    
           
       
                      こおろぎ 
                
       
       
      こおろぎ、もう鳴かないの? 
       
      ーー 泣かないね、こおろぎ、死んじゃったんだもの。 
       
       
      こおろぎ、何で死んじゃったの? 
       
      ーー 夜、寝ないで泣いてばっか、いたからだよ。 
       
       
       
      ーー 夜寝ないとね、すぐ死ぬよ。  
      寝ないで泣いてると、こおろぎみたいにすぐ死んじゃうよ。 
       
       
       
      こおろぎ、天国行った? 
       
      ーー 五月蝿くして死んだから、すぐには行けないね。 
       
       
      ちょっと、待ってると、行けるの? 
       
      ーー 二ヶ月は待つよ。 
      マキノさんちの土手んところで、濡れた葉っぱの下で、二ヶ月も、寒いのに転がって、猫にオシッコ掛けられたり、クラチさんの自転車に轢かれたりして、羽がもげて、足がもげて、とけて土に吸い込まれる頃、やっと、順番で、天国へ行くね。 
       
       
       
      こおろぎ、可哀想だね。 
       
       
      ーー 可哀想なもんか、勝手して、したいように、強請るだけ強請ったんだ、 
      充分じゃないか? そんで早くに終りが来たって、文句の言いようが無いだろ?  
       
      良い人生だよ、全く、幸せなもんなんだよ。 
       
       
       
       
       
      オレの親父は、そんな、幸せな、こおろぎだった。 
       
      決して泣かない、お袋は、間も無く、とっとと、親父を追った。 
       
       
       
      幸せなんだろな。 
      一つだけ、勝手して、一つだけ、強請った。 
       
       
      だから、オレも、そのように、生きた。 
       
       
       
      夜鳴くオレは、雑多な街の、痩せた、こおろぎ。 
       
       
      羽はもげたが、どこへだって行ける。 
      足ももげたが、抱く事はできる。 
       
      充分に吸い込み、存分に強請り、 
      とけだす頃には、その血肉に同化して吸い込まれるだろう。 
       
       
       
      幸福を貪り、すぐに死ぬ。 
       
      それは、満更でもない、順番待ちの、天国行きまで。 
       
       
       
       
      October 16, 2002 
       
       
           
           
       
        * こおろぎ ・・・ 全滅したからって、そのままケースを、軒下に放って置くと、翌年ウジャウジャ涌いて、 
               エライ事になる。 案外風情の無い虫。 わたくしに似ている。 
                    
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