エレジー
鼻の頭に汗をかいて、少し幼い顔をしたお前が、眠っている。
無邪気な顔をして、丸まった夏掛けに額を押し付けて、罪など犯したことも無い風情で、健やかに、伸びやかに体躯を投げ出し、お前は眠っている。
眠りを妨げぬよう、そっと、身を起こした俺の気配に、お前は腕を伸ばし、俺の腰に掌を押し付ける。 何処にも行くなと言うように、置いて行かれるのが不安だとでも言うように。
何て、卑怯な、無意識だろう。
そうして、お前は俺を縛る。 がんじがらめに、俺を縛る。ちゃちで、脆くて、なのに俺には断ち切る事の出来ない、そんなもので、お前は俺を縛り続ける。
『わぁ、お前、白いなぁ、首も腹も、同じじゃん』
初めて肌をあわせた時、お前はそうして、子供みたいに感嘆し、子供の無邪気さでもって俺の身体を、余す事無く辿った。
俺は、お前の日向臭い匂いを存分に吸い込み、汗に滑る身体を捩り、子供じみて、まるで獣のようなその行為に溺れた。
同じ性を持ち、同じつくりをしている筈の身体だというのに、こんなにも違うのだと思い知り、己に対する腹立たしさと、笑い出したい滑稽さを感じた。
肉食動物の子供に組み敷かれる、脆弱な生き物。 もがきながらも、恍惚とした顔で、捕食される事を寧ろ望むような愚かな生き物。
『お前って、インテリだから、色々考えるんだよな』
インテリなどであるものか。 真のインテリジェンスを俺が持ち得るなら、こんな馬鹿馬鹿しい茶番になぞ、未練たらしく付き合っているものか。
ほら見ろ、インテリがお前に足を絡ませ、哀願し、そして浅ましくせがんでいる。
発する言葉は知性の欠片も無く、もはや、言葉ですらない。 獣じゃないか。
いや、純粋な本能で動かない俺は、獣以下だろう。
お前に煽られ、残骸みたいなプライドまで、とうに投げ打っている、この惨めな俺に、これ以上の、馬鹿を言うな。
だがな、このくらいの、理性はある。 お前がこうして肌を合わせ、翻弄し、そして無邪気に傍らで眠るのが、何も俺だけに限ってでは無い事、そのくらいの事を承知している理性はあるんだよ。 忌々しい。
俺は、こんなちっぽけな己の聡さを憎悪する。
今だって、俺は、お前を見つめ、お前の眠りを妨げる事無く、いっそ、一思いに殺してしまってはどうかなどと考えている。
まやかしでも、愛されていると想い込んでいられる内に、お前と俺とに、荒っぽい決着を付けてしまいたい衝動に駆られる。
もう、勘弁して欲しい、でないと俺は、砕けてしまいそうだ。
夕べ、遅くにお前はやって来た。 喧嘩に負けた子みたいな膨れっ面で、冷えたビールを5本だけぶら下げて、13日振りに顔を出したお前は、物も言わずにこの部屋に入り、物も言わずに俺を剥いだ。
畜生、畜生、畜生・・・
−−− 何度もお前は呟いて、黙々とこなす作業のように、俺を追い詰め、喘がせ、快楽と悲しみで満たした。
畜生、畜生、畜生、 そう言いたいのは、俺なんだよ。
俺は、さっきまでの俺は、目の前の画面を睨み、ささやかな収入を得る為、そして今度こそお前を断ち切ろうと、この、無機質な小さな世界で、遣る瀬無い日々に埋没していた。
あぁ、それはそれで、充実していたんだよ。
俺は、思い出に浸り、痛みを過ぎた過去にするささやかな愉しみに活路を見出し、そして、自分だけの、ただ思うだけの、幸せな妄想に浸って、
あぁ、それはもう、充実していたんだよ。
幸せは、いとも簡単に崩れるんだな。
あぁ、馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ、俺は、どうしようもない、碌で無しの大馬鹿だ
いとも簡単に、残酷で、自分勝手で、甘えたがりのお前を、この身に受け止める事を良しとしてしまう。 愚かな自分を、それはそれで、幸せなんじゃないかと、錯覚してしまう。 そして、お前の質の悪い頭を、誠意の無い身体を、それも愛だと錯覚しながら、この腕は抱擁してしまう。 滑稽で、泣けてくる。
お前は、散々遣らかし、満足し、抜け殻みたいな俺の傍ら、子供の顔で、眠りに就く。 無邪気な戯れの後の、幸福な惰眠。 なのに、残酷な、お前は、そのまどろみで、必ず俺に、現実を見せてくれる。
『やっぱり、俺はお前がいいなぁ』
あぁ、馬鹿だ、馬鹿だ、馬鹿だ、ほら御覧、
俺は、どうしようもない、碌で無しの大馬鹿だ
判っていた筈なのに、
お前は、どうしようもない、碌で無しの大馬鹿で、その上、残酷な正直者なのだと云う事を、判っていた筈なのに、俺は、此処で、また、思い知る。
なぁ、お前、俺が何にも感じないとでも思っているか?
なぁ、お前、俺が平静を保つにどれだけのモノを押し殺しているのか、
ほんの少しでも考えた事はあるのか?
あるわけ無いな。 これっぽっちも、無いだろう。
無邪気というのは、無知であるが故の究極の媚態であり、精神の拘束をも可能とする攻撃である。 お前は、それを手に、俺を木偶にする。 何の躊躇も無く、勿論、微塵の後ろめたさも無く、当全の如くそれを行使する。
なぁ、お前、だけども、お前は、最期には此処に来るだろう?
なぁ、お前、だけども、お前は、最期に俺を抱くだろう?
俺の傍らで、俺に触れて、泥濘に沈むように深く深く眠るだろ?
助けてくれ、もう、俺は砕けてしまいそうだ。
もう、勘弁してくれ、三流演歌じゃ在るまいし、勘弁してくれ、これ以上、お前の勝手で、俺を縛り付けないでくれ。 俺を駄目にして、俺を屑にして、そして俺の鼻先で、希望と絶望をちらつかせないでくれ。
でも、だからって、どうしようもないじゃないか
愚かな俺は、眠るお前の口唇を撫でる。
まだ、俺は、大丈夫だ、まだ、俺は、大丈夫だと、
愛は呪詛のように俺に語りかけ、
そして、俺は、また、お前に寄添い目を閉じる。
まだ、俺は大丈夫だから、まだ、俺は愛せるから
だから
今は、こうして、お前に触れていよう。
暖かな泥濘に、いまだ砕けぬこの身を沈めて、
繰り返す呪詛の言葉を、お前に囁こう。
愛している、愛している、愛されて、いる。
July 25, 2002
* ミムラ様 御生誕 ・・・ 『タリナイ攻めと、報われぬ受』 どうでしょう?
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