マトリューシュカ              
 
                  
  


               ちゃんと舐めろ と、シンハが腰を突き出した。 



貧弱なアンナンでも、咽喉奥に突っ込まれりゃ反射で胃壁が引き攣る。 咽込む俺の頬を、シンハは容赦なく張り「噛むなよ」と念を押す。 再び捻じ込まれたソレは、一度唾液に濡れ、一層生々しかった。 あんぐり口を開け、生理的な涙眼で睨む俺はさぞや情けないザマなんだろ? はは、嬉しいか? コンで満足かよ、クソ野郎、チビ野郎、早漏野郎、ゲス野郎。 竿を逆舐めされ、ブルッた指が咄嗟に前髪を鷲掴む。 


 『……ふ、・・・タオ、ッ、……』

呼ぶな、あつかましい。 おらよ、早くイッちまえ!! 


言葉は反り返るペニスに遮られ、意気地なしの舌はシャカリキに、しかし合理的な作法をもってソレを舐った。 舌先に粘つく苦味。 途端にガクガクする枝みたいな膝。 もうモタねぇんだろ? シンハが俺を押し付ける。 邪魔臭い、湿った陰毛は髪と同じ黒。


 『お、お前が悪いンだろッ?!』

そうかな? 


         シンハ、ほんとにお前そう思うか?



そもそも俺はお前が気に喰わなかった。 

お前が実のところ俺をどう思っていたかは知らないが、俺はお前の総てが不愉快で目障りで腹立たしかった。 何しろお前は、当たり前の顔で中心に立つ。 まぁ、ソリャわからないでもない。 なにしろ親父は町の権力者、美人のお袋と人形みてぇな妹二人、学校長の覚えもメデタイ優等生の指定席は、どこでもそこでも真ん中なんだろう、真ん中以外無いだろう? 

温い風しか当たらないヒョロリとした上背。 無駄な事も必要な事も、ほとんど人任せの手足はまるで、棒切れのように真っ直ぐで歪まない。 こまめに刈り込まれた襟足は、大方、例の7番街の店で仕上げたんだろ? あぁ、お似合いだとも。 鋏二回できっと、俺のお袋が二週間働いた分は飛ぶ。 曝された項は細く、一捻りでポキンと行きそうな按配だ。 ダウンタウンの湿った階段なんかに座らないズボンは、いつもプレスが利いていて、労働と縁の無い上着の袖は、擦れたり攣れたりしていない。 なぁ、そんなヤツは俺の周りに居ないんだよ。 そんなヤツと俺は生きるフィールドが違う。 つまり、お前は俺のフィールドではなんて言うか知ってるか? 絶好のカモ、金蔓って言うんだよ。

そんな誰もが羨むお坊ちゃまが、小賢しいハツカネズミみたいな眼をキョロキョロさせて、俺なんかにオベッカを使うなんてな。 コレが嫌味じゃなきゃ、一体なんだと思えばいい?


 『ね、ねぇタオ、君はその、いつもどこのジムで鍛えているの?』

ロッカールームでのすれ違いざま、意を決したらしいお前はぎこちない笑みを浮かべ、俺にそう話し掛ける。 垢抜けない、しかしさぞや高価なんだろう眼鏡越し、腹立たしいハツカネズミの眼。


 『すごく綺麗に筋肉がついているし、あの……もしトレーナーが付いているなら紹介して欲しいななんて、あの、』

 『ジムには行ってねぇし、トレーナーなんてのは居ねぇよ。 鍛えるくらい一人でもどこでも出来んだろ?』

おい、途端に傷ついた顔か? 

坊ちゃまの常識は、何でも御付きの誰かに御手伝いして貰うってのだったか? 残念だったな、俺ンとこの常識は違うんだよ。 テメェのこたぁテメェでヤル。 誰も手伝っちゃくれねぇし、無駄な金もねぇ。 


 『だ、だよね、要は意欲だものね。 お、俺も鍛えてはいるんだけど、骨格かなぁ、なかなかタオみたいに作れなくって、はは、トレーニング方法とかもし良ければ参考に聞きたいなって思って、』

 『鍛えてどうすんの?』

 『え?』

 『目的。 あんたが鍛えたいって目的、アンだろ? あんた、金出してまで鍛えて身体作りたいってんだから、そりゃ、そうなってどうだって言う目的あるんだろ? まさか見た目良くしたいとかフザケタ目的じゃねぇよなぁ、さぞや志し高い目的が有るんだろう、なぁ?』

ネズミみたいに伺う、卑屈な視線。 

なんだよ、優しく答えて貰えなくて落ち込んじゃったのか? 存分にしてろ、俺は別に気にしねぇから、お前が傷つこうと落ち込もうと俺には一つも関係がない。 てか、寧ろザマヲミロと思うけどな。 

 分厚いレンズが蛍光灯を受け、切れる寸前の俺を一瞬映す。

止めろ! 真中に居るような奴がそんな目で俺を見んな!


 『つ、強くなりたいって思って、俺、』

強く? あんたが? 何で? あんた最強の 「権力」 っての持ってンだろ?!


 『強くねぇ、ふうん、なら簡単だ。 毎ンちコツコツ、そこらで眼が合った奴ぶん殴ってくりゃいい。 最初はまぁボコられんだろうけど、なに、二ヶ月も続けりゃソコソコにゃ腕はあがんだろうよ。 その頃には向こうも、いい加減あんた避けてくんだろうし、それはそれでツイてるんだろう? あぁ、せっかくだから殴るにもってこいのキチガイ、紹介してやろうか?』

薄く開いた唇が、言葉の端っこを吐き出す前に固まった。 

わかんねぇだろうなぁ、鍛えなきゃ生きてけねぇ世界っての、わかんねぇだろうなぁ。 殴られないように、殴られたら殴り返せるように、身体そのものがメシの種になるような生き方を、コイツは全く理解できねぇんだろうな。 だから、俺が今、茶化しでなくほぼホントの事を言ったってのも、コイツはわかってねぇんだろうよ。 わかんねぇから、拒絶されたと、お前は傷つくんだろ? 被害者面して、ハツカネズミみたいにヒクヒク震えて、傷つきました傷を付けられましたって、俺を暗に糾弾するんだろ?

  
           腹の中で 「飲み込め!」 と声がした。 


       −− この忌々しい野郎を、この腹立たしい野郎の存在を、丸ごとオマエ、飲み込んでしまえ!


ぽかんと突っ立ってる、シンハの手を俺は取る。 大仰に跪き、何にも汚い事をしない、まして人なんか殴った事もないだろう節の目立たない細い指先に、俺は小さく口付ける。 触れた唇と同時に、シンハの身体がビクリと震えた。 そして甘ったるい猫撫で声が俺の咽頭から流れ、腰の引けたシンハへと向かう。


 『この手で殴らなくても、坊ちゃまは言葉で人を殴れるでしょう?』

 『タオ?』

 『慣れない事はお止しなさいね、お坊ちゃま! アハハ!! 何ならさ、オレに命じてみるってどうよ? 叩きのめしたい奴いるの? 骨の二〜三本折りたい奴ってのはどうよ? お安くしとくぜ? オトモダチ料金ってヤツでさぁ!』

見開く眼が無性に癇に障り、一度引き寄せよろけた身体を壁に突き飛ばす。 小さな音をたて、眼鏡が床で砕けた。 踏みつけるソレを靴底で感じる。 忌々しい目を手の平で塞ぎ、小憎らしい唇を荒っぽい口づけで塞いだ。 押し退けようとする腕はどうしようもなく非力で。 あぁ、コレじゃぁ嫌がる振りをするアバズレ女のソレと変わりゃぁしない。 滑り込ませた脇腹からアバラを伝い、、俺の指は飛び出した腰骨の上で踊る。 なぁ、不思議だろう? 感じると何故か引き寄せちまうんだよなぁ、ソレがヤな奴でも。 

密着した一瞬を捕らえ、俺たちは張り付く。 まるで熱烈な恋人同士のように。 噛み切るなんて手段を知らないもんだから、潜り込ませた舌は好き勝手に、悪意をもって歯列を辿る。 息を詰めたシンハの、不本意な鼻に抜ける声。 そして解放。

潤んだ眼。 高潮した白い頬。 乱れて貼り付いた黒髪は、悪かないが好みじゃない。 


 『ど、どうして?』

 『どうして? 鍛えると色々出来るっていうホンの一例? まァ、あんたも満更じゃなかったろ? 続きを遣りたいンならいつでも言いな、アハハ、俺は結構高いよ? や、あんたにはハシタ金?』

背を向ける一瞬前、認めた瞳は怒りと困惑だった。 あぁ、その方がずっとマシだ。 真ん中で笑う奴はそういう眼で居るべきだ。 

俺はあのオドオドした伺う目が嫌だった。 何故なららアレは俺らの世界の目だからだ。 人の様子を伺い隙を見て何かロクでも無い事を企む、こすっからい薄汚い世界の奴の目だったから、マトモな世界の奴にソレをされるのは堪らなく嫌だった。 まるで、性質の悪い物真似をされているようで、ましてシンハ、お前みたいに俺が逆立ちしてもなれねぇ天辺に近い連中にソレされんのは、絞め殺したいほど腹立たしいんだよ。


だから、その日から、俺はお前を憎むようになる。 不愉快で腹立たしいお前だったが、その日から憎悪の対象となる。 そしてお前も……コレは俺も自信がある……お前もこの日から、俺を憎むようになったろう? 

言葉は交わさずとも、俺たちは無言の威嚇と牽制を繰り返し、確執を深くした。 お前はあちこちで俺の嘲る視線を感じ、俺はすれ違いざまの頬や背中に仄暗いお前の視線を感じる。 ナイフを使わなくとも、俺たちはお互いを切り裂こうとした。 拳を握らなくとも、俺たちは互いを打ちのめそうとした。 なぁ、お前はどう思うかわからないが、実の所、俺はそれで満ち足りていたんだ。 お前との冷ややかな諍いで、俺は何かのバランスを取っていたのかも知れない。 俺と、俺を取り巻く何かとの。 悪足掻きするしかない、不可逆的な理不尽と折り合いをつけるべく、俺はお前を媒介にバランスを取ろうとしていたのかも知れない。


     だけど、お前、それを崩したじゃないか?



木曜の午後、思い詰めた顔のお前は俺をクラブハウスへ呼び出す。 お前はそこでロッカーに凭れ立っていた。 薄暗がりでも青白い顔。 幾分伸びた髪が額に下がり、憎悪に燃えるだろう目は眼鏡ごと覆われて、こちらからは見えない。 けれど確信する。 暗く光るお前の目には、歪んだ笑いの俺が多分、映っていた事だろう。 そんな俺たちは半端な距離を取り対峙する。


 『どうしたよシンハ、ついに俺を買う気になったか?』

挑発をお前は流し、強張った表情のまま、偽悪的な口調で俺にそれを告げた。


 『ノースエンド38に、誰が住んでいる?』

歪んだ笑いのまま、俺は固まった。


 『ねぇ、タオ、ノースエンド38には誰が住んでいるのか教えてくれないかなぁ?』

語尾の震えるシンハの声。 だがそれは、切り札を示す勝者の声。 


 『先週、僕は父とオペラを観た。 その帰り道、信号待ちの交差点で不思議な光景を見たんだ。 タオ、死んだ人って生き返るのかな?』

生き返るもんか。 
生き返らねぇし、それはつまり、死んでねぇって事だろ。 

シンハが見たのは俺の親父だ。 親父は一昨年、死んだ事になっている。 小さな工場を切り盛りしていた親父はどうにもならない借金を抱え、思い詰めた挙句それを実行した。 

その夜、親父の乗ったトラックはガードレールを突き破り運河へと落ちる。 死体は上がらなかったが、親父が借金を重ね、それを苦に死にたがっていた事は誰もが知っていた。 だから、お袋は親父の命と引き換えに保険を受け取り、工場は無くなったが借金はチャラになった。 そして今は細々とミシン工場でお袋は働き、俺たちはゴミゴミしたアパートで暮らす。 

巧く回ってんだよ。 誰にも迷惑は掛けちゃいねぇだろうよ? それをコイツは、シンハは、わざわざ飛行機で二時間掛け、オペラなんぞ観に行ったついでにぶち壊そうとしている。


 『……で? どうしようってんだよ。 俺なんか強請っても何も出ねぇぞ、』

 『そうだね、どうしようね、君にお金なんかタカル気はないし、』

 『勿体つけるなッ! お前俺に何をさせたい?!』

 『何を? そう、俺はね、君に服従して貰いたい。』

息を飲む俺を、シンハは覗き込み、もう一度ゆっくり『服従』と言った。 そして俺は、カチャカチャ忙しなくシンハがベルトを外すのを、突っ立って眺める。 訳がわからなかった。 何をさせられるのか、あまりに単純なそれにシンハが結びつかなかったのだ。 しかしすぐに命じられ、理解する。


    ちゃんと舐めろ と、シンハが腰を突き出した。 

    シンハは俺に命じた。


 『サッサと遣れよ、今更なんだろ? だってタオ、君はこう云うのお金で引き受けるんだろ? 尤も、俺は君にお金なんか払う気はないけどね!』

じめじめしたクラブハウスの床、剥き出しの赤土の上に、俺は膝をつく。 あの時は悪ふざけが過ぎた勢いだったのだ。 俺は金で身体を売った事はない。 だがソレを今伝えたところで、きっと何も事態は変わらないのだろう。 シンハは、俺を服従させたいのだ。 シンハはそれで、シンハ自身の抱える何かのバランスを取ろうと言うのだ。 今度は俺が飲み込まれる番か? 

鼻先、小ぶりのペニスがぶら下る。 何をどうすれば良いかは知っているが、それを自分が遣るのは初めての事だった。 頭頂部の髪を引っ張られ、躊躇う唇にソレは押し付けられる。 初めて触れる他人のソレは、まさに薄皮に詰まった内臓の感触で、


 『とっとと遣れよ!!』

先端を、口に含んだ。 ビクリとしたシンハの動揺。 ビクビクすんなら粋がるな、馬鹿野郎。 そろそろと舌を這わせ、根元から順に吸い上げる。 どうだよ、満足かよ? 俺みてぇなゴツイのにしゃぶられんのが、お前の好みだとは知らなかったよ、シンハ。 頭の天辺を細い指が鷲掴む、が、それは次第に愛撫に似た繊細さで頭皮を弄る。


 『金色だった。……走ったり動いたり、何しててもタオの髪は金色に光って、短くなってもずっと、俺の目印だった。 恐い物無しで、堂々としてて、貧弱な俺とは大違いの男らしい身体つきも、真っ直ぐ人を見る眼も、みんな俺は持ってないから、俺は……俺はタオになりたかった、』

俺に? ふざけんなッ! 寝言言うな、テメェなんかに何がわかる? お前なんか、銀の匙で甘い蜜を口ン中突っ込まれて育ったお前なんかに、指しゃぶって泣いてた俺らみたいな連中の何がわかる? 横取りされても泣き寝入る一方の、せせこま隠し、溜め込み、なけなしの持ち札を隠れて数える俺たち側のソレを、なんだよ、お前は憧れる? 羨ましいのか? ハハァッ! 馬鹿言うなッ!! 俺なんかに憧れるとか言うなッ!


 『・・・・・・なんで、俺はタオになれないんだろう・・・・・・なんで、わかってもらえないんだろう?』

わかんねぇよ、俺がてめぇにってのならわかるがな、

間も無くしてシンハは嗚咽に似た声を漏らし、俺の口の中に射精する。 吐き出すソレは唾液の泡と混じり合い、赤土の上、汚らしく広がった。 ついた両手の間、ソレは染み込まずドロリと、ここで俺が何をしたか言い付ける。 ぼんやり見てた俺は、クラブハウスを出て行ったシンハが、どんな顔をして居たか知らない。 ただ、俺の何かを飲み込んだシンハはきっと、もう、ハツカネズミの眼をしていないんだろうと確信する。


そうしてその日より俺は、度々シンハに呼びつけられ、シンハのペニスを咥えた。 何回目かのそれの後、シンハはガタガタする長テーブルを指差して、そこに手をつけと言った。 シンハは俺に、尻を出すよう命じた。 おいおい、慣らされないそこに、女とのそれも未経験のペニスを突っ込むのは無理というものだろう? 俺は脂汗を流し、シンハとて半端に挿入して引き千切れそうなペニスを動かす事も出来ず。 とてもじゃないが楽しいひと時じゃなかった筈なのだが、シンハは以降、必ずソレを求め、俺は応じる。 

そんなだが、馴れってのは有るもんだ、今じゃ咄嗟であっても俺は、息を吐き力を抜く事が出来る。 いいもんだとは思えないが、苦痛の無い程度にはソレをこなす事が出来る。 何より毎回の事だ、シンハのソレをどうすれば早くイカせる事が出来るか、そんな事すら俺は習得して行った。 全くたいした男娼振りだ。


 『タオ、』

それだから、名前を呼ぶな。 


 『タオ、』

俺を愛しているような振りをするな。


 『お前が悪いんだろうッ!?』

そうかも知れねぇし、そうでないかも知れねぇし。 けどなぁシンハ、こういうのはお互い様なんじゃないかと俺は思う。 

お互い様だと思うぜ?

引き抜かれたソレ。 いきなりの喪失に、脱力して膝をつく。 だけども振り向かされ、突き出されたまだ反り返るペニスを、俺は当たり前のように咥えた。 ヌラリとしたそれは、きっと俺の味がするんだろう。


 『……お前が悪いんだ、』

遣るか泣くか、どっちかにしろよ。


仕方ない。 俺たちはこうしてバランスをとる。 俺をお前が飲み込み、俺を飲み込んだお前を今度は、お前に飲み込まれた俺が飲み込み。 そうやって、お互いを飲み込んで飲み込んで、重なり合っても何も生まれず、飲み込むばかりの出来損ないマトリューシュカ。

シンハ、お前も同じに、悪いんだよ。




生温く青臭い迸りが咽頭を叩く。
やがてそれは、唾液と一緒に顎を伝った。











May 24, 2003






  * 麻鬼様 22424
     『金髪 短髪 マッチョ の俺様ないじめっこ(受)がイジメラレッコなハリポ系(攻)におどされる。(エロ)』