あねもねゼリィ
     
        



あてどなく、遣る瀬無く、
しけたキスで騙されるほど、あたしはオメデタイ女じゃない。


水曜、プリムラカフェのボンゴレを器用にフォークに巻きつけながら、終わりにしようとタカノが言った。 終りって? 始まりなら確かにあったわ、でもね、そこから何かが生まれたの? 終わらせるほどに形有る物、あたしとあなたに、あったのかしら? ねぇタカノ、アンタが望んだこれが結果。 カッコ悪い。 馬鹿みたい。

あたしは一向に減らない、へんてこな味のリゾットに嫌気がさし、窓辺に佇む一輪挿しの、光に透ける深紅を見てた。

空調の風に、花びらが揺れる。 あの深紅には、毒がある、きっと。 



23年前、海の無い、平坦な土地であたしは生まれ、平坦な人生を14年で終らせた。 あたしは、兄の子供を身篭った。 兄は、世界の中心だった賢い兄は、糾弾を受けずに、裏のからたちの枝に吊る下がり、命は失ったけれど生きた月日の尊厳を奪われはしなかった。 そして、あたしは、望まれぬ命を宿したあたしは、恥知らずな娘として宿った命を絶つ算段と決意を強いられ、自らの生きる場所と尊厳を失った。

気の利く人間が居たものだ。 親と旧知の、その老医師は、不本意な命を掻き出すついでに、ふしだらな14歳のあたしの為、お役御免と子宮をも掻き出し処分した。 生理の来ない7ヶ月目に、あたしはその事実を知る。 もう、決して生産しない、あたしの身体。 あたしが、食べ続けるようになったのは、それからだ。

所在無いあたしは、食事の時間をずらし、屋敷幽霊のように一人、台所で咀嚼する。 炊飯器を空にするのは、たいした事では無かった。 床にしゃがみ、食パンを牛乳で流し込み、厚く塗ったくったマーガリンはテラテラと、指先を光らせた。 味など構って居られない、カエルのように膨張する腹、喉から逆流しそうな圧迫感が、唯一の安らぎだったから。 ホラ、大丈夫、あたしの中には詰ってる。

あたしは急速に膨らみ、かつてのあたしは見る間に脂肪に埋没して行く。 もう、かつて母親譲りと言われた、人形みたいなあたしは居ない。 もう、大丈夫。 あたしはいきなり殴られたりしない。 いきなり痛い思いをしたり、要らぬ命を宿されたり、掻き出されたりしないのだ。 太る事、食べる事、馬鹿馬鹿しいほどに意のままで愉快。 

復讐だった。 あたしと、あたしをこんなにした全てに向けた、おおよそ的外れで、あたしだけが満足出来る、婉曲な復讐だった。


ふしだらな上に浅ましい! 

食料の見張りを申し付けられ、虎視眈々の女中に、あたしは殴られる。 ならばと、スーパーに駆け込むあたしは貪る為に貯金をおろし、ある日、店長の女房に捕まった。 同級生の母親でもあるその女に腕を掴まれ、身を捩ったあたしのコートの内側から、ぼたぼた落ちたのは菓子パンが6個、ソーセージが2袋。 

1500円ちょっとの犯罪で、程無く、あたしは海の近く、神経病みの叔母宅へと追放された。 始終あちこちが痛い叔母は、それを隣家の亭主の祈祷のせいだと信じ込み、一日中襖の影、座椅子に陣取り、敵を見張る。 あたしは日に数回、叔母に命じられ、偵察の為、隣家の周囲をぐるぐると回った。 その叔母は毎日、大きな寸胴に野菜だの肉だの有りものを放り込み、出汁と醤油でぐつぐつと煮る。 そして、米びつと炊飯器を示し言うのだ。 アンタのはこんだけだ。 勝手にお食べ!

不満など無い。 あたしは満足していた。 家畜のようにごった煮を貪り、一日がかりで米3合を食べる。 ここは、あたしに要求もせず、非難もしない。 ここは、快適だった。 出来ればずっとそうして居たいほど。 だけど、ある時、叔母が、隣家に火を放つ。 大事には至らなかったが、叔母は、然るべき治療の為、保健所の担当者に連れて行かれてしまった。

そして一人、寸胴のごった煮を貪っていたあたしは、タカノと出逢った。 隣家が雇った弁護士だったタカノは、巨大な寸胴を抱き込むように白菜と鶏肉を咀嚼していたあたしに、淡々と用件を話し、最後に、微笑み言ったのだ。

『ねぇ、君、どうしてそんなに食べるの?』『君、ホントは凄く綺麗なのに』

馬鹿な事を聞く男だと思った。 必要な事を、あたしはしているのだ。 

あのね、あたしは太ってなきゃいけないのよ、綺麗になんてなりたくないわ。 だって、もう、何も無いんですもの。

『君が、綺麗になって、ホントの君に戻るところ、僕は見たいなぁ』
『君はね、色々持ってるし、もっと素敵になれるんだよ』

そう言って、あたしを見つめたタカノは、あたしの手からフォークを取り上げ、咀嚼を待つあたしの口に、綺麗に小さく絡めた野菜を、ゆっくりそっと押し込んだ。

『ね、ちゃんと噛んで、急がないで。』


そして、タカノは、あたしを訪ねて、薄暗い家に足を運ぶ。 宝石みたいに綺麗なゼリィを、タカノは手にしてあたしを訪ねた。 

『ほら、口をあけて・・・』

タカノの綺麗な指、綺麗な菓子、それをゆっくり咀嚼するあたしは、久し振りに知覚する甘味に、暫し茫然とした。

『甘い?少し酸っぱい? ね、綺麗なものを、ゆっくり食べれば、君はきっと綺麗になるよ。 僕はね、君の力になりたい。』


愛を恐れ、執着に慄き、失望と怒りの果て、あたしは脂肪で過去を包んだ。 みんな要らない、愛されたくない、愛はいつでも何かを奪う。 そう、あたしを殴りあたしを抱いた兄は、あたしにそれでも言ったのだ。 ― 愛してる、愛してる、どうしようもないじゃないか! ― 

つまり、愛とは、どうしようもない執着をもってして、全てを搾取するものだとあたしは知った。 そして、一方通行の想いは暴力により成就して、実りの無い空っぽのあたしを残す。 

だけども、タカノはあたしの周りの誰にも似ていなかったから。 この男はあたしの話をちゃんと聞く。 この男はあたしから奪わない。 あたしはタカノに安堵して、自分の事を話し始める。 タカノが訪れ、寸胴のごった煮は一日の終わりに半分以上残り始め、ある時、作る事すら止めてしまったのだけども、不思議と空腹を感じなかった。 目を閉じて繰り返し想い出すのは、タカノの指先、綺麗なひと匙、ヒンヤリした甘い喉越しと、満足げなタカノの笑み。

そのタカノが、あたしに言う。 
『君をもっと、知りたい』『君は綺麗だ』『ねぇキミ、僕と、一緒に暮らそう』 
迷う事などある筈が無い。


案内された病室で、叔母は、何通もの嘆願状をしたためていた。 警視総監様の宛名の封筒を前に、几帳面な達筆で、隣家の亭主がいかに卑劣で、悪どいかと言う事を、断固許すまじ、糾弾せよと一心不乱に筆を走らす。 反応の無い叔母に向かい、あたしはタカノの事、一緒に暮らす旨を話した。 クシャリと、叔母が、書き損じを丸るめる。

お元気で・・・と、病室を立ち去ろうとしたあたしの背中に、叔母の、奇妙に冷めた声がぶつかった。

――  誤魔化しばかりじゃないか!



そして、あたしはタカノのマンションに移り、タカノと暮らす。 程無くして、タカノには、妻が居る事を知るが、だからどうだというのだろう? 実業家の妻は、タカノにこのマンションを与え、ヨーロッパの何処かで暮らしているらしい。 ここに、居ないなら、それは別に杞憂する事ではない。

何しろ、タカノは、あたしだけにかまけ、あたしだけに微笑む。 そして、あたしだけにスプーンを差し出し、美しくなるあたしを愛でる。 新しいあたしはタカノの与える綺麗なゼリィと数種類のサプリメントとプロテインを溶かしたミルクにより創られた。 愛が欲しくて、愛を得たくて、あたしは脂肪を削ぎ落とす。 タカノだけを見つめ、タカノだけのため、脂肪を剥いだあたしは、数年ぶりに踝の存在を思い出し、数年ぶりに膝の骨を手のひらで感じた。 

『愛しているよ、君はもっと綺麗になれる』   

そう、タカノが言うのだから、何も恐れる事はない。

――  誤魔化しばかりじゃないか!

どこかで、叔母の声を聞いた。 しかしそれは一瞬、馬鹿馬鹿しい杞憂に過ぎず、与えられる美しい甘い幸せに、瞬く間に紛れ消える。

タカノが好む、身体の線が出る洒落た服を着て、あたしはタカノに依存した。 上品で完璧なタカノは、あたしを存分に依存させ、着せた服をうっとり脱がし、綺麗なあたしを抱いた。 あたしの胃袋は、スカスカになったけど、あたしの中、暖かなものが満ちていた。 それは、優しく、甘かった。

――  誤魔化しばかりじゃないか!

どこかで、叔母の声を聞いた。 忌々しい! 馬鹿言わないでちょうだい!



そんな風に上品で完璧な男が、そんな風に見えた男が、あの日、あたしを指差し、笑った。


珍しく、数人の男女をタカノはマンションに招き、贅沢で見目良い料理と、長い薀蓄のつくワインを振舞った。 その日の為用意された、シャンパン色のワンピース。 蝶の羽根みたいに、重なり合う薄い生地のその切れ込み、小さくて骨ばったタカノ好みの膝小僧が所在なげに見え隠れする。 

数時間前、連れて行かれたサロンであたしは、丁寧にメイクされ、伸ばしっぱなしの髪を揃え、色を注し、鏡の中不安げな女は、ミステリアスで綺麗だった。 その女こそ、タカノが合格を出し愛でた女、それが、あたし。 鏡の中、あたしの後ろでタカノが微笑む。 あたしは安堵した。 あたしは世界一、幸福だったから。


そして、夕暮れ、次々訪れる来客は、小さく会釈するあたしに息を飲み、一様にこう言った。− 綺麗な人ですねぇ!! ― 勝ち誇るあたし。 ね、あたしの事自慢でしょう? 目で問うタカノは上品に笑い、あたしの肩を引き寄せた。 そして、来客達がくつろぐ頃、ほろ酔いのタカノが意味有り気な視線をめぐらし、あたしを指し、笑って言ったのだ。

カノジョ、ホントニヒドカッタ、ココマデシタテタクロウトイッタラ!!

優雅で、上品な笑みを浮かべ、タカノはあたしを指さし笑う。 剥き出しの爪先、ピンクゴールドに塗られた爪の先がすぅっと体温を失い、轟々と耳鳴りが頭蓋を占拠する。 〈アレ〉と指さされたあたし。 

――  誤魔化しばかりじゃないか!

どこかで、叔母の声がした。 座椅子に座って、障子の隙間、叔母がタカノを注視する。


誤魔化したつもりじゃない、そんなんじゃない、あたしは、ただ、あたしは与えられ、安堵して居たかった。 タカノのため、タカノの望む様、あたしは自分を変えて行きたかった、ただそれだけ、ただ、あたしは求められ、愛されたかったのだ。 

でも、あたしは知ってしまった。 自分がタカノにとって、恋人でも愛人でもなく、〈アレ〉と呼ばれるあたし。 ましてや人なんかじゃぁなく、あたしはタカノが、時間と金を注ぎ手塩にかけた、大事な出来の良い作品だったのだ。


タカノが、驚嘆する来客に、一枚の写真をひらひらと渡す。

ソラ、コレガハントシマエ、アハハ! トクサツミタイダロ?!

好奇と感嘆と嘲笑を集め、珍しい外国土産さながらに、手から手へと廻されるあたしの過去。 ねぇ、喉がカラカラよ。 アシンメトリィに重なり合う、羽みたいなワンピース。 羽みたいに軽いシャンパン色が、急に身体にへばりつき、余分の無いあたしの皮膚を、じわり苛み拘束する。 目を遣れば、シャンパン色のドレスを纏った、綺麗な女が窓に映る。 

・・・だから、あたしは知らないわよ、あんな女。 
綺麗な女が、蒼褪め微笑む。 タカノの作った知らない女。 どうしようもない、開放されちゃぁいなかった、あたしはあたしを抜け出せなかった。 そりゃそうよねぇ? 作り物にはホントが無いわ。 嘘から生まれる何かってなに?

喧騒のあと、フローリングに座り込むあたしの骨っぽい膝小僧を、タカノの指がツイと撫ぜた。 『みんな、君の事、驚いてたよ・・・君があんまり素敵だから!』 銀のスプーン、紅いゼリィ、タカノが差し出す震えるそれは、なぜか苦く、喉に絡む。 

『さ、お食べ、美味しいだろ?』 差し出された銀のスプーン、紅い、震える、透明なゼリィ。 あたしはソレを口に含み、ひんやりした苦味が石のように、スカスカの胃壁に墜落するのを意識した。 そして、満足げに眺めるタカノが、にっこり笑う。 また手離す? また失うの? もう、あたしには掻き出す中身、それすらないのに。


嘘でも愛を手離すのは、あたしにとっては容易ではない。 嘘っ八の愛なのに! あたしは相変わらずタカノの手からゼリィを啜り、一日数回、水とサプリメントを飲み込んだ。 ミルクに溶かしたプロテインは、膠みたいに喉に張り付き、あたしを馬鹿だと愚かだと、責めた。 

――  誤魔化しばかりじゃないか!

叔母が、流れるように書き散らす。 
糾弾せよ!糾弾せよ!苛まれた日々をわたくしは、決して忘れないのです。


このまま自分を騙せない。 もうここには、居たくない。 スプーンの上、震える紅色、綺麗なゼリィは、冷たく苦い。 


契機は突然訪れる。 半年近くの放任の末、タカノの妻の帰国が決る、タカノは結局、手綱を引かれた。 妻を恐れ、タカノはあたしに事務所近くのワンルームをあてがった。 簡素な部屋、味気ないその部屋で、あたしはもう二ヶ月、愛されてる振りをする。 

いまや、タカノの差し出すゼリィは苦く、その日、もう飽きたわ・・・と、タカノに言った。 タカノは曖昧に笑い、飽きたのかい? とそれきり手土産無しになる。 いいのよ、もう、要らない。 必要無いから、あたしは戸棚にずらりと並ぶ、サプリメントと諸々を捨てた。 もう、要らないの。 

あたしは去勢されてはいるが、タカノの手から、餌を啄ばむペットではない。 久し振りに口にする味噌汁は、懐かしい、満ち足りた想い出。 あたしはそれを、まだ覚えてる。



そして、今、呼びつけられ、2週間ぶりに会ったタカノは「終わりにしよう」と、あたしに言った。 

だから、あたしは、自分の言葉を発する時が来た事を知る。

―― 愛してはいるんだよ、今もね、ずっと。

タカノの言葉は、社交辞令でマニキュアの色を褒める程度の重さしかなく、タカノ自身も大事なさげに、澱み無く。 あたしのリゾットは冷える一方で、最早、惨めな残飯のそれ。

―― 潮時だと思うんだ。 君もそれなり、得た物はあった事だし

そうね、ありがとう、ここまでして貰ったあたしは、あなたに感謝すべきよね。 でもねぇ、愛の無い男が愛の終わりを決めるの? さも重要とばかりに、意地みたいに、茹で過ぎたパスタをこれでもかと咀嚼するタカノの歯。 

2年と78万円かけた自慢の歯。 その噛みあわせ、死んだら標本にでもして見せびらかすと良いわ。 この男はそんなところにまで、完璧が好き。 完璧なように見せかけ、無理にこじつけるのが好き。 あたしを躾たようにね。 あなたに創られたあたしは、たいそう出来が良かったけど、でも、やっぱりそれ、あたしじゃないの。
 
誇らしい口元を、泥など触った事も無い、これ見よがしに躾良い指先が、不似合いの安っぽい紙ナプキンで拭う。

―― 後ろめたい関係は、この先、お互い、不幸になるだけだから。

あらま、優しいのね!心配してくださるの?! とか、言うと思う? 

後ろめたいのは、アンタだけ。 のらりくらりで、先送りにして、首が締まるのもアンタだけ。 てめぇが不自由を引き摺ってるのに、お互いだなんて、笑わせないでよ、あたしはちっとも困っちゃいないし、これ以上の不幸になるよな気配も無いわね。 おかげさまで、あたしの不幸は、とっくにもう、打ち止めみたい。

―― 無茶、言わないでくれよ、君はもっと賢い筈じゃあな・・・

終いまで、言わせはしない。 

ゲロみたいなリゾットが、ホントにゲロみたいに、タカノのスーツの灰紺に、飛び散った。 こそこそ、エチケットブラシをかけてばかりいる、しみったれた男の馬鹿みたいに高いスーツ! こうなれば全く、滑稽だ。 まさかコレじゃ奥様も、他所の女の痕跡を、探すどころじゃないでしょう? あはは、コレで安心してクリーニング出せるわねぇ!


わかってたわ、タカノの完璧は作り物。 タカノの余裕は、タカノが築いたそれじゃない。 あなたは、より惨めなあたしを飼ったけど、そのあなたはと言えば、奥様とその一族に体良く飼われているんでしょ? タカノを支えるのは、資産家の奥様とその財産。 良い子にしてたご褒美に貰う、贅沢品とちっぽけな栄誉。 あはは、それじゃ、あたしと同じね!

あたしは抜ける。 そんなループ、あたしは出てく。 人の不幸に引き摺られるほど、あたしは暇でも優しくもない。 教えてあげる、あなたって、実は惨めで貧相ね!


タカノの顔、いつも皮肉な笑みを浮かべて、驚きませんよお見通しですよと、高みの見物決め込む顔が、皮膚一枚分捲れたみたいに、ジワリと歪んで醜く引き攣る。 本音でしょ? 本音が顔に出たんでしょ! 玩具に反撃されて、そんなに悔しいの? ねぇ! 

あたしはテーブルの隅、使うあての無かった銀メッキの灰皿を掴み、ソレに役割を与えてやった。

ホラ、見てよねぇ、余裕の無いヘンな顔!!

灰皿の銀に映る間抜け面を、茫然と見つめるタカノ。

もう結構、愛の為に身を削るのはもう充分。 えぇ、欲しかったわ、あの時はね、でも、あたしは、もう、要らない。 アンタの愛なんて、嘘っ八のそんなもの!


ダスターを手に慌てて駈け寄るウェイターの男の子に、あたしは愛想良く笑い、無事役割を果した灰皿を手渡してあげる。 灰皿に映った、過去の何か。 笑う顔、あたしの唇を辿る指、指先を濡らす、甘いゼリィ。 言葉は嘘っ八だけど、甘かった、逆らえない呪文みたいに、あたしはそれに、手を伸ばした。

『愛しているよ、君はもっと素敵になれる』 

愛してる? あたしを? もっと? どこまで? 



     −−− ゴチソウサマ、あとヨロシクね、さようなら。


一輪挿しの深紅が綺麗、花弁の闇は、怯えを隠す。

馬鹿ね、あの時、あたしは兄にも、こんな具合に怒鳴って暴れて、調子に乗るなと怒れば良かった。


――  誤魔化しばかりじゃないか!

そう、誤魔化し続けてた、あたしも、兄も、タカノもみんな。


ねぇ、喉が、カラカラよ。 
ゼリイが食べたい、紅い、透きとおった、味の無い、ゼリイ。


あたしは、窓辺で全部を見てた、紅い花を記念に獲った。 










January 9, 2003




      * 久し振りに書いたのが、新年最初ががこれってのは、こう・・・・・・
                    今年のあたしは、負け組です・・・いえ、今年に限らずですけれど。