エア・インディア・公認・逃亡
     
       



      ーーー 焦げる      ・・・  暑いんじゃない、焦げるのだ。 


貧弱な木がスマナイねぇと、しけた木陰を大地に落とす。 
しけた木陰で、これまた駄目そなミイラみたいな男が転がる。 男のすぐ横、アバラの突き出た瀕死の野犬が伸びている。 そして俺も、伸びている。 

  あぁ、心地イイ・・・    

世界遺産に感謝した。



わかってはいた。 アレが持って来る話で、過去、碌な事は無かったのだ。 それはこの俺自身が、幾度となく酷い目に遭って来ているので、重々身を持って知っている筈だったのだが。 だが、だがしかし、事態はソレを凌駕していた。 俺は現実に既にもう、どうにも酷い事になっており、四の五の言う暇など無かった。 


事の発端は、一本の電話。 

だるい暢気な残暑の午後を、ビール片手の気侭な俺は、久方振りに耳にする、怒るお袋の金切り声に一瞬にして涼を得た。 


『ツタヒコさん!! 今からそっちへ伺いますからきちんとなさいッ!! あぁ情けない、貴方って人は、あぁ、もう、かぁさんどうしていいのか・・・。 4時ですよ! 4時にそっちへ、行きますからね! アチラの方も、ご一緒しますよ!!』


何したよ、俺? 
かぁさん、ボケたか? 4時、4時ってあと一時間? 


慌ててそこらをまぁ、見られるよにあたふたしつつも、疑問は募る。 
母の怒りも、俺の落ち度も、アチラの人って一体誰だ? 



ジャスト4時に、間抜けなチャイム。 
ドアの向こうに険しい母と、大魔人ヅラの知らない親父。 

「やぁやぁ、お暑いところをわざわざどうも、冷たいお茶でも御出ししましょう! 」

自慢の外面、好青年で、愛想笑いの卑屈な俺に、親父おもむろ激しく恫喝。


『貴様ッ! 責任、どうとるつもりかッッ!!』

『あぁ、ツタヒコさん、ハッキリ仰い!!』

続けて母が、よよよと涙。  

責任って何? ハッキリって、何?



かくして俺んち三竦み。 
お袋メソメソ、魔人のオヤジ。 二人を前に、金縛る俺。

魔人オヤジが言うにはこうだ。 

今年の春夏、カテキョのバイト。 生徒はさえない女子高生。 気のナイ俺は私情挟まず、カリキュラム通りテキパキ指導。 結果まずまず成績UPで、ひと安心の夏休み前。 イキナリ娘が茶パツに変身、カテキョのバイトもドタキャン連続。 プチ家出なんか遣らかし始めて、トドメの告白それが、昨日。


『お金頂戴! 出来ちゃった!!』


魔人オヤジも、イケてたママも、仰天パニック、血管膨張。 

して、して、相手は一体誰だ?! で、何故かムスメが、俺、御指名。 


ちょっと待ってよ、絶対それ嘘。 
俺はあんたの娘にゃ、な〜んも指一本も、出しちゃぁいねぇ!


『勉強以外に、ナニ仕込んだかぁッッ!!』


仕込んでねぇって、聞く耳持たないオヤジはカンカン。
隣でメソメソ、嘆くはお袋。 

なぁ、お袋よ、あんた微塵も息子の俺をハナカラ信じちゃ居ないんか? 

しかし俺には、その件、無実。 絶対無実の根拠は在るが、それはちょっと、あぁ言えねぇよ・・・ しかし無実だこれ、冤罪だ。 

オヤジ、あんたは間違っている。


益々窮地に立たされ行く俺。 
がしかし、無実の証拠を言えば、更なる窮地に真ッ逆さまだよ。

  ・・・ じつは僕って、ゲイなんですよ ・・・  

言えねぇ言えねぇ、クワバラクワバラ! 

やな汗かいてる俺のモトへ、第三の男、陽気に登場。


『御暑いですねぇ!! お揃いデスかぁ〜〜〜!!』


ビール、つまみと、西瓜ぶら下げ、空気の読めない馬鹿が登場。 

「君は、なんだ?」 

と 魔人オヤジ。  疑問のポイント、間違っちゃ居ない。 

「あら、久しぶりねぇ〜。 ひろちゃん、お元気?」

和むな、お袋、 ちゃん付けも止めろ。 

言葉巧みに、情報収集、
じつは喰えない善良ヅラで、陽気な馬鹿がハッキリ宣言。


『や、それは絶対有り得ませんよ!! だって、こいつは勃たないんです!! 二年前から哀しいインポ。 憐れなこいつに、出来っこ無いでしょ? 寧ろ濡れ衣、酷ってモンです。』


一同フリーズ、気まずい空気。 

まぁ飲みますか? 

一件落着。 

馬鹿は一人でビールを啜り、 あぁうんめぇ と、至福の笑顔。 
他の面子は、俯き加減。


『スマン、君には確かめもせず。』

魔人オヤジが席を立ち、なぜかググっと真摯な眼差し

『自棄にはなるな、必ず、治る!』

俺の肩、ポン 直球激励。 嬉しかねぇけど、アリガト、オヤジ。


『あぁツタヒコさん、辛かったでしょう? 
                えぇ、任せなさい。 母さん、きっと力になるわ!!』

気持ちは貰うが、力はいらねぇ、別んトコロで色々辛いよ。 
半べそお袋、オカシナ決意で、メラメラしながら帰っていった。


『上手く行ったな!! 
         感謝したいか? そこまで言うなら、一先ずヤルか?』

御満悦の馬鹿、ヒロセに鉄拳。 感謝も、言葉も、する気もねぇよ。

そりゃ、俺はホモだ。 それ、言えねぇや。 けどもインポ!? インポはねぇだろ?

どうするヒロセよ、お袋の奴、アレでどえらい行動派だぜ。


『ツタヒコ! 人生、レット・イット・ビィだぜ。』


訳わからぬ侭、剥かれゆく俺。 

解せぬマンマにあぁしてこうして、あられもない事しちゃってる俺。 
微妙にこの馬鹿 『イイ男』 に見え、うっかり あぁん とか言っちゃってる俺。 
畜生、今こそレット・イット・ビィじゃん。

あぁ間違ってるコレ、絶対違う。 

トホホな俺だが、やっぱりイッた。



そして翌日、地獄の二日目。 

息子の危機をレスキューすべく、使命に燃えるお袋の愛。 カウンセリングに病院パンフ、ED患者の会合チラシ。 どさっと持ち込み、日参説得。 


『そう、父さんも、32の時・・・』  

ヤメレ、親父のそんな話しは。 

あの手この手を引っ提げ通う、泣いてスカシテ激しくアタック。
終いにゃボスキャラ、俺の弱点。 80過ぎてる祖母連れ、登場。 


『孫を見んまま、あたしは逝くのか?』   

卑怯だ、ババァは命を持ち出す。

しかしホモだし、孫、無理だろうが。 
んな事言えねぇ、あぁ、全くだ。

俺はこれでも、筋金入りのマザコン・ババコン。 
それ故、堪えるここ連日に、いよいよデリな胃、キリキリして来た。


そして、ヒロセが、馬券で当てた。  

でかした! バカンス、国外逃亡。 

オイ、奴にしては気が利いている。 聞いて驚く出発、3日後。 

それ、早くねぇ? 海外だろう? 

手続き済んだし、ビサも取ったし、何だか異常にテンション高くて、俺もてっきり何だか任せて、そしてホイヨと渡されたのは、インドのビサ付きパスポート。


『何でインド? 7日もカレーか?』

『インドはいいぜ。 カレーも美味い。 修行をするなら、やっぱりインド。』


話にならねぇ、修行するんか? 

がしかし、このまま日本に居られず、いよいよ診察、アポ入れられそうで、俺らは旅立つ、カレーの国へ。



で、 俺は今、正に修行僧の域。 

飴と水とで辛うじて繋ぐ、儚い命は、断食3日目。 

大馬鹿ヒロセの口車に乗り、ウメぇウメぇと初日に喰った、怪しい店のカレーが地雷。 当のヒロセは、全くケロリで、不運な俺だけ、吐くはクダルは。 豪華なホテルで、便所の住人。 一晩それで出るモノ無くなり、それでもヒロセはウキウキ観光。 ぐったりしている3日目の朝、大馬鹿ヒロセが笑顔で提案。


『任せろ、俺が運んでやるから! インドの醍醐味、満喫しようぜ!!』


任せたくねぇ、寝かしといてよ。 

マッチョなヒロセにお姫さま抱っこ、そんなで観光、もう死にたい俺。

ホモのカップル?  

いや今ならば、瀕死の男の巡礼の旅。



そして俺は、転がっている。 
インドの昔の偉い奴らが、すんごい体位でマグワルさまを、有り難くそこに転がり、眺める。

ヒロセが拾った、怪しいガイド。 
ハクション魔王に良く似た巨人が、転がる俺に蕩ける笑顔。

『インドのダイチ、スベテ神様!! カラダデ、カンジル、タヒコ! スバラシ!!』


タヒコ、それって俺の事か? 

誉めて貰えるモンじゃぁねぇよ、単に俺は立ってらんない。 あぁ気持ちイイ、石のヒンヤリ。 ふと眼を上げると、目に付く体位。 畜生、ありゃぁ昨晩ヤラレタ、ヒロセの野郎め、死にかけの俺を


『出るもん、出ちゃえばノープロブレムだ!』

俺は問題ありすぎじゃんか。


『明日見る奴、きっちり学ぼう!! 潤う生活、基本だモンな!!』

あぁ、それだ、それだ、奴の取り組み、かつて見た事無い真剣さ。


『ハネムーン・インド。 あぁ、浪漫だぜ!』

待てよ、こいつはそう云う旅行か?

吐いて下って、死にかけヤラレル、そいつが俺のハネムーン? 

・・・・間違っている・・・・こいつは絶対、間違っている。


ぼんやりしながら、あっちの方見て、あぁまだ寝てるよ、あの人と犬。


いつの間にやら、ヒロセが傍ら、俺をゆっくり抱き起こす。

なんだよ、ちっとはロマンを知ったか? 

がしかし視線の先には、ハクションガイド。 
カメラ片手に、スマイルスマイル。


『ヒロサ〜ン! タヒコ! イチ タス イチ ハァ?』

『にぃっっ!!!』


誰が教えた、くだらねぇ事を!!  うっかりヒロセと瀕死のピース。

そんな自分に涙が出そう。
そして再びヒロセに抱っこで、早く戻ろう、涼しい車内。



ヒロセの肩越し、焼け付く遺跡。 管理者らしきが二人で視察。 

寝転ぶ犬をポンと蹴飛ばし、寝転ぶ人をもポンと蹴る。 

どちらも捩れて、そのまま動かず。   管理者二人が手早く排除。



『カミサマのトコニ、ミナ、ユキマスネ!!』

妙に明るくガイドが解説。


そして俺らの記念の写真、二つの死体が写ってる筈。 




あぁもう、このまま遠くへ行きたい。
世の中なんか、間違っている。

俺の想いは、灼熱に焦げた。



           ラヴ ミィ テンダァ〜 * ハネム〜ンINインド 







August 15, 2002




     
* そして、わたくしのインド写真にも、死体が二つ、写っております。 だからって、別に、何てこと無いです。
        でも、言っときます。 インドは下る。 インドは吐きます。 
        10人に一人無事なのが居て、その人こそが、 インドを征するインドの申し子(友人Yとか)。