Come per la sigaretta che. 煙草なら、そこ 

      
       



お前が、居る、其処に居る。 紫煙を燻らせて、お前は何時も、そうして心を隠す。 神経質に、額にかかる髪を、長い指で散らして。 その指は何時も、煙草の匂いがしているのを、俺は甘く、苦く、知っている。 その指がどんな風に、俺を駄目にするかも、厭というほど知っている。 知っている事はこんなにも有るのに、俺はお前の言葉を知らない。


『甘い事、言って欲しいのか?』


そんな風に、わざと言う口は有る癖に、偽悪的に振舞って本音を隠すお前は、多分、少し臆病だと思う。そう云うんじゃないんだ、そうではなく、俺はね、お前と話がしたいんだ。

何でも良い、今日の出来事でも、読んだ本の事でも、何でも良い。小学生みたいに一日の事を語り合ったり笑い合ったりして、そうやって、お前の考えている事や、抱えている事を、俺は少しでも知りたいと思っている。 其れは、そんなに、たいそうな願いなんだろうか?



『不満?』


どうだろうな。 不満というのとは、違うと思う。 うまく言えないけれど、足りない感じがする、足りなくて、ちょっとだけが、手に入らなくて、其れに手が届かなくて、俺は、寂しい。

笑うなよ、わかってる、わかってるいるよ。 お前にしてみりゃ俺は、対等じゃ無いんだろ? あぁ、確かに俺はお前のような学は無いし、まだ餓鬼の領分を抜けてはいない。 お前にしてみりゃ、飼い猫に話し掛けて、何が面白い? そんな程度のものなんだろう。 

でもな、教えてもらえば俺だってわかることもある。 今は餓鬼でも、いずれは今のお前には追いつく。 猫だって、話し掛け、情を絡めて、それだからホッとして喉を鳴らすんじゃぁ無いか?


俺はね、人として、扱って欲しいんだ。 愛する事では対等の、一人の人間としてお前に接して貰いたいんだ。 其れは、望んじゃならない事なのか?



『今度、ローマから汽車で周るか?』


あぁ、其れは良いね。 だけども、其れは、心底そうしたくて言っているんだろか? 俺と二人の時間を、心底共有したいと思って、お前は其れを提案しているんだろうか? 違うんだろ? お前の其れは、誤魔化す為の、提案なんだろ? 

言葉を欲した俺に、お前は言葉を与えず、その口唇は、引っ切り無しに、フィルターを愛撫する。 そして、煙草の及ばぬその先では、お前は手を変え品を変えて、俺を懐柔しようとする。


なぁ、どうしてそんなに恐れるんだ? なんで、そんなに隠したがるんだ?
なぁ、お前、そんなに怖いか? そんなに後悔してるのか?


そして、またそう遣って、俺に手をのばし、俺を束の間、いいようにする。 



『愉しんでもいるんだろ?』


そうだな、俺はどうしようもなく、お前に翻弄されてしまう。 見っとも無く、声をあげ、呆気なく快楽に染まる。 でも、当たり前だろう? 愛する者に、触れ、体温を感じ、感覚を共有できる瞬間を味わえる、それに夢心地になるのって、至極当たり前の事じゃないか?

なぁ、当たり前なんだよ。 愛しているから、愛を伝えるのって、極当たり前の事なんだよ。  その当たり前を、隠して、隠して、知らぬ振りして、紫煙に誤魔化すお前は、やっぱり、少し、臆病でずるいな。  
俺にばかり言わせて、だけど、自分は答えたがらないで、
あぁ、其れはこう云う事だ、 愛が壊れたとき、お前はこう言いたいんだろ?



『俺は、本気ではなかった。  俺は、別に愛しちゃいなかった。』


図星だろ? な、ホントにお前、ずるいだろ? 念を入れて、予防を張って、ホントにお前、臆病だろう? でもな、もう、俺も、我慢がきかないんだ。 俺は、お前に愛されたいと、願う気持ちを持て余してる。 餓鬼だもの、しょうがないだろ? 子供は、我慢が出来ないんだよ。



なぁ、もう、煙草は、残りも無いし、なぁ、今度は俺と、話をしよう。
俺は、今、此処にいる。 
お前の目の前にいるのはね、お前に愛されたい俺なんだよ。



お前は最後の一本に、俯いたままで火をつける。 ほの暗い部屋、紫煙の香り、リネンの皺が淫らな名残、一瞬照らされたのは、
困惑したような、お前の横顔。


俺は、そこに手を伸ばす。 


忌々しい其れをぎゅっと握る。 遣る瀬無い蛍のような光を、俺は握りしめる。 掌に、感じるのは遣り切れない想いの痛み。 


涙が出るのは、痛いからじゃない。
こうでもして、お前に見つめられたい、自分が憐れで泣けるんだ。




ほらよ、取りなよ。 煙草なら、そこ。




July 26, 2002







      * ゆめ 様   『ヘビースモーカー/愛の証の根性焼き/微妙に切ない』
          当初、小洒落たイメージで書きましたが、ちょと違ってしまいました。 ・・・  どんまい! 
                                              (わたくしが言っちゃぁ、駄目ね)