天井桟敷の知らない人々
   
        



『お、オマエはマンコとチンコとどっちが好きナンダァッッ!!』



マルホシの、もの凄い剛速球かつストレートな問い掛けに、俺は骨細長身のデリな身を干潟のシジミのように竦めた。 青筋の浮くマルホシの気迫に気押され、チワワの如く震えるミズサワ君。 無言の圧力、仏具金蓮堂のアサシン婆ァが、ギラリと鋭い目で俺を射る。 ど、どっちったって、ソラ、使い勝手も使用感も、ドッチっつうか異なるモンだし・・

『あはは! アンタ、往生際の悪いオトコねぇ! アタシにはホォラ、タワワナおっぱいも有るんだからぁ〜 シケタ茸一本で勝負するアンタって、実は、悲しい負け犬なんじゃないのぉ?!』


ダイニングの赤いスツールに腰掛けたサキコは、グイと胸を突き出し自慢の美脚を高く組み直す。 短いにもほどがあるスカートの奥、ちらリズムな蜜柑色の総レースに、図らずも股間は動揺した。 して、やはり動揺し捲くったらしいミズサワ君が、眼鏡をズリ上げ感嘆しきり。

『サキコさん!! ぼ、僕は貴女に大賛成ッ!!』
『ケッ! 生言うんじゃないようッ、ノビタッ! 
すっかり、デカイ乳にヤラレちまッたかい? 碌すっぽオンナ知らない餓鬼はコンだから話になんないようッ!ぺッ!』


すかさず婆ァが、ミズサワ君の痛い所に突っ込み、白目がちの瞳でじろりと値踏みした。 婆ァの背後で勝ち誇るマルホシ。 怖気づくミズサワ君にニタリと笑い、婆ァはエプロンのポケットから取り出した使用済みらしいティッシュを再利用して、ねばつく黄色い痰を勢い良く吐き出した。 

痰入りティッシュは再び丸められ、次の出番までポケットに格納される。 衝撃映像に、暫しの休戦を余儀なくされる俺達は便所に行ったり冷めた珈琲を飲んだり、いきなり冷蔵庫の辛子蓮根を齧ってイキリタッたりした。 俺、一体どうなっちゃうんだろう・・・。



自業自得と人は言う・・・。 素敵に長閑な土曜の昼下がり、平和で、高齢化がすすむ紅葉台二丁目で、オレは、内戦に揺れるアルジェリアもカクヤな、絶体絶命危機一発の修羅場を、この身で嫌ッてほど体現している。 どうしてこんな・・・さっきまで、そう、ほんの数時間前まで俺は、平和でオタッキィ〜なミズサワ君と和やかに、土曜の午後をガンプラ作りに費やしていた。 


こないだ、お袋が米送って来たそん時、天袋で見つけたよ と、大事にし過ぎて忘れ果ててた、10数年前のなつかしガンプラ3つ、一緒に送ってくれたのだ。 そこで、ガンプラ職人のミズサワ君に腕を振るって貰い、イニシエの感動よ再び! 二人だけのサタデイプロジェクトを、急遽決行。 

『マチルダさんで、俺、抜いたコト有るんだよね・・・』
『あ・・・わかります、エェ、彼女はイケます、エェ、今でも僕はイケルです。』


ミズサワ君はおとなしく優しいから、僕らは日向の羊みたいにのんびり楽しい午後を過ごして居たのだ。 しかし、最初のテロは宅配業者を装い、陽気なチャイムを二度鳴らす。

―― マキさぁ〜ん、お届けものっスけどォ〜〜マルホシ様からですぅ〜〜

ちょっと裏声のカマっぽい業者がインターホンで知らせ、カチャリ、チェーンを外す俺。 マルホシ・・・かなりヤナ予感がした。 

マルホシは、俺の元カレだ。 や、彼氏と呼ぶにはあんまりに即物的な付き合いだったのだけど、俺は、マルホシとイタシタ事が一度ある。 そして、最近まで同棲していて、そのマンションを俺が、夜逃げ同然の脱走をして調度一ヶ月。 隣町に引っ越し、ココを潜伏先と決め、隣室の良き友人ミズサワ君とも交友を深める至極平穏なこの矢先、一体どうつきとめたか? マルホシ・・・。 そして、はいよ〜とドアを開ければそこに、

『ま、マルホシッ!!』
『ふふふ、引っかかったな、マキッ。 恋する男は、巳年の蠍座、もぉ、離さねぇ! 受けとれッ! 俺ッ!』

炎のオトコ、マルホシに、グワシと掻き抱かれ、息絶え絶えピンチの俺に
『最近、ガルマみたいなヘアスタイルのOLって、わりと見るよねぇ〜』
などと暢気なミズサワ君が、おっとりした笑みを浮かべ 『お友達?』 と、会釈する。 途端に般若のマルホシ。 Vシネマのアイカワショウも吃驚な、極道テイストで、ナイ〜ヴなミズサワ君の貧弱ボディをワシワシ揺する。

『くらぁっ、ノォビタッ!! てめぇ、どんなテクでマキを落としやがったんだようぉぅッ!! コイツはなぁ、見た目の薄倖耽美ヅラで誤魔化してるが、俺の種馬スピリッツをもって渾身一撃した、アツゥイ一夜を過した翌日、速攻タウンページで、肛門科を捜すデリカシィの無い男だぜッ!!』


あぁ、マルホシ・・でもソレは重要な事だった、あんなん突っ込まれた俺は、朝一のウンコの問題で禿げるほど悩んださ・・・それに種馬のオマエは楽しかろうが、内臓に種着けられる俺は全く不幸の一夜だったぜ。 まっちょマルホシにぶる下げられ、キーホルダーの鼠みたいに揺すられるミズサワ君は、蒼褪めた唇震わせ、なんか必死で反撃を試みる。

『ぼ、僕はそんなじゃないですッ! 失敬なッ!! 
マキ君と僕は清らかな二人ですッ!そ、ソレに見てわかりませんかっ? どう見たって、僕、ホモなら受けじゃありませんかッ!! それともなんですか? 僕がマキ君をシャワー室で駅弁するように見えますかッ?・・おら、イッちまえよ・・とか、咥えタバコの余裕でガツンとイカすナイスガイに見えるんですかッッ!! あんまりだ! あなた失礼だょッッ!!』


気圧されたマルホシが、テンパったミズサワ君を玄関先に放った。

『・・ま、そうだろうけどよう・・・』


そうだろうけど、ミズサワ君、なんかキミ、オカシナ本読み過ぎだ・・・
確かネェサン、同人遣ってるらしいが、俺はマルホシとそんなハードプレイ遣ったこたねぇよ・・。 取り敢えず、虚を突かれたマルホシを部屋に上げ、男三人の告白タイム(主に俺だけ)が始まった。 



でかいカラダを折り曲げ、実は高価なカウチに埋まるマルホシは、恨みがましく俺を見る。 ミズサワ君は、煎れ直したコーヒーで一息吐き『ついでに、シャアのフィギュアも並べるとイイよねぇ』と、素早く自分の世界に逆走中。 そんなノホホンを渋い表情で眺め、マルホシが唸る。

『でよ、コイツとは何でもナイんだよな・・』


そうだよ、マルホシ、しつけぇよ。

『僕、リアルホモに会ったのって初めてだなぁ!! ネェサンに言ったら、スッゴイよ!』


ネェサンに、別に、言わなくってイイよ、それに俺、ホンモノってワケじゃないし。

発端は8年前、私立N大付属、花も実もない学力まぁまぁそんな男子校の合格発表、張り出された掲示板の下、サクラ散るメロウなマルホシは、サクラ咲く微笑み満開な俺に魂を抜かれ恋に落ちた。 『オレは、オマエの為に腎臓を売ってもイイッ!!』悲喜交々の喧騒の中、意味不明な告白を叫んだマルホシにとって、その日はホモ、カミングアウトのメモリアルデイともなる。 

そして俺は、ホモのマドンナとしてヤナ注目を浴び、無理矢理押し付けられた名前・アドレス・生年月日・血液型を列記したマルホシメモを投げ捨て、走り去ったわけだが、安心したのも束の間、強運マルホシはマンマと補欠入学を果し、向かう所敵無し、熱烈に付き纏う三年が始まる。 高校生男子レスリング全国杯、「マキ、命」の縫い取り付きグレコローマンウェアを着用して優勝旗を飾った、そんな馬鹿との月日は半端でなく鬱陶しかった。 

付属の悲劇、鬱陶しいマルホシと俺はそのまんま大学生活にも突入し、折角の共学、華やかな女子のあんなやこんなに目を細める春なのに、マッチョのホモに付き纏われる俺は、注目浴び過ぎて、浮いた噂もたつ暇無し。 日増しに鼻息荒くオカシナ妄想に浸るマルホシとの攻防は激しさを極め、俺の貞操の危機は数知れず、しかし、その都度危機一髪交して逃げ切り勝ちかと目論む、詰めの甘さが仇為す大学四年目の春。 


『もう、もうこれ以上は一緒に居られないんだ、これで忘れるから、オレの青春全部諦めるから、お願いだから』

と、卒後イキナリ福岡行きで就職内定したマルホシの、男大泣き懇願にホダサレ、いい加減7年のアプローチに疲弊した俺は酔った勢いもあり、マルホシプレゼンツ、港横浜インターコンチ海側で、コッ恥かしくもホモ*セックスをイタシテしまう。 あぁ、アレは酷い目に遭った。

その日の為にナニを特訓してたんだか、所詮童貞のマルホシ改心のアレコレは、痛かったり擽ったかったり気持ち悪かったり腹が痛かったりして。 実際問題ケツから血が滲むッちゅう危機に遭遇した俺にとって、その元凶に微笑まれ「良かったよ・・綺麗だ、マキ・・・」などと間抜け面で朝っぱら囁かれるのは、大きなお世話かつ腹立たしかった。



『じゃ、想い出作って良かったんですよねぇ? マルホシさんは・・』

ミズサワ君が眼鏡をズリ上げ、良かったねぇとマルホシに微笑む。 よかねぇんだよ、そこで終わらねぇんだよ。

『こいつ、福岡行かなかったんだよ・・・』
『え?・・・』


『そう、聞けよミズサワ君、コイツはなぁ、社長だの、専務だのってお偉の前で泣き落して、福岡行きチャラにしやがったのよ、どうよ? したら、俺の、あの夜の不幸はナンダッタのかと聞きたいね!』
『だ、誰だって言うだろう?! 愛する人とようやく一つになれたってのに、離れ離れになんて、オチオチなってられるか? 畜生! だからよう ― オレは福岡には行けねぇ、愛する人を泣かせたくねぇ ― ッてよ、もぉ土下座したした、オイオイ泣いたし、したらすっげぇ美談になってアハハハ!!』


アハハじゃねぇよ。

『そういうの、ネェサンの本にあったなぁ・・・』
『オマエのネェサン、作家?』


『ん〜〜、インディーズの作家・・で、その本だと、』
『おう、どうよ、どうよ、』


『何もかも失った主人公(攻め)と愛に生きる覚悟の恋人(受け)が北の大地へ駆け落ちして、摩周湖の辺で最後の愛を確めあって湖に死す・・・』
『アオカンしたあと死ねるかいッ!! かぁあぁ〜〜ッッ!!』


短気なマルホシがミズサワ君を、また締め上げた。 確かにマルホシならそんな場合、まず死なない。 死ぬどころか二度目はホテルでゆっくりとなどと言い出すに決ってる。 現に、土下座で窮地を脱した奴は、俺のマンションへ、ある日、突然、押しかけた。 

出社4ッ日目の緊張抜けない夜、帰宅した俺を待ってたのは、家財道具込みでチャッカリ住み込み完了な、福岡に居る筈のマルホシ、エプロン姿で指し示す豪華手料理だった。 ナニが、セキュリティだ、引越トラックを横付けし、身内だと言い張るマルホシに鍵を渡した管理人を、俺は今も恨んでいる。 

押しかけ女房マルホシは、アレから特訓しただの、コツを掴んだだの、騙されたと思ってだのの頭の悪い提案を次々して、ちゃっかり夫としてセックスを強要。 けど、頑として応じぬ俺と、擦った揉んだで約半年。 流され流され、奴の手と口に昇天させられた事もまぁアルんだが、しかしソレとアレ突っ込むのとは別。 

いよいよ辛抱溜まらんマルホシに危機感を覚え、二度目の轍は踏むまいと俺は自分のマンションなのに夜逃げをする。 して、やっとこさで落ち着いた質素な、でも快適なアパート住まいに今、悪魔のようなマルホシ。


『あのよ、マルホシ・・・俺ね、もう今、付き合ってる女居るんだな・・・』
『お、女か? ははぁん、マキィ〜だったら一言言えよう、オマエが実は突っ込みたいタチなんだったら、オレ、別に受けてタッテもイインだぜぇ〜!』


度重なる虐待で、命が縮みかかったミズサワ君が低く呟く。

『・・・ヴィジュアル的にどうだろう・・・』


ミズサワ君、それは、あんまり問題じゃない・・・。 そして俺は、已む無く携帯を取り出した。 呼び出すのは女王サキコ様。 実は最近、飲み屋で知り合ったのだが、職業女王、守備範囲は痩せ型のM 娘。 ズ〜レ〜のネェサンだが、よろめきホモである俺の、力強いアドバイザーであり、今回の夜逃げにも一枚噛んでたりする力強い方。 

ココは一つ力を借りるしかない。 念のため、こっそり先にメールした 『危機です、話し、合わせて』。 無防備な俺は、正に、迷い捲くる羊であった。 こうして呼びつけたサキコは、頼もしいんだが、実は地雷でもあった事に、俺はまだナンモ気が付かなかったのだ。 



西日が傾く冬の3時過ぎ、運命の女は、シルバーフォックスを纏って登場した。 

どっかの奴隷一号に買わせたんだろうゴッツイ毛皮の下、およそ布面積の少ない、ペラペラに透けるサイケなミニワンピース。 激しく切れ込んだ胸元では、ドッチボールみたいな胸がこれ見よがしノーブラで揺れた。 ミズサワ君の白い頬が、初恋を知った少女の如く赤らんで、眼鏡の奥、つぶらな瞳が潤む。 童貞には、劇薬系のサキコ。 グロスの利いた唇を釣り上げにんまり笑って放つ。


『アタシの坊やに手ぇ出そうっていう、未練ガマシイ振られホモはどこのドイツなのかしらァ?』
『か、彼です!!』

最早シモベのミズサワ君、小学生のようにマルホシを指差した。 ブーツを脱ぎ、屈み込むゴージャスな谷間に、マルホシですら言葉を失い、ワンピースの淡いグリーンプリントからチラリ覗く禁断のガーター&パンティ(蜜柑色)にミズサワ君、きっと臍下直撃されたろう。 サキコは優雅にダイニングのスツールにかけ、カタチの良い足を組む。 なんか見えたかミズサワ君が、こそこそトイレに向かった。 はたと我に返り、意を決したマルホシがサキコに挑む。


『お、オマエ、コイツといつから付き合ってるんだよ・・』
『いつからってぇ、知り合ったのが? それともヤッタのが?』
『ヤやややや、ヤッタのかぁッ!! マキッ! もう、ヤッタのかッ!』

ヤッちゃいねぇけど、刺しとこう。


『二ヶ月くらい前に知り合ってね、そんで、うん、そう云う関係だよ、なぁ、マルホシ、だからもう、切れてくれ、もともとその約束だったろ?』
『そうよぉ、アタシ達、すっごくアッチの相性イインだからァ!!』

『ヲォ〜〜ゥッ!! お、オレとだってなぁ、後一回か二回腰入れてヤリャぁ、そんなクソ女にヒケ取る筈ねぇんだようッ! なッ、だからマキッ!騙されたと思ってオレにチャンスをくれッ!!』

『ヤだよ・・』


ざざぁ〜ッと水流して、ややウルウルのミズサワ君がトイレから出てくる。 して、通りすがりサキコに尻撫でられてもう、腰砕け。 裏返った声で声援を飛ばす。


『マキ君ッ、キミ、サキコさんみたいな素敵な人と愛を育めて、ホンット、幸せだよッ!!』
『眼鏡ちゃんも、そう思うわよねぇエ〜、んふっ!!』
『ま、待てェッ!』
『待たねぇし、もう、決まりだよ、なぁ? マルホシ、サヨナラな、俺ね、きっと幸せになるから!』

『待てッたら待てェッッ!! 物事、少数意見を蔑ろにしてヒデェ目に遭うってのを、テメェらは知らないねぇんだよう! よし、イイか? オレ、速攻、味方連れてくっから、待ってろよッ、そんでもって、オレのイイトコロ、お薦めポイントガツンと聞かせるから、心して待てよッ!!』


武者震いのマルホシ、ミズサワ君のコーヒーを一気して、おもむろダウン羽織るとダッシュで外に出て行った。 味方っても奴はココラ知り合い居ねぇし、しかし馬鹿の考える事は常識ナイから迂闊に安心は出来ない。 ヤナ予感がしないでもなかった。 

静かになった室内、ミズサワ君はすっかり女王サキコに魂抜かれ、ホッペがスベスベねぇなどと突付かれ、鼻血吹きそうになっている。 どうやらサキコ、ポメラニアンレベルでミズサワ君ゲットした様子。 

ミズサワ君も、きっとサキコんちの犬になる気満々だろう。 骨抜きで、問われる侭ベストオナニィシチュを語る長閑さ。 そう云えばサキコはM 娘が好きと言ってたが、だからといって、男がキライだとは言ってなかった。 あぁ、こう云うのもアリかなぁとか他人事にしみじみした矢先、騒々しくドアを開け放ち、玄関先の傘立てに躓き、鬱陶しい馬鹿が戻って来たのだった・・・しかも、一人増えている。 ひっ・・・・アサシン婆ァ・・・。


『待たせたな!わからずやどもっ! ふふふ、オレはココに戻って来たぜ! オマエらに真の男前、俺の良さを思い知らすために、強力なサポーターをゲットしてなッ!マダム!言ってやってくれッ!』

『おら、聞きなッ、この兄さんの良さがわからんバカタレは、アタシがきっちり言ってヤンなきゃね! フン、眼鏡ッ、アンタかい? 一回ぽっきりでケツに音ェあげたってのは? アァ? それとも、そっちのうらなりかい?』
『オレのラヴァ〜に、ウラナリ言うなぁッ!!』


息の合わない助っ人だが、しかし何故、アサシン婆ァ・・・。 


それは、仏具金蓮堂2代目女主人。 

『アンタとこ、そろそろ必要なんじゃないのッ?』 と、婆ァに声掛けられた場合、ほぼ百パーセントで、死人が出る。 
しかも 『ほらよッ!サービス券付けとくよッ!』 と、券貰うと、何故かもう一人オプションで死ぬ。 
そんな婆ァはココラじゃ有名な不吉な婆ァだった。 密かに狙いをつけた客の身内を、暗殺してるんじゃないかと噂まである、即ちアサシン婆ァ。 その婆ァが何故、マルホシの助っ人に?


『この兄さん、片っ端からそこ等の連中に自分の魅力を言ってくれって絡んでてねぇ、ふん、うちの亭主も、酔っぱらっちゃあソレをやったモンよ・・・くくくく、床上手な男でねェ!・・だからッ、この兄さんも、そうナンダよッ、きっとッ!! そら、ウラナリッ、このデカイ鼻御覧! この尻ぺたのピッと締まってるトコ御覧よ! こりゃ、スゴイ宝でイイ仕事すんに決ってんだようッ! 文句アンのかい? メガネッ!』

恫喝され、ミズサワ君が震えた。 恥知らずマルホシ、無差別に募集かけたか? 子鬼みたいな婆ァはマジ、怖かった。 ヘタに逆らって、数日後、マジ消されたりってのも微妙に怖かった。 そんな婆ァの後押しを得て、勢い付くマルホシ。 


『イイぞっ!婆ァ!』
『婆ァ言うんじゃないよッ!!』
『ゥうッッ・・』


図に乗り過ぎ、ドツカれ蹲るマルホシ。 ・・・やっぱ、息、合ってねぇな、全然。


『ケッ、昔、オマエ達みたいのが徴兵逃れして山ん中隠れてたもんだよッ! そんで、ナニかい? この兄さんよりアンタ、その女を選ぶって? あぁあ? そらぁ、大層なお道具でも持ってるってのかい? 乳のデカサは牛並だけども、フン!ナニできる? ナニも何も、所詮アンタじゃ、この兄さんに任しとくのがイイに決ってるよう! くくく、うちの亭主は相当なモンだったけど、アンタらじゃ二本纏めてもカナやしないネッ!!』


婆ァの亭主と比べられてもナントも言えないが、や、サキコの目が吊り上がり始めていて、これはなんか怖い。


『あらあら、枯れた女連れてきたわねぇ! アタシなら、彼の小さいのでもエェ、勿論大きいのでもギュッとイケルわよォ〜、あははは。 オネェ様ガバガバ? あははは!! 馬並とガバガバで、御似合いなんじゃなぁい? あはははは!!』
『アンだとッ、スベタがっ!!』


一騎打ち? 婆ァとサキコ、火花が青く見えた気がした。 マジ、こえぇ! マルホシが蒼白になって婆ァの袖を掴む。 失神寸前のミズサワ君、そして、サキコの人喰いそうな睨みに遭い、石になりかかってる俺。 ゴーゴンみたいなサキコがマルホシを見据えて嘲笑する。


『マキ君の腕前の未熟さは、アタシがちゃぁんとリードするしぃ、場合によっちゃ、ウシロ使うのもアタシは得意よォ〜。 ふふふ、下手糞なチンコ男に任すよか、よっぽど彼、イイ思いしてると思うわぁ。』
『下手糞言うなぁッ!!』


半べそのマルホシ、婆ァの袖をすかさず引き、キミ、小学生?

『アァッ!そうだよッ! 兄さんは下手じゃないさぁ! 途中ナンダよう、モノに成るってのの途中ッ!! アンナな、数こなしゃぁソコソコものになるもんナンダようッ!!』
『そのとぉりぃっ! だ、だからもっぺんチャンスくれって言ってんじゃないかようッ! 畜生ッ! マキッ! 実際オマエ、お、オマエはマンコとチンコとどっちが好きナンダァッッ!!』
『ま・・』
『終いまで言うなぁアッッ!!』




そして、俺達は今、五人でチゲ鍋を囲んでいる。 


『セツ子さん、凄腕でしたねェ!!』

無邪気なミズサワ君の発言に、マルホシが凍りついた。 反して、にんまり鼻高々のセツ子=アサシン婆ァ。 そして、サキコは笑いを堪え、オレは微妙に後ろめたい。 
ゴメン、酷過ぎだったな、マルホシ・・・。



あれから、婆ァとサキコの戦いは激しさを極め、そして、ついに恐ろしい実力行使に打って出た17時過ぎ。 『デカイだけの早漏じゃ話になんないわよねぇ。』と、小馬鹿にするサキコに対し、『兄さんのは我慢強い大砲なんだよッ!』と、言い張る婆ァ。 して、『そうだ!そうだ!』と尻馬に乗るマルホシは、恐ろしい運命に捕まった。


『おらようッ、兄さん! 言わせとくんじゃないよッ! 目にモノ見せておやりっ!!』

鼻穴膨らました婆ァ、おもむろにマルホシのジーンズをズリ下げる。 膝で絡まったそれに足をとられ、無様に尻持ちつく哀れマルホシ。 追い討ち掛けるのはサキコのハスキーヴォイス。


『あらら! 白のブリーフ!! ナァニ入ってンのかしらァ?!』
『ナニニ決まってんだろうよッッ! イイかい!兄さんアタシに任しときッ!!』
『ひぃッ!・・イヤァッ!!』


婆ァの枯れ枝みたいな指がワキワキッと撓り、確かにデカイマルホシのチンコを引っ張り出し猛然と擦り上げ舐る。 


『現役ですねェ・・・』

要らぬ感嘆をするミズサワ君は、婆ァの手技に溜息を吐く始末。 そして、この手の事にイタク無責任なサキコが、婆ァに荷担した。 最早俺に為す術はない、恐ろしくて恐ろしくて。

『あはははは!! 暴れん坊ねぇ〜、センパァイ、袋の裏も、この坊や好きそうよぉ〜!!』
『くくく・・玉ァ揉まれんのは亭主も好きだったんだよう、アァ、この兄さんのは、つくづくまぁ、亭主のに、そりゃ似てるさぁ・・・いっそ、乗っかってやりたいモンだけど・・』
『ヲォッ、よしてぇッッ! ソレはよしてェッ!!』


乗っかられやしなかったけど、マルホシは、テクニシャンの婆ァにマンマとイカされた。 自慢の大砲は、ちっとも我慢強くない、てか、かなりの早漏だった。 そして、サキコと婆ァは凄腕同士の意気投合。 技と技術の向上について、百戦錬磨の戦歴を語り、実に和やか、かつ、ダーティー。 初心なミズサワ君は幾度もトイレに駆け込みつつ身を乗り出し、魔女二人の会話に聞き入るのであった。 


して、俺は、俺は、抜け殻になって居間に転がるマルホシをコンと爪先で蹴った。 ブリーフ半ケツで毛脛を晒し、埴輪のような顔で固まるマルホシは、なんかこう、ほんの少しツボだった。


『・・・おい・・』

・・・戻っちゃこねぇ。 

見下ろすマルホシの間抜け面に、俺は少しづつ近付いて、そして、しゃがみ込み、ちゅ・・と、した。 呆けてる奴の向こう、ミズサワ君がサキコに剥かれ掛け、きゃァきゃァ言っている。 してその斜め後ろ、一仕事終えた婆ァが美味そうにピースを吹かした。 何故か、すべてがとってもほのぼのして、俺も奴らもみんなとっても仲良さげで、遠くから眺める大騒ぎな舞台って感じだった。

だから、それだから、和やかに楽しく、ときどきガックリしながらの、ソレってイイなと思うのだ。 もう一度、顔を近づけて、今度はタコのように口唇突き出す馬鹿に、囁いてやった。

『・・・ばぁ〜〜か・・・』




テレビの上、不似合いなガンプラは二体並び、接着剤の匂いとキムチの匂いが微妙に混ざった室内は、暖かく、湯気に湿った。 熱気溢れる食卓、俺達は丸く座って鍋を突付く。 サキコが、マルホシの皿に春菊を突っ込んだ。 眼鏡を拭き拭き、ミズサワ君が、肉団子を三つ投入する。  婆ァが鍋の灰汁を掬う。 もそもそ食べるマルホシが、俺を見てようやく、ニタッと笑った。


『鍋、楽しいな・・』


そうだな、楽しいな、ワケわかんない連中と鍋喰ってて、楽しいな。


『しゃべんながら食うんじゃないよッ!』

と、婆ァがマルホシの口元を拭う。 
されるがままのマルホシは、犬みたいに俺を見つめてる。 こいいう犬は見た事がある。 笑った顔して、眉毛書かれるような切ないアホウな犬。


『・・・マルホシ、一緒にマンション、帰ろうか?』



赤いチゲタレがテーブルにビッチャリと撥ねた。
マルホシが、ぼとんと団子を皿に落とした。 


そして、マルホシは、泣いた。 



どんぐり眼から大粒の涙を流し、オイオイと泣いたのだった。






December 20, 2002




     * はむこ 様 
        『ものすごく美味しそうな獲物を眼前に転がして、命懸けの争奪戦を繰り広げる攻め二人の物語』

        一応、受け(マキ)は居る。 攻めも居る(マルホシ、サキコ、婆ァ)、で、遣られてる(マルホシ)、
        美味しそうな獲物(肉団子)、転がしたし、観客も居るし(ミズサワ君)。 ・・・・・・・