ハナダ君、メシ喰いたまえよ
鮨詰め通勤快速、7両目、ドア付近。
歯茎黄色そうなシィシィ舌打ち禿、鼻曲がりそうな香水ブス、そして、でっかいマッチョ熊に三方囲まれ、危機的圧迫密着のオレ。 自慢の痩躯が煎餅になるその恐怖に耐え、御局殺しと言われる美貌が歪むのを承知で、すっかりもう、ぷちカンカン。 なぁ、オレにコンだけ密着するってなぁ、どう云う了見だよ、テメェの女にだってオレはこ〜も馴れ馴れしくねぇんだが。
して、シィシィ禿も鬱陶しいが、んだよ、ブス、なんかヤリイカみたいな眼で、振り返り振り返り熊を睨んでいらっしゃる。 けど、熊は薄らボンヤリ吊革広告なんぞ眺めてて、炸裂水着ショットに魂奪われ中か? 熊ッ! 御機嫌だな! この熊、何喰って無駄にデカイんだろう と、呆れついでに八つ当たって軽く睨んでやったが、熊は頭一つデカク、俺の氷の視線に気付かぬ様子。 どうした、ブス、一体この熊ナニしたんだよ?
降水確率午後60%、スッキリしねぇオレだが今日は雨の五反田、経理のユウちゃんと串焼き喰いに行く予定、ならば会社休めねぇし、用意の良いオレは素敵折り畳みをこう鞄に・・・コレか? コレかよ、ブス?!
マイラブリィ折り畳みが、ブスのハムみてぇな太腿のへん、グイグイッと揺れに任せて突撃中。 で、ブスの真後ろ、どでかい熊、おい、熊、テメェ現在進行形で痴漢容疑かけられてんぜ。 烏賊女はいよいよヤナ感じにケツくねらせ抗議の視線、熊はまだ「震えるぜ!ソニン!オリエンタルエロスの祭典」に、見入ってる。 めでてぇな!チンコは震えるか? けっ。
そして停車の激しい大揺れ、どんと飛び込む熊の胸板、あ、ゴメンねぇ〜と曖昧スマイル振りまく俺、熊、ガンつける? んだよ、てめぇ、痴漢(誤認)の癖にオレがソニンにちょっと似てるとかクダンねぇ事思ってるんじゃねぇだろうな、正統派のオレは紅白に一押し出場のマツウラアヤってトコだろう? そこんとこ誤解すんじゃねぇぞ、熊ッ・・・ぁ?
『ち、ちちょッとぉっ!! 痴漢でスゥッッ!!』
『・・エ・・・う・・・??!』
でた! 烏賊女、熊の腕つかんで『この手誰!』の曝しもんプレイ敢行! 哀れ熊! オロオロしやがる熊に冷たい視線と勝ち誇るブス。
『ひ、人のカラダ、
かかか硬いもんで触っといて、あなたッどッどういうコトォッ!!』
『や、オレは、
そんなカタイとか、いや、ちがくて、で、あの、チガウです! あのッ・・』
見てらんない、図体デカイ癖に、なっちゃいねぇよ
・・・国際人なオレは自己主張が得意。
『あ〜そいつサァ、遣ってねぇって、ホラ、オレの傘、ぎゅうぎゅう混むからアンタの腿に当たってただけ・・・』
『あ、あ、なた、じゃ、ワザトあたしに遣ってたんじゃないのッッ!!』
『おいおい馬鹿言うなよ、オレはブスじゃ立たねぇんだよ、ナニも好き好んで・・・えっ?・・!・・』
烏賊女の冤罪に日頃低くて困っちゃう血圧を、正常値プラス30跳ね上げてイカイカするオレをグイッと鋼の腕が羽交い絞め。 閉まる直前の危険なドアを突破し、吹きっ晒しのホームに佇むまで僅か2秒。 立ち去る列車を彼の腕の中見つめたの・・・って、あにしやがんだよ、熊ッ、引っ付いてんじゃねぇよ体温高い癖に、アァン?!
『や、お、オレは、あんまり無駄に揉めんのはどうかと・・・・』
『抜かしてんじゃねぇよ、テメェの潔白テメェで晴らさねぇでどうすんだよッ、ははぁん、さては、オマエ、NO!と言えない日本人だな? デケェ図体しやがって、テメェの熱意はソニンの乳に短期集中ってか? 抜かしてんじゃねぇぞ、くらっ!』
『ぬ、抜かしてねぇし・・・』
『んだよ、アンだよナニ注目してんだよ、オレの美貌に釘付けか? そらそうだろ、ソニンよか段チでオレは王道だしな!!』
『そ、ソニン?・・・』
図星に慌てる熊は、小突きたくなる苛めて系でコイツの鞄隠したら速攻泣き入るんじゃないかとか、苛めっ子の血が騒いだが、今はソコが問題じゃなく、どうもこうもオレは途中下車によって遅刻必須となっていた。
『で、どうしやがんだよ、テメェのせいでオレは遅刻確定じゃねぇか、カリガリ課長の嫌味百選、サシで聞くんだぞオイ、わかってんのかよ、クソさみぃし、デカイ以外取り得ないのかよ、熊ッ、あぁ〜もう止めた止めた、得意先直行するし、朝マックするしか道はねぇな!畜生、余計な小銭使うんか? オレは、』
『お、奢る・・・奢るから、 』
『アァ?』
ぼさっと突っ立つ熊が、決意満々の提案をした。 ナニ言いやがると、いぶかしむオレをじろじろ見て、急に俯き熊は駄目押す。
『お、俺もマックでなんか喰うから、き、君の分もオゴル、奢るからッ』
なんか熊、凄い決意だから、俺も吝かじゃねぇし、一つココは奢られてヤル事にしたんだが。 すたすた改札出て構内マックへ向かう熊、デカイ癖にホント見掛け倒しで使えねぇと判断し、取り敢えず膝カックンを三回決めてやる。
『お、オマエ、ナニすんだようッ・・』
三回目に、熊見事にコケテ、四つん這いで振り向きチョッと真剣に怒る。 あんだ?泣き虫! さっき、君で今度、オマエか? いきなりフレンドリィ? 慌てずオレは這い這い熊に顔を寄せ、とっておきの微笑で猫撫で声を出すのだ。
『怒ったか? 熊!』
『・・・・・・・』
熊はダンマリを決め、膝の埃を払いヨタヨタと歩き出す。 間近で見る面は、まぁそう悪かなインだが、可哀想にオレと並べば引き立て役だろ? ついてねぇな、熊。 して、オレと熊はマックの二階、朝バリュウを喰いつつ、巧みな俺の話術で熊の重い口を開き和やかな朝の団欒を果たした。
熊は、オレと同じ駅の食品会社で、マグロだがサバだかの分布図を描いたり調査したりしてるらしく、歳はオレとタメだった。 実はデカイなり柔道有段とか言ってるが、きっと、こら、フカシと踏む。 そうは行くか、コイツには苛められっ子の匂いがする。 俺の勘は外れた事ねぇんだよ。
『オマエ、上履き隠された事あんだろ?』
『・・・な、何で?・・』
図星だよ、あるんだよ、きっと。 クソしてる時ドア蹴られたりした事もあるんだぜ! ウハ〜、イイぞっ! 熊ッ!! なんか無性にワクワクした。 虫嫌いの奴にアメリカシロヒトリを掴ませてやるくらいのワクワクで、オレはこの熊がギャァ言うトコを見たくて堪らなかった。 涙目の熊は絶対イイと思うんだが、どうイインかはまぁ置いておく。
『何でもねぇよ、どうせ女運も悪いんだろうから、好みのタイプは小悪魔だの乳はデカイ方がイイだの四の五の言わず、ブスでも遣らせてくれてすぐガキ生む奴とキッチリ所帯持って幸せになれよ! ナッ! それも悪かねぇんだよ熊ッ!!』
『め・・滅茶苦茶だろ・・・そりゃ・・』
滅茶苦茶なもんか、テメェの人生そんなだぜ。 九時の急行ベルを聞いて、席を立つと、熊がオレに名刺を差し出した。 リーマンが板につく野郎だと馬鹿にしたかったが、何となくオレもガサゴソ一枚取り出し、熊に突き出し一応釘を刺す。 苛められっ子は寂しがり屋と、相場は決まる。
『あのよ、言っとくが、モテナイ君のオマエと違ってオレは忙しい男だから、暇潰しのイタ電したり、熊だよぉん とかフザケたメール打ってきたり、またフラレチャッタようとか泣言かけてくんじゃねぇぞ。 ましてオレんトコ、私用電話うるせぇんだからよ・・』
『し、しねぇよ・・・』
するに決ってると踏んだが、追求せず、オレはマックの礼を言い、モタモタ小銭を数える熊を置いて歩き出した。 クダンねぇ熊に付き合う気はねぇが、熊を小突き回し、熊がウロタエルんを鑑賞するのは凄くとっても楽しいとは思った。 出足から調子がワリィ一日だから、気楽に数件廻って天婦羅手ぶらでサッサと戻ろう、して、ユウちゃんとの、ラブ串焼き。
けど、雨の五反田串焼きの恋は、湿気た天気と同じに湿気て冷えた。
まぁ、予想通りにユウちゃんは可愛く、目元薄っすら紅指すホロ酔いのヤル気モードで、さぁ御覧、あたし据え膳! だったんだがオレとキタラ喰わずに見送るフェミニストぶり。 どうしたオレ? 良くわかんねぇがポケットの中、ゴソットすんのは、今朝突っ込んだ熊の名刺。 アァ、こいつが青汁一気で咽るトコ見れたら、オレはこう、元気一杯明日働けるんだが・・・
蹴飛ばした空き缶がコン言った。 ついでにウゥッ、と蹲る影、やべっ・・当てたか? デカイぜ,ヤァ公? それは杞憂。
『なぁにやってんだぁ?! ストーキングしやがったか、熊ッ!!』
『・・・訳ねぇだろ・・・』
大いにあるぜ、昔っからマッチョのマゾは、俺みたいな綺麗な男にチョト弱い所がある。 熊は何だかハンカチでゴシゴシ遣っている。 近寄って見ると熊は、全身カフェ〜の香り、あぁ、ツボ押さえてやがる、缶に中身入ってたらしい。
『合格だぞっ!! 熊ッ!!』
『・・わかんねぇし・・・ゴメンとか思わねぇ?』
『怒ってるんか? 熊?』
ダンマリかよ、怒りで頬染めてるってか? 仕方ないので大人の余裕を見せ、オレは熊を吃驚寿司に誘った。 何故熊がココに居るんか不明だが、オレはこの偶然を大いに生かし、明日への活力にする気満々であった。 説明無しで、俯き、デカイ図体で俺の後に続く熊は実に風情があり、イニシエの学び舎、〆られに校舎裏へやって来た、打たれ強く泣き虫な二年生を思い出す。
嬉しくなり、おもむろ熊を振り向きざま、 スキアリッ!! と軽いパンチを繰り出したオレだったが、ハズさねぇ熊は見事に鳩尾に決まり、海老のようになって路肩に吐いた。
『避けろよう・・・んだよ、オマエ、海鮮焼きそば喰ったんか? あははは! コレ、ノギワ屋のだろう? このヤル気ねぇ丸ごと椎茸ソレだよなぁ!!』
『・・そゆんじゃなくて、オマエ、いつもコウなのか?・・』
『馬鹿言うな、仏のようなオレに偏見持つんかテメェ熊の癖に!』
『・・仏・・って、そんなオマエ、知らねぇし・・』
『オイオイ知ればイインだよう、な? さ、出るもん出ちまったしとっとと行くぞ、熊!』
熊は口元を拭い考えてからハンカチを丸めてポケットに入れた。 何か言おうとしてたけど、オレはそれよか早く熊を吃驚寿司に連れて来たくてもう、気にしちゃ居られなかった。
吃驚寿司はお気に入りの店だ。 クレイジィな親父がこっそり営業している。 目玉はロシアンカッパ巻き。 ダミィ胡瓜に偽装された、本ワサビ詰め込み地雷が一皿に二つ忍ばせてある、素敵メニュウにオレは惚れた。
コレゾと思った奴をいつか連れて来てやる、と 親父に豪語したオレだったが、ついにその日が来たぜ!! 見せてくれよ、熊ッ!テメェの生き様を!! 思わず微笑みかけるオレに熊はボンヤリ視線を合わせ、また、俯いた。 ナーバスな野郎だ。
そして、五反田の夜、熊は悲しい悲鳴を二回上げ、俺と親父の忘れ得ぬ夜となった。
ソレからというもの、オレと熊はちょくちょくツルムようになる。
優しいオレは要領の悪い熊が、会社で孤独じゃ哀れだろうと、ちょくちょくイタ電をかけ、文句言いやがれば恫喝し、暇になれば飯に誘い、駄洒落を思いつくとメールを入れ、献身的に構ってやった。
悲しい一人身の熊はいつでもアフターファイブがガラ空きだから、俺との楽しいひと時をさぞや、心待ちにして居たに違いねぇ。 寂しがり屋の熊は、いつでも嬉しそうに素っ飛んで遣って来た。
流石に吃驚寿司にゃ、あれきり行ってはくれなかったが、カレーに辛子を仕込んだり、水をウォッカに摩り替えたりの、クリエイティブな俺の技に、熊はことごとくナイスリアクションを返してくれる。
そしてオレは、熊相手だから、心置きなく飲んだくれ、潰れれば担げと命令し、自宅迄の睡眠を確保した。 そして飛脚熊は、電車が無いんで、已む無くオレんちの台所に泊めてやった。
目覚めればオレはキチンと布団に入り、寝巻き代わりのジャージに着替え、快適な状態になっている。 して、熊は他に取り得が無いからか、相当なマメオで、飯を炊いたり味噌汁もったり、田舎のお袋想い出して目頭が熱くなるオレだ。
『熊っ! オマエの事誤解してたけど、オマエは結婚に向いているッ! あぁ、オマエこそズボラな女が望む理想の「任せて君」だッ! 熊ッ! 悔やむ事ねぇ、オマエの家事能力があればもしかしてもしかすると、ブスにちょっと並が入ったコブスあたりと結婚できるかも知れねぇよ。』
『・・お前の世話で、手一杯だよ・・・』
熊は白菜漬けをオレに寄越し、物思いに耽ってやがる。
『馬鹿野郎、オマエはせいぜいコブスの嫁だって言ったろう? オレみたいな極上特盛りと所帯持てるとか目論んでやがったら、泣き見るぜ!』
『・・・てか、俺とお前なら、嫁はお前じゃねぇの?』
言いながら熊は何故か赤くなった。 俺とコイツの夫婦ってのを想像して少しゲェッとなったオレだが、でも、オレみたいな美形ならそこ等の女よかよっぽどイケてるし、この垂れ流しのフェロモンを持ってすれば、十分、野郎の股間にも有効なんじゃないかと思った。
熊のエプロンはイタダケナイが、しかし、暢気に寛ぐオレ、カシズキ茶を入れる熊、これはまぁ有効、褒美に月一で吃驚寿司に連れてってやろう・・てな按配でハッピィ?
『わかった! どうしてもってんなら、嫁に貰ってやるから、熊ッ!! 今度、も一辺、吃驚寿司に行こうぜッ!!』
熊は、吃驚した顔をして、それからヤケに嬉しそうに笑った。
嬉しそうに笑って、また少し赤くなって『オウ、約束だぞ』と言った。
『は、ハナダ君、メシ喰いたまえよ・・・』
熊が俺の茶碗を差し出す。
『お、おう・・トシロウ、納豆も喰うか?』
熊はトシロウという。
こうして、オレ達は、その日初めてお互いの名を呼び合った。
何か、ちょっと、記念っぽかったなぁ。
December 13, 2002
* タカタ 様 「仲良すぎの友達二人、密かに両思い(自覚なし)」
仲イイか疑問だが、良い夫婦になると思われ今後の活躍に期待する。 乾杯!!
〜 〜 祝辞、カリガリ部長
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