目指し始める。 そして自宅篭り4週目の朝、チン毛腋毛胸毛スネ毛、野郎必帯四大体毛を俺は一夜にして失う。 イヤ、失ったのはソレばかりではなかった。

「ホ、包茎ッ?!

ツルンと現れたのは、穢れなき雰囲気のマイちんこ。 
カリは? クビレは? 使い込まれた風味の色素沈着はどうしたよッ?

「ついに、この日が来たわね・・・・・」

ヌイット現れた穢れだらけの弟カツジ。 手にはでかいプラボトル。 

「な、ななななナンダよッ! どういう事だよッ!」

「フフフ、コレ・・・・温泉・・・あそこで入ったのって薄めてるンだって知ってた? コレは源泉。 パパに週三回送って貰ったんだよね・・・、」

「あ?」

「考えたらアニキって中学くらいまでは親父似だったでしょう? そっからミルミル濃い口になって・・・・・」

「ダ、だからなんだよッ! なんだってンだよッ!」

「アニキのお風呂に入れちゃった。 あと、ご飯にも入れちゃったぁ〜!」

「エェェッ!」

思わず抱き締める己の、予想外のか細さ。 そして ホラ! と勝ち誇る弟が部屋の隅、お袋の想い出の三面鏡をばバッと開けば久方振りに眺めるてめぇの全身だったのだが --−色白、薄口、横座り、華奢で儚い少年がウルウルお目目でジィ〜ッと・・・・

「お、俺かッ?!」

「もぉん超好みッ! ね? ボクって言ってみ? アニキだけど俺の事 「兄さん・・・」 って言ってみ? ね? ね? ね?」

「イヤだぁッ!」




・・・ て言う訳でサ、実言うと俺のアニキって弟なんだよね。 弟。 

そんで、お袋と親父はあのカツ&コウだし、ホント訳わかんねぇだろ? 

アンビリバボ−! 

いや、嘘じゃねぇッて、マジ大マジ! 

だからさ、俺ホントは24なんだって、嘘じゃねぇよ、嘘じゃねぇッたら、ていうかアンタも入ってみる?  温泉、







                                             
秘湯 春来泉



July 3, 2004







  * > とにかく笑える話
      ・・・   すみません。