    
              
       
                             ホモ商店街 
               
                  
       
       
       
      侘しさに、負けた? いいえ、世間に負けたんです。 
       
      そんな哀しいホモが集う、最果ての町、吹き溜まりの町。 
       
      そう、ココはホモ商店街。 
       
       
       
       
      創業67年(やや半端)加藤木酒店 とある冬、女・女・また女・してようやくの一人息子が生まれ、爺も婆も母も父も、物珍しい珍獣の如く、猿のようなその赤子をちやりほやり甘やかし三昧、月日過ぎれば見ろよ、立派なボンクラ三代目が出来上がる。 ボンクラの名をノブヒロという。  
       
      お受験なんて可哀想ッ! と、なまじエスカレーターで進学・進学・波に揉まれず周りも馬鹿だし、学力皆無の一応大卒。 学歴あっても実りなし、遊び呆けたツケは大きく、のらくら楽してコネ入社したが、不景気の波に素早く飲まれて、流行に乗っかり二年でリストラ。 所詮コネなど蜘蛛の糸。 馬鹿を支えるザイルにあらず。  
       
      加藤木ノブヒロ26歳、都会暮らしに失格・脱落、稼ぎの糸目が縁の切れ目と音大ピアノ科箱入娘のアミカに振られて、已む無く実家に舞い戻ったのは年末近づく師走の白日、三隣亡の月曜だった。 在学中から疎遠もイイとこ、久しく帰らず放置の我が家は、相も変らず古式ユカシク半端に老舗のつまり襤褸。 肉屋、魚屋、八百屋に、中華、蕎麦屋に、寿司屋に、畳屋の並ぶ、シモネヤ銀座は、些か侘しい。  
       
      いきなり戻ったボンクラ息子に 『家継がせてよ!』 と、頼まれちゃったさ、いや、そりゃ確かにテメェの子だし、馬鹿でも屑でも可愛い息子、しかしアレだな、二代続いた暖簾をヤンのは、かなりヤダなと一同悩む。 パパは養子で口は挟まずママは自分が可愛くて、婆は都合良くツンボの振りして、貧乏くじの爺が言う。 
       
       
      『はっきり言って、問題がある。 お前、労働苦手だろ?』 
       
      『アンダよじいじ〜、都会の絵の具で「苦労」と塗られた俺の根性見てくれよう! やぁ、俺ねぇ、実言えば経営に携わりたい気持ちがもう沸々泡の如く湧き上がってて、ゆくゆくはシモネヤビルゲイツと人が羨む一大フランチャイズを展開してだねぇ、社員旅行にハワイ行くような大企業を興したいんだなぁ〜、したら、したら、なぁ、パパッ! 美人秘書って雇えるよねぇッ!』 
       
      無理だと思ったが、馬鹿は走り出すと止まらない。 実は爺、ホントは真っ先に言わなきゃなんない、最大の問題を口篭もっている。 それ故に、遊び呆けるノブヒロは、何故かこれまで、さほど帰省を要求されず、寧ろずっと向こうで遊んで居れ、な 対応だったが、それにはフカ〜イ訳がある。 見ちゃいられない婆が、爺の襟首掴んで己が迫り出し、心して聞けと孫を見据えた。 
       
      『聞きな、ノブちゃん、アタシはノブちゃんが怠け者だなんて思ってないし、無駄な学歴に幾ら使ったよ このボンクラッ、とも思ってないし、言ってみりゃマァ、勤労に向かない高貴な血なんだろうくらいに思ってるんだけども。 あぁ、ここ数年、この町が偉い事になったのをいよいよ言っとかなきゃナンナイんだね、あぁ、どうにもエライコトだぁよ、ほれ、アンタぁ、畳屋のタツボン知ってんだろ?』 
       
       
      イキナリの懐かしき竹馬の友の名に、ノブヒロ、泣き虫でデカクて要領の悪かったパシリの姿を想い出す。 我儘坊ちゃんノブヒロに命じられ、数々の試練と向き合ったイガグリ頭の我友よ・・・ 
       
      『タァツボォ〜ン!! アイツさぁ、出目屋で菓子麩パチって出目婆に〆られてさぁ〜、デケェ癖にオイオイ泣くんだよなぁッ、で・・・タツボンが何? バァバ。』 
       
      『・・・所帯を持ったんだよ・・・』 
      『をぉっ!! やるな・・タツボン・・で、美人? ねぇねぇ、奥さん若い?』 
       
      『美人って言えばマァ、そうかね・・・若いってか年上だよ、二個上だって言ってたね・・高校の、先輩らしいね・・・』 
       
       
      美人、かつ年上の先輩と聞き、嫉妬で身を捩りそうなノブヒロだったが、はたと気づく、 
       
      『タツボン、高校、男子校? だよだよぉ〜、割とヤンキー濃度高めで、タツボン速攻カモられてたっけなぁ〜見ちゃイレねぇッて、ドツキ返し方だの逆切れの仕方だの、藪千のアキラさんが年中タツボンのセコンドやってたけどよぉ・・・』 
       
      『・・・その、アキラちゃんがタツボンの嫁だ・・・。』 
      『はぁ?・・・』 
       
       
      藪蕎麦「千雀」、次男アキラはグラビアヤンキーと付近の女子高生らに生写真売られる美形では在ったが、しかし男だ、しかもヤンキー、して、今は嫁・・・パシリのダンナとイケイケの妻(金髪)を脳裏に浮べ、居心地悪くなるノブヒロであった。 モソモソする間抜け面の孫に、ヤナ予感の大群と追い討ちをかける婆。 
       
      『・・・うまく、いってるらしいがね、藪千のダンナ、寝込んじまったよ・・・。 そんでねぇ、ノブちゃん、亀寿司のヒロさん居たろ? ヤモメのヒロさん、 』 
       
       
      おっちょこちょいで、ちょっと顎がしゃくれて、憎めない男だが、子供二人残して女房に逃げられる、どこかツメが甘い気の良い板前。 あぁ、初めてこっそり酒飲ませて貰ったのは、ヒロさんトコだったなぁと、有り合わせのノスタルジィを引っ張り出すノブヒロ。 
       
      『店の客とデキちゃってね・・・・』 
       
      『カァッ! ヒロさんもヤルねぇ! じゃよう、ポンちゃんなんかも新しいカァちゃんが出来たんか! オメデテェじゃん。』 
       
       
      犬っコロみたいに何でも真似して、くっ付いて来たポンちゃんスンちゃん二人の兄弟を想い出すノブヒロ。 二人とも、もう高校生か? 歳月人を待たずとは言ったものだよ・・・。 
       
      『・・・子供らとも上手くいってるし、今時ちょっと見ない、気立ての良い人なんだけどさ、けどもさ、そのひたぁ、男なんだよ・・・化学の先生だってさ・・・。』 
       
      『・・・ジーザス・・・』 
       
       
      婆の話ではココ3〜4年の事らしいが、次々とこの商店街はホモカップルに占拠され、蕎麦屋&畳屋夫婦、寿司屋の共稼ぎ夫婦を筆頭に、魚雅の三男がイキナリ大学の同級生を恋人だと連れて来たり、中華「福福」の長男がバイトの高校生(男子)と駆け落ちして、戻って来たその条件が二人で店を継がしてくれだったり、もう、大変になっているこの町内。  
       
      呪われている・・・とノブヒロは思った。 けど、奴らカップルなら、俺、関係ないじゃん、俺、男は守備外だしよ・・・と、やっぱココで楽して生きようと思うノブヒロに、現実検討は無い。 いつだって恐ろしいのは、食う寝る処と金が無い事、ついでに人に使われる事。 
       
      『兎に角、ココはそんなだからね、気ぃしっかり持ってないと感化されちまうんだよッ! ましてやノブちゃん、アンタぁ、昔っから流行りモンに目が無いからさぁ・・・ジョ、常識も無いんだがね・・・』 
       
       
      一同大きく肯き、渦中の不肖の一人息子は、皆の心配はヨソに、だったら八百カネのリツコさん、まだ一人だったら超狙い目!! 向かう所敵無しじゃん と、ワクワクしているのであった。 八百カネのリツコ、それは三つ年上の美しい人。 山猫みたいにワイルドで、色っぽくって、ノブヒロの初恋、トラウマ的に好みのツボ激突なリツコを思うと、百人のホモに囲まれても俺は彼女で抜けると思うのであった。  
       
      話しを聞かないノブヒロは、この町で生きて行く決意を新たにした。 一人息子(孫)を溺愛しているが、信用はしちゃイナイ家人らは、ナニ仕出かすかも知れぬノブヒロにずっしりと不安を覚えつつ、マァ、しかし、今ン所商店街の奴らは皆カップルだし・・・と、温い胸算用を弾いた。 見切り発車が後々何を生むか、まだ、一同何にも知らない。 
       
       
       
      かくして、味噌汁の匂いに目を醒まし、起き抜けに覗く窓の外、向いの寿司屋のヒロさんが、細身眼鏡の男妻に行ってらっしゃいのチュウをする。 驚ろかねぇよ驚くモンか、てかもう慣れちまったし、流石だココはホモ商店街。 無頓着に順応性が高いノブヒロは、今となっては見慣れた景色に、大した感慨も無い。 サテよと、本日の日課を思い、ずり下がったスウェットのゴムを引っ張り上げ、とりあえずチンコの按配を確める長閑な朝であった。  
       
      跡取見習の生活はチョロかった。 チョロかったが、一つ、難関がある。 
       
      『じゃ、ノブちゃん、フロリダミートにワンケース、頼むからネッ!』 
       
       
      跡取たるノブヒロの唯一かも知れない日々の仕事というのが、この、二件隣の肉屋への配達であった。 肉屋夫婦は毎日バドワイザーワンケースを飲み干すらしい。 そのワンケースを日々配達するのが、ノブヒロのミッションだが、本来必要としない厄介事が、そこには内包されていた。 
       
      『ママ、俺、あそこ配達行くのヤダよ・・・』 
       
      『ヤダったってノォブちゃん、しょうがないでしょ〜、あんた、ココ継いだらもう、そう云うんだから、ヤでもクソでも、日曜祭日客優先で、ココであの人達と付き合ってかなきゃなんないんだし、ママだってパパだって、今までずぅ〜っとコレやってたんだから〜』 
       
      『・・・けどよう・・・』 
       
      『早いトコ行っときちまいなようッ! 昼過ぎると奴らのコロッケ番だので面倒だろッ?!』 
       
       
      渋る重い腰を、婆に急かされヨッコイショと上げるのだが、どうにもノブヒロ気乗りがしない。 二件隣のフロリダミート、普段は陽気な外人夫婦キャシ〜&ジョン(フロリダ出身)が経営する、ファンキ〜な肉屋。 しかし忘るるなかれ、ここはホモ商店街、二人は超兄貴とハイパー兄貴な血の気の多い外人ホモ夫婦。 そして、日本をコヨナク愛する二人の日課、『歌留多とり』に付き合わされるのがこの配達最大の難関なのであった。  
       
       
       
      『ちわぁ・・加藤木酒店っスけどォ・・・』 
      『よォックキタネェッッ!! 待てたヨォウッッ! ノォヴゥゥ〜〜!!!』 
       
      スタンハンセン似のジョンが激しい歓迎を示し、Tシャツに半ケツホットパンツのキャシ〜(元ハイスクールアメフトレギュラー)が木の葉のように翻弄されるノブヒロをガッチリ分厚いマッスルでロックした。 ロックするだけじゃぁない、隙あらばとキャシ〜の肉感的な唇が、ノブヒロの頬に吸い付いた。  
       
      『ワァオゥ! ノヴウ〜、ベイビィみたいよ、キッスミィベェイベェ〜!』 
      『よ、止してッ、アうッ、目玉吸わないでェッ、こえぇよう!』 
      『WAHAHAHA・・・・・!!』 
       
       
      して、ベタベタのノブヒロはいつもの如く、壮絶イロハ歌留多に突入を余儀なくされるのだった。 読み手はノブヒロ、死闘するマッチョ外人二人。 
       
      『犬も歩けば〜棒にアタルゥ〜〜』 
      『カモォ〜ン! ドォッグ?! いぃぬぅ〜〜』 
      『クラッシュ!クラッシュ! フレッシュ*フルゥ〜ト!! WAHAHAHAHA!!』 
      『WAHAHAHA!! ミィントゥ〜『チンコ!!』 WAHAHAHA!!』 
       
       
      ヤッテらんねぇよと泣きたいノブヒロ。 二人のシモネタは日々エスカレートを辿り、時に過激スキンシップに雪崩れ込む。  
       
      『良薬口に苦し』 
      → 俺のは甘いぜ!ケツにキスしろ!されるのがイイか?   
      -- イエ、ボク遠慮します・・・  
       
      『ヘタな鉄砲数撃ち当たる』 
      → ヤッテやってヤリ捲くれ!クレイジィファック!ドゥ〜ユゥ〜ノォゥ?!   
      -- や、知ってるかって俺はイエ、意外にオトナシイ男で・・・ 
       
       
      などなど、付き合わされるのは結構しんどい。 ヴィジュアル的にも、マッチョ二人の絡みは濃厚かつ暑苦しかった。これが午後になると、総菜用のコロッケ揚げつつ下半身系アメリカンジョークで寒いんだか、熱いんだかいずれにせよブルゥな午後を約束されるこの日課。 時に貞操の危機を感じ、今日もようやく解放され、なんとなく二キロは痩せた気のする昼時。  
       
      遠い目で、通りに立てば、そうだ、唯一の楽園、八百カネに行こう! そして炸裂系の萌えを、流しっぱなしの蛇口の如く、憔悴セリこの身に浴びるのだ。 ふらりゆらりと歩を進め、ノブヒロは魅惑の殿堂八百カネへと向かった。  
       
      遠目にも眩しいヒップハングのくびれたウェスト、バンと迫力のヒップ。 羽織ったロングパーカーの下、屈み込む胸元は煩悩の渓谷が我を誘う桃源郷へと。 百八つは有に越えるトラウマ煩悩リツコは今日も、些か光りすぎる赤い唇で、スケベな泣きボクロの猫科アイズを、ウッフンな感じで瞬かせるのであった。 
       
       
      『来たわねぇ〜 ノブりぃん!!!』 
       
      『来ちゃいましたぁ〜、てへッ!』 
       
       
      顎の下擽られて、何でもしますッ犬と呼んでぇ! な ノブヒロは今日も、用途不明なアボカド、八つガシラ、ミブナ、パプリカ(黄色)など、ようは処分したい、そんな品を勧められるままにお買い物。 いつもありがと! などと微笑まれれば、天にも木にも避雷針にも昇る有頂天ぶり。 あぁ、この不毛な町に唯一の光を放つキミはセクシィ煩悩エンジェル・・・てか天使に煩悩あっちゃ不味いんでは? とかマァ気にせずに、ノブヒロ本日勝負に出た。 
       
      『こ、今度ですねぇ、リツコさん、あのあのあの、お、お食事でも如何ッスかッ?』 
       
       
      手に汗握る吃音の勝負、言ったぜ! 俺は言ってやったぜッ! キミの為に俺はママに小遣い貰って昨日ハナマルでやってた「こだわりシェフの隠れ家ビストロ」ってのを予約して、キミと二人『う〜ン、木苺のソースと鹿肉の妙・・鹿はディアァ〜、してキミはディア〜 愛しているよ、ハニィ・・今宵ボクらはディアハンタァ〜・・・』  肉屋のホモにすっかり変な駄洒落を感化されてる事にも気付かず、脳内ドリ〜ム進行方向に停車駅無し、暴走あるのみ。  
       
      鼻穴膨らますノブヒロの目前、どうしよっかなぁと流し目のリツコ、が、急に満面の笑みを浮べ、ヒロノブをスル〜して手をを大きく振る。 
       
      『ヨウちゃぁ〜んッ、遅かったじゃないのようッ!!』 
       
       
      ギュウムとリツコに抱き竦められたのは、飴玉みたいなお眼目と尖った顎が小動物を思わせる、ウサギ系美少女。 ご、合格ッ!! パパにもお小遣い貰って、美女とカワイコちゃんの両手に花、ラヴ*ディナ〜ってのもイイよなぁ・・・と、遠くに逝きそうなノブヒロをこっちに戻したのは、リツコの悩ましいアルトヴォイスであった。  
       
      『紹介するわ・・・宮本フヨウ・・ふふふ、可愛いでしょ、今度ココで一緒に住むの、アタシのハニィよ。 よ・ろ・し・く。』 
       
      『ハニィ・・・ウッソォ〜〜!!』 
       
       
      そうして、唯一の楽園は、この地より呆気なく惨い事実を残し姿を消した。 や、ヴィジュアル的には、合格だが・・・と、いちゃつく美女とカワイコちゃんに魂奪われかかるノブヒロのココロは、やっぱ、とっても複雑だ。 俺、こんなら町に戻ってなんか俺、再就職しよっかなぁ・・・とかとか、微妙に、思ったりもする、木枯らしの街角シモネヤ銀座三丁目。  
       
       
      そんな脱力のノブヒロを、そっと電柱の影からアツク見守る二つの影があった事を、ココに記しておこう。 
       
      して、ソレが在りし日、仔犬のようだったブラザーポン&スン、今となってはイキリタツ事土佐犬の如く、喰い付きの良さはスッポンの如しな、素敵兄貴(スジ系)に成り果てて、この地に舞い戻った積年の想い人を虎視眈々と狙う陰謀兄弟である事も、激励を込めて追記したい。 
       
       
       
       
      寂しい心が、触れあいを求め、いつしか集う、この街角に。 
      さぁ、胸を張り生きて行こうよ、踏み外したのはアンタ一人じゃない。 
      マイノリティが闊歩する町、おぉ、シモネヤ銀座、 
      恥じゃぁナイんだ、通称ホモ商店街。 
       
      (町内応援歌 一番より抜粋) 
       
       
       
      フットワークの軽さが決め手! お出かけの際はコンド―ムを忘れずに。 
       
      (町内二箇所に設置のスローガン) 
       
       
       
       
       
      December 25, 2002 
           
           
       
            * ナガサキ 様     『ホモ商店街』 オプションでマシンガントーク・アンハッピーエンド系 
                        
       
             
           
       
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