キチガイポルノ side スナッフ
死にたがり屋の俺と、生かしたがり屋のお前は、なかなかにベストカップルだと思っている。
俺達は骨肉に溢れた診察室の喧騒の中、一瞬で恋に落ち、その二時間後の外来駐車場で、どっかの教授のボルボに凭れて初めてのセックスをした。マゾの俺は縫ったばかりの傷が開くのを歓喜し、お前を揺すりあげ、サドのお前は血みどろの俺に脚を絡め、突き上げるたびに鮮血を滴らせる俺の様をエクスタシーとし、その後、何にも無いお前の家のキッチンで、開いた傷をお前は縫い針で縫合し、俺はその痛みに恍惚として、お前は皮膚を通過する針の感触に萌え、恋は愛となり、俺達は、二度目のセックスを味わった。
かくも、巧くいっていた。俺達は、幸せな二人だ。
俺達は、愛しあっていたから、俺の死にたがりが日に日にエスカレートすると、お前の生かしたがりも、日に日に度を越して、もしかしたらソレは、少し、普通を越えていたかも知れない。
俺はいつだって、隙あらばこの身を切り裂こうとしていて、隙あらばソレの道具を掠め取ろうと企む。だからお前は、俺が俺を傷つけたりせぬように、俺の指を切り取った。 俺は激痛に身を捩り、恍惚とした欲望をお前と分かちあう。お前は、静かな声で、もう大丈夫、もう傷つく事は無い、と、俺の指を消毒し、肉切り包丁で切断した。今、俺の手は、つるりとした団扇の様だけど、お前と愛しあうのには、何一つ不自由は無い。
かくも、俺達は、愛しあっていた。俺達は、幸せだ。
或る時俺は、お前のマンションの窓枠に立ち、踊り出ようと企んだ。偶然ではあった。いつもより早く戻ったお前は、今まさに宙を蹴る俺を発見し、死ぬな、死んだりしてくれるな、生きろよ、生きててくれよ と、俺を掻き抱き、流涙した。そして、俺は、ならば、もう、飛び降りたり出来ないようにしてくれるよう懇願し、お前は、俺の膝下を切断した。
そしてお前は用心に、登れる家具を処分して、サイコロみたいに何も無い、その部屋で俺と暮らした。オレは随分、背が低くはなったけど、お前と愛しあうには、何も不自由は無かった。
かくも、俺達は、慈しみあっていた。俺達は、幸せだ。
お前は、仕事で家を空ける。たいていは、朝から晩まで。時々は次の日の昼まで。 或る時俺は、お前の用意した食事の後、ふと、洗剤を飲み干した。 青く、透き通った、半流動のソレは、余りに魅惑的だった。 そして、俺は、お前の啜り泣きと、胸に被さる愛しい重みに意識を戻す。 何故、ソレをする、何故自分を置いてゆく、と、お前は低く、繰り返す。 ならば、お前が居ない時、俺がソレをしなくて済むよう、何とかして欲しいのだ、と、俺はお前に懇願する。 以来、俺はお前の不在をベッドで待つ。
持続点滴の静かな滴下に静脈を刺激され、ささやかな快感を愉しみ、排泄をも他人に委ねる恥を快楽とし、俺は、床上の住人となる。 お前は、俺が退屈などしないよう、青く美しい魚を、ベッドサイドのコップに入れた。 コップの中、酸素も必要としない、一人きりの孤高の魚。 寂しいのはお前じゃないか、と、俺は可笑しくて、笑った。 だけど、そんな生活ではあっても、お前と愛しあうには、何も不自由は無かった。
かくも、俺たちは、互いを必要としていた。俺達は、幸せだ。
お前は長く、不在にする時、俺に薬を投与する。 それは、不思議な薬だった。俺の身体は金縛りさながらに動かせないというのに、意識だけは、ゆるゆるした混濁の中、かろうじて、残る。 さながら、夢でも見ているように、俺は魚を眺め、次の瞬間には眠り、また瞼を開き、そして時間の概念を失った。 そんな風に、お前が、安堵の笑みを浮かべて俺を覗き込む瞬間を、ウォーターベッドの波動を感じつ、心待ちにした。
或る時、お前は、一向に戻らず、俺は徐々に五感が、復活するのを感じた。無くした知覚が戻る事、それは、ある意味恐怖である。 俺は、鋭敏になろうとする自分に怯え、その恐怖に怯え、死を持って覆す事を試みた。 鉛のような身体を動かして、点滴台を引き倒し、砕けた点滴ビンの大きな破片を己の二枚の団扇で挟み、躊躇う事無く、頚動脈を引き裂いた。
それは、こんな風に、空気に溺れる・・・・・もがくさなか、静かに揺らめく、魚を見た。
あぁ、お前に抱かれてる、では、抱き返してやろう、と、想った。
俺を抱くのはお前ではなく、チョッキに似た拘束服であった。 俺は、拘束服に抱かれ、お前に抱かれ、そして、幸せだった。
それでも俺達は、愛しあえる。 それでも俺達は、幸せ。
それでも俺達は、かくも満ち足りたカップルだった。
愛ゆえに、俺は、お前に身体の機能を渡す。
愛ゆえに、お前は、俺の機能を引き受ける。
愛ゆえに、俺は俺を失い、愛ゆえにお前は、恋人たる俺の身体を奪う。
もし、俺が、もう何も無くなってしまったら、俺はホッとするけれど、きっとお前は泣くだろう。 だから、ぎりぎりまで、俺は、存在せねばならない。 例え、抱きしめたり触れたり出来なくとも、俺はお前を愛してゆけるよう、持ち得る全てを動員しよう。
魚のコップに、白い小石。
・・・ お前ね、痙攣したんだよ。弓みたいにね、何度も、何度も、
魚のコップに、白い小石。
・・・ 舌を噛み切りそうになって、 歯を、抜いたよ。
かくも、俺たちは幸せなのだと、覚えていて欲しい。
かくも、愛しあっていたのだと、覚えていて欲しい。
俺たちは、幸福な、一組の、カップルに、過ぎない。
July 11, 2002
* 200Hit 桜井 様 『サイコ薬物暴力フェチ』カッコ良いマゾ・・・其の二
やはり、なんだか間違えました。 ゴメン。どうにも、マゾ、攻めにしたけど、余りカッコ良くないです。
て いうか、ヤナ話ですね。 わたくしは、愉しかったです。
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