あの日、僕と兄さんは、少しずつ狂っていった



         **   きょうだい   **


ラオウ兄貴が行方不明になってもう四年になるんだなと、スイカ喰ってて思った。 
四年前の夏、留学先のオーストラリアでイキナリ失踪した兄貴。
今頃どうしているんだろう?

「まぁ〜なンだ、死んじゃいないだろう?」

塩をぶっかけつ、カイオウ兄ちゃんが言った。まぁな、俺もそう思う。

何しろ210cm×145`、柄に相応しいコワモテ、当時大学二年にして北斗神拳の次期後継者呼び名も高かった兄貴。 そんな男をどうにかしようなんて命知らず、いくらファンキーな外人でも居る筈が無い。 そもそも留学は道場の世界進出を兼ねたPR留学で、約三ヶ月、同国の名だたる武道場を半ば道場破りのように周る

   『キミは死兆星を見たか?!ヒデブまっしぐらinオーストラリア』 

だった。

実に過酷なスケジュール。 しかし兄貴はそれをサクサクとこなし、残すトコ後二週間の八月、滞在中のホテルから姿を消す。

「直前、若い男と話してたって言うんだろ?マフィアにスカウトでもされたか?」

ありえる。
兄貴ならその道で、百年に一人の逸材だろう。

魔獣のような兄貴は、きっと物凄い好待遇で陽気なオージー達をビビらせてるに違いない。 あぁ、うまい事イクよなと皿の端、3連発で種を飛ばす俺。 あの頃、後継者無しに慌てたオヤジを察し、社会人だった長男カイ兄ちゃんが已む無く道場を継ぎ、誰にも似てない病弱なトキ兄ちゃんは「神父になる」とボンの神学校に行ってしまった。 隠居が板についた親父はランチウの繁殖が生甲斐で、お袋は週二回フラメンコを習う。 

そして末っ子の俺は十七歳、道場の秘蔵っ子として日夜鍛錬に励む健全な毎日。

詰まるトコ俺んちは平和だった。 

だったのだ。


その日、視界を阻む激しい通り雨の中、落雷をバックに忍び寄る巨大な影が一つ。
あまりの不吉さに悲鳴を上げる、土佐犬黒王号。
影は道場の門をババンと開け放つ。

「拳の強弱は天賦の才!! カイオウ、笑止だッ! 貴様が道場主かッ?!」

「カ、カイオウ言うなッ! 兄貴と呼べッ!!」

「フフフ、涙は拳に無用ッ!」

「な、泣いてねぇしッ! ちったぁ俺の話し聞けぇッ! ラオウッ!!」


噂をすれば影。

相変わらずの巨体、凶相、何故かロンゲ、そしてパツ金、不吉さヴァージョンアップで、あのラオウ兄が戻って来た。 そして、ラオウはキャンキャン騒ぐカイ兄ちゃんを蝿みたいに払い、足の爪切り中だった俺の前にズンと立つのだ。

「ほほう、ケンシロウッ! 貴様、良い目をするようになったなッ!」

「てか、そこ立たれると暗いんだよ、後二本あるしよ、」

「男なら強くなれッ!」

「わかんねぇよ」

テンションの分からなさも、相変わらずだった。


戻るなら電話くらいしなさいよぅ、とイナス母親に昨夜のカレーをよそってもらい 「アベシッ!」 とか言ってる兄貴には、失踪中の四年は全く苦じゃなかった様子。 しかし、懲りないカイ兄が

「マフィアにでもスカウトされてたんかよ?ケッ!」

と問うと、福神漬けをつまむラオウの表情に一瞬、翳りが生まれた。

「……愛を帯びるなど拳王の拳には恥辱。」

「あぁいぃいィ??」

「天将奔烈ッッ!!」

「グハァ〜〜ッ!!」

なんかあったらしい。

女か? と思ったが、あのラオウ兄貴と四年付き合うオンナなどまるで想像出来なかった。 やっぱ色んな意味で、デカ過ぎるッちゅうのも不味いだろう。 昔、中坊の頃最後にみたラオウのチンコは茶筒だったと想い出す、クワバラクワバラ。

やがてランチウの世話から戻った親父が、ラオウを見てギャァ言って、家族の再会はとりあえず一段落した。 ラオウの「ナンカ」は謎だったが、お袋に 「ラオウちゃんとお部屋一緒に使ってね?」 などと言われ、俺はそれドコロじゃない。 ラオウの部屋は社宅から呼び戻されたカイ兄が使っていたし、トキ兄の部屋はいまや、膨大な量のフラメンコ衣裳部屋だった。 

結果六畳の和室、デカイ男二人転がれば肌触れ合いそうにキモイ、寿司詰の夏。


「あのよ、他にパンツねぇのかよ? てか、俺ンで良かったらTシャツも貸すけど、」

「フン、たとえ神の命令でも受けない……」

受けろよ。

トールサイズの布団、それでもスネから下ハミ出たラオウの暑苦しいカラダ。 なんでよりによって黒ビキニなんだろうと思った。 目と鼻の先にハイパーマッチョのセミマッパというのは、なんかうなされそうな気がした。 

しかし、うなされたのはラオウだった。

「ぃ・・・・ぃヤ、いやッ! いやよッ!」

「お、おい、ラオウ?」

「いやッ! いやよッ! 行かないでッ! 行かないでッ、リュゥウウッッ!!!」

「リュ、リュウって誰だァッ!?」

「…… コイビト ……」

「ァア?!」

涙と汗でびっしょりのラオウは、コイビトと呟き親指を噛んだ。 怖かった。
そして泣くのだ。

「忘れられるワケないでしょォッ! 愛してたのよッ! 彼のコト愛してたのようッ!」

「カレ?」

ホ、ホモかよ? そしてオネェ?

四年前、ラオウはそのリュウという男にホテルのロビーで話し掛けられたらしい。

「リュウはね、アタシをずっと探してたって言ってたわ。 キミにしか出来ない、ボクの力になってくれって、言ったの。」

「兄貴、英語わかんねぇじゃん。」

「うぅん、キレイな日本語だったわ。 アタシの為に習ったって……」

「で?」

「いやん、野暮ねぇ、一目惚れってヤツよォ!」

腹這いになったラオウはウットリして笑う。 
笑うなッ! 

・・・・・・・ なんか、思い出すんか?

「カレね、悩んでるヒトの力になりたいって言ってたの。 そういうヒトの話しを聞いて、一緒に支えあうサークルみたいなの作ってたのね。」

「で、ソコに兄貴がなんで必要なんだよ?」

「それはぁ、アタシには美しい強いオーラがあるから、一緒に活動を手伝って欲しいって、ボクの為にすべて捨ててくれますかだッてぇキャァァッ!!」

そうかよ。

聞けばリュウという男、国内全土に渡る大規模な 「御悩みサークル」 を主催していたらしい。 そして兄貴はリュウと各地にある支部を回り、取り分け悩んでる人とお話しをする。

「とってもステキな集いだったわ。 アチコチで歓迎されてたし。 カレ、環境問題にもチカラ入れてたの。 自然を守る石鹸とか、キレイな空気を作る清浄機とか、あとは病気を寄せ付けない自然食なんかもミンナに紹介してたの。」

自慢気なラオウだが、ソレは、ソレはこう、

「でも、時々ココロに弱い隙が出来ちゃうメンバーも居るワケね、脱退して汚い世界に戻るとか、なんか怒ってたりとか、そうするとカレ、物凄く親身になって説得するの。 キミはもっとステキになれる! って、 だから諦めちゃダメだ、ボクらチカラを合わせましょう! って、」

ソ、ソレはまさしく、キナ臭い 「自己開発セミナー」 の薫り。

「それでもダメなとき、カレ、アタシを呼ぶの。 君のパワーを分けてあげて! って。 アタシ、その人の手を握ってジッと見つめるのよ。 そうすると不思議ね、またメンバーとして頑張るって絶対言うんだから!」

そりゃ、ソイツ、死ぬほど怖かったんだろうッ!? 


そんな風に、四年間、ラオウはリュウという男の怪しいセミナーの片棒を(無自覚で)担いでいたらしい。 しかし男は一ヶ月前、唐突に姿を消す。朝起きたらモヌケのカラ。 必死で探すラオウだが言葉の壁は厚く、何より金が尽きた。

「キミは僕の幸運のエンジェルだって。 嬉しくってアタシ、髪を伸ばしてブロンドにしたの。 ステキだよって言って、髪の先にキスしてくれたのにッ・・・・ぅッ、」

ラオウの髪にキス? 出来ねぇ、弟の俺でも出来ねぇよ。 

どこのどいつか知らねぇが、スゲェ、目的の為とはいえ奇天烈チャレンジャー。 つうか、ラオウとデキてたのか? とスペクタクルな想像をした俺は、うっかり目の前の黒ビキニを直視。

瞬間、胃液が逆流しかけるのを前屈みで制す。

「け、ケンシロウッ! アタシの為に泣いてくれるのねッ?」

に、にじり寄るなッ!

「リュゥウウゥウッ!!」

俺ァ、リュウじゃねぇよッ! 抱き締められるコト万力の如く。

「どうして抱いてくれなかったのぉおォッ!!」

ア〜なんだ、やっぱリュウの奴もヤッちゃぁいねぇのかと合点が行き、少しホッとした俺だ。 が、悪夢の一夜は、鋼のような肉体にロックされ、明けた。


そしてこの日より、ラオウは俺にだけオネェ炸裂になる。

「ケンシロウちゃぁん、今度入ったコ見たぁ? カァワイィィッ!!」

「あぁ、高等部の?」

「ソォッ! あぁぁんッ! レイちゃんッ! 可ァ愛いわぁ、ギュウしちゃいたいンッ!」

「ギュウってより、秘孔突いて殺しかけてたじゃん、」

「クッ、蒼いな、武に生き覇者となるに一片の情けも無用。」

「て、急にニヒルになられても……」

ラオウが戻った事で、嫌々後を継いでたカイ兄は 「やってらんねぇ」 とばかりに、大好きな黴(カビ)の研究をしに会社に戻ってしまった。 そして悪鬼のようなラオウは、ブンブンと道場でシゴキに熱を入れる。 ソレはソレでマニアが集まるものだ。 入門者は鰻登り。 しかし、超兄貴の反動は、こうしてキッツイ感じに夜、やってくる。
 
「ねぇ……レイちゃん、彼女いるのかしら?」

「わかんねぇ。 聞けば?」

「き、聞けなぁいッ! 意地悪ッ! ケンシロウの意地悪ッ!」

ポカポカ殴られて、骨曲がりそうな背中。

乙女チックに秘孔を突くラオウの攻撃を巧みにクッションでガードする俺。 クッションはバラとスミレの刺繍。 「ポプリが入ってるの! うふッ!」 と言うラオウは、深夜のホビィタイムにこうした数々の作品を仕上げた。 そして、それらはすべて 「ケンシロウが彼女から貰った」 と言う事になっている。

「ママったら、素敵なお嬢さんよねぇだってッ! アタシだッちゅうのにぃッ、キャッ!」

お袋、知らぬが仏だ。

「あぁ……アタシのホントを、誰もどうせ分かってくれないのよね。 切ないわ……」

「わ、分かりにくいしな、」

「ぅ、リュゥゥッ!! アタシの恋心返してよッ! リュゥッ!」

夏掛け布団を引き千切りメソメソ泣くラオウ。

コレ始まると長いので、馴れっコの俺はラオウの肩を引き寄せ 
  「おにぃちゃぁん! キュートな妹が居たら言ってやりたい台詞百選」 
を、野太い泣き声を無視しつつ言ってやるのだった。

「……泣くな、お前、可愛いんだから、次の恋もすぐ見つかるよ。」

「嘘よッ! アタシなんて、アタシ、」

「もっと自信持てよ、ラオウの可愛いトコ、俺は沢山知ってるぞ?」

「だって」

「可愛い顔が台無しだ」

「ケンシロウッ!」

さぁて、泣き止んだ、終了、寝るか と、しがみつくラオウの背中をポンポンと叩く、が離れねぇ。

「ケンシロウ、あんた優しすぎるわ……」

「ま、まぁな、」

「優しすぎて、誤解しちゃう……」

「な、なにを?」

「……アタシは弱いオンナ、寂しくって、モラルの無い愛に溺れてしまうの。」

「は?」

「ケンシロウ、きょうだいの垣根、越えてみる?」

「ひぃッ、」

「我が生涯に一片の悔いナシッ!! イクわよォッ!!」


     ィィヤダァァ〜〜〜ッッ!!




そうして、

俺は、未明の空の下、アスファルトを蹴りどこまでもどこまでも走る。

奥義なんかより、家より兄弟より、己が可愛い17の夏。







                  :: おわり ::


   

           
                
 
プラウザを閉じてサヨナラ!!



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