バタフライ・カフェ
「ゴシップとニュースの違いって、なんだと思う?」
「そりゃ、面白いかツマンナイかでしょ?!」
ヒソヒソ声の真実と、声高のスキャンダル。 こめかみから首筋を伝い、ストンと落ちる汗を感じた。 それは胸と腹の筋肉を撫で、臍に見栄えの良い溜まりをつくる。 蒸し暑さには閉口するが、これ見よがしに貼りつくTシャツは悪くない。 全く悪くない。 纏わりつく視線に気を良くしたD・Dは、カウンターに右脇を預け、水滴の光るコロナを口に含む。 先に触れたのは尖らせた舌だった。 やや厚めの唇がそれに続き、先端を飲み込む。 ビンを握る上腕の筋肉がガサリと蠢き、嚥下する咽喉仏の淫猥な陰影は何か、別の行為を連想させた。 斜め上のライトは、刈り込んだブロンドを照らす。 あからさまの欲望に身震いがする。 が、ここでそれは、恥ではない。
「それでアンタ、ずっとしゃぶってたってワケ?」
「かれこれ一時間は生真面目に取り組んだわね、ベロが攣るかと思ったわ。」
「馬鹿よアンタ、そんなフニャチン野郎、バスルームでマスでも掻かせときゃイイのよッ!」
尤も、姦しい『女』どもは問題外だった。 中にはグッと来る連中も居たが、しかし、ベッドでのそれが、滑稽な笑い話になるのは御免だ。 D・Dにとって、セックスはナルシズムを満たす手段の一つに過ぎない。 創りあげた己の肉体を、見せびらかし誘惑する。 賞賛と賛美を存分に浴びる、生々しい確認行為。 それだから、相手は美しくなければならない。 美しい己と絡む美しい身体、それを思うままに支配する様を想像すれば、陶酔に似た喜びすら感じる。 性欲に関しては、二の次でも構わなかった。 実を言えばそれは、良くわからない。 その行為の快感というのが、D・Dには今一つわからなかった。
「ち、ちょおっと、で、アンタ出来たわけ?」
「まぁ、遣れない事もないって言うか、あの場合、遣らなきゃ駄目って感じでしょう?」
「きゃぁ〜、そのデカパイちゃんも御愁傷様だわ! バージン捧げた相手が今じゃ、チンコしゃぶってるだなんてさぁ!」
目が合ったのは、既に運命なのだろう。 糸屑みたいな視線を擦り抜け、D・Dとミャォは出逢う。 ひらひらと暗がりに映える白い手が、上着の隠しからライターを取り出した。 一瞬の灯りが、作り物めいた横顔をD・Dの網膜に焼き付ける。 無造作なようで多分、恐ろしく手をかけた黒髪。 不揃いなそれが、華奢な項ぎりぎりで、誘うように揺れた。 申し分ないとD・Dは思う。 鞭のように撓るほっそりした身体、組み敷く自分を想像する。 僅かに残ったコロナを手に、D・Dはミャォに近付いた。 柳の葉みたいな黒い眼が、瞬きでD・Dに応える。 気だるげな物憂い仕草で紫煙を吐き出す唇は薄赤く、禍々しい花弁みたいだと思った。
「そりゃぁわかっちゃいるんだけど、なんてのかしら、惚れた弱み?」
「哀れねぇ、惚れたのはアンタだけって寸法ね?」
「んもう、一途って言えないのッ? クソ女ッ!」
見かけないね と問えば、旅行者なのだという。 旅先でハンティングかい? と、わざとらしく眉を顰めるD・Dにミャォは あなた狩られてくれるの? と笑った。 引き寄せた腰の細さにゾクリとする。 ちらりと覗く耳朶の白に、ぷつりと血みたいなピアス。 狩るのは自分だと思っていたが、この状況は狩られている気がする。 ほんの少しの焦りが、チリチリとキナ臭い匂いを発した。 斜め下から覗き込む瞳。 どこだって夜は長いものでしょう? と、手入れの良い指はD・Dの腕をコロナごと掴む。 そして、小蛇みたいな舌先が手首の内側をチロリと舐める感触に、D・Dは目を細めた。 もう、引き返せない。
「で、一度だけあそこに行った事があるのよ、」
「へぇえ! 物好きな金持ちのゲテモノ道楽って奴?」
「うるさいわねッ、たまたまアタシにだってそう云うこともあったのよッ。 でね、あそこはホント凄いんだから!」
そう云う場所があるとは聞いていたがが、実際そこを利用する人間に会ったのは初めてだった。 クリーム色のソファーに沈み込み、D・Dはかつてない余裕の無さを感じる。 ホテルの部屋で飲み直さない? とミャォがD・Dを案内したのは最上階のペントハウス。 コンと無造作に置かれたボトル。 その酒が、実に非常識な値段で売られているのをD・Dは知っている。 ミャォがぞんざいに、それを水で割る。 ソファーに放り投げた上着。 タグには誰でも知っているデザイナーの名前。 すとんと膝に跨るミャォが、近づけた唇ぎりぎりで囁く。
--- 愉しませてくれるんでしょ?
答えの代わり捲り上げたシャツの下、滑るような肌が熱を孕んだ。
「なんてか、つまり、物足りない? 下手って訳じゃないんだけど、こう、う〜ん、物足りないのよねぇつまり、」」
「贅沢ねぇ、テメェのお粗末棚にあげてぇ、」
「アンタが理由言えって言うから話してやったのにナニよッ! フン!」
後ろ手に掴む左手、きつく絡む指にそそられ、引き寄せた腰に深く深く叩きつけた。 穿つそこは、D・Dのペニスを根元まで飲み込みゾワゾワと絞り込む。 甘ったれた嬌声、突き出した尻、なだらかに続く波打つ背骨の配列の妙。 歪んでも美しい顔は、濡れた唇で もっと と快楽を欲しがる。 視覚に訴える強烈な刺激。 乱れる美しい肢体がいつしか自分と重なり、もっともっととミャォの言葉を借りて煽る。 D・Dは不可思議な興奮に支配され、知りうる限りの手法を凝らした。 滑らかな行為。 流れるような所作。 相当な場数を踏んでいるに違いない、手馴れたベッドマナーは警告を発する。 しかしなんにせよ、ミャォほど絵になるセックスの相手は居なかった。 ミャォほど自意識を満足させる相手は、居なかった。
「あぁ、だから洒落にならないアバンチュールじゃない? アハハ! 目覚めたらあそこからルームキィが生えてたなんてさぁ!」
「馬鹿な子! ギザギザにイかされたッてわけ?」
「違うわよ、四角い方がイイ仕事したのよ、あの子のアレじゃ物足りないでしょうけど、滅多ナイ経験に喜ぶべきよッ!」
ぬるぬるした大腿が、腹に擦られて光った。 何度目かの絶頂に震え、二人は重なり合い荒い息を整える。 ベタベタしたシーツは、隠微なドレープで行為の痕跡を残す。 D・Dは、ぼんやりした視界の隅、奇妙に醒めたミャォの視線を感じた。 ミャォの唇が、より赤く濡れて動くのを、ぼんやり眺める。
--- こう云うのは、ちょっと違うんじゃない?
皮膚を通して、微妙にビブラートがかかる声。 違うって何が?
--- こう云うのは、
言葉の途中、絡め捕られる舌。 粘膜を這い回るそれの感触は、不快と快の狭間。 巧みな口付けに没頭する首筋、ちくりと痛みを感じた瞬時、すっと、手足が無くなった。 無くなったのではない、感覚が無くなったのだ。 木偶のように口付けを受けるD・Dは恐慌を来す。 叫び出す前、ぬるりと唾液が糸を引くのが見えた。 ころんと反転する視界、真上に冷ややかなミャォの美貌。
--- これって、マスターベーションと同じじゃない?
臍の際を少し噛まれ、悲鳴をあげた。 四肢の感覚を失った今、残された器官は刺激に飢えている。 面白がるミャォの薄笑い。 「観察されるってどう?」 踊るように皮膚を走る指先は、吸い上げ舐めとり甘噛みする口元とは別個に、快楽の芽を着実に拾い集める。 動かない、感覚の無い、棒切れのような体躯を捩りD・Dは恐怖と等しい快感を味わう。
「ねぇ、わかる、これがあなたのセックス」 強屈な身体に不似合いな、ちっぽけな乳首。 滅多与えられぬ刺激は痛烈で、抓られた苦痛にも勝る快感を選び取り、強請るように立ち上がる。 「こう云うの、あなたは好き? 止めて欲しい?」 抗えるものじゃなかった。 あまつさえペニスは滑稽なほど、いきり立っている。 怒鳴り、抗議すべき唇は震え、舌を突き出し、嬌声を耐えるばかり。
--- あなたがそうするんなら、僕も好きにさせて貰う。
機械的に抜かれ、あっけなく溢れる精液にミャォの白い指が濡れた。 サイドテーブルに手を伸ばしミャォが何かを手にする。 冷やりとした感触をそこに感じて尚、D・Dは己の身に起こるこれからを理解しかねている。 差し込まれた指が、窄まろうとする粘膜を押し広げ、指の腹は執拗に内壁を擦った。 抜き差しするそこの、ぴちゃぴちゃする恥知らずな音。 お馴染みの行為に、馴染まない筈の自分を重ね、先刻見たミャォの美しい痴態に、大股を開く己の痴態を重ねる。 そんなじゃない!
--- なにが?
思わず締めつけたそこは、いっそう生々しく指を感じた。 転がされ、もう一度戻された時には腰の下、枕が二つ。 D・Dは裏返りそうな声を振り絞る。
止めろ! いい加減にしろ! 止してくれ!
あぁ、御願いだから、御願いだから、
哀願するのは不快だからではない。 そこまで容易に、墜ちて行く快感が怖かった。 加速する快感に、崩れて行く己が怖かった。 「力、抜いてよ、出来るでしょ?」 とミャォが言う。 出来るかどうかなんて自信がない。 しかし、お構いなしに宛がわれたそれは、グイと中ほどまで捻じ込まれヒクリと動く。 吐く息に嗚咽が混じった。 ゆるゆる動き始めたそこに、熱と感覚が集まる。 忌々しい事に、苦痛ばかりではなかった。 現にもう、放ったばかりのペニスは腹に反り返り次の愛撫を震えて待つ。 浅く深く突かれ、明らかに苦痛でない吐息が洩れた。
--- 厭だなぁ、あなたこっちのが向いてるんじゃない?
こっちのが向いてる? ミャォのペニスを飲み込む己を、もう一人の自分が見ているような気がした。 そのもう一人は、これを喜んでいる。 そのもう一人は、美しいミャォに犯され喘ぎ乱れる自分に、うっとりとしている。
可愛がられたいのよ、アンタさぁ、
もう一人が身を震わし、抜かれようとするペニスを締めつけた。
そもそもアンタ、愛されたいのよ、
最奥を突かれて、もう一人は甘い声を上げた。
アンタさ、こっちのが向いてるのよ、
アンタさ、こっちのが向いてるのよ、
もう一人の目に涙が浮かぶ。
D・Dは自分が自分から、カサブタのように剥離して行くのを感じる。
--- ほら、素質充分!
ポカンと開いた口。 ミャォの腹に擦れ、先走りに濡れたペニス。
もっと、もっとよ、お願い、もっと!!
カサカサと剥がれ落ち、露出するのは剥き身の自分。 哀願して吐き出すのは、意味の無い、快楽だけを追う母音の羅列。 どうしようもなくあられもない、どうしようもなく満ち足りた現実。
「おやま! ご馳走様! で、なぁにD・D、アンタの処女を奪ったそのテダレな可愛子ちゃんとはその後、どうなったの?」
「え? それきりよ。」
「きゃぁヤダ、二度目とかはないの?」
「ないわよ。 朝方、歩ける程度ンところで車呼んでもらって、サヨウナラ〜って。 そんだけ」
「じゃ、じゃ、連絡先とか、ねぇ、聞かなかったの?」
「うぅん、えぇ、だってアタシ、もぉ〜滅茶苦茶乱れちゃったし、こう、気恥ずかしいっていうかぁ、」
「ハァンッ! 今じゃ恥じらいなく喰い漁る転落振りだってのにッ! ペッペッ!」
真上からの照明がこってり紫のマスカラの上、散りばめた大粒のラメをキラキラと弾いた。芝居がかったヴィヴィの瞬きに、バサバサ風が起こりそうだとD・Dは身を竦める。 「さ、気をつけて」 あの日、ミャォはそう言って、ホテルの部屋を出るD・Dのこめかみに、王子のようなキスをした。 確かに、綺麗でほっそりしたミャォはある意味、D・Dを「姫」にした王子であったと思う。 D・D最期の「姫」であり、最初の「王子」であるミャォ。 会ってみたい気もするが、今更会ってどうだというのだろう? 感謝はあるが、ミャォには禁忌のイメージが残る。 だから、深追いはしない。 今で充分。 昨夜寝た配電工の、コーヒー豆みたいな肌を思い浮かべ、D・Dは魚みたいに跳ねた自分にウットリした。
ほらね、充分じゃないの?!
「めでたし、王子様はお家に帰りましたとさ!」
「ま、そんなものよ。」
バタフライ・カフェ
June 27, 2003
* 麻鬼様 25252
「外人 短髪 マッチョ 受男さん(自称攻だけど真性受)が、なんだかナンパしたスレンダーな
男の子にギャクにやられちゃう」
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