定点観測/実施直前
     
       



だからよ、もう諦めろよ。 お前それ、二箱目だろ? 

駅ビル二階、スタバの窓際、日当たりの良さが鬱陶しくて、半分閉めたブラインド越しに、俺は馬鹿げた観察をする。 とりあえずのベーグルも手付かずのままパサついて。 喰うか? コレはもう、ミイラだ。 ラージのラテも薄まってアメリカン・・・ていうかもう、色水。



道路向い、雲行きの怪しいこの日、わざわざオープンカフェで待ち惚けをするお前ってさ、もう、そこで負け組なんだよ。 だいたい似合わねぇな、その店とお前。 周り見てみろって、人種、違うだろ? 


色落ちしたへんちくりんなTシャツ。 それ、どうして今日、着て来るかな。 妙に真新しいジーンズと吐き崩したバッタもんナイキがなんてぇかこう、得も云われぬ哀しみを場違いに濃厚に醸し出してたりする。 


そして俺は、お前がその場違いな社交場で、細い身体を一層縮めて、もう、空気に溶けたいような二時間目に突入するのを、ここで、定点観測する。

ま、馬鹿だ。 


広げた文庫は、この二時間同じページを開いたままで 『ビザンチン風オムレツ The byzanine omelette』 そのタイトルが意味する物も、それって美味いんだか比喩何だかも知らずに今現在に至る。 観測の基本とは、目を離しちゃならないこと。 俺は、実に忠実だ。


あぁ、おい、如何にももう帰れとばかりにあのウェイター、完全にお前マークしてるな。 お前も客の端くれらしく、ガツンと言えよ。 

     俺はホットを愛する、激しい猫舌なのだ!! 

くらいはよ。 

たいして他に、客はいねぇだろ? オドオドすんじゃねぇ、そんなだからつけこまれんだよ。 
時給800円如きにも。 あの二股女にも。


お前、怒るから言わねぇけど、てか耳に入りゃしないくらいノボセちまってっるんだろうけど。 けどあの女、お前の事なんて微塵も眼中に無いぜ。 俺な、あの女知ってるのよ、バイト先のショットバーに最近来る派手な女、で如何にもな男連れ。 OLったってさ、いや多分殆ど嘘じゃねぇの? マトモなOLじゃねぇよ、だってあれ、どう見ても 『ヒモと女』 そんなだぜ。 


飲み屋で逆ナンされたってお前、エライ有頂天だったけど、まぁソレはそれでホントなんだけども・・・・ つまりさ、初物喰い・・つうの、されちゃっただけじゃねぇの? 実際。



そんなお前は自らの存在を唯一証明する手だてのように、機械的に、規則正しく、煙草を手にし、吹かし、そして消す。 
そう云うからくり人形を、確か、餓鬼の頃の遠足で見たな。 


あぁ、そっくりだ。 そこに煙草が有る限り、ぜんまいが止まるまで、繰り返し繰り返し、ただ行為その物にしか意味を持たない、痛々しいほどの常同運動。 



・・・・・・ で、どうするよ。 

もう二箱目、無いじゃん。



まだたっぷり残ってる水を、態々取り換えに来た件のウェイターに、やたら恐縮してヘコヘコしてるお前のトウモロコシみたいな頭が揺れる。 マジ、似合わねぇよ、その頭。



 『そしたらさぁ、即行ブリーチかけてきたのッ、その子!! きゃはは傑作ッ!』


馬鹿野郎。 つまんないお伊達に載せられやがって。 笑いもんに進んでなりやがって。 
お前、馬鹿だ。 馬鹿だけど、あんまりウキウキしてるお前見てるのはなんかもう、俺が辛い。 


俺は大人だから、そう言ってゲラゲラ笑う馬鹿女のモスコミュールにウォッカ増量するくらいしかしなかったけども。 ま、どうせあの女、真っ直ぐ家、帰んないんだろうし、途中、転がって寝てたりしても、気の良いケダモノに拾われて新しい恋とか見つけんのもまぁ、考え様にはイイ人生だよな。



で、お前はどうなんのよ。 


夢見がちで、惚れっぽくて、気張り過ぎて空回りして、全部失って尚、恨み辛みは自分に向かって、チューハイ二本ですっかりメロメロ、安上がりに失恋満喫する、大馬鹿なお前。 


−−−  もう、俺、駄目だ、どうしたら良い? ・・・ 


聞くな、畜生。 
縋るな、畜生。


メロメロのお前はヘベレケで俺に担がれ、或いは俺の部屋の茶の間の隅で、或いはお前の万年床で、べそ掻き顔で泣き寝入りする。 いつもの如く当然のような無防備さで。 

けど知ってるか? 
オレはな、そん時が最も幸せで、最も葛藤するんだよ。 


無防備でヨロヨロのお前は、きっとすぐに情にほだされる。 失恋直後の女を落とす・・・ コレってまぁセオリーだろう? まして童貞キリたてとクりゃ、快楽に嵌ればもう、そのまま楽勝だろうな。 実際、チョロイと思う。 無防備で無神経なお前は、そんな下心たっぷりの俺に縋り、そんな俺に 「どうしよう」 だなんて、据え膳のようなてめぇをいとも簡単に委ねちまう。 


・・・ もう、俺、駄目だ、喰っても良いか?・・・ 

俺は、こう、聴きたい。



ブルーだよ、メロウだよ、そんな俺を代弁して、あぁポツンと来たな。 

やっぱ、天気予報70%は伊達じゃない。 で、お前どうするよ。 ソコじゃ待てねぇだろ? テラスの客達は順繰りに、店内へ誘導されて行く。 その順繰りのビリッケツがお前ってのは、賭けても良いが故意だと思うぜ。 


お前は何かウェイターに、懇願してるけども、言い負かされたのか? したり顔のあのウェイターは、さっさとお前の会計片をひらひら持ってっちまったな。 置いてけぼりくった棒立ちの子供。 それ、お前。 


生暖かい晩夏の雨が、お前の代わりに泣いて、降り注ぐ。 

途方に暮れた、少し上向いたお前は、灰紺の空に何を、思うんだろう。 

来なかった女の事か? 
それとも、また懲りずに繰り返した己の馬鹿さ加減をか? 


戻って来たウェイターから、釣りを受け取ったお前のシャツが、いよいよ本降りの雨に突き出た肩甲骨を浮き上がらせている。 

さぁ、帰れ! 

犬のように追われる、客のお前。 

二件隣の雑貨屋の軒先、惨めなお前は雨宿りをする。 くすんだ街に、これが、哀れなほど馴染むな、お前。

ならばそうだな、

さ、俺も始めるか。

「待ち人来たらず」 続く言葉は  「機を見て自ら接するが、吉」



用意の良い俺は、辛子色の折り畳みを開き、ゆっくりとさも楽しげに歩き出すだろう。
そしてお前は俺を見つける。
そしてきっと、お前は縋る子供の眼で俺を見つめ、呆れるほど容易く安堵と、甘えをソコに滲ませるだろう。 
『なぁ〜に、やってんだ?』 などと俺は白々しく眉を上げ、嘘っ八だらけで強がりのお前の言い訳を、穏やかに存分に聞いてやろう。 そしてヘベレケで、メロメロで、弱音垂れ流しのお前を、存分に甘やかし、依存させ、ココゾとばかりに誑かそうじゃないか。



定点観測、期間終了。 
後は、計画・実施、行動あるのみ。


今夜未明に、完全遂行。







August 30, 2002




     
* 暢気にストックしておいたら、季節モノであったと気付く。 慌ててUP.