ハレタルアオゾラ              
      
       



     いやしかし、ミヤモッちゃんよぉ、アレはまずい、アレだ、昨日入ったアレ 

     『ビンゴでイイッすよ!』    の ヤマダリイチ。 


あんでも、アレ、コヅさん面接したっしょ? そん時なんか言わんかったかな、ナシか? ナシ? サカエの現場で人、居ねぇからもぉナンでもイイッて? カァッ、ナンでもイイってそら、人足居ねぇと外人さん入れんきゃなんねぇし、保険とかのアレが面倒なのはわかるけどよ、でもよ、アレよかナンボかイイかもしんねぇよ、アレはまずい。


『せんぱい、コレ、極めるとかなりヤバ目のストリートですよねぇ〜』

センパイって、いや、オレァそんなじゃねぇしよ、オレはまだこの現場短けぇし。 ソレになんだよ、何でぇコイツは妙にピタピタの長袖シャツ着やがって、それにソレ、アレよ、妙に透けてんじゃぁないの? おい、なぁ、ミヤモッちゃん、昨日、朝一で、アレはそんなで来やがったのよ。 

あぁ、うん、ただのシャツじゃねぇのな、ウチのミワコの浴衣みてぇな、朝顔だの金魚だのの、ア? そうそう、早いねぇ、あっちゅう間よ、ミワコもう高校生よ。 あ〜もうてっきり親父とは口聞いてくんねぇの、小遣いせびる時だけちびっと優しいンだけど、アリャもう、こすっからいトコ女房そっくりよ。 

で、アレがそんなんにイッパシの刺繍くっついたベスト着て、刺繍揃いのニッカボッカ履いて、トテカントテカン、ツルッパシ振ってンのよ、いぃや、なにせヒョロヒョロだもの、後ろ通る奴ら怖がっちまってよ。 ホレ、うっかりドッテリ反って ガツン イカレたら、そんな、巻添えタマンねぇっしよ。 

ソレより何より、あっこの現場は埋め立ての更地だし、まぁだコン時期、海風、吹きっ曝しで厳しいっしょ? いっくら身体使うったってアレじゃ、あの骨皮には堪えるッしょ? もぉ、昼前には唇ムラサキんなってるし、そうすると手ぇかじかんで、ツルッパシ何度も落っこしそうになるし、益々みんな、コエェコエェって。


飯場のだるまストーブん前でガチガチ歯ぁ鳴らして飯食って、コレ、汗びっしょりのシャツ着てまた外現場行くンは、無茶と思ったしよ。 オレ、言ったよ、知らんかったんならソラしょうがねぇけど、寒い外現場は肩首腹腰冷やしちゃなんねぇって。 だからみんな首隠れるハイネック着て、チョッキと腹巻して、長靴下履くッしょ? ッて。 そんで、汗掻いたのソンマンマにしてると冷やすから、シャツん下にランニング着て、そんだけは飯の前に脱いで取替えとけってよ、教えてやったしよ。


『なぁ〜るッ! ソレ、せんぱい、生活の知恵っすねぇ!!』

ち、知恵っちゅうか、なぁ、ミヤモッちゃん、知恵なンか? そういうんも・・・・・・。 


したら 着替えアリマセン って言うのよ、持って来てねぇって。 でな、オレ、今日はも〜しょぉがねぇって、でもホレ、なにせ、アレはそん日、オレの下で作業してンだもの、なんか、でかいヘマしやがって、報告書コヅさんに書け言われんのオレッしょ? そんだから、しょうがねぇって。 予備でロッカー入れてあるオレのハイネックとランニング、貸してやったのよ、アレに。 

ば、バカ言うなぁッ! 汚ねぇことねぇしよ、ちゃんと女房が洗って畳んだやつさぁ。 ミワコのユニクロん袋に包んで突っ込んであるソレ、とりあえず今日、着とけって、飯喰った後渡したのよ。 

し、したらよ・・・

ミヤモッちゃん・・・あんた、お、オトコがあんなトコにあんなんスルん見た事ある? 


『あはは、コレすか? ボディピアス。 わりと細めなんで、ちょっと箔付かないッすね〜。 開けたのは二年くらい前だけど、あぁ、べつにもう、痛い事ないんですけど〜。 わぁ〜〜、せんぱい固まってますかぁ? どってコトないっすよぉ、あははは!』

どってコトあるだろ? ほ、細かねぇしよ。 


ありゃぁ婆ァさんの布団針よか、ずっとずっとぶっといシロモンだったしよ。 ソンなんが、お、男の、チ、チ、チ、チクビにぶっ刺さってぶらぶら、小さな輪ッカみてぇのがぶる下がって・・・・・・。 いや、痛かねぇってソレ、アイツ粋がって引っ張って見せるし。 ソンナンすると乳首の付け根んトコのうす〜く色がついたヘンがキュウキュウ・・・・・・キュウキュウ引っ張られて、それ・・・・・・それ・・・・・・ 


み、ミヤモッちゃん、今時の男は毛ぇ生えねぇのかよ? なぁ、オレらンあんくれぇのコラぁ、むさくて汗臭くて・・・・・・。 そうよ、兄貴どものタムシだの水虫だの順繰りに貰って、婆ァさんが薬屋の親父に貰ったやたらヒリヒリするチンキ塗ったくって、ちゃっちゃと治せ言って・・・・・・・そんなだろうよぉ、なぁ? お、男の癖に変にツルンって、ナマっちれぇしよ、へ、ヘンにチクビ、アンナン刺さってッからか赤っぽくて、こう、た、勃ちまってるしよ・・・・・・。 

な、な? 調子、狂うっしょ? なんか、なんか、オレぁ、こう、そんなん見ちまってこう、なんか調子狂っちまってさ。 クルさんとこのU字溝、二度も間違えてノグやんとこに運んじまってよ。 また、アレがデッカイ埋め込みの奴で、ユンボまわして運ぶンもコレ、一度降ろしちまうとエライ面倒で、2度目にノグさんからどうしたようってな、イヤどうしたもこうしたもねぇけども、言えねぇだろう、新入りのソンナ・・ソ、。 


『せんぱぁい、ナルホドこれ、不思議アッタカイっすよぉ〜〜!』

い、イキナリ呼ばれるのは、そい、ッ、  アブねぇよ、バカヤロ、ユンボのすぐ横ぼっさり立ってんなぁ〜、のけ〜〜、ウッカリまちげぇて轢いちまうっしよぉ。 すぐ横真下、アレがへらへら見上げて手ぇ振ってるし、ソンで、なんかブカスカのチョッキん下、いや、気のせいかも知んねぇけど、胸んとこ、もしやあの輪ッかブラブラ透けてんじゃねぇか? おい、やばいよぉ、そりゃ、ほかの連中に見つかったら、見つかったらソラ、ナニされるかわかんねぇしよ、だろう? 

そら、ありゃ男だけどもよ。 中にはソンでも、まぁ、チャレンジしてみるべぇと息巻いちまうヤカラも居るだろうしさぁ・・・・・・。 は、バカ言うな、オレはソンナン違う! ミヤモッちゃん、よして、ソレは、もう、オレ、いや、オレは違う、オレはべつにソレ。 オレは二倍くらいにデッカク肥えてババァになっても、アレよか女房のがイイと思うよ、いや、嘘じゃねぇし、でも、イヤ例えばだよ。 例えばの話し、ああ言うのが荒っぽい現場の連中に知れたら色々問題なんじゃねぇかとこう・・・・・・現場の先輩として、そう! オレぁ、アレの先輩だしょ? したら色々采配せんとな、そんでだしよ。



でな、今日、アレは、やっぱヘラヘラなぁんも考えちゃいねぇ顔して人の苦労も知らんでオハヨウ言ったさ。 昨日散々おっかねぇ思いしたし、オレもなんか気が気でねぇんで、したらって、今日はアレに五階部分の中仕事させようって思ったのよ。 あっこはキミハラさんとフクさんの爺さんコンビで暢気に作業してっから、マァ、爺さんらの足代わりに、調達パシリしてもらおうかって、そういうンを。 で、ソレはマァ正解で、爺さん孫みてぇなのが来て、またアレが調子良く話し合わせるんからスッカリ和気藹々、楽しい職場やってたさぁ。 

オレにしても、余計な神経使わんで済むし。 何より、アレん顔チラチラ下で見んで済むから、いや、嫌いとかでねぇし、そうじゃなくて、どうもなぁ。 オレぁ、どうも、なんか、アレの顔見るとすかさず妙に生っちろい腹ン色だの、輪ッカのアレだの・・・・・・ あ〜ホントにいらんモン見ちゃったしよぉ、バカヤロ、忘れようにもありゃぁ、色々、強烈ッしょ?

とまぁ、今日は五階にアレも引っ込んでるしな。 さくさく作業もはかどって、目立ったミスも報告書ネタも出て来ん、まずまず平和な一日送れるってぇ、オレぁ、ルンルンよぉ。 して、イイ調子の午前終了、ホレ飯すんべと、出しっぱなしの手押しだのを、ハラさんとカタシながらふいと見りゃぁ、おい、アレが居ないねぇよ。 アレが、ビンゴが、どこに隠れてやがる? そん時、ちょうどフクさんが、ヘルメットの紐ケバケバで換えらんないかってコッチ来て、ほんならアレは? って聞けば、アイツ、まだ五階でウロウロしてたらしい。 


いや、ミヤモッちゃん、バカはやっぱ、高いとこ好きなんだなぁ。 が、あれだ、好きはイイが、ツルッといって面倒、こさえられても困るんで、しょうがねぇよ。 オレな、覗きに行ったんだわ、 おう! 飯休憩だぞォ って。 したら上ん方で は〜い! って。 居た居た、いや、おっかねぇ! 梁んとこの際ンとこに、ぶ〜らぶ〜ら足出してチビッコのブランコみてぇに座り込んで。


『せんぱい、空、広いですよねぇ!』

――― そ、そうだな、あぁ、空はまぁ、広いだろう?


『向こうは海だし、まだなんも建ってない埋め立てだし。 ねぇせんぱい、空、むちゃくちゃ青いッすね! 空、広いっすよねぇ!!』


吹きっ曝しの海風受けて、デカ目のヘルメットん中、収まり悪いチンマイ頭がふらふら揺れる。 ハイネックがだぶつく、ポキンといきそうなクビ。 さ、支えとかなきゃナンねぇよ! とっさにオレは、なんでか、中腰になってソイツの頬っぺたを両手で包んだ。 肉の薄い頬っぺたのひんやりした感触に、オレは、バカヤロ、どうした? ナニしやがってるの? と我に返り、しかし、その手をそのままに硬直する梁の上。 瞬きした目がしばしばと細くなり、そんで、光の下ますますしろッちゃけた顔が、ふにゃらんとオレに向かって笑った。 

オレの心臓は、ごうごう地鳴りする。


――― は、ハレタルアオゾラだな! あぁ、空が青い! なぁ?
     晴れたる青空 漂う雲よ  だな!

『呪文ッすか? せんぱいソレ、』


――― バカヤロ、呪文じゃねぇよ、ガッコで習ったろ? オレですら、先生がオルガンで伴奏してくれたンを覚えてるさぁ。 〜 はれたるあおぞらただようくもよ 〜  な、喜びの歌じゃねぇか、

『なら、呪文ッすよ、オレ、今喜んでるもん、それ言うときっと、喜ぶこと起きるッすよ。 せんぱい、オレ、今、綺麗な空見て、せんぱいと一緒で、ヨロコビノウタ! 』


ソレが、そう言って嬉しそうだから、なんか、オレはそのマンマ、ひんやりした頬っぺたがぬくんでクルんを、ての平に感じつつ、ちょっと首を傾けたソレが、確かにきれいな青空を眺め、小さな声で繰り返すンを、ずっとずっと聴いていた。


・・・・・・ハレタルアオゾラタダヨオクモヨ・・・・・・ハレタルアオゾラタダヨオクモヨ・・・・・・ハレタルアオゾラタダヨオクモヨ・・・・



中腰で、膝がガクガクするまで、
ソレの唇がヨロコビノウタを唱えるンを、オレぁ見つめていた。








March 16, 2003




      
*  ドカタの彼が、踏み外すとき。