大晦日覚悟ノ伊勢海老
オオツゴモリカクゴノイセエビ
えェと、先週に続きましてムコウダ先生、宜しくお願い致します。はい。
江戸町人文化を描く西鶴作品に、伊勢参りの鳩の目銭に関する記述がありまして、信仰に基づく厄除け・開運を目的とした『銭』と、商品売買=物流を目的とした『貨幣』との共存がそこには、あるんですよ。 ある特殊な世界観の地域、つまりココでは伊勢社内のみで通用する「銭」お守りであり、物理的利益を得るための切り札となる特殊貨幣なんですがね・・
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忙しない年末の温い午後、アタシは地道で善良なナイスミドルの男女を前に、本体2.5倍のツケ爪の指をこれ見よがしヒラヒラさせ、ゴロワースのキッツイ煙をクラッとクルまで吸い込んだ。
『な、なかなか良いお住まいですね・・・』
フン、汗拭き拭き座ってるオジサマは、ついに眼鏡外したわ。 あらぁ〜んまッ!顔色悪いんじゃぁなくてぇ? ケッ、ポックリ逝くんじゃないわよ、アタシんちでッ!
『ああの、え、えぇ、あの、良くして頂いているようで・・・ね、お父さん・・』
だからアンタ達ナンダってのよう、こん中、汗ばむってんじゃぁナイでしょッ、ふん、暑いんじゃないのよ、ヤナ汗、でしょ〜よ! ポカポカと室温26度、心地イイじゃないさッ、暑からず寒からず気が利くオンナよアタシってばさぁ、畜生!
『む、息子からお噂はかねがね・・・お、お世話になっているようでッ・・・』
か〜ねがね聞いてるってぇ? アハハ! ナニもコレも聞いてるのぉ? だったらオラ、良く見ときなさいよッ、朦朧としてるんじゃないわよ、目玉抉じ開けたらイイわようッ、ケッ、見ときッ!! マリーアントワネットも吃驚な巨大なズラ被って、地獄のマリアもカクヤなアタシの事、アンタら、よォ〜っく見るがイイワよッ! あっはっは〜!!田舎じゃちょっと見れないタイプよッ、フンッ!
必死で雑談をするパパの目がもう、虚ろで泳いでる。 ママは、地元の雑煮の話をさっきからさぁ、ねぇ、ママ、悪いんだけど、もう三回リピートしちゃってるんだわよ、その丸餅のハナシ。 地味で目立たない、イカにも堅気なこの夫婦、どういうコッタろうねぇ! こんな真っ当な親から、よくマァ、あんな浮ついた馬鹿が生まれたモンだよッ!
『ど、ドロレスさん・・・あの、お仕事はあのぉ・・ははは、華やかでらっしゃって、ねぇ、お父さん、おOLさんじゃないんですよねぇ・・・』
わあぁ〜お! おば様ァ褒めてらっしゃるのぉ?! お仕事はぁ接客業 うふっ! 他にナンダってのよ、役所勤めとでも言っとくのが良いワケ? このアタシがシケタ年金貰う為に地味なカッコ出来ると思ったら、ガツンと痛い目に遭うわよッ、どうよッ!!
『あはは・・いや、都会の方は華やかで、私らなんかもう、ハハハ・・・・』
ハハハってオジサマ、勘違いすんじゃぁないわよ、こんなゴージャスなオンナ都会にだってそうはイナイのよッ、! 例えれば燃え盛る炎のような禁断の美貌ってのは、マァ、アタシの専売特許ッてかねぇ〜異議アンのッ? ふンッ!
・・・ あぁ、まずいわ、もう二時回るじゃない、何でイキナリ来るワケ? ナンデ、このリキ入りまくりのパ〜ティ〜当日、しかも間際ってか、恨みでもあンの? アンタ達ッ! あぁん、イヤヨッ!! 冗〜談じゃないッ!! こう云う無駄に実行力あるところホント、あの馬鹿の親よねェ!
『ヤスアキは・・・アレは、一人息子でつい甘やかしたもんで、こう、しっかりしないっていうか、落ち着きないところがありまして、そのぉ・・・ドロレスさんに御迷惑かけているんじゃないかって・・・』
ごぉめいわくぅう〜?! あっはっはぁ〜! 聞きたいの? ねぇ、パパママそれ、聞きたいのぉ? ペッペッ、どーもこうも、息子さんホンット、使えない事この上なく、仕事させればポカばっかで、いつの間にやらクビになるし、ソレ気にしてないのがまた腹立たしいし、かと云って家ン中のコト出来るかってぇとコレがもうまるで駄目ってか、アタシのカシミア洗濯機でマワスは、1点物の皿割るわ、絨毯にタレ溢すは、人参喰えないは、寝る前に菓子喰うわ・・・
ちょぉっとっっ、ソコの親ッ! 聞けッ! カァア〜ッッ! 改めて考えても、アンタらの息子ホンット、どうしようもないわよッ!!
『す、済みません、躾が至らなくて、済みません、申し訳ないです、息子がアレなのは、親として申し訳ない限りで、あの、それなんで、こちらで長く世話になっていると伺った時、あぁようやくあの子にも真っ当に生活を学べる相手が出来たんだと、私も妻も、胸を撫で下ろしたんです・・・・』
はぁあ? どぉ〜いう事よ、あの馬鹿、アンタ達にナニ言ったのようッ? 必死で巻き戻す記憶には、確かにあの馬鹿がナンカ言ってた気はするんだけど、あぁ、畜生、アンときゃ飲んでたわね、相当ネッ! ココゾで思い出せないわ 「おやおや馬鹿が抜かしてるよ、フン、」 などと流して悪かったわよ、アンタもたまには大事な事言ってたのネッ、たまに?
畜生ッ! ソレが今日か?
『ドロレスさんはなんでも出来るし優しいんだって、あの子凄く嬉しそうに言うんです・・・』
で・・・? よ、よしてよ、二人でナニよう、やめてよ、ナニ? ナンデすがる様な眼でアタシ見るワケ? で、あ〜、頭フカブカ下げる? 下げるのッ? どうぞヨロシク?! いやよッ! 絶対いやよッ! ヨロシクされてもウンザリなのようッ!! アタシにアンタとこの馬鹿押し付けないでちょおだいッ
・・・め、メロウだわ・・・年末なのに・・・
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「 太神宮にも、算用なしに物つかふ人、うれしくは思しめさず 」 と、マァ、西鶴は言う訳です、神様も無駄使いは良くないて言うてはる・・と。 で、登場するのが鳩の目銭なんですけど、これは、言うなれば、ゲームセンターのコイン、伊勢参りだけに通用する御参り専用硬貨ですな、所謂「貨幣の側面」があって御札なんかの売買取引は行なえる、だけど世間で言う『通貨』ではないから、無駄使いにはならない。 けれども、通貨ではないそれは、賽銭投げて積み銭して都合良い事頼むあたりに使用するのも可能なんで、銭として「信仰の側面」になるわけです。
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『うはぁ〜〜〜!! やっぱ、パパママ来たんだぁ〜〜、ね、ね、ママ太ってた? ダイエット上手くいったのか気になってサァ、』
太ってたってか、マァ小太りよ、そんなモンなの? 知らないわよ、モト知らないんだし、で、何よ、アンタぁナニ浮かれテンのよ、アタシが今どんな気持ちか教えてあげましょうカァ? ねぇッ?! テロみたいな父母面接に毒気抜かれてすっかり出遅れフライングスタートして、畜生ッ!!! 25分オクレで到着してみれば、またしても、クゥウッッ!どっかのブスに一押しのハニィ掻っ攫われてマンマとコブス担当にナリヤガッタのようッ!
誰のセイよッ!! アンタでしょッ!!
『ど、ドロレス、ドロレスにはだって、ボクが居るし、ねぇ? あぁ、やっぱさぁ、ドロレスってばドレス似あうよねぇ、オヒメサマみたいだァ〜〜。』
アタシがドレス似あうのは当たり前なのよッ! 今更なコト言ってんじゃないわよ、ついでにドサクサでナニ言ってんだか、耳痒くなったわよ。 アンタなんて、数に入んないでショウよ、居ても役に立たないし、人に誇れるモンでもないし、この際言っとくけど、アンタ、どォしてココに居つくワケ? 去年の暮れからすっかり巣づくりしやがって、アタシが人がイイの良い事に、アンだってのようッ、アァア?!
『どうしてって、だぁッて、ボクたち、その、愛し合っちゃッてるからでぇ、クリスマスの夜に結ばれたボクらってばねぇ、、ナイスカップルだと思うんだァ〜〜〜てへッ!』
クリスマス・・・あぁ、忌々しい、アン時なんかマガサシタのがアタシの敗因って訳ね、そうだわね、してアタシは一時の過ちでゴッツイ御荷物拾い込んだ負け組? い、イヤようッッ!!
『いやゆうなぁ〜〜ッッ!!酷いよう、ドロレス酷いよう、ドロレスは、ホントは優しいのにいつも酷いコト言う・・・でもボクはドロレスが好きナンだし、ボクはまいんちシャ〜ワセなのに・・・』
て、泣くの? よしてよ、ちょっと、アタシ悪者?
『くすん・・・すん・・・ドロレス、ホントにボクと居んのヤナの? ねぇ、ボクが野菜残すのホントはムカツク? ドロレスのカツラ、こっそり洗ったげようとして、なんかアレ絡まっちゃって駄目にしたの、まだ怒ってる? やっぱボクがマッチョじゃないから駄目なの? うわぁあぁ〜〜ん!・・・・』
馬鹿! 馬鹿よアンタ、泣きやみなさいよッ! 子供じゃないんだから、ソリャ、アンタのコト気に入らないってのはマァ山ほどあるんだけど、でも、キライてか、ん? や、キライってかヤダとか、ん?
・・・ちょっと待ってよ、そ、そうよ、腹はたつんだけど、畜生、凄くヤじゃないのよ、嘘ッ、そ、そんな馬鹿な、だってこいつみたいなのはこう、通常人生でアタシん中の圏外だったハズではなくて?
『ヒック・・・ボクんコト、ヤじゃない? ねぇ、ドロレス・・・ボクら、きっと、幸せになれると思うんだよう、だってだって、こんなにボクは好きナンだもの、神様だって、仏様だってドロレスだって、大目に見てわかってくれるハズなんだようッ、ボクだってだって、もう、ドロレスでないとタタないもん、ドロレスのチュウでないとゾクゾクしないようッ・・・うわぁ〜〜ん・・・』
年末、歳の瀬、深夜の足音、アタシんちの台所には、鼻水垂らしてメソメソ泣く、座敷犬のような馬鹿がいる。 畜生、畜生、あのクリスマス、アタシはまんまとイレギュラーワールドに踏み込んでしまったのね、この馬鹿がソレもコレもアレもナニも、どうしてくれんのようッ!
通常ではない何かに引き摺られ、アタシはその馬鹿を抱き締め、ナンて事! キスしたりするんだわ。 エェ、この際白状すれば、ベソベソ馬鹿の服をひん剥いて、きゃァ言わせてヤリタイとか思ってる。 普通じゃないわよ、まともじゃないわ、コレがアタシ的なイレギュラー? ヒヨワで馬鹿で、役立たずで、アッチの方も並ってトコで、けども、けども・・・ どうしてよ、なんでコレ、成り立つワケ?
あぁ、悔しい、アタシ、この馬鹿を、この大馬鹿を、
―― ・・・愛してるわよ、クソったれ・・・
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「そのためしには、散銭さへ壱貫といふを、六百の鳩の目を へ置、宮めぐりにも、随分物のいらぬやうにあそばしける。」 ・・・とマァ、神様が無駄遣いせんように、鳩の目銭を用意して下さったから、それ買ってこん中御参りすれば全部コトは済みますよ、と 言ってる訳ですな。 そもそも何の貨幣価値・役割を持たない鳩の目銭、ソレが、伊勢参りッてな特殊な中、実に機能的にそして有り難く、価値・役割が成り立つんですよ、結局こじつけナンですがそれはソレ、上手く行くんです。・・・
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『初詣ぇ、あぁ、ボク500円投げてもイイや幸せだし〜、一緒に行こうねぇ、ドロレス!』
御機嫌な馬鹿とアタシは、クソ面白くもない年末番組を付けっぱなしに、重箱の蓋を開けて箸を迷わす。
『ホラ、見てみて、ドロレス、ママが奮発したよ!!』
馬鹿の握り箸の先に、グラグラ所在無くデカイ伊勢海老が揺れた。 素朴で如何にも手作りな三段の御節。 こんな目出度いもの、送ってきた馬鹿のペアレンツ達は、一体どう言うツモリなのか? いよいよアタシャこの馬鹿を、嫁だかダンナだかに貰うとかそう云う「任せた宣言」なのか? そうなのッ!? チョッと、この晦日に、アンタ勝負に出たとかそう言うのなのッ?!
『お似合いだってネッ、パパもママも、言ってたよ〜! だよねぇ〜愛、あるモンねぇ! 』
あ、愛・・・エェ、悔しいけどどうやらアルように思うけど、それは多分ココだけの話で・・・
『ずっと、ずっとボクら一緒だよねぇッ!!』
ずっとこの馬鹿と・・・
そしたらばきっとアタシは、合理的かつ円滑に幸せで愛が一杯なんだと覚悟を猛烈迫られてるのネッ?! 釣られたのはアタシなんだろかと、ヤナ感じに複雑だけど、アタシは馬鹿が あぁ〜ん と緩い微笑で差し出す伊勢海老の欠片を、ヤケでもそもそと咀嚼した。
満足げな馬鹿の顔。
納得したワケじゃナイんですからネッ!!
し、しちゃイナイわよッ!!
December 26, 2002
* 土居 春 様 >ドロレスちゃんと、おバカ坊やの二人組をもう一度!
もう一度、で、アハハ、夫婦の花道ですか? チガウか、やっぱ馬鹿はラリってないと今一賢くなって
アレですな ・・・ 賢く、なってませんか少し?
文中引用 世間胸算用(巻一の三、)「伊勢海老は春の紅葉」井原西鶴 著
* 伊勢参りに見られる貨幣価値云々の下り、以前ネットで目にした文章を参考に
させて頂いたのですが、サイト名著者ともに詳細がわかりません。 文学方面
ではなく、経済分野での論文(?)の一部のようでした。
ピンと来た方、御一報ください。
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