**   ピンク・パラノイド  **





          全てはバーチャルからリアルへ。

         ・・・・・・ では一体どうやって、私が今の様になったか?

          切っ掛けはある日、突然訪れたのでした。



 それは朝の通勤快速の車中。 混雑の人波に流されまいと、両手で掴んだつり革を頼りにぶら下がるようにしていた私は、今日吐く予定の嘘を頭の中で順番に反芻していました。 

 ―― なんと素晴らしい企業! そしてそこで、必ずや有益な働きをするであろうこの自分!! ―― 

 当時大学四年だった私は内定ナシ、引き受け先の目度もナシ、無論コネもナシ。 ならばと手当たり次第の企業面接、そこでの嘘八百に身も心も疲弊しておりましたので、もはや頭の中は理想と現実のギャップに耐えられず、瀕死の逃亡はより深遠へと向かったのかも知れません。 

 やがて次の停車駅近く、ガタリと踏み切り停車の弾みをうけ、私は後ろに大きくよろけます。

 「す、すみません」
 「いえ」


 背後に立っていたのは、会社員風の男でした。いかにも出来そうな雰囲気で、歳は三十ちょっと。細身で上背があり、素人目にもコナカや青木じゃないスーツを着込み、洒落た縁無しの眼鏡は神経質そうな顔に良く似合い。 あぁ自分とは大違い。 こんな人はきっと就職如きにオタオタせず、サクッと仕事をこなしサクッと綺麗な彼女を作り…… などと思いつつ。

 でも、そう人に限って人に言えない悪癖っていうのがあるもの。
 そう…… 例えば


 よろけた態勢を立て直し、揺れに身を任せた背にスゥッと指先を感じました。

 「え?」

 上から下に撫で下ろされたソレ。ツツツと腰骨の縁を辿り、そのまま股間へ貼り付いて。

 「……ぁッ…… 」


 キュッと握られ思わず声が漏れてしまいます。

 なぞり、揉みしだき、時に爪を立てるように掠め、さながら淫靡な蜘蛛みたいに動く指。払い除けようにも振り払うべき腕は高々と真上のつり革にあり、身体は混み合う車中で半端に傾いでおり、立っているだけでやっと。そんな微妙な万歳をしたまま、まるでノーガードの下肢。 私に、為す術はありません。

 「……ぅ、くッ……ん……」


 スラックスの布越しに感じる、もどかしい刺激。 思わず締め付けた太腿は、図らずも後ろから差し入れられたもう一つの手と指を挟みつけ引き止めてしまい、陰嚢を押し上げられながら過敏になった先端をカリカリと引っ掻くようにされれば、縮こまっていたペニスがいよいよ背伸びを始めるのを自制できませんでした。

 「…… や…… 止め……ッ」


 堪えきれず小声で抗議した唇に、二本の指が差し込まれました。 ゴツゴツした男の指。 滑り込む指は縮こまる舌先を宥めるように、愛撫するように擽り、堪らず声を上げようとした瞬間それは引き抜かれ、裾を捲り上げられたシャツの内側に潜り込むのです。 

 「……ゃッ  ど、っ……?」

 どうして? どうしてこんな事を? 

言葉は臍の窪みを這う刺激に震え、続きませんでした。 どうして? 私は混乱の中、自問します。


 見てのとおり、私は男です。 見た目も中身もありきたり過ぎるほどに凡庸な、全てが中庸としか言い様のない、冴えないモテない男です。 ゲイの男性がどんな同性を好むのかは見当がつきませんが、恐らくそれは逞しかったり凛々しかったり、あるいはギリシア神話の少年のような美形であったりするに違いありません。 少なくともこんな、ヒョロヒョロ貧弱で影の薄い、私のような男では無いと思います。 

 だから、なんで? 何故私が……?

 けれども指は、貧相に浮き出たアバラを這い回り、脇腹を撫で上げる濡れた感触に思わずヒュッと息を飲みました。

 「……ふっ、……ぅ……」


 乳首を抓られジワンと響くのは痛みばかりじゃなくて、股間と乳首、二方向からの責めに抗議の声も出せず、むしろ声を出せばそれは浅ましい嬌声なのでしょう。 ならば恥じを晒すまいと、声を殺して息を詰めるのがやっと。 だから股間を彷徨っていた指が離れ、あぁ終わったかとようやくホッと息を吐けば、全く、甘かったのです。 一瞬崩れかけた身体を背後の腕が支え、その時、お尻に押し付けられた硬く熱いもの。

 「?!」

 怖い…… 

 スゥッと熱が引くのを感じました。 最悪です。 最悪の事態が起ころうとしています。 嫌だ。助けて。恐い。 恐いのに、なのに素直に助けを求められない。声を出した途端、今触れている指がどんな酷い事をするのか想像するのも恐い。

 嫌だ。恐い。恐い。嫌だ。恥ずかしい。 

 けれども指は、逃げを許しはしませんでした。

 「……ぁ、……はッ……」


 チチチチと下ろされるファスナー。指はペニスを引き摺り出し、すっかり上向いたソレを握ります。 嫌悪と恐怖と、それをも凌駕する快楽。 自分ではない、熱い、ゴツゴツした掌がペニスを握っているという異常。 その手により確実に快感は引き出されつつあるという異常。 気付けば揺ら揺らと、浅ましい腰は男の指に踊らされて更なる刺激を強請るのです。 

 「……ひぃ……ぅ…ふ、…」

 ムニッと指先で先端を潰され身体がビクリと跳ねます。

 「ぅッ、……ッ   ん……ぁッ……」


 もう一度割れ目を押し広げられ、キュッと食い込んだ爪の痛みに身を竦めれば、すかさずツルリと慰撫され甘い震えが走りました。滲んだ先走りがぬらぬらとペニスを伝うのが目に浮かぶようです。 どうしよう。 このままでは、いやらしい音が周りに聞こえるんじゃないか? 浅ましい自分が知られるんじゃないか? こんな電車の中で、こうして見も知らぬ誰かに良いようにされてる自分を、ましてやそれを悦んでいる自分を皆に知られてしまうのではないか?

 今や滑るばかりで堪え性の無いペニスを勢い良く抜き始めた右手と、甘く疼く乳首を摘まんでは捏ねくる隠微な左手。 凄まじく圧倒的な快感に、私が全てを放り出すのは時間の問題でした。

 「…… はッ、ぁッ、あぁッ……も……もうッ……」

 あぁ、もう駄目



 「だ、大丈夫ですか?!」

 気付けば、私は床に蹲っていました。


 どうしたどうしたと乗客達の騒ぐ声が聞えます。 
混み合う車内の乗客に囲まれ、のろのろ顔を起こした私は電車が停まっている事に気付きます。

 「119、掛けますか? 次の駅までもうすぐだけど我慢できそうですか?」


 そう尋ねてきたのは例のデキル会社員の彼です。 ハッとして自分を見れば、着衣の乱れはありません。 衆目の中にあって居た堪れなくなり 「いえ、結構です」と小声で答えると、慌ててあたふた立ち上がりました。 と、その時ガタンという揺れに電車が動きました。 窓の外を見ると丁度、電車が踏み切りを通過するところです。 

 踏み切り? 

 そうです、確かにさっき、信号待ちの停車の為ガタリと揺れたのを私は記憶しています。 けれど、今見た踏み切りは先刻の踏み切り。 ならばあれから、ほとんど時間が経っていない事がわかります。 せいぜい2〜3分といったところでしょう。 

 なら、あの濃厚で隠微な体験は何? 見回せばもう、いつも通りの車内風景でした。 まだ心配そうに目で問い掛ける視線はあるものの、そこに、恐れていた好奇や侮蔑の嘲笑はありません。 でも。 でも違う。 そっと伺って見る件のエリートサラリーマンは、スッキリした首筋を軽く曲げ、つり革の広告に見入っています。 まるで、何事も無かったかのように。 

 何事も無かった?

 でも、あったんです。 何かがあったんです。 何故なら私は下着を濡らしていました。 射精したのです。 つまり私は、物凄い短時間でエロ妄想に浸ったあげく、まんまと射精したのです。


 これが、私と妄想との長い付き合いの始まりでした。



 以来、引っ切り無しの妄想に取り付かれた私にとって、毎日とは破廉恥で、切り貼りしたAVさながらの猥雑さで作られます。


 例えば駅前で女子高生の集団を見れば、すかさず彼女らに公道で全裸に剥かれ、いかがわしい玩具をあちこちに差し込まれ、 『淫乱ケツマンコ』 とマジックで大書きされた剥き出しの尻を蹴り飛ばされながらよたよた商店街を歩かされる自分を妄想し、気付けば 「あんたこんなところで座り込んで、お腹が痛いの?」 孫の手をひく老婆に背中を擦られて我に返りました。


 またある時は犬の散歩中の熟年夫婦に出遭い、ドーベルマン二匹との獣姦を強要されました。 全裸でリードをつけられた私は、二匹の湿った鼻面を尻に、陰嚢に感じつつ、緑溢れる市民公園の噴水の周りを散歩させられ、ついには遊びに来ている若い親子の注目を浴びつつ、恍惚として排泄行為を行うのです。そして尻を高く掲げた獣のような四つん這いで二匹を代わる代わる受け入れては咽び泣き、舐めまわされ、勃起したままのペニスからだらだら射精しつつ、アナルからは大量の精液を垂れ流す様を夫婦に指差し罵倒され、畜生以下だと笑われる妄想に苛まされるのです。 

ハードでした。 あんまりなマニアックプレイです。 

 そんな妄想に塗れた私は、ベンチ寝そべるようにして気を失っていました。 異変に気付いた犬が飼い主に知らせ、介抱され、まぁ飲みなさいと冷えたペットボトルのお茶を勧められ、現実へと戻りました。 賢そうな犬と善良そうな夫婦。 なのに自分ときたら、彼らをなんて妄想に登場させているんだろう! しかも射精していました。 あんな妄想でも、イクのです。


 泣きました。 声を上げ、子供の様に泣きました。 恐くて情けなくて、泣くしかなかったのです。 泣きじゃくる奇妙で異様な男を夫婦は優しく宥め、 「何があったかわからないけれど、人生諦めるもんじゃないから……」 と、家まで送ってくれたのでした。 なのに自分ときたら!

 もう、まともじゃありません。 


 出会い頭におもむろに、理由もなく犯される、甚振られる、辱めを受ける毎日なのです。 一瞬たりとも気が抜けないのです。 しかも妄想が性的にアブノーマルである事もショックです。 選りによって、自分自身に関して概ねホモ設定なのも大きなダメージでした。 こんなの嘘です。性的な妄想をした事が無いとは言いませんが、こんなのはナシです。私は至ってノーマルなんです。こんなハードカテゴリは回れ右なんです。 何より心が傷付いたのは、そんなアブノーマル妄想に於いてもことごとく反応し、かつて無い絶頂を味わい、時にもっともっとと強請りながらイッてしまう事実。

 私は居たたまれない気持ちと情けなさから死すら考え、ついには自室に引篭もるようになりました。 
 人に会うのが恐いんです。

 大学にも行かず、就職活動もせず、自室に閉じ篭る私に母が言います。


 「ねぇ、何があったの?」
 「別に・・・・」

 言えません。

 母親に言える筈がありません、あんな事。 だけども心配そうな母親の顔を見れば、胸が痛みます。 ごめん、ごめん母さん、ごめん、僕はこんなで……


 「…… ダメだわ、息子の心がわからない私は母親失格」

 あぁ投げ遣りにならないで、母さん

 「おう、悩みか? たまには親子で一杯やるか?」

 いつの間に帰宅していたのか、父親が顔を出しました。 

 「就職、今年決まらなくても皆そんななんでしょう? 大変なんでしょう?」
 「まァ、いざとなればな、そら、新しい資格でもとりながらバイトで繋ぐのも一つだぞ?」


 両親は私が、就職活動の壁にぶち当たったのだと思っている様子です。 あぁそれならどんなに良かったでしょう? そんな悩みなら大いに結構なんです。 それなのに自分は、……。心配をかけて、すまない気持ちで一杯でした。 

 「で? 話してみろよ?」

 ハの字に眉をよせ、ベッドに腰掛ける私を覗き込むように父親が言います。 
が、言えません。いくら何でも、親になんか絶対話せる悩みでは無いんです。

 「ね? 力になるから?」

 父親の傍ら、にっこり笑う母親の顔をみて、また泣きそうになりました。 あぁ、なんたる親不孝……


 「じゃぁ、カラダに訊こうか?」
 「え?」


 てきぱき巧みな縛りを披露しつつ圧し掛かる父親は、何故かありえない超マッチョでした。 母親はといえば、芋虫の様に転がる私を見下ろして 「さぁ、あなたがオトナになったところ、母さんにも見せて?」 ニヤリと笑ってスカートをたくし上げました。


 その後の事は、詳しく話したくありません。


 私は父親を受け入れ、母親を受け止めました。 要するに、親子でヤッたと云う事です。 禁忌も禁忌です。 なのに、味わった快感は比類なきものでした。 

 勿論、全て妄想です。


 だけども、余りに生々しく、余りに鮮烈なそれは、既に現実との境界を失いつつあります。 ハッと我に返るその瞬間まで、私には現実と妄想の区別がつかないのです。 いつから現実が妄想にスライドしたかすら、定かではありません。 全ては、事後の情報収集による、後付けに過ぎないのです。 現にその時でさえ 「なにぼうっとしてるのよ?」 と母に揺すられるまで現実はそこにありませんでした。 ほんの二分弱の事だったようです。 ただ私は、ベッドに腰掛けたままぼうっとしていただけなんです。 そう、あんなに喘いだのに、淫らな懇願をしたのに、私は無言だったようです。 これが唯一の、切実で喜ばしい事実です。

 でも、射精はしているのです。 

 「本当に大丈夫か?」 差し伸べられた父親の手を反射で払いました。 嫌悪からではないです。 性的な興奮を思い出したからです。 既に両親すら、性的な対象なのです。

 もう、家にも居場所はありません。
 例え妄想でも耐えられません。



 居場所を失い 『モラルと言い訳の針の筵』 を存分に体感した私は、やむなく、中断した就職活動の今後に指示を仰ぐべく、久しく休んでいた学校へと足を運んだのでした。 どうせどこに居ても一緒です。 だったら、他人相手の方が余程、良心が痛まなくて済みます。 肉親相手に比べたら、犬だろうが幼女だろうが複数だろうがもう、どうでも良いとすら思えました。 

 実際問題、頭の中のアレソレがどんなに破廉恥でも如何わしくても、下着が汚れている事さえバレなければ自分は、たまにボーっとする上の空な大学生に過ぎないのですから。 ならばもう、かまやしません。 イッた直後のぼんやり中、うっかり事故に遭わなきゃ良いだけなんです。 どうせ妄想です。 頭の中の出来事なんです。 尤も己の妄想の破壊力に、私の心がどこまで耐えられるのか、些か自信はありませんでしたが。


 そしてその日、私は初めてコンドームを購入しました。 恥ずかしながら、女性と交際した事はありません。 なので、こんな切っ掛けが初購入とは痛いなぁと、力無い笑いがこみ上げます。こんな私でも、好きな女性とのいつかを想像した事はあるのです。今の様に比べれば、ささやかで子供じみた空想でしたが、成人男子としては至極健全な夢だと思います。

 ともあれ一先ず、射精対策。 日に何度も下着を濡らすので、その都度コッソリ洗濯するのも悩みの種でしたから。

 ゴムはコンビニで買いました。 その際、コンビニ店員二人(30代店長風・20代前半学生風)と立ち読み客(20代後半・ジャージ・金髪)による『縛りあり・スカトロありの輪姦』も当然ありましたが、どうせ脳内です。 脳内事後 「大丈夫ですか?」 と、陳列棚の間にしゃがみ込んだ自分に手を差し伸べてくれた薄毛の店長を眺めつつ 

 ――さっきはあんたそこのレジ台に人を腹這いで押さえつけて突っ込んで、『そっちも暇だろう?』ってアルバイトのをしゃぶらせた癖に! 尻にシェイクしたビール流し込まれた挙句ジャージ男に立ちバックされてる僕を 『まだ出すなよ?』 って口にパピコ二本捻じ込んで、ペニスを輪ゴムで括った癖に……―― 

 過ぎれば妄想を冷静に反芻出来る程度に、自分はスレてしまったようです。 慣れとは恐いですね。


 そんな大学までのたった四十分。 けれどもその苦難に満ちた道中たるや、見ザル聞カザル感ジザル。 多少は慣れたとはいえ、卑猥な妄想など無ければ無いに越した事はありません。 心身の消耗振りが、妄想前後では桁外れなのです。 それなので極力五感を刺激しないように、濃いサングラスに耳栓。 人目を避けるべく、ほぼ始発の電車に乗り込んで、更には分厚いコートで接触をガード。 当然、下着の中ではコンドーム着用です。 どこをどう見ても春先の変質者に他ならぬ出で立ちでした。 しかも何かあって運ばれたなら、明るい場所での人生が終ると言っても過言ではないでしょう。

 思いつく限りの万全でした。 

 それでも私は途中二度ほど蹲り、駆け込んだ駅のトイレでは初老の掃除婦と若い駅員によるバイオレンス系SMありの輪姦陵辱後、居合わせた労務者風の男にはボールペンで尿道を責められ、掃除婦により丹念に拡張されたアナルには、駅員と労務者とのコラボによる二本挿しを体験。 ラストはフィスト&アーム。 スパンキングされつつしゃぶらされ、尚且つ腕まで突っ込まれるハードプレイを掃除婦に仕込まれて、咽び、震え、悦び、自虐的で淫猥な妄想に白目を剥きながら発射したのでした。 コンドームはトータル四回付け替えました。

 病は酷くなるばかりです。

 そうして、私がゼミの研究室に着いたのは正午を少し廻ったあたり。 濃厚な半日でした。 既に心身ともにボロボロです。 耳栓とサングラスを外しつつ部屋に入ると、そこには雑誌を捲るタチバナの姿がありました。


 「やぁ、最近見なかったけど…… 花粉? 凄い格好だね、」


 雑誌から目を上げ、タチバナが私に言います。 長身色白肥満体なタチバナは汗っかき・駄菓子好き・エロゲと美少女アニメが大好物と言う見た目通りのオタクでした。 が、その一方ではディベートに長け、恐ろしく切れる頭と豊富な雑学、加えて見かけに反する機敏なフットワークをも兼ね備える、実に有能な男でした。 ですから妄想に流される私は、タチバナに相談してみるのはどうだろう? と、彼に縋る事を思いつきます。 日頃特定の友達を作る事もなく、とことん協調性のないタチバナではあります。 日常の悩みならば、最も相談すべきでない相手だとは認識していました。 けれども今は、日常ではなく 『非日常』 です。コアなオタクという一種妄想に塗れた生き方をしている彼ならば、今の私の状況、つまり、このやり場の無い垂れ流しパッションを上手に遣り繰りする術に長けているかも知れません。


 「た、タチバナ君、実は聞いてもらい事がある。 …… だけれど、でも、僕を軽蔑しないで欲しいんだ、」
 「聞くのはお安い御用だけど、キミを軽蔑しないっていう自信は無いな」


 とりあえず、タチバナが正直である事は、良くわかりました。だから私はあの車内での出来事に始まる妄想の暴走について、時に大声を出し、時に身を捩り、床に転がり足をばたつかせ、しまいには感極まりオイオイ号泣しつつ、スニッカーズを齧りながら読めない表情で私を見つめるタチバナに語ったのでした。

 「も、もう僕は、僕はまともじゃないんだ、僕は・・・・」
 「それ、僕的には美味しいんだけど」

 バーチャルからリアルへ―――  そんな言葉を、チョコのこびりついたタチバナの唇が語った気がしましたが



 「もしも君の妄想が現実になったら」
 「え?」

 気付けば半脱ぎのシャツで両腕を後ろ手に括られ、僕は剥き出しの下半身を大きく開いていました。

 「僕にはソレが出来るよ」
 「ひぁッ」

 おもむろに僕の膝を割りタチバナが内腿に唇を寄せます。

 「や、やめて」
 「ね、僕がなぜオタクかわかるかい?」
 「くぅ・・ン・・タ、タチバナぁ・・」

 熟れた舌の感触が内腿を這い登り、甘噛みされる刺激に甘ったれたいやらしい声が漏れるのです。

 「ソレはね、バーチャルをより現実に近づける作業が楽しいからさ・・・・ほら、勃ってきた、」
 「はぁん、んッ・・・も、もう・・・」

 カプリと喰いつかれ、ねっとりした熱に舐られたペニス。

 「何しろあの世界はありえない事だらけだからね、ましてや性的なそれなんてカオスだよ、カオス。 そんな他人の妄想を見聞きするのは愉しい。 ソレを現実に置き換える作業は尚楽しい。」
 「・・ふ・・・」
 「だけどどうだろう、僕には致命的な欠落がある…… 僕には残念ながら想像力というのが無いんだ。 だから、僕は妄想を生み出せない、時として現実すら忘却に追いやる歪んだ猛々しい情熱を多分、一生、僕は味わう事がない」
 「だ、だからって、いァ・・ッ、・・」


喋るタチバナの舌がチロチロくびれを攻め、先端を掠める吐息の隠微さに、僕は思わず腰が浮くのを抑えられませんでした。

 「だから提案なんだよ、キミは僕に妄想を見せてくれ。 無限の欲望のカオスを、僕に堪能させてくれ。 代わりに僕は、キミに安全な現実を提供する。 あのね、キミの妄想は売れるよ? だからキミは商品として、溢れんばかりの妄想をどんどん流してくれればいい。 ビジネスの方は、僕に任せて、ね? これって、巧いこと行きそうだと思わないか?」

 チュぅッとヒクつく割れ目を吸われ、尖った舌先で抉られ、僕は何かを失くしました。 

 「ああッ、 た、タチバナぁ、ぃ、イッちゃう、イッちゃうよぅ・・」

 僕は自ら腰を振り、発散に向けて熱い口中に注挿を繰り返しました。けれど、

 「まだだよ、バーチャルじゃ経験済みでしょう?」
 「くぅっ、」

 寸前、ぬらりと吐き出した根元をタチバナはギュッと指で絞めたのです。

 「・ゃ・・い、いかせて・・」
 「駄目」
 「なん・・で、・・」
 「これは取引だ。 返事が欲しい。 悪い話しじゃないだろ? このままじゃ君は一変質者だ」


 グイッと両足を抱えられ、思い切り晒されたそこ。 開いた足の間に見知ったタチバナを認め、カァーッと今更の羞恥に襲われますが、次に訪れた衝撃はなけなしの理性を放り出すに十分でした。

 「ふあぁッ、」

 小山のような身体を屈めたタチバナが、ぴちゃぴちゃと犬の様にそこを舐めとります。 思わず締め付けた膝の間、内側の皮膚にパサパサする髪の毛を感じました。 

 「今の君が適応出来る社会は、残念ながら無い。 かと云って医学で証明出来る病気では無いし、何より人に理解される障害の類でも無い。 むしろバレたら軽蔑されるだろうね?多分、君は全てを失う。」
 「……ふぅ……ゃ……喋んないでッ・・…ぁッ……」

 わかっている、わかっているんです。自分の立場なんか、抱える問題の厄介さなんかわかっているんです。 
 でも、そんな事よりも、今は快楽を選んでしまう浅はかな自分。


 濡れた粘膜がキチキチ引き攣り、指が入り込むのがわかりましたが、痛みはありませんでした。 押し広げられる息苦しさに仰け反れば、湿った吐息が漏れます。 苦痛ギリギリの快感。 内側の柔らかい壁をグイッと押し広げられると、ゾクリと得体の知れない震えが爪先まで走ります。 指は何度も何度も、とりわけ震えの来る場所を擦りました。 ぽかんと開けたままの唇から甘ったれた嬌声が零れ初めて、尋常じゃない快感に頭の芯がぼぉっとしてくるともう、イカせてれくれるなら何でもするから。 もう、何でもするから、だから

 まるで生殺し。

 「ふっ、ぅ・・た、タチバナァ、おねが・・い・・・」
 「だから僕からもお願いするよ、協力してよ」

 根元を締め付けられてハチキレそうなペニスがヒクヒクと震えます。

 「ん・・・ぅ・・」
 「君の妄想が欲しい」
 「・い、い…… ぁっ・・・」

 ミシッと軋むような感触で入り込む熱くて硬い楔。 タチバナの。 圧倒的な重量感は見えないからなのか、何なのか、恐い、熱い、痛い、痛い、痛い、熱い、苦しい、痛い、痛い、助けて、身体が裂けてしまいそう。

 「き、きついな…… 入れるの初めてじゃないでしょう?」

 そう、初めてじゃありません。 こんなの序の口という程度に、妄想の中の私は汚れきったスレッカラシです。 けれども、苦しいのです。 苦しくて怖くて熱くて痛くて、それはより生々しいリアルでした。 

 「ィ・・ッぅ・・・・はぁッ、」

 痛みに萎えたペニスをタチバナが緩々と擦ります。 括れを軽く捩じられ、ふっと力が抜けた瞬間、ズイッと奥まで入ったソレがゆっくり注挿を始めました。

 「あ、あッ、あッ、あッ、ァ」

 内臓を押し上げられる有り得ない衝撃に、断続的な声が漏れるのを止められませんでした。 

 せりあがるのは苦痛ばかりではなく、規則的な突き上げにずり上がる背をタチバナが引寄せます。 一層深く結合した最奥が熱く、粘膜はタチバナのモノにねっとり絡みつき、出て行こうとするソレを物欲しげに引き止めるのです。 強引な摩擦にジュクジュクと蕩け、熟れて、滴って。 もう自分の身体を制御出来ませんでした。 暴走する身体をどうする事も出来ないのです。

 ダメだ、壊されるんだと思いました。 内側から壊されて、いやらしい何かに、もっといやらしくて浅ましい何かに、自分は変化させられてしまうんだと思うと、恐怖と同じくらいの興奮で目が眩みそうです。じっとり汗ばんだタチバナの身体が、巨大な白い壁みたいにユサユサと波打ちます。 ソレはぬるぬるしてフワフワして、揺すられ震える僕のペニスを微妙な振動を伴い擦り上げ、追い上げるのです。

 「・ぁ、ん・ンンンッ・・・」

 なんか…… すっごくいい。 

 気付けば両足をタチバナに回していました。滑るタチバナに巨漢にセミみたいにしがみついて、滑る背中に爪を立てて、腰を振って、もっともっとと快感を強請って、もっともっと。

 「…… ぁ……ぁあ きも……ち……いぃ……ッ ぁッ……」

 白痴みたい喘ぐ僕を、汗だくのタチバナが揺すり上げ見下ろします。 タチバナの、一つも興奮していない、ヒンヤリした目。


 「つまり僕らは妄想を商品として売るんだ、ありとあらゆる背徳的な妄想を、リアルに再現して見せるんだ、体感させるんだ。 バーチャルの限界を超えるんだよ、ね? 素敵だろ? 協力してくれるだろ?」
 「…… ァアッ、」

 ズンと一際深く突き上げられたままグイッと持ち上げられて、腹に乗せられてしまえばもう、僕はイク事しか考えてませんでした。 波打つタチバナの腹に乗せられ猛然と下から責められてすすり泣き、嬌声を上げてはガクガク腰を振り、射精の瞬間のみを待ち侘びる僕は、まごうことなき肉欲の塊でした。

 「ああッあッあッ、す、すごッ…… ぃ、ィッちゃうッ、イカせて、な、ナンでもするからッ、イ、ぃィカせてぇタチバナッ、タチバナッ、タチバナ・・ぁ・・んッ・・・アアアアア……」



 「じゃ、とりあえず交渉成立って事で!!」



 パンと手を打つ音が響き、僕は床に転がっていました。 

 ハッとして身を起こそうとした瞬間、カランとマジックペンが一本、床に転がりました。 唾液に濡れた、ありふれた太書き用のマジック。 咥えていた? 恐らく、私はそれを咥えていたのでしょう。 でも、それが自分でした事なのか誰か、つまりタチバナのした事なのか、そもそも何故そうしていたのか、理由も意味もわかりません。 ですが、でも、それ以外はいつもの妄想後と同じく、実にキチリとしたものでした。 きっちりコートを着込んだまま、着衣に乱れはありません。

 そして未だかつて見た事無いテンションのタチバナに、拍手喝采で激励されたのでした。


 「ちょ、ちょっと、タチバナ君? あの、交渉?」
 「え? ……あれれ? さっき君、ちゃんとウンウン頷いてたのに? まさか全部アッチの世界だったって? 」

 あぁ、確かに声は聞こえていました。 妄想だの商品だのと、ヤリながら仕切りにタチバナが話していたのを確かに私は聞きました。だけどあの場は、それどころではありません。 だってあれもこれもして、これまでの妄想を上回るリアルさで。 そう、リアル。

 ふと目をやると、ぼってりしたタチバナの手はまだ、齧り掛けのスニッカーズを握ったままでした。 甘ったるそうなチョコレート菓子は、先刻見たそこからちっとも減ってはいません。でも。

 「…… あの、僕、タチバナ君との話のどのへんでぼんやりしてたかな?」

 何となくですが、どこかに本当が紛れている気がしたのです。

 「え〜? どの辺も何もキミの妄想を僕が商品化するって事、ざっと提案しただけなんだけど、そうだな、話し始めてすぐだからまだ、2分……いや3分経ってないかな? まァ言ってしまえばコッチはぼんやりしてるキミに一方的に話してただけだから」 
 「…… 話しただけ?」
 「だけって?」

 本当に話しただけ? 

 本当? 本当に何も? もしかして触れたり、そう、ほんのちょっぴりでも、タチバナは僕に触れたりしていないのだろうか? 例えばあのマジックの意味は。

 でも、その疑問を私は、口にしませんでした。


 「いや、あの僕さ、何かヘンな事言ったりしたかな?」
 「あはは、変って言えば全部でしょう! だっていきなり虚ろな顔で寝転がったからねぇ。 驚いたよ。 キミの病歴は知らないけども、痙攣でも起こして吐いたらヤバイなって、慌ててマッキー突っ込んで横向かせといたけど 」

 あぁ、それでマジックを……

 全部、妄想でした。 
 なんだ、結局、本当なんかありませんでした。 

 でも、本来それで良いのだと思います。 妄想は妄想、あんなの本当であったら困るのです。なのに、マジックの件で気落ちした自分がいました。 『横向かせた』 のところでタチバナが組んだ右足を揺らすのを見て、あぁ足で転がされたのかと、寂しい気持ちになったのが自分でも何だか意外でした。 本当に意外なんですが、少し、ほんの少しだけ、タチバナにはホントに触れて欲しかったと思ったのです。 嘔吐防止にマジックを突っ込むとかではなく、なんだろう、性的に、そう云う意味で触れて欲しいと思ったのです。

 何故だかわからないけれど。


 「とにかくこれで決定だね! 全く素晴らしいよ、バーチャルがリアルに滲出してるなんて! あぁでも、大丈夫。 キミはそれがいいんだ。 僕にはそう云う君が必要だから、モエダ君、末永く宜しく!」




 ――― と、まぁどうです? 君たちはこんな僕らを軽蔑しますか?



 けれどもコレが切っ掛けで、私は今の地位を築きました。 もう私は、私を恥じる事は無いのです。 妄想力は私の才であり、私の財産です。 そしてその財産は妄想に商品価値がつく限り、増え続ける一方ときています。 

 何しろ売るべき商品なら、溢れるほどにあるのですから。

 今もね。

 わかりますか? さっきあなたに視姦されつつ、そこの出入り業者数人と私が仕出かしたプレイの内容ときたら、当時の私なら卒倒してしまうシロモノでしたよ!!

 勿論、詳細はタチバナに報告済みです。 そうそう微に入り細に入り報告するんですから、やってる事はエロメールの配信ですよ。 でもね、これがわたしの仕事です。こここそが、私の才能を存分に発揮出来る領域なんです。

 こんな風に、タチバナの試みは花咲き実を結び、結果タチバナは富を手に入れて、私は社会的な地位を保障され尚且つ、皆さん御存知のように、タチバナという人生のパートナーまで得る事が出来ました。 だから、仮にもしも、もしも、あのまま脳内変質者で引き篭もったままだったとしたら今、私はどうなっているのだろうって考えます。 自室の六畳に閉じ篭り、親との会話すら望めずに、ただただ頭の中の欲望に翻弄されて一生を終えるのでしょうか?

 今の私と、どちらが良いかなんて明白ですよね?

 だから私は、君たちに期待するんです。 もし君たちに、何か一つでも人より抜きん出るモノがあれば、迷わずソレを切り札にして伸し上って下さい。 たとえソレがどんなくだらない、あるいは恥ずべきものであったとしても、使いようによっては宝に成り得る事を私は証明しました。 勿論そこに、私にとってのタチバナのような素晴らしいパートナーが現れたなら、それは君にとって非常に幸運なのですが。


      ――― 青年よ、妄想を抱け!!



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     UPA!特大号   【 屑の中にも宝あり!あの人に訊く --成り上がりの秘儀-- 】
         超体感ゲーム《ピンク*パラノイド》の産みの母  スウィートナルキッソスco.創始者
         モエダ シゲキ氏     巻頭インタビューより抜粋

         *インタビューはモエダ氏の事情により、全てチャットにて行われた


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                  :: おわり :












     2004.04.29 メルマガ用に書いて配信

     2010/01/18 何となくな感じに



   

           自分、どうかしてたんだと思う。