アンタじゃ、駄目だ
許さないったってさ、そう云うんでも無いだろ?
そりゃ、まぁ、アンタには世話になったし、どっちかって云うと随分良くして貰ったと思う。 けどもさ、そんだけだよ。 ソレ以上でもソレ以下でもなく、な、至ってシンプルにビジネスライクってのだろ? ちょ、よせよ、今になって難癖つけるわけ? 今更だろ? だって、アンタが最初に言ったんだろう?
ーーー 勘違いしないで欲しい。 こう云うのは、ケースバイケースだから ・・・
ふうん、そう・・・ って。 うん、為になるオコトバだったよ、も、すっかり『勘違い』してたもの。 そうね、大人はそう云うもんなのね、ボクは子供だから分かりませんでした〜ってな、ははは!!
や、恨んじゃいないよ、今はね。
今は、だよ。
そりゃそうだろ、ヤッたあとああ言われてウキウキする馬鹿、見たことあんの? アンタ。 まァねぇ。 コドモにはなかなかに、衝撃的な言葉でしたわ、ハイ。 で、お蔭様、オレもそこそこ大人になれました! てな、アリガト!
あぁ、そうだね、アンタが言いたい事も、分からないでもない。 そうだよねぇ、犬猫畜生だってさ、三日も飼えば情が移るし、多少の恩義は感じるってのだろ? あははは、オレはどんくらいよ? 二年? 二年半か? こりゃ、恩義、感じまくりだよな、普通はな、畜生だったらな?
ふざけんな。 オレは、家畜じゃねぇんだよ。
家畜じゃねぇけども、オレはアンタに跪き、アンタの手から餌を喰い、アンタの足の指でもチンポコでも、命ぜられるがまま舐めたさ。 時たま 『旅行』 って名目の 『お散歩』 に出して貰うほかは、オレはずっとこの空の上の方、地面すらよく見えないマンションのてっぺんで、毎日毎日座敷犬の生活よろしく尻尾でなくケツ振ってだけどな。
日々、生きるに困らず、餓える事は無い。 けども色々失ったと思うよ。 有体に言えばプライドとか、人としてのオレ自身とか、マトモな男の常識とかさ。 ま、そんなの色々。
逃げれば良かったって?
確かにそうだ。 逃げれば良かったんだろうな。 別に閉じ込められてた訳でもないんだし。 そうすりゃ良かったって、今なら思うけど、けどもなぁ、オレは、けどもオレは、あの頃、まだ、恋愛を信じてたんじゃないかな? 恋愛。 そうだよ、馬鹿だろ?
うん、馬鹿だから今はこうでも、でもきっと、オレがこんだけ愛してるってぐらいはきっと、その内愛して貰える・・・ とかな、ふざけた空想して、アンタが笑い、アンタに優しくされる度にもしや愛されてるんだろか? って戯けたぬか喜びしてさ。 そうこうして、まるで根拠もない癖に、期待ばっか膨らんでって。
そんなに甘かねぇんだよ、って現実見て、とっとと逃げるの忘れてたよ。
忘れてたんだよ。
でなきゃ二年半も遣ってられるかよ、畜生に成り下がってよ。
はは、気ィ悪くすんなよ、そうだねぇ、言っちゃえばアンタ、恩人だ。
アンタはオレの、素敵なヒトサライだったよ。
何にも無くて、夢ばっか欲しくて。 気ばっか焦って、惨めなもの欲しい顔の屑だった俺は、自分が寂しいって事に耐えられなかったから。 だからさ、駅前のロータリー、コンビニ前にたむろす意気地無しの一人で、背中丸めて虫みたいにしゃがみ込む俺なんかにしてみたら、24時17分最終で降りて、ビュッとしたスーツ着て、当たり前みたいにタクシー乗るアンタってば、もの凄く真っ当で、もの凄くオトナなんだって思ってた。
そのアンタがさ 「コンバンハ、いつも会うね、君とは」 そう話し掛けてきたんだぜ? どうよ、浮かれるじゃん。 なんかさ、認められた? あははは、そう思ったんだよ、あぁこんな大人とオレは対等なのかもなってな。 嬉しくって浮かれちゃって、舞上がったオレはタクシー乗り場の街燈の下、余裕で微笑むアンタに向かって挨拶したさ、大喜びでな!
・・・・・・ なんだよ? 用かよ? てめぇホモか?・・・。
多分ね、情けない弱虫の眼ぇして、オレは震える声でアンタにそう言ったんだよな。
オレはアンタの目に留まってそりゃ嬉しかったけど。
同じくらいに、アンタの目の前に存在する自分が惨めだった。
なのにさァ、
「だったら、困るかな?」
馬鹿野郎。 アンタ、そう返したんだぜ。
アンタは、流行りモンじゃぁないけど、絶対いいもんに決まってる黒いコートで、辛子色の混じりのマフラーを少し覗かして、やけに品の良い笑顔で、白い息吐いて、当たり前みたいにオレに声をかけて、当たり前みたいにタクシーで居なくなった。 毎日だったな。 アンタは毎日オレを発見してくれて、オレは相変わらずゴミ溜めの中の意気地無しだったけど、いよいよ選ばれるんじゃないかって期待で緊張でいつでも倒れそうだった。
一言二言、アンタはオレを見つけて、言葉をくれる。
そしてオレは嬉しくて、もの欲しい目をしてアンタに悪態を吐く。
だけど、必死だった。 泣けてくるくらい必死に願ってやまなかった。
ヒトサライ、攫ってくれよ、オレを連れてってくれよ。
オレはさ、ずっと待ってたんだ。 いつかフラフラ夜歩いてればきっと、ヒトサライが来てくれるって。 餓鬼の頃からそれは、ずっと。 いい加減になって、来るのはエロジジイか似たり寄ったりの意気地無ししか居ないって悟ったけども、でも、どこかできっといつかって諦め切れなかった。
怖いこたないさ。 ヒトサライはオレを、親父ほどは殴らないだろうし、お袋みたいに居ない振りもしないだろうし、何しろわざわざオレを選んでくれるんだから、このオレの事、気に入ってくれてるんだろ? じゃ、問題ない。 オレはヒトサライを待っていた。 攫われたかった。 選ばれたかった。 そして、アンタが来た。
な、アンタ、俺の、ヒトサライだ。 オレだけの、ヒトサライだった。
あの、寒い氷点下の夜、アンタはようやっとオレを、タクシーに乗せてくれた。 といっても別に、アンタは何も誘っちゃ居ない。 ただ、でも、魔法みたいに開いたタクシーのドア、アンタはオレを振り返り、安物のダウンを着てしゃがみ込むオレを見つめた・・・・・・ それだけだ。 それだけなのに、オレはふらふら立ち上がり、アンタの前に立つ。 上等で良い匂いのするアンタは、暖かなシートにオレを先に押し込めて、そして、オレは漸く攫われる。
任意ではあるがな。
任意だよ、抱かれたのも、帰らなかったのも、居付いたのも、だからアンタが悔やむ事は一つも無い。
そうしてアンタは、オレに美味い物を喰わせてくれた。 良くわかんねぇステキな音楽や、スバラシイ芸術ってのを教えてくれた。 しゃぶり方も、突っ込まれて力抜く加減とかも色々、アンタ限定に役立つ知識、テンコモリに教わったな。 ご指導ご鞭撻されっぱなしだよ。 けどもオレは何でも覚えようとしたし、アンタを喜ばそうと必死だった。 良い生徒だったろ? ま、嫌がるスジ無いし? そんなの当たり前だよな、オレは漸く攫って貰ったのだから、今更また放り出されたか無かったんだよ。
だからこそだろ? 空しか見えねぇ馬鹿高いマンションの部屋、オレはずっと、アンタだけ待ってた。 アンタだけを思ってた。 それで良かったんだ。 それで幸せだった、そう、幸せ。 幸せだよ。 そりゃ些か、いやかなりの嘘っ八ではあったけど、けどもオレの人生には嘘でもそんな幸せなかったから、それで良いじゃない? もう充分と思ってた。 嘘でもその内、もっとアンタに気に入られればホントになるんじゃないかって、オレはさぁ、すっかり空想してたさ。 ホントだったら良いなァッて。
・・・・・ なぁ、アンタとはあちこち行ったな、お散歩。
アンタはいつだっていきなり荷造りして、オレはいきなり連れ出される。 オレはエントランスから前の道路まで、タクシーに乗るまでの78歩だけ地上に降りて、そしてまた飛行機でべらぼうに高く昇って、さっぱり分からないどっかの外国へ連れてかれる。 はは、可笑しいよな。 オレさ、餓鬼の頃からまともに、旅行だの遊園地だの行った事無いんだぜ。 けども、いまやヨーロッパほぼ制覇だろ? 行ってないとこ何処よ? なぁ。
お散歩はね、嫌じゃなかったよ。 寧ろ、好きだった。 アンタ外国だと、オレ、外に連れ回すだろ? オレに話しかけて外でメシ喰ったり、ぶらぶら並んで歩いたり、普通の事、遣るだろ? なんかさ、そう云うのはアレだ、オレは少し、アンタに本気で愛されてる風に思った。 だから何処行っても、そこが何処か分からなくても、そもそも興味無いんだけど、オレは、アンタとそう出来るのが嬉しかった。
誤魔化しでもイイじゃないか。 誤魔化しでも勘違いでも大歓迎だよ、それで良い、それ以上望んじゃいねぇんだよ、それで充分って思ってたのにアンタさ、ずっと誤魔化して、ステキなヒトサライ遣っててくれりゃ良かったんだよ。 そんでオレも、勘違いだらけの寝惚けた夢見てりゃ済んだんだよ。 甘い甘い嘘っ八に浸れてたんだよ。
なのに、台無しじゃん。
ミュンヘンの、古くて豪華でやたら寒いホテルで、オレは三日続けて水シャワー浴びて、四日目の昼過ぎ起きれなくなった。 何でだろうな、アンタ、無事だったのに。 アンタ、アレが途中で水になるって知ってたんじゃねぇの? 先に浴びるアンタはお湯で暖まって、後に浴びるオレは泡だらけのまま途中水になるシャワー使わなきゃなんないって、知ってたよな? だろ? 違いないよ、何度も行ってるアンタが知らない筈がない。 オレは初日からずっと、ひんやりびしょ濡れのままアンタに尽して、服着る間も無く朝だったりして、また水シャワー浴びて、そんなん続けたから、だから熱出して倒れて意識飛びそうになった訳だろ。 そんなでも、直前までアンタとヤッてたオレってのは、なかなかに健気だとは思わない?
朦朧としてるオレに、アンタは優しかったよ。 どっかで調達してきた解熱剤飲ませてくれて、食事も部屋で喰わせてくれて、氷割ってくれて、ホント良くしてくれたよ。
でもな、アンタ、ぶち壊しだな。
「・・・・・・ 何で、こんな所で・・・・ よりによって厄介な事に・・・」
延泊した7日目の明け方、アンタはね、熱にうなされるオレのベッドサイド、やつれた顔して、そう呟いて舌打ちした。 オレ、聞いてないと思ったろ? 思わず本音が零れちまったろ? 厄介だよな、そうだよな、道理でちっとも良くなんないのに医者連れてって貰えない訳だよな、医者行けねぇからアンタ自分で介護するしかなかったんだもんな? しょうがない。 要するにさ、オレはアンタの汚点なんだよな。
多分ね、オレは、ここで死んだらばきっと、巧い事、何処かに置き去りにされるって確信した。 そう云う存在なんだって、オレは強引に甘ったれた空想から剥がされてしまった。 ま、お蔭様、遺棄されずに、今こうして元気だけどね。
メデタシか? お互いに。
それだからね、オレは、アンタと、サヨナラする事にしたよ。
あぁ、いいんだ、もうあのホテルでの事はそう問題じゃぁ無い。 アレは切っ掛けで、はずみに過ぎない。 いい加減に誤魔化せない、そう云う時期だったんだろうよ、オレも、アンタも。 だから、アンタは気にする事無い。 アンタには感謝してる。 ホントだよ。 嘘じゃぁない。 アンタはオレに、二年ちょっとの夢をくれた、オレに嘘でも暖かさをくれた。
だけどオレは、もう、アンタとは居られない。
アンタ、ヒトサライじゃないからね。
それに、オレにはもうヒトサライは要らない。
だって可笑しいだろ? ヒトサライが攫った奴を気に入ってないなんて、それは違うだろ? てめぇで、選んどいてそりゃねぇだろう? けども、仮にお気に入りでも、攫った奴が死んだり、駄目になったりしたら、まぁ、捨てるだろうな。 で、次の攫うだろうな。 それじゃ、あんまりだろう? オレはもう、ヒトサライを待つつもりは無い。 次捨てられるのを考えて、毎日生きてくのは辛すぎる。 攫って貰うのを待つよりも、ずっと辛い。
オレはね、欲しいモノや手にいれたいモノを、今度は自分で攫ってこうと思うよ。 アンタから離れて、何ができるか分からないけど、でも、何でもできるだろ? 生きてるんだし、あははは、身体使うのはアンタに習った通りだし。 微妙に物知りにもなったし。 そうだね、軽蔑する? 売りか? それしか出来ねェッて? けどさ、あぁ例えばオレがそれで生きてくにしても、でも今度こそ、それはオレがオレの意思で遣る事だ。 オレは、そうする事を自分で決める。 オレは、生きるも死ぬも、お任せしきって待ち呆ける家畜じゃない。
だからね、その先に居るのは、自分で選ばなきゃな。
ちゃんと、オレを必要としてくれてる奴。
ちゃんと、オレがこの手で掴み、肌に触れ、感じた奴。
だからね、それは、アンタじゃ、駄目だ。
ありがとう、感謝してるよ。 愛していたよ。 でも、もうサヨナラだ。
だってしょうがないだろ?
だって駄目なんだよ。 アンタだって分かるだろ?
アンタじゃ、駄目だ。
アンタじゃぁ、駄目だ。
September 27, 2002
* メロメロメロウ。 何か、感化された様子。
けど、多分、勘違い。 反動? ナニの?
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