召し使いの暇つぶし
室温26度とはいえ、この心許無さは誤魔化しようがなかった。 おまけに少し前から、足の小指が引き攣りはじめ、コレはいよいよ痺れの前兆だと俺は察する。 ソラ、そうだろう。 椅子育ちの俺は、正座なんか爺さんの葬式で2年前にやった以来だ。 あぁ〜、あん時の痺れは、相当手強かった。 悲しみに暮れる振りをして、人より長く遺影の前で俯いていた俺。 感覚が戻るまでの長き時間よ!
が、しかし、同じ轍を踏むというのに、足を崩すのが躊躇われるのはこの無防備ゆえだと思う。 ブルッと剥き出しの背中が震えた。 この、この半端な隠れ具合がどうにもイケナイ。 オダギリのバカヤロが妙にきちんと結んだ蝶結びは、俺の後ろケツにワンポイントを決める。 どうだいキュートかい? トランクスに純白のエプロンをつけた俺は、馬鹿野郎で間抜けだ。
―― と、隣の部屋の引き戸が開き、つんと鼻にクル揮発臭。
『あらら、流石に器用ねぇ!』
塗立てな指をひらひらさせ、諸悪のオダギリが目の前のカウチにドンと座る。 ぬらりひょんな足がオラヨと組まれ、不本意ながらも 悪かねぇよ と一瞬見惚れる俺。
『あんたさ、ついでにそうよ、棚、作ってよ、ソコの壁にさぁ。』
うるせぇ、馬鹿野郎。 平常心平常心と心の内で唱え、6個目のソレに手を伸ばし、再びペティナイフを動かした。 皿の上、5匹のウサギが並んでる。 そして、俺の手の中には製作中の六匹目。 何故に金曜の晩、何故になんちゃって裸エプロン。 居間に正座して「お子様のお弁当に一工夫!」みたく、林檎でウサギなんか作ってる俺はどうして、畜生、どうしてこんなんしてるんだろう。
昨日、会社帰り、暇つぶしに入ったパチンコで、俺らはちょっとした小金持ちになった。 ならばどうよと、意見もばっちり、かねてより気掛かりであったランパブ『魔女ッ子*チラリン!』に期待満々の俺らはイソイソと出掛ける。 して、駅裏ビル五階、近くて遠いソコは、確かにパラダイスであった。
あぁ、スバラシキ世界!! ブラックライトに照らされた、僕らのセクシィウィッチィ〜ズ! 右見ても左見てもおっぱいだのパンティだの、滅多日常お目にかかれねぇガーターなんつうのだのにもうウハウハ、素敵な夜に乾杯!! アヤちゃんのFカップに癒され、ミホちゃんのお膝乗っちゃうぞ攻撃に敢え無く陥落する俺達だから、ラスト15分のショウタイムで生気をチュウチュウ吸い取られ、心地良い虚脱、夢見心地の御会計。
『18万6000円で〜す!』
ウッソォオ〜〜〜〜〜ッ!!
カワイコぶるコワモテの笑顔に凍りつくレジ前。
が、俺らだって自己主張は忘れねぇ。
バッ、馬鹿言うなよ?! プリンプリンの90分お一人様7000円ポッキリとか書いてあったじゃんかようッ!!
などと、果敢にも『意見』しては見たものの、とりわけイカツイ兄貴に『それはねぇ、ショウタイムの参加料でぇ、兄さん達、たぁくさん飲み食いしたのは別口でしょ?』とか『じゃ、あっちでな、ゆっくり話そうや、な?』とか猫撫で声で誘われて、たちまちチビリそうなビビリピーク。
だ、だって、だって、俺ら6万2千円プラマイ端数しか持ってねぇし、あのぉ・・・・・・泣き言を言ってみたが、『そらかまわねぇよ! ウチんとこの二階、貸し金だからよ、バシッと足りない分は融資してやるから、おう!』ってナイス提案。 オウって、月末に7桁超える返済とかそういう類じゃありませんか? ねぇ?! おい、どォしようッ!!
証文、監禁、取り立て、追い詰められての新たな闇融資、そしてある日持ち掛けられる『戸籍、売ってみねぇ?』うわぁっ! 人生の走馬灯がぐるぐる大車輪。 ささ、どうぞ〜と二階へドナドナされる俺ら。 パパママごめんと涙ぐむその瞬間、救いの女神は登場した。
オダギリユカ(24歳) かつて法学部のマドンナと呼ばれ「どぉもなんか違うんだなぁ」と付き合って二週間目で俺を捨てた女は、物凄く違う世界の女になって今、衝撃の再会を果たす。
『カトォさぁん、ソレ、あたしの知り合いなの〜。 有り金で勘弁してやってくれるう?』
女神、オダギリは割と最低な部類の女神だった。 がしかし、オダギリの一声で、コワモテ途端に相好を崩す。
『いやぁ、まぁ、ルビィさんの知り合いじゃ仕方ないすよねぇ〜・・・じゃよ、兄さんら持ち金でいいよ、ラッキィだろ?』
喜ぶほどラッキィとも思えねぇし、ルビィって誰よ? とか思わなくも無いが、ともあれ、俺らはスッカラになるだけで、一応事無きを得た。 そして、礼を言う俺らにルビィことオダギリは言う。
『いいのよぉ、うふん、感謝の気持ちはカラダでお願い!!』
カ、カラダッ! カラダはね、キミ知ってるだろうけどチョト俺、自信あるのよ!!
なんかぁ夢見ちゃった俺。 見れば連れも頬染めている。 イヤン、もしかして危険なアバンチュ〜ル? いや、もう、馬鹿だった。 俺らはとんだお馬鹿さんだった。 で、ソレが言葉どおりで、まるでウッフンじゃない屈辱の始まりだとは、呼びつけられたマンション18階、今夜のその瞬間まで、俺らは知らない暢気な野郎だったのだ。
そして、気もそぞろ胸騒ぎの午後19時半。
ちわ〜ッす、デリバリナイスガイでぇ〜す!
二人並んだ玄関前。 濡れた髪、バスローブ、待ってたのよぉう、カモォン! なオダギリにクイクイッと指で誘われて、ふらふら上がり込むオロカな二人。 荒れ果てた豪華マンション、ダイニングテーブルの上に並んだブツを見て『ナンデスカ〜?』と湯上りビールをアオル家主に問う。
『これ? 衣装衣装! つまり、コスプレ! だぁって、ただ働かせたってツマンナイじゃな〜い? あたし見てて退屈だもん!』
フェミニン&ク〜ル、衣装は二種類。 純白新妻仕様のフリッフリタイプと小洒落たカフェ〜のギャルソン仕様な黒長タイプ。 そりゃ後者だろう? どうしてもならば。 最初はグゥで、まんまと騙され、フリフリ担当、固まる俺。 ソコに無情な追い討ちがかかる。
『あぁ、言っとくけど、それ、マッパで着て頂戴ね! ううん、ダメダメ、パンツは穿いててイイわよ、ヘンな染み付けられても困るしさぁ。 ほら、さっさと脱いで始めんのよ! 明日ゴンちゃん来るんだから、綺麗にしとかないと不味いんだッてぇ〜。』
ヘンなシミってヘンなシミって、そんなんツク事ヤラセテくれんのかよッ、クソうッ!!
斯くして、なまじ器用な俺は細かい作業担当。 脱ぎっぱなしだしっぱなしのワケワカランあれこれを分別して、収納して、一息吐く間も無く、得体の知れねぇ冷蔵庫内を発掘して。 出前の鰻は美味かったが、食後のデザートにウサギ林檎をマメマメつくる哀れな身の上。
役に立つオトコねぇ! と笑うオダギリの口元に、イタイケナ一匹はシャリリと消えた。 何時の間にかフルメイク、てらっと赤い唇が、俺のウサちゃんを咀嚼する。 背後でなんかガラガラ落っことす音と一際騒々しい水音がして、どうやらバスルームは佳境に入ったと知る。
そうだよ、俺だけじゃねぇよ、ツイてねぇのは。
バスルームにはもう一人、馬鹿がいる。
ガサツでザッパァ〜で何遣らせても使えねぇ、便所・風呂掃除に二時間掛ける役立たずががここには居る。 その、水も滴る馬鹿がようやく一段楽、騒々しく居間に乱入した。 シャワーの熱気に気持ち悪くなったか、火照ったカラダと蒼白な顔が、なんとも不穏なコントラストの役立たず。 そして選りによってナンデ黒ビキニ穿いてるんだか、およそ布地の少ないソレは、猛烈、心臓に悪かった。
『ガァ〜〜〜ッ、終了終了、風呂終了ッ!! 物、多過ぎッ! 使ってねぇモンは並べんなッ! カビだらけじゃねぇかよッ、まるで落ちねぇよ 使えねぇよ、カビ*ラ〜めッ、クソッ! おまけに排水溝の髪の毛なんてもう、オレ夢に見そうなカラマリようよ、反省しとけよ? ズボラオンナッ!』
いきり立つ馬鹿をイサメル俺の気も知らず、オダギリがニンマリと奴に命令する。
『・・・・・・火!』
『じょ、冗談じゃねぇぞ、クソ女ッ!』
怒鳴り付ける奴を押さえ込む俺は、自分の辛抱強さに涙が出そう。 が、しかし、泣く暇などない。 作業をを中断し、シュポッとエラク高そうなライターで咥え煙草のクソ女に御奉仕する俺だった。 あぁ〜なんで人に点けて貰うと美味いのかしらぁ〜と、紫煙を吐きふんぞり返るオダギリを睨みつけ、奴はトスンと俺の横に腰を降ろす。
シンプルで機能的な筈の黒エプロン。 しかし貧弱な奴のカラダに半端な張り付き方をするソレはなんかこう、ヤナ嵌り具合だった。 濡れたカラダが冷えたのか 「エアコンケチってんじゃねぇぞブスッ!」 などと、サスサス肉薄い腕だの肩だのを擦る鳥肌の感触とか、いや、別に考えなくてもイインだけども、尖った肘が俺の脇腹に掠り、なるほど、冷えた腕だの肩だの横ケツアタリだの、生でヒタヒタくっつくのがコレ、相当にアレだった。
クソ、ヤッパ泣きそうだ。
俺は物凄く居心地が悪い。 オダギリが意地の悪い視線をあからさまに向ける。 不機嫌な奴は『可愛いじゃねぇか、バカヤロ』とウサちゃんを齧る。 そしてイラン事を言う。
『おまえ、このクソ女とほんとデキテたのかよッ! 普通、元彼にココまでさせるかよ? デキテたとか実はフカシじゃねぇのかよ、なぁ?!』」
『あらあ〜、じゃ、話し合いましょうか? そうね、コイツの前戯の順番とかしつこいアレとかコレとか、そうねぇ〜元彼女のあたしになんか聞きたぁい? 今彼クン!』
じ、地雷だ地雷だ地雷だッ!! 蒼くなり赤くなる奴の顔が、ナンデ? のクエスチョンを言葉に出来ず、開いた唇そのマンマに俺に向かって固まった。 違うッ! 言ってねぇ! 俺はナンモ言ってねぇし、オダギリと会ったのは別れて以来数年振りだってばよッ!
『フン、何よ、まさかの図星なワケ? あぁんヤダヤダ、捨てたオトコとはいえ、男に鞍替えされるのは猛烈にナンカ厭だわぁ〜〜。』
『は、図ったなッ! 畜生ッ!』
奴の声は情けなくひっくり返り、いっそトホホな負け犬モード。 やれやれと立ち上がるオダギリは、伸びをしながら窓際へ。 もはや衣文掛けと化した、ヘラクレスっちゅう感じの石像から薄手のコートを剥ぎ取り、雑に羽織るとチャリンと鍵をテーブルに置く。 そして、既に気合負けしてる奴の鼻先数センチ、顔を近づけたオダギリは、童貞ハンタ〜健在と、意味深笑顔で囁くのだ。
『あたしがコイツと別れた理由・・・・・・この馬鹿、あたしに欲情する癖に一つもトキめいちゃぁイナかったのよねぇ〜。 ソレって、腹立つでしょ? で、久し振りに会えば、あからさまにトキメク御付き合い中だったりするしさぁ・・・ふふふ、チョットばかり意地悪してもしょうがないわよねぇ!!』
KOだ。 応戦の余地はナシ、KOだ。
トキメキ中の俺達は、ただ、ポカンとオダギリの翻るコートの裾を目で追った。
『さてと、あたし、今からゴンちゃんと出掛けるから、今日はコッチに戻らないわ。 あんた達、シャワーでも浴びて勝手に帰ってよね。 鍵は管理人のジジイにでも、預けておいて頂戴。 あぁ、何ならソッチの寝室使ってもイイけど、やったあとシーツ交換しといて頂戴ね、ま、エチケットよねぇ!』
ひらひら後ろ向きに手を振るオダギリが 「今日はご苦労様〜」 と、扉の向こう消えた。
『・・・・・・トキメクんか? おまえ・・・・・・。』
『・・・ お、御言葉に甘えてくか?』
『バカヤロッ・・・・・・』
金曜の晩、裸エプロンの俺達は、横並びに正座してウサギ林檎を眺める。
白兎が茶色になり、俺の爪先は麻痺していたけども、でも、俺達はソコにそうして居た。
俺達は、確かにトキメいていた。
March 30, 2003
* 裸エプロンシリ〜ズ (シ、シリーズ?)
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