ゆらゆら橋にて



     ゆらゆら橋で、ゆらゆら揺れた。 誰かを想い、ゆらり、ゆらりと、
                           僕らのその夏、 僕らの景色も、 ゆらゆら橋で、ゆらゆら揺れた。



小首を傾げる、大瑠璃一羽、ファインダー越し、四角い小窓に、驚かさぬよう、静かに収めた。  それは、一瞬。そして永遠。

小窓の中の、小鳥は永劫、小首を傾げて、もの想う。



それは、質素な、小さな、釣り橋。 歩いて渡るに、まぁ不便かな、と、 そんな、ささやかな、渓流の上、 ゆらりゆらりと、風に吹かれつ、 ゆらりゆらり、僕らを迎える。


釣り橋の上、足をぶらぶら、子供座りで、欄干の綱に、タオルを引っ掛け、絵筆を走らす、君が居る。


ペットボトルのホルダーの青も、タオルの横で、ゆらゆら揺れた。 夏の陽射しを、跳ね返すシャツ、緋色のそれに、灰緑のチノ。少し捲って覗いた踝、踵が潰れたエスパドリーユ。爪先までもがこんがりした足、その足先で、ゆらゆら揺れる。マスタード色のエスパドリーユ。


 『そんなんしてると、また、落っことすぞ!』 


大瑠璃飛び立ち、僕は、怒鳴る。 おっちょこちょいの、君に、手を振る。
君は絵筆を、大きく振り上げ、夏の笑顔で、僕に応える。振られた絵筆が、飛沫を飛ばし、君の額に、緑のホクロ。


 『こするな! 拭いとけ! おっちょこちょいめ!』


僕は、静かにシャッターを押す。 

緑のホクロ、慌てて拭って、顰め顔の君、木漏れ日の向こう、吸い込む青空、一瞬の夏を閉じ込めるために、僕は、静かにシャッターを押す。何年経っても、色褪せぬよう、咽返る緑、河原の小石、水蘚に光る岩肌の涼、その時、きっと、戻って来るから、僕は、小窓にすべてを収めた。



あの夏、君は、初心者マークで、おっかな吃驚、ドライブをする。


 『巧くなったら、彼女を乗せる』


君は彼女も居ない癖に、サンドイッチと缶コーヒーで、危険なナビに、僕を雇う。N渓谷を、奥へと入り、林道脇の、側道に止め、せせらぎの音を頼りに歩き、僕らはそこに、辿り着いてた。 

樹林の狭間の、静寂な舞台、ひらけた青空、見あげる僕ら。七歩程度で渡れる沢の、水面を渡る、小鳥の囀り。沢に架かった、質素な釣り橋、夏の、山風に、ゆらゆらしてた。



 『静かだなぁ』

ゆらゆら橋に、君が腰掛ける。

 『静かだな』

ゆらゆら橋に、揺られる君を、横目で眺めて、僕は応える。



     あまりに静かで、あまりに綺麗で、僕は秘密を、その時抱えて、ゆらゆら橋で、切なく揺れた。



けれど季節は、僕らの季節は、僕らを無視して、躊躇う事無く、先へ、先へと僕らを急かす。


色づく山蔭、秋には君と、トンボを追い駆け、河原で転ぶ。 
ゆらゆら橋で、君が笑う。 尻持ちをついて、僕も、笑う。


初雪の白を、眺めつ啜る、香り吸い込む、ポットの珈琲。
ゆらゆら橋で、暖を味わう。 慌てた君も、熱っ、と味わう。


萌えいずる春に、咽返る緑、僕らの季節も、変化を求める。 激しい何かや、燃え立つ何か、衝き動かされる力ではなく、柔らかに、流れ、緩やかに、変わる、季節そのままに、僕らは向かう。



            あの時、君は、橋の上、黄色い水差し、流れに落とす。
            あの時僕は、橋の下、流れに遊ぶ、黄色を追った。


膝まで浸かった、水は冷たく、見上げた君の、瞳は熱く、差上げた黄を、君は掴まず、掲げた僕の、手を引いた。

無音の一瞬、重なるそれは、沢を渡る風、掠めて離れる。



そうして変わる。  時間が変わる。


僕らが二人、ゆらゆら橋で、過す時間は、逢瀬の時間。
触れ合ったのは、あの、ただ一度。 
だけども、僕らは満ち足りていて、季節の流れに、その身を任す。



              君、わかりますか? あれ、恋、ですか?

              僕には、それが、わからないのです。 それが、恋と、呼ぶものなのか。


だけども、あの時確かに僕らは、揺らめく何かに、心を惹かれた。


君は、燃え立つ瞳に何かを宿して、その衝動を、僕へと放った。
僕は、沸き立つ何かに流され、その奔流の先を、君へと定めた。



ゆらゆら橋で、僕らは過ごし、ゆらゆら揺れて、何処かへ向かう。
時間は待たず、留まりもせず、季節は巡り、僕らを急かす。



 『あぁ、ほら、やった! 云わん事ない!!』


君の足先、するりと離れ、マスタード色が、流れに遊ぶ、君の欠片が流されて行く。


 『急いで! 拾え! 早いぞ! 見えない!』


橋の上から、何故だか威張って、君は手を振り応援するけど、駄目だよ、ずるいよ、君、さぁ、降りて。 


 『ほら、ほら、捜して、向うに流れた。』
 『あぁ、もう、冷たい、あの辺深そう!』


君は膝まで、チノパンを捲り、下流へ向かって、流れに押される。


『魚、居るかな? 水、綺麗だけど、鯉とか鮒とか、ドジョウとか』


暢気な君は、何だか愉しげ、水蘚なんかを爪先で遊ぶ。
だから、


 「あぁ、居るだろうよ、沢山居るだろ? 」

だから、僕は謎々を出す。

 「なぁ、謎々だ、お前のエスパ、鯉とか鮒とかドジョウとか、皆で欲しがり持ってった。 皆がその靴、欲しいと言った。 履いてみたいと皆が言った。 散々揉めて、結局最後に、履かずに止めたの、そいつは誰だ?」


 『何、言ってんだ? 変な謎々!!』


水飛沫上げて、それが面白いのか、君の姿が、下流へ向かう。 

夏の風景、揺らめく季節、眩しい光、木漏れ日の中、沢のざわめき、大瑠璃の声、僕は心で、シャッターを押す、静かにそっと、シャッターを押す。


     季節は変わるし、僕らも変わる。 



いつしか僕らは、ゆらゆら揺れて、何かも少し、ゆらゆら離れ。 
君の緑のワゴンの隣に、勝気な瞳の、彼女が座り、僕のカメラの小窓の中に、長いウェーブが、横切るように。 


だけども、変わらずゆらゆら橋は、僕らの想いをゆらゆら揺らし、過ぎ去る思いも揺らし続ける。 



     遠くで、君の歓声が上がる。 

靴を差上げ、ずぶ濡れの君が、 ほら見ろ! 見つけた! はしゃいで見せる。 

忘れるものか。 美しい景色。 美しく、揺れる、夏の御面影。



     謎々の、答え、教えてあげよう。
     靴を履くのを、諦めたのは、鯉。



     ゆらゆら橋で、ゆらゆら揺れた。 誰かを想い、ゆらり、ゆらりと、

     僕らのその夏、 僕らの景色も、 ゆらゆら橋で、ゆらゆら揺れた。



                    ねぇ、いつだって、 

                                  コイ ハ ハカナイ。




August 10, 2002

   
      

     
『そうは桑名の焼きハマグリ』 落ちはコレでも良かったのですが、其れはまた別の経路で
        いつかやりましょう。  このあたり、駄目がわたくしを襲っている感じ。