僕たちの大失敗
―― 君たちは1+1=2じゃないんだよ。 イコールの後は∞の可能性を秘めている。
つまり「CHEMISTRY」 それは素敵な「化学反応」なんだ。
「けど混ぜるな危険ッてのもあるのよねッ! 便所の洗剤みたいにさッ!」
引き摺るように連れ込んだ書斎、壁三面の書棚には革表紙がズラ〜ッ。 それを、字なんてココ数年定食屋のメニューと歌詞くらいしか読んでない癖に、 「・・・鑑定団・・5桁行くかな・・・・」 とか暢気に眺めてるドウチンを張り倒し激高するアタシは、多分阿修羅の様だったと思う。
だけど許せない、どうしたッて許せない、ていうか許せる筈ないでしょ?
「・・・換気、する?」
「換気? 換気ッてナニ? 何よッ、ソレがアンタの答えな訳ッ?!」
「・・・や、カナメ・・・ギョーザ臭いし・・・・」
「ダァレのせいだと思ってンのよォッッ!!」
もう一度張り倒したけど、粉々に砕けたハートはもう戻らないわ。
どうして? どうしてなのドウチン?
アタシ達がココに来たのは昨日、スタッフのカワネちゃんが イイ場所あるんですよ〜 ッて長い事海外行ったきりの金持ちの家紹介してくれて、えぇ、そン時はコンナ事微塵も予感してなかった。 何しろ、今年入ってから色々あったのよ。 デビュー前から後押ししてくれてたマツモトさんの手を離れ最初のアルバムを出して、アァンそりゃ不安よ、だぁッて二人でコレから遣ってくの、二人よ? アタシとあのドウチンと二人! けど、不安で仕方ないッて泣くアタシを
『・・・大丈夫だよ、ずっと二人でやってこう・・・』
ッてドウチンは慰めてくれた。 飲み過ぎた下北沢の路地裏、零れ落ちそうな星空を見上げれば
『・・・ねぇ、まるでこの世にアタシ達、二人ぼっちな感じね・・・・・ 』
『・・・ずっと・・・カナメとずっと、したい・・・・』
・ ・・・ッてキャァッ! ギュッとされて優しく背中を撫でられて、アタシ
『だったら離しちゃイヤッ! ずっと大丈夫だよッて抱き締めてくれなきゃイヤッイヤ! アタシを不安にさせないでよドウチ〜ン・・・・』
ドウチンのチョビッと頼りない胸に、頭をグリグリして泣きじゃくったの。 そんなアタシをドウチンは黙って抱き締めてくれた。 そんでオモムロに食べられちゃいそうなキス・・・・伸ばしかけの髭がチクチクして痛ぁい・・・・でも軽く目を伏せキスするドウチンはすっごくセクシィだったわ。 もー甘ぁい口づけで蕩けちゃいそうなアタシはウットリ為すがままで、畜生ッ! 速やかに後悔したんだわよッ馬鹿ドウチンッ! アンタがあんな薄汚ねぇトコでふんふんサカッてナカダシしやがるから馬鹿野郎ッアンタの「したい」ッてのはこっちの事かよッ! その後アタシがどんな悲惨な状態で家まで戻ったかッ!!
ムカッと過ぎる記憶にふとドウチンを見れば、なにやら熱心に取り出した本を床に並べて
「何してんの? アンタ、」
「・・・ドミノ・・・・凄いよ? きっと・・・・」
よッ、よしなさいよッ! 幾らスンだかわかんない金持ちの御宝本をアンタッ?!
「・・・GO!・・・」
「イャァアッ!!」
全く凄いわよ、バタバタよ、さすが革表紙よ、御宝ドミノはさながら流れる水の如く部屋を綺麗に右回り、そして二股にッ?!
「・・・ココ、ジャンピング・・・・」
「ヤメテェェェッッ!!」
二手に曲がった右側、不吉に上り坂を上がる革表紙、その頂上からポトンと落ちるならその真下に左回りの端ッコ? ダッ駄目ッ! 革は傷なんかツイちゃ話しにナンナイのよッ!! 瞬時ヒラリと蝶のように舞うアタシ。 本は最後の一段をゴトンとよじ登り、心臓破りの13段目、天辺から深緑の革表紙の金文字がポトンと、
「・・・ナァ〜イスキャッチ・・・・」
「ナナナナイスじゃないわよッ! 心臓止まりそうよッ!」
「・・・途中で止まると7点減点・・・・・」
「サ、サッパリわかんないわよッ! 五才は老け込んだわよッ!」
「・・・老けてもカナメはイケてるし・・・・・」
「キィイーッ! そう云うンじゃないのよぅッ!」
アタシは床に蹲り泣いた。 親の無い子のように泣いた。 良く磨かれた床の上、ほたほた止め処なく涙は流れ落ちて小さな小さな水溜りを作る。 コレはアタシの欠片、悲しいアタシの心が砕けて出来た美しく遣る瀬無い真珠の泉・・・・・
こんな筈じゃなかったわ。 えぇ、あの時、アタシ達、確かに二人きりでずっとやってこうッて決めたんだから。 そもそも幸先が良かったのね、アルバム出して直ぐッからCMとかのタイアップもサクサク決まってアタシ達の未来ッてばキラキラしてて、そうね、正に順風満帆だった。 あぁ、想い出すわぁ〜CM用のクリップ撮り、
「じゃー、寛いだ雰囲気、ね? 二人ツーカーでマッタリ一杯、そういうんでイコー!」
そんな監督の一声で、撮影が始まったわ。
それは綺麗過ぎずお洒落過ぎす、ちゃんと誰かが暮らしてる風な気持ち良い部屋の一部だった。 そこで、てんでに寛いでアタシ達は歌うの。 窓辺の光がドウチンの横顔に影を作って、あぁん素敵ィッ! ウットリ唄うアタシの愛がきっとココには満ち満ちていた筈よ。 そしてふと二人の視線が絡み、アタシ達はどちらからともなく近付く。 えーナニナニナニ? いやんドウチン、そんなアツイ視線でアタシを蕩かさないでぇッ! アツイ、苦しい、切ない視線でアタシに何かを訴えるドウチン。 でもアタシは恥ずかしくッて、わざとソッポを向いた。 そうしてドウチンもチョッと離れた所に俯き加減で佇む。 アタシ達はそれでも満ち足りた空気の中、ゆったりと愛の唄を歌う。
ねぇドウチン、
アタシ達、アタシ達いつかこうして二人ッきりで愛を育てて行けるかしら?
撮影終了後の控え室、どことなく無口なドウチンにアタシは甘えて尋ねるの。
『ドウチィン・・・・ねぇ、さっきなんか言いたそうだったでしょ? ねぇ、なぁに? ナンて言おうとしたの? ねェ、』
愛してるッて言って! 好きッて言って! キスしたいッて、イヤァンもうッ!―― 悪戯なアタシはドウチンの背中に抱きついて耳朶をチョッと噛んだ。
『・・・笹カマが・・・・』
『ハァ?』
『・・・笹カマに・・・・アタッた予感・・・・』
『えぇぇっ! ちょ、チョットッ! ソレッてアンタが朝、ロケバスん中でアタシに喰え言ったヤツじゃないのッ!?』
『・・・・ビンゴ・・・』
『嘘ッ!』
途端に胃の辺りがモヤッとするのを感じたわ。
今朝、朝イチ出発に土色の顔してたドウチンは、実家から送ってきたとか言う笹カマを最初一人でムシャついてたの。 でも、急にアタシの方を向いて 『・・・カナメ、食べなよ・・・』 ッて箱ごと差し出して・・・喰ったわよ・・・えぇ残り全部、朝だもの、腹減ってたもの、アタシ全部喰ったわよッ!
『どうしてよッ! ナンデそんなもんアタシに喰わせんのよッ!』
『・・・大丈夫そうかな・・・ッて・・・・』
『笹カマがッ?! アタシがッ?! アンタの頭がなのッ?!』
『・・・・やっぱ、カナメ大丈夫だったし・・・・』
『ドウチンの馬鹿ァッ!!』
そして怒りと悲しみを軽い暴力と獣のようなセックスに変えたアタシ達だったけど、チョッピリ残ったドウチンの首筋の手刀の痕に、すかさず喰らいついた週刊誌が書き立てた事!
―― 傷跡生々しく!?
内部分裂深刻!! ケミス、DV解散は秒読み?! ――
サァ〜イテェ〜〜〜ッ!!
「最低よッ! 想い出なんて一つも美しくないじゃないッ畜生ッ!!」
イヤイヤッ! どうしてアタシ達コンナなのッ? みんなアタシの事キライなのッ?
「・・・・カナメ、」
「ナニよう・・・」
妙にシリアスな顔したドウチンが、蹲るアタシを抱きすくめ、そして引き上げるようにチュッてした。 サワサワと髪を撫でる優しいドウチンの指。
「あぁん・・・ドウチン・・・・」
「・・・・行こ、」
「え? 何処へ?」
だけどもドウチンはアタシの手を引いて、ずんずんと部屋を後にする。 そして数分後、アタシ達は黄色のユーノスに乗って美しい山間の道を海に向かって走り出していた。 きらきらレースみたいな緑の葉陰、覗く青空の蒼、そして瑠璃硝子みたいな海と炭酸みたいな泡。 BGMはアタシ達のアルバム・・・アタシ達の愛の結晶・・・
「・・・窓、開けるから・・・」
「あら、冷房効いてるのに?」
「・・・・ギョーザ・・・・」
「し、シツコイわねッ!」
悔しい悔しいッ! 誰のせいだと思ってんの? 誰のせいでアタシがッ! 折りしも曲は【いとしい人】
愛しい? ・・・・・・ ねぇドウチン、コレッて、この歌ってアタシの事じゃなかったの?
昨日の晩、カワネちゃんがココに皆を呼んでギョーザパーティをしてくれたわ。 嬉しい話ね、カワネちゃんはブスだけど中々使えるコよ。 でも、その前にアタシ達はMステに出てた。 Mステ! 天敵みたいなタモさんと久々に会うなんてどうせ碌な事ナイって思ってたけどまさか、まさか、まさか・・・・
「ヤァ〜〜久々のケミスッ! ホイ、ドウチン君オメデトウッ!」
「・・・あぁ・・・」
「え〜〜〜アンマ感動ナイなぁ、イイじゃん嫁さん美人じゃん、どうよ?」
「・・・はぁ・・・・」
ナニッ?! ナニ? ナンナのッ?! オメデトウって、嫁さんッて、ナンで? どう云う事なのッ?! 頭の中なんてもー真っ白だったわ。 やたら嬉しそうなタモさんがヤルキのナイいつものドウチンにわかんない質問してて、そんで埒あかないのかアタシに、このアタシに、
「ねーねー、相方結婚して嬉しい?」
「う、嬉しいッす・・・・」
なワケねぇだろッ!
「え〜カナメ君、あんまり嬉しそうじゃないけど〜」
「・・いや、嬉しいッす・・・」
黙れハゲッ! ホッといてよ、もうアタシ達の事はホッといてよッ!
「美人のカミさん羨ましいんでしょー、アハハハハハ!!」
「いや・・・・」
羨ましかナイわよッ! ていうか殺意が走ったわ、世界中が敵よッ!!
ドウチンが結婚、ドウチンが結婚、ドウチンに美人の嫁が、美人の、アタシより? ナニさッ! ナニさドウチンッ、ハッキリしてよドウチンッ!?! ナニがナンダかわからない。 上の空で収録が終わり暴発ギリギリの楽屋、詰め寄るるアタシに
「・・・アー弁当、鮭入ってる・・・ハイ、」
食えないモン差し出そうとするドウチンはあんまりに相変わらずで、
「結婚てナニ? ねぇッ! どう云う事ッ!」
言いながら涙が出たわ。 なのにアタシの顔と鮭を見比べてるドウチン。 そんでホレと差し出した携帯、ピッとした待ち受け画像にアタシは固まる。
「コ、コイツ・・・・・」
―― 今度はババァ ―― の、あの女ッ!?
「・・・娘をヨロシクッて・・・・」
「な、ナニがよ、アンタ親に会ってハイッて言ったの?」
「・・・イや・・・・わかんないからハァッて・・・・」
「同じよッ!!」
馬鹿馬鹿馬鹿、ヤラレタわッ! あの女ッ! ハルヒコ君が好きィ〜〜ッてアタシにはホザイてた癖にッ! チョッと知り合いなだけだと思ってたのにッ! 結構素直じゃ〜ん とか 一緒にお買い物くらいなら付き合ったげようかなぁ〜 とかアタシだってココロ広く思ってたのにッ! クソゥッ!!
そして間も無くカワネちゃん達がアタシ達を迎えに遣って来た。
「ラブラブ会見でしたねぇ〜カワバタさんもファイトッ!」
余計な事言うな馬鹿野郎! ッて怒鳴る気力もなく車4台でアタシ達は夜の高速を走る。 そうしてブルーなアタシと相変わらずのドウチンを囲み、素敵なギョーザパーティは夜通し続いたわ。 地獄よ。 針の筵よ。 ドイツもコイツも解禁とばかりにオメデトウオメデトウ黙れッ、九官鳥みたいにアンタ達五月蝿いのよッ! ちっともメデタクナイじゃないッ?! アタシは大人だから逃げないけど、一切コメントしたくないし遣り切れなくて黙々食べて黙々と飲んだ。 そして早朝カワネちゃん達が 「羽根伸ばしてねぇ〜」 ってゾロゾロ解散した後、胸焼けのアタシは三回に分けて猛烈に吐いたわ。
「・・・ゲロ、凄い臭いだったね・・・・」
「アンタにナニがわかるのよッ!!」
キュッと車が停まり、美しい砂浜に剣呑とした空気のアタシ達は佇む。 少し向うで二人の漁師が網を広げてゴミだかなんかを毟ってた。 ドウチンはチャリチャリ指先で車のキーを回してる。 と、若い方がコッチを見て手を振った。
「お、オヤジッ!ケミスッ!ケミスだよッ!」
「あぁ?」
「ホラッ!ケミスッ!黒い方がカワバタで白い方がドウチンだよッ!」
「アー黒い兄ちゃんはイイ漁師になれるぞォ〜〜」
大きな御世話よッ!!
見ればドウチンはボンヤリ手を振り返していた。 ―― 傲慢カワバタ!! ―― またそんな事書かれても厭だから、取り敢えずアタシも手を振り返し、そっとドウチンを向うの岩陰に誘う。 ハッキリさせようと思ったわ、このままどうするのかアタシ、ハッキリさせなきゃッて思ったわ。 だけど先に動いたのはドウチンだった。
「・・・このままキミと一緒に手をつないで歩きたい・・」
「・・ナニよ、そんな糞みたいな唄ナンで歌うのよ・・・」
抱き寄せられて、耳元で歌うなんて卑怯者! 擽ったい・・こめかみにドウチンの無精髭がジョリジョリ当たる。
「・・・キミが困った時は僕が背中押してあげるから・・・」
「・・嘘よ、嘘ばっかり・・・いつも背中を蹴飛ばす事バッかする癖に・・・」
歌うドウチンがわからなくなった。
ねぇ、それはだってアノヒトの歌なんでしょ? アタシなんてもう関係ナインでしょ?
「・・・どうしてもキミの事僕が守りたくて・・・・」
「・・だったらナンで結婚なんてすんのようッ?!」
「・・・・成り行き?・・・・」
「はぁ?」
「・・・やっぱカナメが良いんだけど・・・・」
「やっぱ?」
「・・・・カナメとずっと居たいんだけど・・・」
「じゃ、アタシを連れて逃げてよッ!」
そうでしょ? あの歌みたいにアタシを抱き寄せてよ、肩をギュッとしてよ、そしたらアタシなにも恐くないから、だからアタシを連れて逃げてよッ!
「・・・あそこ・・・・」
不意にドウチンが沖合いを指で示す。 そこにはポツンと小さな島のような岩場が突き出ている。 ナニ? あそこに逃げるっての?
「・・・あそこ・・こないだ釣り人が落ちた・・・」
「へ、へぇ〜・・・」
「・・・まだ死体が上がらない・・・・」
だからナニよッ!! 怒鳴ろうとした唇はドウチンがしっとりと塞ぐ。 ゴツゴツした岩場に背中を押し付けられてアタシは小さく悲鳴を上げたけど、
「・・・・カナメが好き・・・・」
「馬鹿・・・・」
そんなドウチンを許してしまう自分が悔しい。 ねっとりしたキスはアタシを翻弄して、サラサラした手の平がシャツの下でアタシの熱を煽った。
「・・・カナメ・・・・」
「あぁん、ドウチィン・・・・・」
「・・・・・・・・・鍵・・・・」
「え?」
真上から見下ろすドウチンが両手をヒラヒラさせて、さして変化のないボンヤリで言ったわ。
「・・・鍵、ナイよ・・・・」
「エェェ!」
馬鹿よ・・・こいつホントに馬鹿よ・・・
「・・・夜ヤッても青姦ッて言うのかな・・・」
「知らないわよッ!」
そうしてアタシの上からドウチンはどいた。 日が傾きかけた空は紗を掛けた様に、青に朱を混ぜ始めている。 捜し物もせずに暢気に砂浜で黄昏るドウチンを、アタシは遠い国の景色みたいに眺めた。
「おォ〜〜〜イ!! なッ? なッ? 嘘じゃねぇべ?」
見れば、さっきの漁師(息子)が仲間数人を連れて得意げに手を振っている。 それにボンヤリ手を振るドウチンが
「・・・・家、帰れるね・・・・」
温い笑顔で言った。
愛しい人、馬鹿で屑だけど愛しい人・・・・
だからアタシはクシャミした振りして、チョッと涙を拭いた。
いとしい人 (誰がッ?) 僕の肩に抱きよせ (誰をッ?) キミを連れ去って (青姦でもしようッての?)
CEMISTRY ・・・ソレは二人が生み出す「音楽的化学反応」
つまり、それはヒトとして大失敗だと云う事を、アタシはその瞬間に悟った。
みんな消えてしまうがイイわッ! 馬鹿ァッ!!
July 18, 2004
> パンチングヒ〜ロ〜」の続きを読んでみたいのですが・・
* 歌詞、引用しました。 文中、松本氏の言葉も引用しました。 でも、細かい設定はデッチアゲです。
涙で前が見えません・・・・色々・・・・
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